(前半から続く)
l ドイツの課題
SPIEGEL
ONLINE 08/09/2013
Merkel's
European Failure
Germany
Dozes on a Volcano
By Jürgen Habermas
南欧諸国に経済改革を強い,自国には危機への対応を求めないメルケルの近視眼的な政策は,ドイツに歴史的な失敗をもたらす.かつて歴史家がドイツを評したように,「ドイツは,一緒に行動するには強すぎるが,ヨーロッパを支配するには弱すぎる.」
Angela Merkelの意思を受けて,Wolfgang Schäubleは南欧諸国と融資を話し合った.ドイツはユーロ圏の改革のために何もしない.融資の条件も変更しない.それは,言い換えれば,「ヨーロッパをドイツの望む形に変えるつもりはない」ということになる.
しかし,すでにユーロ圏の制度が間違ったせいで,南欧諸国には大量の,特に若者の失業者が生じている.しかし,ドイツの納税者には追加の負担を求めない.投資家(多くのドイツの銀行も)にやさしい「救済」の合意を続けるだけだ.
ユーロ圏は,単一通貨圏ではなく,政治的な統一を欠いている.ECBはあるが,各国は予算や産業にかかわる政策を独自に決定できる.しかし,債務危機により,ドイツの望む緊縮策を赤字国は受け入れている.しかし,緊縮策では各国の競争力の差は解消しない.大幅な不均衡を解消するには,財政や産業に関する統一した政策,少なくとも,中期の緊密な協力が必要である.
そのような再生計画には,ヨーロッパ統合の中核となっている民主的な合意手続きが必要である.赤字国が,債務危機を理由に,外から押し付けられるものではない.ユーロ圏の制度改革は政治的に支持されない,という.特にドイツにおいて.
しかし,それは間違っている.政治家たちが有権者に合意を求めようとしないからだ.論争はあまりにも分裂し,いずれもコストを求められる.ドイツ人は再分配の結果,損をしなければならない.こうした難しい問題について,メルケルは何も答えない.あいまいに呟いて,選挙の前に答えを出さない.
ドイツは踊っているわけではない.噴火口を見つめているだけだ.われわれは,幸い,英雄のいないドイツに生きており,個人が歴史を変えることはない.しかし,困難な状況において,繊細で,想像力に富む,前進のために責任を引き受ける勇気や意志を持つ人々が必要だ.
FT
August 11, 2013
Germany
is strong, but not nearly strong enough
By Tony Barber
ヨーロッパの経済危機を解消するために,ベルリンには多くの提案が集まる.ユーロ・ボンド,ギリシャの債務免除,地中海向けのマーシャル・プラン,銀行同盟,ドイツの賃金引き上げ,財政再建より刺激策.
それは正しいものも,間違ったものもあるだろうが,一つ,重要な視点が抜けている.ヨーロッパ経済を引っ張るドイツ経済の改革だ.
OECDの報告“Looking to 2060”は,2060年までのドイツの成長率を1.1%と予想した.それは,ドイツはヨーロッパ42か国中の最底辺,ルクセンブルグの次である.問題は,人口の減少だ.ドイツではSchrumpfnation Deutschland (「縮むドイツ」)と呼ばれている.8100万人から7100万人に減少するだろう.
人口減少の原因は,低い出生率と移入民の少なさ,である.今もドイツは熟練技術者でなければ移民をなかなか受け入れない.出生率を高める政策は,ナチスの記憶が妨げとなって難しい.
ドイツがもっと移民を受け入れ,インフラ,教育,研究開発にもっと投資することが,ヨーロッパ経済にとって重要だ.
NYT August 13, 2013
Germany
Fights Population Drop
By SUZANNE DALEY and NICHOLAS KULISH
l ユーロ圏とECB
Project
Syndicate 09 August 2013
The
ECB Grows Up
Barry Eichengreen
ECBによるOMT(“outright monetary transactions” program)が始まって2周年だ.当時,政府債券の価格が流通市場で暴落し,破たん寸前であった.それ以後,市場は安定し,この仕組みを動かす必要もなかった.ECBが動く,と約束するだけで十分だった.
しかし,ドイツ連銀はこれに反対している.OMTはモラル・ハザードをもたらし,債務諸国の財政赤字削減や経済改革への圧力を緩和している,と批判する.また,ECBに資産を持つドイツなどは,それが失われる危険がある,というのだ.憲法裁判所はこのECBの行動を憲法違反であるかどうか審査している.その結果,ドイツ連銀が離脱することや,ECBのOMTを禁止する命令を出すかもしれない.
100人以上のドイツ内外のエコノミスト(Eichengreenも含まれる)が,OMTを支持する署名記事を載せた.通貨同盟には,物価の安定と「支払いシステムの円滑な機能」を守るだけでなく,金融の安定性を維持する中央銀行が必要だ.これが,最後の貸し手として行動する,という意味である.
アメリカでもこれを厳しい経験から学んだ.連銀の創設には,金兌換とドル価値の安定,という限られた権限が与えられただけだった.その結果,危機において救済のため介入するが,金融機関の危機を加速し,バブルを生じた.1930,1931,1933年に深刻な危機を経て,1933年の銀行法が成立し,連銀の力が拡大した.
ECBも,最後の貸し手として,その機能を拡大するときだ.
FT
August 11, 2013
Europe’s
window of opportunity
BLOOMBERG
Aug 11, 2013
Greece
Needs a 21st Century Marshall Plan
By Dimitri B. Papadimitriou
The Guardian, Wednesday 14 August 2013
Bad
economic news for Europe is good news for Merkel and Cameron
Martin Kettle
SPIEGEL ONLINE 08/14/2013
On
the Upswing
Is
Europe Finally Coming Out of Recession?
By David Böcking
Project
Syndicate 14 August 2013
Has
Austerity Failed in Europe?
Daniel Gros
FT
August 15, 2013
Eurozone
recovers in spite of itself
l 日本の歴史的債務
NYT
August 9, 2013
Japan’s
Debt Looks Like This: 1,000,000,000,000,000 Yen
By JOHN SCHWARTZ
日本の政府債務額が1000兆円に達した.1000兆というのは,1秒に1つ数えて,3100万年も眠れない数字だ.1000円札を積み上げたら7万マイルに達する.
FT August 12, 2013
Japan
growth figures add noise not clarity to sales tax debate
By Jonathan Soble in Tokyo
毎年1%ずつ上げる,という考えもある.しかし,その場合,アベノミクスの第3の矢から関心がそれてしまう.また,毎年,1%の引き上げを議論しなければならない.
FT August 12, 2013
A
gaffe-prone Japan is a danger to peace in Asia
By Gideon Rachman
日本の外交は,愚劣さと邪悪さとの間をさまよっている.そのひどさには,中国だけでなく,アメリカも,日本政府をまともに相手にしたくないと感じさせている.
先週,日本の自衛隊は新しい護衛艦を公表した.しかし,護衛艦とは名ばかりで,これは空母である.中国の軍備増強に対する反応であろうが,それにしても艦名を「いずも」とするのは愚か(あるいは,邪悪)である.「いずも」は1930年代に中国を侵略した戦艦の名前だ.
数日前には,麻生太郎副総理がナチスを憲法改正の手本として紹介した.数か月前に,安倍首相は「731」と描かれた練習機に乗って,ポーズと取り,写真を撮らせた.「731部隊」は,日本の帝国軍隊が捕虜の人体に生物・化学兵器の実験をしたことで悪名高い.8月15日には,保守派の政治家たちが靖国神社に集団参拝する.たとえ首相が参拝しなくても,そのナショナリズムは隠しようがない.
安倍政権は,1945年以来,最もナショナリスティックな政権だ.安倍を支持する政治家たちは,第2次世界大戦がよくない点は,日本が負けたことだけだ,と言わんばかりだ.こうした姿勢は,オバマ政権にも嫌悪感を生じている.
アメリカは日本の防衛に細かい責任を負わないような合意へ,そして,日本は軍備を拡大する姿勢へ向かうだろう.その時には,小さな島から世界戦争が起きる心配はなくなるが,日本政府はもっと近隣諸国に配慮した,繊細な外交をしなければならないはずだ.
しかし現在の政府は,まるで冗談のような,それが真剣であるとしたら,何とも危険な外交姿勢を採用している.
FT August 12, 2013
Nuclear
nightmare
BLOOMBERG Aug 12, 2013
Abe’s
Japan Is Blind to Scary Nuclear Reality
By William Pesek
アベノミクス,外交・防衛の活力,憲法改正.安倍はいろいろ関わっているが,彼の将来の評価を決めるのは,一つのことをするか,しないか,である.すなわち,チェルノブイリ以来の最悪の原発事故を収束させることだ.
東京電力による汚染水の処理が不完全であるため,国際的な批判を考慮して日本政府がこれを引き受けた.日本政府は,トルコに原子炉の輸出を働きかけた.他方,太平洋への汚染水の投棄を認めている.
BLOOMBERG Aug 12, 2013
Abe
Should End the War Over Yasukuni Shrine
By Jeffrey Kingston
靖国神社に参拝する政治家たちは,14人のA級戦犯は他の戦争で亡くなった250万人と同じ,靖国に祀られる権利がある,という.彼らは靖国神社がアメリカのアーリントン墓地と同じだ,と考える.
まったくナンセンスだ.靖国神社は日本の侵略を支えたグランド・ゼロである.国家神道の司令部だった.今では民間の宗教法人であるが,その記念館が示すアジアを含む歴史観も,多くの日本人には支持できないし,アジア諸国には日本の侵略的な帝国建設が続いている,と感じさせる.
FT August 13, 2013
Japan
must press ahead with tax reform
By Frederic Neumann
消費税の引き上げを予定通りに行うべきだ.消費税導入の影響は1989年,1997年の不況をもたらしたのではない.財政の逼迫は緊急度を増している.毎年1%上げるという案は,消費税への不安を緩和するが,財政再建への長期の約束を損なう.債券市場は静かだが,いつ変化するかわからない.
Project
Syndicate 14 August 2013
The
Shadow from Yasukuni
Rana Mitter
BLOOMBERG
Aug 15, 2013
Debt
of 1,000,000,000,000,000 Yen? Not a Problem
By William Pesek
黒田は魔術師だ.日本の国債発行額が1000兆円を超えたのに,その後も利回りは下落した.
どのようにして黒田は債券市場の投資家たちを手なずけているのか? 一つは,「金融抑圧」,もう一つは,「政府債務の貨幣化」,である.
投資家たちがその不安を抑えているのは,日本が示す3つの事実を忘れている間だけだ.すなわち,巨額の債務,高齢化,政治的麻痺.
よく言われるように,日本の国債は90%以上が国内で保有されている.しかし,利回りの水準はあまりに低い.世界の準備通貨を供給し,格付けも高く,人口が増加しているアメリカの長期金利が2.76%であるのに,日本は0.74%である.
これは,金融抑圧だ.黒田が,日本の金融機関や貯蓄化が好む金融資産である国債を買い占めたのだ.しかも,民間の貯蓄から政府・財務省に富を移転する効果がある.
また,黒田は財務省のATMとなっている.国債の70%以上を流通市場から買い上げる.かつて,M.フリードマンは,債務の貨幣化を最悪のシナリオとして批判した.しかし,高齢化する日本が経済規模の250%も債務を負うとき,黒田のやり方しかない.
NYT
August 10, 2013
Good
Charity, Bad Charity
By PETER SINGER
l 労働党の何が間違いか?
The
Guardian, Sunday 11 August 2013
Where
is Labour going wrong?
John Harris
FT August 12, 2013
Labour’s
problem is its lack of political artistry
By Steve Richards
FT
August 11, 2013
The
new model sharing economy
l アメリカン・ドリームの崩壊
NYT AUGUST 11, 2013
Opinionator
- A Gathering of Opinion From Around the Web
By JOSEPH E. STIGLITZ
産業の構造変化はどこでも起きている.しかし,それが人々の富や平等を損なわないように実現するのを公共政策は助けるべきである.例えば教育は,しばしば,逆に不平等を拡大している.都市の貧困地区と,富裕層の住む郊外地区とが,政治的な統一性を持たないために,共通したインフラが整備できない.それぞれが地理的に孤立し,衰退する.
デトロイトは自動車産業による雇用が失われ,人口も,財源も失ったが,ピッツバーグは製鉄を失っても,新しい雇用を生み出して発展している.アメリカ社会は,急速に,経済的な分割・分断化によって衰退しつつある.
WP
August 15, 2013
Social
immobility erodes the American dream
By Fareed Zakaria
左派と右派が一致する論点として,アメリカ人の社会的移動性が低下している,という問題がある.アメリカはカナダやヨーロッパ諸国,例えばデンマークに比べて,移動性が低い.
それを説明する要因として,社会資本,都市のデザイン,教育などの公共政策,が挙げられる.アメリカン・ドリームを取り戻すためにすべきことが分かった.
l 北極海の溶解
FT August 12, 2013
A
brave new world in a melting Arctic
l ジブラルタルの領土紛争
SPIEGEL ONLINE 08/12/2013
Spat
Over Gibraltar
London
Escalates Border Conflict With Spain
l ラテンアメリカの民主主義
Project Syndicate 12 August 2013
Illiberal
Democracy in Latin America
Andrés Velasco
l 戦争と法廷
FP AUGUST 12, 2013
Last
War Standing
BY JOHN ARQUILLA
FP August 13, 2013
America's
Paranoid 'Stop and Frisk' on a Global Scale
Posted By Stephen M. Walt
NY警察の街頭における職務質問が,人種差別による,という裁判所の判決が出た.アメリカは国外においても,テロリストの攻撃を恐れて,同じことをしている.しかし,それをやめさせるグローバルな法廷は存在しない.
l 中国経済の減速
YaleGlobal, 13 August 2013
Slowdown
in China Isn’t Bad News
Michael Pettis
中国の成長が減速することを悲観するべきではない.問題は,それに対する正しい政策を採用することだ.
日本の1990年代を想えば,経済のリバランスに不安が生じる.ある時期,日本は世界の成長のエンジンになると期待された.数十年間も高い成長を実現していた.日本が,その後,1%にも満たない成長で,20年間も苦しむとは,だれも考えなかった.
中国経済の減速も,これと同じであろうか? 需要面で,中国は貿易黒字であるから,世界の成長のエンジンではない.世界経済への影響は,中国の減速ではなく,貿易収支のリバランシングに関わっている.
中国政府は,GDP成長が減速しても,消費者の購買力を伸ばし続けるだろう.中国が円滑なリバランシングに成功すれば,それは資源や資本財の輸出国にとって需要を失う苦しい過程であるが,消費財やサービスの輸出国にとって,新しい需要を得られることになる.
WSJ
August 14, 2013
8 Questions: Justin Lin, ‘Against the Consensus’
米中の貿易不均衡は,すでに人民元への増価によって,解消しつつある.アメリカは準備通貨の地位により,貿易赤字を享受していた.むしろアメリカの金融自由化がバブルや消費過剰をもたらし,準備通貨でない諸国に金利差を利用した資本流出を招いた.
われわれは,ドルに変わって,超国家通貨を必要としている.
WSJ
August 14, 2013
Marching Yuan to Growth
By NOEL QUINN
FT
August 15, 2013
Flood
of problem loans to stretch China’s bad banks
By Paul J Davies in Hong Kong
Project
Syndicate 15 August 2013
China’s
Reform Anxiety
Yao Yang
l インフレを待つな
Project Syndicate 13 August 2013
When
Inflation Doves Cry
Allan H. Meltzer
なぜ巨額の債券購入を続けながらインフレは起きないのか? 量的緩和(QE)を続けてもインフレは起きない,という雇用重視の「ハト派」が正しいのか? 実際は,貨幣供給量が増えていないからだ.銀行はまだ少額の融資を始めただけで,金利も低いため,積極的に融資を増やしていない.インフレ期待が生じてからでは遅い.連銀は,インフレが起きるのを待つことなく,バランス・シートをインフレが起きない水準に戻すべきだ.
VOX 13 August 2013
Lessons
from a history of thought on poverty
Martin Ravallion
l 二つの世界
NYT August 13, 2013
Obama,
Snowden and Putin
By THOMAS L. FRIEDMAN
結局,オバマは民間の情報収取に関するシステムを見直すことになった.つまり,スノーデンは国家権力の乱用に正しく警告を発した英雄であり,プーチンは彼を守った優れた政治家なのか?
プーチンを攻撃するより,その取り巻きたちに真実を告げて,賞賛するべきだろう.オバマが先週,プーチンについて語ったように.「1979年にさかのぼれば,以前の野蛮な支配者はSergey Brinと彼の家族を追放し,アメリカに与えた.ご存知のように,Brinはその後,Googleの共同創設者になった.それはロシアの損失であり,われわれと世界の利益になった.」
プーチンの支配するロシアには創造的な人物が育たない.世界には,「開発」諸国と「発展途上」諸国がある,というのは間違いだ.H.I.E.’s (high imagination-enabling countries) and L.I.E.’s (low imagination-enabling countries)がある.
プーチンが築く政治的モノカルチャーのロシアには,想像力を生かす国になる見込みはない.
l 再生可能エネルギーの衰退
Project
Syndicate 14 August 2013
The
Decline of Renewable Energy
Bjørn Lomborg
l 富裕層
FT August 15, 2013
How
the wealthy keep themselves on top
By Tim Harford
l 世界貿易システム
VOX 15
August 2013
Global
value chain governance in the era of mega FTAs and a proposal of an
international supply-chain agreement
Michitaka Nakatomi
メガ・リジョナリズムは世界貿易システムに何をもたらすか?
4つのシナリオが考えられる.1.メガ・リジョナリズム(MR)が合わさって開放型の世界に至る.2.MRがWTOルールと併存するWTO2.0になる.3.MRのルールがスパゲッティ・ボールになる.4.MRのルールに関する分野別の合意を優先する.
まず,FDIによるグローバル・サプライ・チェーンの上で,問題分野別のルールに関して合意形成するのがよい.
FP
August 15, 2013
Pacific
Standard
BY DAVID ROTHKOPF
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The Economist August 3rd 2013
Yesterday’s fuel
Financial-technology firms: Apps at the
gate
Banyan: A caged tiger
The Dutch and the EU: A founding member’s
apostasy
Singapore’s banks: The perils of a
gilded age
(コメント) オバマ大統領は,Wikileaks,Manning,Snowdenの問題を扱う中で,その信用を損ねたかもしれません.また,シリア内戦やエジプトの軍事クーデタについても,その判断が間違っていたかもしれません.難しい問題ですが,彼は方針を決める立場にあったわけです.
石油の時代は終わり,金融ビジネスに新しい波が起きるとしたら,私たちの政治や経済もその形を大きく変えます.中国ではBo Xilai裁判をめぐる政治取引,EUではオランダの扇動家が目指す反移民・反ユーロの国際連携,シンガポールでは住宅バブルと反政府勢力,に興味がわきます.
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IPEの想像力 8/19/13
NHKドキュメント「“新富裕層” vs 国家」を観ました.番組は,まるで「新富裕層」は逃げ出すばかりで,課税する国家が負けるしかない,という印象を与えます.それは間違いでしょう.
かつて「リッチスタン」についての記事を紹介しました.「超富裕層」(「富裕層」)で検索すれば,200件(400件)以上,果樹園に関連記事や論説があります.
(http://www1.doshisha.ac.jp/~yonozuka/Review2011/112111review_s.html)
確かに,政府は領土内でしか課税できず,富裕層は海外に逃げることができます.輸送や通信システムが発達したから,そのような富裕層を勧誘するビジネスや政策も盛んになっています.しかし問題は,もっと深いところから生じています.
1.「富」とは何か? ・・・2.なぜ「富」を個人が所有できるのか? ・・・3.富裕層は,社会から切り離されても,富を創り出せるのか? ・・・4.国家はなぜ税金を取れるのか? ・・・5.市場・能力・競争.という正当化は本当に正しいか?
アダム・スミスの考えた「富の本質」は,グローバリゼーションにもあてはまります.それぞれの社会は,インフラを整備することで,発達した市場によって専門化した労働を結びつけ,知識や科学を組織的に利用できます.そうすることで,人々は豊かさを互いに享受します.
しかし,グローバリゼーションを牽引するITと金融ビジネスの「富」を考えるとき,「新富裕層」は,金融サービスの特異な知識や情報を駆使して社会から富を抽出する人々だ,とみなせます.それは,かつて「不労所得」や「地代」,「独占利潤」と呼ばれたものです.
特許や情報処理,スポーツや音楽によるビジネスは,市場の統合化によって,ますます巨大な規模で富を集中しつつあります.しかし,フットボールのTV中継がなかった時代,デリバティブや24時間のグローバル金融取引がなかった時代のほうが,安定した雇用や高い成長を実現していました.
労働によって得る「富」だけでなく,技術によって得る「富」,保守党であれ,共産党であれ,社交クラブであれ,人脈や内部情報によって得る「富」,金融ビジネスによって得る「富」,資源や権利の独占によって得る「富」,略奪や搾取によって得る「富」もあります.これらは同じものではありません.
近代的な社会の富を「所有」と結びつけた,産業革命の説明は,とても説得的です.集団で耕作する農地ではなく,自分の農地を所有することで,技術革新に投資でき,追加の収穫物を自分の利益にしたわけです.そして市場が「知識」のもたらす富を急速に波及させたでしょう.しかし,「知的財産権」をグローバルに保護し,他方,税率を引き下げる国家間競争を刺激する世界企業が,利益を独占することで技術革新を促す,という説明は,むしろ逆のように思います.
100件の牛乳屋がある町と,1件の乳製品企業しかない町であれば,後者の方が企業の組織が大きく,階層制が発達して,所得の差が拡大しているでしょう.ファンドマネージャーになって,部屋から真っ白なプールとカリブ海が見渡せる,美しい邸宅に住むより,週に3日か4日,1日に6時間ほど工場労働者や学校教師として働いて(週休4日,週18時間労働),所得格差の小さな町に,私は住みたいです.
インターネットは便利ですが,スマートフォンやGoogleがなくても,私は幸せに暮らせます.ウォークマンやポラロイド,CDが消滅し,アメリカの自動車産業やデトロイトが破たんし,職場や学校の仲間,地域を担う共同体という意識が消滅しました.“Gated City”に移住する富裕層は,こうした盛衰を自分の力だけで管理できる,と思うのでしょう.
アメリカの住宅バブルとその崩壊は,多くの住宅差し押さえを生じ,ホームレスの家族が増えました.番組の中では,「働かずに暮らす者がいる」と,国外脱出・移住する「富裕層」が吐き捨てました.貧乏人の生活を維持するために,巨額の税金を払いたくない,というわけです.オバマの提案する増税を理解し,税金を払ってもよいと考える者も,何に使うのか,納得いくように説明してほしい,と求めます.
確かに,政府が課税できるのは,安全保障,灯台,道路,そして,法と秩序を提供し,犯罪・反乱に対する備えが必要だからです.今では,十分な雇用機会や経済の健全性も,政府が実現する責務を負います.日本政府は消費税を引き上げるべきでしょうか? 富裕層への増税と,円安による燃料費や食糧費の高騰に苦しむ人々への減税と組み合わせるべきだ,と思いました.
アメリカン・ドリームや「中産階級の没落」に関して,議論が起きています.人々が社会的な移動を実現できる条件は,社会資本,共通の政治的基礎,インフラと教育への投資,などである,とZakariaは気づきます.あるいは,都市社会学者が言うように,そもそも都市の生活は,その多くが,共通資本,共同消費からなっています.
「所有」にもいろいろあると思います.「社会的な富」について,個人が管理を付託されているような「所有」(生産設備・金融資産など)と,私的に消耗し,本人が同意しなければ,だれにも奪われることのない「所有」(衣食住,趣味,など),政府が集合的に維持・管理し,社会的な合意を実現するための手段として利用する「所有」(政治的な権限,土地など).
「富」や「所有」という錯覚が人々を貧しくするなら,それを切り分け,組み替える力が私たちにはあるはずです.
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