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「調査から見た大学教育・所得・昇進」/2001年度文学部父母懇談会(富山)講演集

社会学科の学生主任をさせていただいております。同志社は特色のある学科、専攻が多い大学ですが、その中でも産業関係学専攻は、「一体何をやっているの?」といわれるくらい珍しい専攻です。「産業関係学」という名前を使っているのは、同志社以外では立教大学社会学部産業関係学科ですが、内容はかなり違います。立命館大学には産業社会学部がありますが、やはり中身は異なります。入学したばかりの1年生には、労使関係、つまり労働者と使用者がどのようなルールに基づいて関係をつくっていくのかを学ぶ分野であると説明しています。私自身は、労働や雇用などの問題について、従来の学問の枠組みにとらわれず、学際的に研究する分野だと考えています。スタッフは7名で、私を含めて4名までは経済学の出身です。それ以外は、法学、教育学、理科系の学部をでられた先生で、様々な方面から働くということを教育、研究しております。

バブルが崩壊するまでは、景気も良く、産業関係学の影も薄かったかもしれませんが、失業率が5%を超え、雇用情勢が厳しい中で、今こそ産業関係学の出番ではないかと専攻も活気づいています。私は経済学の出身で、大学でも大学院でも経済学を修めました。大学院の後期博士課程の途中で就職して、最初は愛媛県の松山大学経済学部で2年間専任講師をして、3年半前に同志社に着任しました。その時は、私が学部で一番年下だったのですが、翌年1つ下の方が来られて、ご紹介いただいたように学部教員107人中106 番目になりました。しばらくは下っ端でウロウロしていると思います。

自分自身の研究も、そんなにたくさんのことができているわけではありません。大学院時代、博士論文のテーマは、「新卒労働市場の実証分析」でした。新卒労働市場は、大学生の就職のことといってしまった方が簡単ですが、経済学でも労働経済学という分野で、統計的な手法を用いて分析しています。例えば、大学のOBが後輩の就職の大きな力になるといわれていますが、本当にそうなのかをデータを使って分析する。そういう効果に男女差はあるのか。企業側も業績が悪化すると新卒採用を抑制します。企業側の業績は経常利益で判断するのですが、経常利益が1%変化すると採用者数が何%変化するのか。そういう細かい計算をしていました。

今は、関心がやや大学教育にシフトしています。就職に影響を与えるのは、大学のOBであったり、企業側の業績であったりと様々な要因が考えられますが、肝心の大学で受けた教育は就職に関係ないのか。大学生になると、学生は勉強をしなくなります。大学で勉強しても就職に関係ない。大学時代に色々な経験を積もうとか、クラブ活動やバイトをがんばろうという学生が多くなって、教員側としては困る部分もあるのですが、本当に大学で勉強しても意味がないのか。ずっと自分の中で疑問があったのです。そのことをゆっくり考えてみたいと思って、そういう研究に取り組んでいます。

そんな中で、7月に出版されました『「本当に生きる力」を与える教育とは』(日本経済新聞社刊)で、私がかかわった第3章を資料として挙げています。編者の西村和雄先生は著名な経済学者で、応用ミクロ経済学という高度な数学を使ったきれいな理論モデルを展開する分野がご専門ですが、それとは別に、日本の教育の現状を憂慮され、教育問題に関して積極的に発言されています。有名になった編著書に、『分数ができない大学生』『少数ができない大学生』『算数ができない大学生』の3部作があります。西村先生は、継続的に日本の教育について研究するプロジェクトを主宰されており、それに私も、私自身の研究にかかわって入れていただいています。私にとって、西村先生は雲の上のかたですが、お金の心配をしないで研究できるということで、のびのびと楽しくやらせていただいています。その研究成果の一部です。

調査の内容に沿ってお話させていただきます。どういう趣旨で調査を行ったのか。これまで大学教育は繰り返されてきたわけですが、その成果、象徴としての学位が、企業社会の中で具体的にどう生かされてきたのかを明らかにするということ。さらに、これは私の問題関心というより西村先生の問題関心だったのですが、近年、入試が多様化しています。同志社でも、一般入試の他に、スポーツ推薦、AO入試、学内校の推薦入試などがあります。これを「入試の多様化」というのですが、西村先生は「入試の軽減化」だといわれます。勉強しなくても大学に入れる仕組みをつくっているに過ぎないと。入試の多様化・軽減化が、大学在学時の学業、資格取得、課外活動、就職活動、卒業後のキャリア形成とどう関係するのかを明らかにしたいということで調査を行いました。

調査名は、「経済学部出身者の大学教育とキャリア形成に関する実態調査」と申しまして、主要3私立大学の経済系学部出身者7,287 名に調査票を送り、2,239 名から有効回答を得ました。回収率は、40%弱でした。1999年終わりから2000年初めにかけて調査を行い、調査対象者の年齢は、大学卒業直後から60歳前後まで幅広くとっています。なぜ私立大学の経済系学部出身者に対象を限定したのか。1つは、数学受験が学業成績や卒業後のキャリア形成にどのような影響を与えるのかという分析がしたかったからです。国公立大学出身者ですと、5教科を受験しています。私立文科系の場合は3教科入試で、国語、英語、後は社会か数学を選ぶ。同志社もそうです。私立文科系の出身者であれば、入試で数学を受けたかどうかで違うのではないか。だから私立文科系を使おうと。かつ経済系学部出身者となったのは、入学してからも、実は数学を使って学ばなければならないにもかかわらず、入試で数学を必修にしていないということで差がつくのではないか。非常に一般的な学部ですし、私立の経済系学部は学生数も多い。同志社でも1,000 人前後の学生が毎年卒業していきますので、社会に与える影響も大きいのではないかと考えて、こういう調査対象を選びました。3つの大学は、本学と同等か、それ以上のレベルの高い大学です。同じようなレベルの人達を調査しています。そこで差がつかないようにして、他の条件を揃えた上で、数学受験の効果を見たいということです。

回答者の基本属性について。性別は、レベルの高い私立の経済系学部出身者ですので、普通にサンプリングするとほとんど男性になります。今回も「男性」94%、「女性」6%でした。「年齢」は、23〜60歳まで満遍なくとりました。平均年齢は、43歳位です。「年間労働所得」はどれくらいか。最も多かったのが「600 〜799 万円」で全体の20%、次が「800 〜999 万円」ということで所得レベルも高い。「父親の最終学歴」「母親の最終学歴」もきいています。父親は「高卒」が3割、続いて「大卒」「中卒」です。母親は「高卒」が半分程度で、「中卒」「短大高専卒」が8%。父親と母親で差があります。

大学受験時および入学時の状況について。入学方法は、年齢層に幅がありますし、入試が多様化してきたのは最近の話ですから、「一般入試」が8割程度。次いで「内部推薦」「指定校推薦」となります。「共通一次・センター試験」を受けた人が2割。注目している「数学受験」の状況ですが、入学した3大学の経済系学部入試で数学を受けた人は15%でした。併願した国公立大学の入試や共通一次・センター試験などを含めて、1回でも数学を受けたことがある人は、約半数の1,146 名です。

在学時の状況について。重点的に学習した専門科目群や講義出席率、ゼミ出席率をきいています。自己申告ですので、どの程度正確かは問題ですが、講義については「7〜8割程度出席した」のが36%、ゼミについては「ほとんど出席した」のが70%。講義で7〜8割、ゼミは大体出席という形が一般的だったのではないかと思います。あなたの専門科目に関する学業成績はどの程度でしたか、というのは曖昧なきき方ですが、5段階で「上位」「中の上」「中位」「中の下」「下位」から選択します。「中位」が一番多くて34%。偏りなくきれいな山型に分布していたのが印象的でした。

就職内定要因について。一番多かったのが「自分自身の性格や人柄」で、次が特徴的なのですが「在籍していた大学の知名度」。そういうレベルの大学ですので、ある程度知名度だけで勝負できたところはあったと思います。その他「大学における勉学や身につけた実力」など妥当な回答が多く、縁故とかクラブ活動はあまり出てきませんでした。

大学卒業後の状況について。最初の就職先における就業形態は、9割以上が「正規従業員」です。「事務職」が最も多く、従業員規模も半数以上が「1,000 人以上」の大企業でした。これまでに転職経験があるサンプルは3割です。転職回数はそんなに多くなく、1〜3回がほとんどです。転々としている感じではない。転職後の仕事内容や職位は「良くなった」という人が多かった。それに対して労働時間は「悪くなった」。長くなったということだと思います。収入については二極化しており、「良くなった」「悪くなった」が明確にあらわれています。現在の就職先における就業形態が最初の就職先と異なる点は、「自営・家業」が増えたことです。従業員規模も、最初は大企業一辺倒ですが、現在では中小にバラツキがでています。

このようなサンプルを使いまして、数学学習の人材育成への効果を見てみます。どういうことを明らかにしたいのか。仮説を5つたてました。1つ目は「数学受験が学業成績を高める効果をもつかどうか」。2つ目は「数学受験が現在の労働所得を高める効果をもつかどうか」。3つ目は「数学受験が親の学歴の現在の労働所得に対する効果を相殺するかどうか」。これは親の学歴を出身階層の代理変数として使っています。親の所得を代理変数として使うのは難しい。どの時点の所得を使うのかという問題もありますので、学歴で代理させているわけです。学歴が高ければ所得も高いだろうと。どういう家庭で育ったか、すなわち出身階層が、子供の職業、キャリア形成に影響を与えていることは既に証明されています。親を選んで生まれてくるわけにいきませんので、自分自身の努力ではどうにもならない、そこで先々まで差がついてしまうのはやりきれない、辛い状況です。そこで、親からの影響を数学を学習することでキャンセルできるかどうか。4つ目は「数学受験が現在の職位を高める効果をもつかどうか」。最後が「数学受験が転職時に労働条件を改善させる効果をもつかどうか」。この5つです。

分析方法を簡単にご説明しますと、数学受験の有無に加えて、年齢、性別、一般入試による入学者か否か、現役入学か浪人・編入学か、出身大学に関するデータを説明変数、つまり原因となる変数とする。こういうデータを使って、まずは専門科目の学業成績を説明するモデルをつくります。重回帰分析といいますが、専門科目の学業成績は結果となる変数です。専門科目の学業成績に関するデータを、それに影響を与えると考えられるようなデータで説明しましょうということです。統計的に影響を与えているかどうかを計算して判断します。その結果、年齢、性別、一般入試、現役、出身大学が学業成績に影響を与えていました。もちろん、数学受験も影響を与えていました。数学を受験していることが専門科目の学業成績が上位となる確率を高めているという結果が得られたわけです。それ以外にも、数学受験は「数的処理能力・データ解析能力」「コンピュータに関する能力」を身につけ、仕事をする上で(所得を得る上で)特に役立っていると回答をする確率を高めるという結果も得られています。

数学受験や学業成績が、現在の労働所得にどういう影響を与えているか。結果となる変数には現在の労働所得を使い、その原因となる変数として年齢、性別、父親が高学歴か否か、母親が高学歴か否か、数学受験の有無、専門科目の学業成績が上位か否か、現在の就業先が大企業か否か、現在の職位、出身大学を使いますと、統計的に影響を与えているという結果が得られました。年齢が高いほど、大企業であるほど、職位が高いほど、性別では女性より男性の方が所得は高くなる。当たり前の結果がデータでフォローされています。学歴の効果も得られていて、特に父親か高学歴であることが、子供の所得を高める効果をもちます。

この結果を踏まえて、サンプルを数学受験者と未受験者に分けました。数学未受験者の場合は、やはり父親が高学歴か否かという変数がダイレクトに所得に影響を与えてしまいます。ところが数学受験者の場合は、父親の学歴が所得に影響を与えなくなっていた。次に、サンプルを父親が高学歴の者と低学歴の者に分けました。父親が低学歴の場合、数学受験の有無によって所得が変化しますが、父親が高学歴の場合、数学受験の所得に対する効果は見出されなかった。所得に影響を与えなくなってしまうのです。さらに、サンプルを学業成績が上位の者と中位以下の者に分けました。学業成績が上位の場合は、数学受験の所得に対する効果がなくなりました。学業成績が中位以下の場合は、数学受験がダイレクトに所得に影響を与えています。このように、数学受験、学業成績、親の学歴は、それぞれ所得に影響を与えていますが、それを相互に相殺する効果をもつということです。たとえ親の学歴が低かったとしても、数学を学習することによって、所得を高めるような影響を与えることができるということです。

結論として導かれることは、「数学を受験していることが現在の労働所得を高める効果をもつ。」「学業成績が上位であるほど現在の労働所得は高くなる。」「親の学歴が高いほど現在の労働所得は高くなる。」「親の学歴が低い家庭でも、子供が数学を学習することが高い所得を得るのに有利であり、数学学習によって世代間の不平等の伝播が改善される。」「学業成績が中位以下の者でも、数学を学習する者はより高い所得を得るのに有利である。」本当かな?という感じですが、本当なんです。

この本は7月に出版されたのですが、西村先生にマスコミリリースするからと京都大学に呼ばれまして、記者会見をしたわけです。このグラフを説明しました。京都新聞は、特に私の名前も入れて取り上げて下さった。他の新聞では「西村和雄らは」と書かれています。ただ、見出しが「私大入試で数学選択、年間所得でプラス100 万円?」となっていました。このグラフだけで判断したのだと思います。これは、1983〜99年の共通一次・センター試験世代の卒業生についての平均年収を表しているのですが、確かに100 万円違っています。数学受験者は748 万円で、未受験者は641 万円です。なるほどと思われるかもしれませんが、単にこのグラフだけを見て判断するのは、大きな勘違いをする恐れがあることがおわかりになるでしょうか。このグラフだけですと、たまたま数学受験者に年齢の高い人がたくさんいて、未受験者に年齢の低い人がたくさんいたら、その違いは数学受験の効果ではなく、年齢の効果ということになるかもしれません。数学受験者にたまたま男性が多く、未受験者に女性が多かったということであれば、その違いは数学受験の効果ではなく、性別の効果ということも考えられます。男女の賃金格差がありますので。このグラフだけで判断するのは危ない。もちろん嘘をつくために示したのではなく、その他の色々な要因の影響も加味した上で計算し、計算結果を見てからこのグラフを示していますので、グラフだけで判断されても間違いにはならないのですが、新聞によって単純に「数学を受けたら所得が100 万円アップする。」という印象を与えてしまう恐ろしさ。正確に伝えなければ大変なことになるのだな、マスコミって怖いなと思ったわけです。しかしきちんと根拠はあるということです。

昇進に対しても数学受験が影響を与えており、「数学を受験していることが現在の職位を高める効果をもつ。」という結果が得られています。転職の条件についても、「数学を受験していることが転職後の収入を高める効果をもつ。」ことが示されています。

この研究から得られた結論を話すと、学生は「所得を上げるためには数学を受けなければならない。」と考えるようです。「僕は数学を受けなかったのですが、これから先大丈夫でしょうか。」そういう意味ではなくて、ここでいう数学受験は、単に数学を受けたかどうかだけではなく、高校で数学を勉強したかどうか、数学を捨てなかったかどうかということです。3教科入試の私立文科系専願になると、早い段階から数学を捨ててしまいます。高校3年間数学を勉強しなかったら、それから先のパフォーマンスは随分違ってしまうという話なんです。大学生の学力低下問題で、分数ができない、少数ができないというのは、数学を捨てたから忘れてしまっただけです。なぜ捨てたか。入試で要求されないからです。入試で要求されなくても勉強はしなければならないのですが、入試で必要ないことをする余裕はないんですね。大学側ももう少し考えないといけない。私立大学の場合、入試科目を増やすと志願者が激減してしまうので、自分のところだけ数学を課すことができない。しかし先々の人材育成のことも考えて、主要な科目を捨てられるような入試制度を続けていいのかどうかという問題提起になると思います。

英語、国語も重要な科目です。ただ、英語、国語を捨てることは難しいので、皆さん勉強して入学してきます。受験、未受験で計ることができるのが数学だったということもあります。文学部に数学は関係ないのでは?と思われるかもしれません。文学部の主だった科目では、確かに数学的なことは少ないかも知れませんが、文学部出身だからといって文学部ならではの仕事についている人はそう多くなく、法学部、経済学部、商学部出身者などと競合して就職活動をして、同じように仕事をしていくわけです。大多数がそうです。文学部だから大丈夫とか、大学の勉強で必要ないから、ということにはならない。将来的に後悔するような場面がでてくるのではないかと思います。

そのようなことを含めて、私が重く受け止めていることは、数学に限らずきちんと学ぶことが親の学歴の効果を相殺することができるという事実。近年、不平等が広がっているという議論がありますが、自分ではどうしようもない生まれながらの不平等の広がりを、もちろん政策も必要ですが、個人レベルで少しでも小さくする方向性をもち得るか。それにはきちんと学ぶこと。今回は数学を学ぶことになりましたが、これが有効なのではないか。そのことが結局は、本当の実力社会、努力が報われる、ある意味で平等な社会につながっていくのではないかと思っています。

大学側も、これからますます厳しい時代になるといわれ、色々な取り組みをしています。派手なパフォーマンスが必要なこともありますが、それだけではなく、学生にしっかり力をつけて卒業させること、基本に立ち返ることが重要なのではないか。大学における学びは、将来の所得や職位、転職に確実に影響を与えている。クラブ活動が就職に有利だということは多少あるかもしれませんが、所得や職位で見た場合、クラブ活動の実績や部長をやっていたという変数は、この分析では全く影響を与えていない。これは、ある意味で健全な結果だと思っています。やるべきことをちゃんとやることが将来の成功につながっていくのではないか。そういうことが今回の研究では示されたのではないでしょうか。

以上で終わらせていただきます。ありがとうございました。



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