今週のReview
11/21-/26
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ユーロ危機とは何か? ・・・金融官僚の政治支配 ・・・TPPの波紋 ・・・ジャーナリストの対談 ・・・リッチスタン(富裕層の国) ・・・天使ではない
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l ユーロ危機とは何か?
Project Syndicate 2011-11-11
Down with the Eurozone
Nouriel Roubini
ユーロ危機は頂点に達しつつある。
問題は構造的である。PIIGS (Portugal, Ireland, Italy, Greece, and Spain)とコア諸国the eurozone core (Germany, the Netherlands, Austria, and France)との間に経常収支不均衡が固定している。さらに、ドイツと赤字国の間で労働コストは逆向きに変化した。周辺の赤字諸国はますます競争力を失い、公的・民間債務は維持できなくなった。
何をするべきか?
周辺における成長と競争力を回復するリフレ政策がもっとも望ましい。それと平行して、周辺諸国は構造改革と緊縮策を実施する。そのためには政府債券購入増によるECBの大幅な金融緩和が必要だ。しかし、残念なことに、ドイツが強く反対している。
ドイツとECBが周辺諸国に求めているのはデフレ調整、すなわち、緊縮策と実質的な切り下げだ。これには問題が多い。緊縮策は必要だが、当面の不況を悪化させる。構造改革も、雇用削減や赤字企業の整理など、不況が深まり、新部門への労働者の移動は徐々にしか進まない。デフレによる実質切り下げができたとしても、その間に財政赤字や企業破産はさらに増えるだろう。
そうなれば、周辺諸国がデフレのわなを抜け出し、競争力と構造的な対外赤字の問題を解決するには、第3の選択肢、デフォルトとユーロ圏離脱しかない。
それは無秩序にユーロ圏の崩壊をもたらせば、2008年のリーマン・ショックを超える破壊的影響を生じる。ユーロ圏のコア諸国は、崩壊を避けて、周辺諸国を低成長の、競争力を失ったままの状態に維持する。それが第4の選択肢だ。そのために、コア諸国は債務の大幅な削減と、巨額の財政移転を認める。
イタリアは、何十年も、南部Mezzogiornoに対してそのような政策を取ってきた。しかし同じことが、たとえユーロ圏内ではあれ、ドイツ人とギリシャ人との間で長期間行えるとは思えない。また、その場合、ECBの力が制限される。
イタリアを救済するには大きすぎる。ユーロ見解鯛のコースに入った。後戻りはできない。
The Observer, Sunday 13 November 2011
There is only one alternative to the euro's survival: catastrophe
Will Hutton
ユーロ圏の最悪の状態を見て、イギリスがユーロ圏ではないことを喜ぶユーロ懐疑論者は、これがヨーロッパ通貨体制とガバナンスの危機であるだけでなく、現代資本主義の危機でもあることを理解していない。アメリカでも中国でも、通貨制度は現実と乖離し、民間債務は膨大で支えられないほどあり、銀行は資本不足だ。
イギリスの利益は、明らかに、ユーロ圏が存続することにある。ユーロ圏の離脱を簡単に議論するのは間違いだ。ヨーロッパ経済が不況になれば、イギリス経済も不況になる。
ここでヨーロッパの不況を避ける必要を説くより、キャメロン首相にドイツで演説するように求めたい。すなわち、ユーロ圏にとってもっともコストが小さいのは、ギリシャではなく、ショックにも耐えられる強い経済を持つドイツが、ユーロを離脱することだ、と。
そして、イギリスは安定したユーロ圏にポンドを固定し、究極においてはユーロ圏に参加する。しかしそれは、ドイツが積極的な役割を果たして健全に運営されるようになったユーロ圏か、あるいは、ドイツが抜けたユーロ圏である。
この演説は、ドイツに大論争を巻き起こすはずだ。ドイツはインフレ以上に、ヨーロッパで孤立することを恐れるから。ドイツはユーロ安や、ドイツに限らないヨーロッパの政策を目指すだろう。またイギリスは、ヨーロッパのゲームのルールを変えることで、ヨーロッパにおける影響力を重視される。
実際には、キャメロンは小イングランド孤立主義Little England isolationismに陥り、ドイツは道徳的で、視野が狭い。その両方がヨーロッパとその経済を苦しめている。
FT November 13, 2011
Special drawing rights enjoy rare moment in limelight
By Alan Beattie in Washington
SDRは準備資産である。IMF加盟国政府間で使用できる。しかし、実際の支払いや購入には主要通貨に転換される。SDRは人工通貨として、また、ボタンひとつでできる「紙幣増刷」として、批判された。
G20でSDRの利用を提案したのはドイツ連銀だった。SDRの発行によってIMFはユーロ圏のEFSF増資やECBによる融資を、イデオロギー的な論争から救出できる。
FT November 15, 2011
Europe must not allow Rome to burn
By Martin Wolf
今、問題になっているのは、ヨーロッパ経済の安定性、そして世界経済の安定性である。しかし、それだけでなく、1535年の西ローマ帝国崩壊後、ヨーロッパを統一しようとした試み、そのもっとも文明化された世界が生き残れるかどうか、を問われている。
Walter Scheidel(Stanford University)に従い、Wolfは指摘します。・・・約2000年前、人類の半分は二つの帝国によって支配されていた。ローマ帝国と漢である。二つとも滅んだが、中国では繰り返し統一の動きがあった。しかし、ローマ帝国は分裂したまま、再生しなかった。それでも、再生の夢は死ななかったのだ。法皇や神聖ローマ帝国、そして、ナポレオンがいた。その夢がEUにも生きている。
ドイツのメルケル首相は、ユーロを支持するためにヨーロッパに政治同盟を築こう、と呼びかけた。その言葉に嘘はないだろうが、ドイツのビジネス界や政治エリートは、本当に、その代価を支払う気があるのか? という疑問が残る。
ローマ帝国が滅亡してから数世紀、ヨーロッパはバベルになった。政治も、政治家も、ヨーロッパではなくその土地の問題に支配された。しかし、金融財政政策と、労働市場の規制は、民主的な政治の基礎にある。ユーロ圏内の格差が拡大するにつれて、その摩擦も激しくなった。
メルケル首相は、適時、適度な改革を、実現する戦略を取ってきた。しかし、このやり方では、危機を抑えるのに間に合わない。遅すぎるし、少なすぎる結果になるだろう。
l 金融官僚の政治支配
SPIEGEL ONLINE 11/11/2011
A Symptom of the Crisis
Greeks Vexed By Growing Crime
By Paul Glader in Athens
ユーロ危機が深まっているギリシャで、国民の生活はどうなっているのか?
「暗い街角には麻薬の売人が隠れている。アテネ市民たちは、ギリシャ経済が縮小する中で、麻薬取引、売春、窃盗、強盗、軽犯罪、非合法移民、が増えた、という。」
社会的緊張が高まるさまざまな条件が見られる。失業率は、1年前の12%から16.3%に上昇した。表通りで閉鎖する店舗が増え、捨てられるペットの犬や猫が増えた。ストライキが続き、町にはごみが累積する。ゲートに囲まれた富裕層の住宅地区でも不安は高まっている。
犯罪の増加と厳しい緊縮政策により、中間・上流層の中には、都市部から脱出する者、支出パターンを変える者、外国に移住する者、出身地の島に帰る者、が現れている。
アテネ市民は、「スウェーデンのように重税を支払い、アフリカのような劣悪な公共サービスしかない」と冗談を言う。不動産税が追加され、学校や病院は削減される。
guardian.co.uk, Monday 14 November 2011
Letting technocrats run Europe is bad politics and bad economics
Aditya Chakrabortty
Mario Monti and Lucas Papademosはイデオロギー的に中立の政治家である。しかし、経済学や金融の専門家が政府を組織しても、それでユーロ危機が解決できるとは思えない。
ギリシャやイタリアの金融危機を招いたのは、年金生活者や学生、公務員の利益を重視した政府ではなく、銀行家の支持する政府であった。しかし、新政権は北欧の要求に従う必要があるから、Monti はEUの委員であったし、Papademos はECBのスタッフであった、というのはその条件に合う。
経済学について専門的に学んだことが政策を決めるうえで重要か? ヨーロッパの政治家の経済学に関する知識を調べれば、1973年以来、ギリシャの財務大臣の69%、ポルトガルの財務大臣の55%は、経済学のPh.Dを持っていた。他方、イギリスの財務大臣にはそれほどの高学歴はない。
危機になるまで、ユーロこそ経済学の専門技術官僚による勝利であった。重要な政治制度や、まして共通の財務省を欠いたユーロ圏の問題を、我々は今、深刻に、理解している。
FT November 14, 2011
IMF must reassert itself in the euro crisis
By Bill Rhodes
ユーロ圏内の協力と規律をもたらす、独立した、強力な、中央機関が必要である。その候補の一つが、IMFである。最近まで、その影響力は薄れていたが。
もしIMFが現在、一定の賢慮奥を持って行動するとしたら、それは特別な財源を必要とするだろう。巨額の外貨準備を持つ諸国(China, Saudi Arabia and other members of the Gulf Co-operation Council, as well as India, South Korea and Brazil)がそれを提供する考えを示している。金融市場もIMFが金融システムの健全なアンカーとして再建されることを歓迎する。IMFは加盟国の政策を監視し、専門家の明晰な分析と、過去の失敗からは切り離された独立の姿勢を示すだろう。
FP Tuesday, November 15, 2011
Fiddling while the euro burns
Posted By Stephen M. Walt
ドイツは確かに最後にユーロを救出するかもしれない。しかし、デフレ地域に成長を回復するだろうか? ドイツは回復するとしても、他の国を救済するだろうか? それは、ナショナリズムの問題だ。ニューヨークやカリフォルニアの富裕層は、もっと貧しい諸州に財政移転を永久に続けるだろう。それができるのは、大衆の目に見えないからだ。結局、我々は同じ国の国民だ。
その感覚はヨーロッパにない。土地に根付くナショナリズムを弱めるほど、ヨーロッパ人の共通の意識は強くない。たとえユーロ債がそれを促すとしても。
l TPPの波紋
FP NOVEMBER 11, 2011, 2011
Look South, Not East
BY PARAG KHANNA
アメリカは、アジアよりもラテンアメリカを重視し、統合を推進するべきだ。
ラテンアメリカは、資源が豊富であり、何より、エネルギーを自給できる。また、中国と同じ人口規模(9億人)や市場規模(6兆ドル)がある。ラテンアメリカのほうが、中国より若く、都市化している。また、ラテンアメリカ経済は、アメリカと同じ、中国からの輸入品に苦しみつつある。
アメリカ企業は、中国にアウトソーシングするより、ラテンアメリカを生産拠点として開発するだろう。他方、ラテンアメリカ諸国は技術や資本を得るプラグマティズムによって政策を変えつつある。アメリカのFTAは、コロンビアやパナマだけでなく、ラテンアメリカ全域に拡大するべきだ。もはや中米カリブ海域の「バナナ共和国」支配がアメリカの利益ではない。
南北アメリカにおける市場と産業の融合が、成長とより大きな競争力につながる。アメリカ政府も、ブラジルの外務大臣Celso Amorimに賛同するだろう。「世界がブロック化する中で、団結することが優位をもたらす。」
FP NOVEMBER 11, 2011, 2011
America's Pacific Century
BY HILLARY CLINTON
アメリカ外交の転換を世界に向けて説得する明晰な文章です。
「アジア太平洋は世界政治の重要な運転手である。インド亜大陸から南北アメリカ大陸西岸まで、この地域は、輸送と軍事戦略でますます連結される、二つの大洋(インド洋と太平洋)を含む。世界人口の半分が済み、世界経済の主要なエンジンがあり、世界の温暖化ガスの最大排出地でもある。そこにはアメリカの重要な同盟国があり、中国、インド、インドネシアのような重要な新興諸国がある。」
クリントン国務長官は、アメリカの新しい外交を「前方展開」外交と呼びます。すべての外交資産を動員して、アジア太平洋地域の各国、重要会議に人員を派遣する。その際、①二国間の安全保障協定を強化する。②中国など、新興諸国を重視する。③地域の国際機関を強化する。④貿易と投資を拡大する。⑤米軍基地だけでなく、様々な形の軍事的関与を拡大する。⑥民主主義と人権を推進する。
アメリカは、イラクとアフガニスタンから撤退することを契機に、また、ヨーロッパで戦後60年間に達成した平和と繁栄をもたらす制度の構築を大きな成果として、アジア太平洋地域に次の60年間の目標を掲げます。
中国脅威論にも、封じ込め論にも、クリントンは反対し米中協働・共栄論を支持します。グローバルな問題を解決するために中国が貢献するよう積極的に促したい、と。・・・米中がその意図や軍事展開を誤解しないように、透明性を高め、情報交換を緊密にする。また、南シナ海など、地域の紛争についても、制度的な交渉で安定的に解決することを中国に求める。
経済面では、特に米中の協力が世界経済の繁栄に欠かせない。確かに人権問題では対立するが、国際法を尊重し、人権を重視するオープンな政治システムを築くことは、中国自身に安定性と成長をもたらし、利益である。それられを欠くことが中国の成長を制約する。
地域の多角的な協力と制度化を、アメリカは積極的に支持する。ASEANやAPEC、アジア地域フォーラムを重視している。韓国とのFTAやTPPの推進は、将来、太平洋をまたぐ単一の貿易圏を形成するだろう。APECのような地域的アプローチとG20のようなグローバルな取り組み、そして二国間の交渉は、開放的で、透明な、公平な市場に向けた、同時並行的に進む模索である。
安全保障面でも、日本と韓国に駐留する米軍だけでなく、変化する現実に応じた展開を絶えず実行する。アメリカはアジアの安全保障に、将来も関与するつもりだし、その力がある。それには様々な新しい軍事力の展開を含めることだ。
l ジャーナリストの対談
guardian.co.uk, Friday 11 November 2011
Can Europe pull back from the brink?
Newsnight's Paul Mason and the FT's Gillian Tett
Paul Mason(BBc2's Newsnight)とGillian Tett(Financial Times)の興味深い対談です。日本がバブルの処理に苦しみ、答えられなかったのと同じ問題を議論します。・・・
ギリシャとイタリアで政治指導者が辞任し、専門官僚が引き継いだ。これは意外なことだったか?
GT(Gillian Tett):いや、当然だろう。民主的な手続きで対策が遅れるのを許す状況ではないから。
PM(Paul Mason):それは違う。彼らは所詮、官僚だ。政権の寿命は短い。
GT:問題は、解決策を強制できる権威を持つ者はいないし、下から積み上げる解決策をもたらす十分な自由市場も無ければ、真の民主主義も無い、ということだ。私たちは中途半端な状態で、危機から危機へと移動している。
PM:ギリシャの二大政党は強力なネットワークを持ち、国民の怒りを制御している。イタリアの危機は、短期的にはベルルスコーニ内閣の信認問題だ。
GT:この4年間、現代金融システムの機能が問われたが、今、政府のシステムも真剣に問われている。未来に向けて、危機を処理できる制度がない。だから多くの公的機関がその権威を疑われ、人々がウォール街を占拠するのだ。
イタリアとギリシャの改革は成功するか?
GT:まだ時間稼ぎでしかない。解決のためには、第一に、ヨーロッパの成長が回復しなければならない。そうすれば債務問題も緩和される。第二に、(改革に向けた)政治的な合意が形成されることだ。
PM:政治の主流において、数ヶ月で自由市場は後退し、保護主義が支配的になるだろう。
GT:(市場統合を解体する)コストは大きすぎる。銀行家たちは、複雑に結びついたグローバル金融システムの上で働いている。それが失われる恐れがわずかでもあれば、パニックが広がる。ECBがシステムを全面的に支持し、IMFも巨大銀行への資金注入を強いられるだろう。
PM:しかし、イギリスでAlistair Darlingが行ったような銀行国有化は、政治家が介入せず、銀行家たちがシステムを勝手に再建した。彼らは資本を得て、融資を怠り、成長をもたらさなかった。
GT:ギリシャが離脱すれば、他の国も不安を持たれる。アメリカ政府が挫折感を持つのは、これがブレトン・ウッズ体制崩壊後の最初の(そしてアメリカの手におえない)グローバルな金融危機であるからだ。それを沈静化できる者はいない。アメリカ政府はヨーロッパを救済できない。今年のIMF増資分もまだ支払っていないのだ。しかもECBのドラギ新総裁はまだ就任したばかりだ。
何か新しい展望はあるか?
GT:Carmen Reinhartは、1945年以後にやったような、金融抑圧による処理を予想する。貯蓄機関は強制的に定理の(低利回り)債券を購入させられる。また、David Graeberは、著書Debt: The First 5,000 Yearsで、古代メソポタミア文明でそうであったように、債務免除を周期的に行うことを考える。そうしなければ、暴力が爆発して債務が破棄されるだけである。
PM:インフレによって債務者が免除され、貯蓄を奪われるか、メソポタミアのように穏やかな債務の消去をするか、そうだとしてもわれわれの社会で議論して、その負担を決める権利がある。
GT:1990年代の日本では、政府・金融当局が(政治の混乱を恐れて)誰の負担になるかを決めないように、すべての支払いを維持し続けた。市場による調整を拒み、その不安を利用し続けた。ヨーロッパの政治家たちはそれを真似るかもしれないが、うまくいかないだろう。
PM:オバマ政権にも自信が欠けており、政治の硬直性が問題になる。
GT:第二次世界大戦後に財務長官たちがブレトン・ウッズに集まって金融システムを作ったように、G20の指導者たちが弧島に集まって、次の100年に向けたグローバル経済のロードマップを決めるときだ。しかし、世界の各地域は移動するプレートに乗っており、ゆっくりと、見えないほどの速さで動いている。そして突然、プレートは衝突し、新しい山脈を形成する。金融危機はその大きさを示したし、予期しない形で、すぐにやってくる。
l リッチスタン(富裕層の国)
FT November 11, 2011
Trouble in Richistan
By Gillian Tett
4年前に、ジャーナリストのフランクRobert Frankはアメリカのエリート層を観察したリッチスタンRichistanという面白い本を書いた。さらに、The High-Beta Richを著した。なぜなら2007年に金融市場が混乱と崩壊に向かい、リッチスタンの富や生活スタイルは破局に向かったはずだから。
しかし、The High-Beta Richは破局を利用して富を得る新しい階級、レポ・クラス(“repo” – or “repossession”)を描く。破産した富裕層から土地や個人ジェット機、ボート、絵画などを買い取るのだ。「1995年から2010年にかけて個人ジェット機は2倍以上に増えた。」今や、その価格は半分以下に下落した。
フランクの本は、富裕層もレポ・クラスも非難していない。歴史を通じて、アメリカ社会はリッチスタンを嘆くよりも賞賛してきた。誰でも頭さえ切れれば豊かになれる、anybody could get rich, if they were smart enough.という信念があったからだ。この社会的な移動性に関する神話が、アメリカ社会をまとめるカギであった。ところが、今では社会的な地位の転落を恐れている。アメリカの底辺層から裕福な1%に入ることは、ヨーロッパよりも難しいのだ。
フランクの本は、レポ・クラスとして、この神話の継承を称揚するが、同時に、金融市場を介した移動性が余りにも浮動的であり、社会への帰属意識を失わせたことも示している。富裕層はいつ転落するかわからず、それゆえ、ノーブル・オブリージュとしての社会貢献を重視しなくなり、慈善活動や寄付にも参加しない。
ウォール街を占拠する若者とリッチスタンの住民は、未来への不安、を共有する。
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The Economist, November 5th 2011
George Papandreau’s referendum: Greece’s woes
Brazil’s economy: The devil in the deep-sea oil
Charlemagne: A Greek bearing gifts
Economics focus: Pulling for the home term
(コメント) ほかにも、アメリカの中産階級没落や大統領選共和党候補者選び、日本の東電に対する政府資金供与と原発事故被害補償、トルコの外交政策、アメリカのアジア重視と南シナ海にかかわるイギリス植民地の時代に作った地域安全保障、インドの情報技術関連企業、タイの洪水、裕福なカタールが認めたイスラム圏報道ジャーナリズムによる国際戦略、イン核開発、ニカラグア・・・・
しかし、とにかく議論として記憶に残るのはギリシャからイタリアに波及したユーロ危機です。なぜ国民投票はつぶされるのか? なぜECBは最後の貸し手として政府を救済しないのか?
答は、ありません。 “In the end, won’t pay matters more than can’t pay.”
国民投票ができないことはおかしいし、最後の貸し手がなければ危機を回避するのは難しいのです。中国など、新興市場の外貨準備や、IMFに頼ることも、答えにはなりません。
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IPEの想像力 11/21/11
ユーロ危機とTPP交渉は、貨幣を共有し、貿易のルールを(そして、農業を)共有することの意味を問います。私たちは、ずっと以前から、国家の領土を超えた社会秩序の構築・再編について、試行錯誤を続けています。・・・5000年以上も。
この週末のニュースを聞き、新聞記事を読むと、日本(1億2600万人)が突然、国際政治の真ん中に飛び込んだことを実感します。野田首相はTPP交渉への参加を各国と協議するという決意を伝え、それは中国(13億人4000万人)やASEAN(5億8000万人)を刺激して、ASEAN+3(そして+6)によるFTA交渉を加速することになったからです。
これは、アジアをめぐる、政治的な「機関車論」と言えないでしょうか。
かつて、アメリカ(3億1000万人)の貿易赤字を嫌ったヨーロッパ諸国がSDRを創出し、その後、変動レートに移行して高まった世界インフレと石油危機後の世界不況を主要諸国で緩和するため、「機関車論」が唱えられました。ユーロ危機の鎮静化を図るG20カンヌ・サミットは失敗に終わりましたが、SDRや「機関車論」の時代を想起させます。
それは、競争的な自由化であり、民主化の時代でもあるでしょう。政治秩序が、国家の内外において、変形しつつあるのです。
最初に動くのは小国です。The Economistの記事が、ミャンマー(4800万人)の民主化を伝えていました。中国からの援助によるダム建設を中止した(勇気のいる)決定と関係がある、という見方を示します。ミャンマーの軍事政権が、アウン・サン・スーチー女史を自宅軟禁から解放し、政治犯の釈放や批判政党の活動を許した背景には、アジアの地殻変動がありそうです。
また、ロシアと中国に挟まれたモンゴル(275万人)が、資源開発にそれ以外の国際投資を呼び込む姿勢も、強大な隣国からの影響を少しでも抑えて、独立した判断の余地を得たいからだ、と指摘していました。
新聞に載った写真で、タイ(6900万人)のインラック首相と、実に嬉しそうに握手する野田首相が印象的です。日本を訪れたブータン(73万人)の若い国王と王妃は、すでに何度もTVニュースに登場しました。
ベトナム(8800万人)だけでなく、オーストラリア(2200万人)もアメリカとの安全保障を強化しました。ギラード首相は、アメリカ軍が駐留部隊を増加することに合意し、中国の怒りを刺激したでしょう。貿易面で、ますます中国との関係が重要になる中で、国際秩序の性格をめぐる論争は続きます。
日本がアジア・太平洋における市場統合と政治・社会関係の緊密化、さらには「政治的コミュニティー」の形成に向かう運動の「機関車」になれるでしょうか?
そのためには、次のような問題について、他国の共感を得る形で率直に語れる政治家(と国民)が育たなければなりません。すなわち、領土問題、歴史認識、農業問題、資本主義システム、原発・エネルギー問題です。その上で、通貨や資本移動、核兵器の廃絶など、国際秩序の改革に向けた優れたビジョンを示す日本の力が問われるのです。
領土や安全保障を、一方的に主張し、対立をエスカレートさせる状況を変える力が、日本にあるでしょうか? もちろん、これは世界中の国家が問われてきた問題です。アジアにおけるパワーの配分が変化する中で、現状を維持することの意味が変わりました。
侵略や虐殺、戦争犯罪、和平交渉の歴史を、正確に語り、国家を超えて同情や共感を得るには、人間性に訴える知性の深さを示す必要があります。自国の政治家が行った発言や選択について、自国の軍隊や民兵集団が行った非人道的行為について、あいまいに言い逃れることはできません。
農業において、通貨や資本主義システムにおいて、エネルギーの確保において、個人や企業ではなく、政治とコミュニティーのあり方が問われます。
ユーロ圏(3億3000万人)の危機も、TPP参加も、それは安全保障やコミュニティーの意識を共有することと、完全には切り離せないことを問うのです。
2050年。世界の人口予測は90億人を越えます。その半分以上、52億人がアジアに住み、日本はまだ1億1000万人を維持していますが、減少し続けます。中国は14億人、インドは16億人です。国際秩序を共有しなければ、小国は自由や豊かさを望めません。現在、人口5億人のEUにおいて50分の1の人口と言えば、ベルギー(1000万人)です。
世界で最も優れた社会・政治制度から多くを学ぶ市民たちの勇気と、内外の反対意見を説得できる指導者が、小国にはどうしても必要です。
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