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「大学教育と卒業後の進路−キャリア形成にどうつながっていくか−」/父母会会報(No.90)

私のそもそもの研究テーマは、新卒労働市場、つまり大学生の就職に関する実証分析である。当初は、新卒労働市場のみを分析対象としていたが、数年前から大学入試や大学教育と新卒労働市場、さらには卒業後のキャリア形成との関係に関心を持つようになり、いくつかの調査を通じて研究を進めている。

しかし、今更いうまでもなく、真剣に勉強したいと思っている学生は少ないし、実際に勉強しない。理由の一つは明らかで、もう入試がないからである(と私は思う)。受験勉強=大学における学びでは決してないが、歪んだ形であっても学問に触れ続けてさえいれば、そこに本来の面白さと出会う可能性も生まれてこよう。現状では、それも望みにくい。来春には経済学の検定試験が実施されるそうであるが、TOEICなどのように企業が新卒採用に際してそのスコアを要求するようになれば、良し悪しは別にして、少なくとも経済学部生は勉強するようになるのかな……と思ったりもする。

就職に影響があるのは大学名だけで、成績は関係ないよ、努力したって仕方ないよ、というのが学生の定説である。本当にそうだろうか?一応、勉強しなさいという立場にある者として、これはどうしても覆したい定説であった。

4000名を超える複数の私立大学経済系学部出身者から得た調査データを分析してみると、就職内定要因に関しては、やはり「大学における勉学や身につけた実力」よりも「自分自身の性格や人柄」や「在籍していた大学の知名度」という回答が優勢である。また、人気ランキングのトップに名を連ねるような有名企業に内定しているのは、体育会系の学生であることも多い。

しかし、である。こと就職というのは、何をもって成功したと判断するのかがとても難しい。誰もが知っている大企業に就職することが素晴らしいことであるという単純なとらえ方はもはやできそうにないし、雇用の入口だけを評価したところで、マッチングがうまくいかずに離職してしまえば元も子もない。実際、昨今の厳しい雇用情勢を背景に、そのような例は増加の一途をたどっている。

であるならば、もう少し長い目でキャリア形成を見る必要があるだろう。その手段として、最も分かりやすい指標は所得であり、さらには昇進、転職状況である。

この調査分析の第一の結論は、大学入試で数学を受験した学生、すなわち高校時代に少なくとも数学学習を放棄しなかった学生は、大学教育においても高い学業成果をあげ、生涯にわたってより高い所得を稼得し、より高い職位に昇進し、転職時でも収入面において有利な条件に恵まれているという内容であった(*)。だからこそ、学習指導要領や大学入試制度の見直しも含めて、満遍なく基礎学力を養う必要性を主張したつもりであったが、「私大入試で数学選択、年間所得でプラス100万円?」などと報道された結果、数学を受験したら所得が上がるらしいという短絡的な理解で終わってしまっているのは、何とも歯痒いところではある。

その派手な結論の陰に隠れた感があるが、大学教育における学業成績もまた所得や昇進、転職状況に確かな影響を与えているのである。学業成績が高かった学生は、やはり卒業後のキャリア形成も有利に進めているというごく当たり前の結論が得られたことに、私自身は大いに安堵感を抱いた。反面、大学時代の課外活動の経験やその実績などが、それらに影響を与えているという事実は、残念ながら見出せなかった。これは、極めて健全な帰結であるように私には思える。

もちろん大学教育の効用は一面的なものではなく、多種多様な学びと活動を通じた総合的な人材育成と人格形成、何よりも4年間の自由な時間そのものがもたらす価値ははかりしれない。その点は認識しつつも、常に基本に立ち返って、やるべき勉強にきちんと取り組むこと、そしてその努力は報われるのだということを、教える側が自信とプライドを持って伝えていけたらと思う。これは、何も学生だけの問題ではなく、これからの学部、あるいは大学全体のありようにも通じる姿勢ではないだろうか。

* 詳細は、拙論が掲載されている西村和雄編[2001],『教育が危ない3「本当の生きる力」を与える教育とは』,日本経済新聞社を参照されたい。



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