前半から続く)


l  アメリカ資本主義

WP May 25, 2012

America’s dysfunctional capitalism

By Harold Meyerson

アメリカ資本主義は次々にその欠陥を示し始めている.Facebookの株式上場をめぐる取引で訴訟が起きたのだ.大銀行が情報を「選別的に開示“selective disclosure”」して,一部の投資家を優遇したのではないか,というのだ.その評価額は,携帯電話の広告がPCよりも限られていることから,過大評価である,とウォール・ストリート・ジャーナルが批判していたのだ.銀行は個人投資家にこの情報を広めなかった.

この行為は,非常に不公平であるが,完璧に合法的なのだ.アメリカの経済システムは強力な利益団体によって作られており,裕福な者は優遇されている.

NYT May 28, 2012

The Role of Uncle Sam

By DAVID BROOKS

18世紀,政府は産業の発展を指導した.19世紀には輸送システム,20世紀には通信システム,そして現在はバイオテクノロジーを指導する.

しかし,連邦政府の役割は限定されていた.Alexander Hamiltonはナショナリストだった.国民のパワーと名声を高めるように努力した.個人の富や平等ではない.その焦点は,長期の,構造的な発展にあった.ナショナリズムはダイナミズムを重視し,保障や平等性,快適さよりも,機会を重視した.こうした優先順位は,連邦政府の役割を厳しく抑制した.

政府そのものは善でも悪でもない.何をするかが重要だ.もしアメリカがその統治制度を近代化しないなら,国民は停滞するだろう.そして,Hamiltonの亡霊が悲しむ.

WSJ May 28, 2012

A Budget Grand Bargain Will Follow the Election

By ROBERT RUBIN

FT May 30, 2012

A diabolical mix of US wages and European austerity

By Robert Reich

ヨーロッパとアメリカの経済政策を混ぜたら,最悪の経済が誕生する.すなわち,厳しい財政引き締めと,労働者への分配がますます減少する経済だ.それは大西洋の両岸が示す政治の現状から,十分に実現可能である.

政治において不況の中でも財政再建を求める声が強まり,他方,賃金を抑え,企業の利潤を増やす経済変化(労働組合の解体,アウトソーシング,契約労働者の増加,コンピューター化)の傾向が続く.


l  協同組合

Project Syndicate 25 May 2012

The Cooperative Alternative

Mahmoud Mohieldin

「協同組合cooperatives」に新しいアプローチが求められている.その基本的な価値は,人間的な見方,生産方法へのプラグマティックな取り組み,経済成長の普及であった.アメリカ,ヨーロッパ,オーストラリア,日本で広まったのは,普通の人々がまとまって販売や購入をすることで,リーズナブルな価格を実現し,知識を広め,社会の包摂や社会資本を形成できる,という主張が支持されたからだ.協同組合は,多くのコミュニティーで,経済や社会の在り方を変え,貧困層への融資を提供している.

確かに,その理想に反するケースもある.政治の道具になり,ガバナンスの欠如や経営の失敗を示す協同組合もある.金融規制や課税を免除されているという問題,組合員の獲得や脱退の問題,巨大ビジネスと化し,協同組合とその他の経済取引との区別が難しいときもある.ますます移動可能な,都市化する世界で,協同組合がコミュニティーの結束や知識の普及に依拠した価値は失われている,という.

世界銀行は,生産や金融における協同組合の発展を支援している.インドのthe Indian Dairy Cooperativeは,主に地方で,推定25万人の雇用をもたらし,メキシコでも,National Savings and Financial Services Bankが,地方に住む数百万の貧しい人々に金融サービスをもたらしている.開発政策には革新的な解決が模索されている.より包括的な,持続可能な開発モデルを広めるために,協同組合の最良の成果を広めたい.


l  イギリス

guardian.co.uk, Friday 25 May 2012

Nick Clegg's U-turn for the better

Robert Skidelsky


l  トニー・ブレア

The Observer, Sunday 27 May 2012

Tony Blair's moral decline and fall is now complete

Nick Cohen

guardian.co.uk, Monday 28 May 2012

Tony Blair: godfather of realpolitik – and Rupert Murdoch's daughter

Polly Toynbee

FP MAY 29, 2012

A Man With No Country

BY ALEX MASSIE

トニー・ブレアの引退生活が批判されている.古い友人であるビル・クリントンが,同じように40歳代で政権に就き,引退後の問題をクリントン財団Global Initiativeで解決したのと比べて,ブレアは今もなお政治の舞台を求めている.ブレアは帝国を失ったが,まだ新しい役割を見いだせないのだ.

ブレアはアメリカのイラク進攻を世界で売り込むセールスマンとなり,「戦争犯罪人」となった.かつてブレアを支持した人々の多くが,この政治的カメレオン,稀代のペテン師に騙された,と感じている.ブレアへの憎しみは自己嫌悪と重なっているのだ.

ブレアは国を失い,過去に彷徨う.

NYT May 30, 2012

Charles Taylor and the Next 50 Years

国際刑事裁判所は,リベリアの元大統領Charles Taylorに,禁固50年を宣告した.1990年代のシエラレオネ内戦で,殺人,身体切断,レイプ,性的奴隷,子供兵士の利用,などを扇動した罪である.見事なスーツを着て,黄色いネクタイを締め,針金の縁取りメガネをかけた,この男の手は,両国で死んだ25万人の犠牲者の血で濡れている.


VOX 27 May 2012

The next steps in ASEAN+3 monetary integration

Pradumna B. Rana

WSJ May 29, 2012

Indonesian President Warns of Asian Common Currency

By PATRICK BARTA, ERIC BELLMAN and ROBERT THOMSON


LAT May 27, 2012

The great Pacific garbage reality

By Usha Lee McFarling


l  オバマ式クーデタ

guardian.co.uk, Monday 28 May 2012

Syria: why Russia changed tack

Simon Tisdall

ロシア政府は,Houlaにおけるシリア政府軍の虐殺を非難する国連安保理の声明を直ちに支持した.アメリカ・ロシア両政府はシリアのアサド政権に対する意見に合意を見いだせるか?

プーチンは平和を重視する政治家ではない.情緒を排して自国の優位を目指す政治家だ.しかし,プーチンにとって重要なのはシリアではない.オバマとの会談だ.すでに,いつも通り,そのための心理的な圧力をかけている.

プーチンがほしがっているのは,アメリカのミサイル防衛システムがロシアの安全保障を損なわないという保証であり,ロシアが支援したグルジアの領土分離以後,コーカサスの現状を維持することであり,ロシアのWTO加盟であり,「操作された民主主義」,人権の不足などで,ロシアを非難するのを止めさせること,ある.要求リストはもっと続く.

特に,イランの核開発問題を平和的に解決することは重視されている.クレムリンにとって,南部や中央アジアで戦争が起きることの方が,シリアの混乱より,はるかに政治的,経済的な不安定化につながる.

他方,オバマがほしがっているのは,イランとの交渉を平和的に進めるための協力であり,北朝鮮のような共通の問題を解決する支援だ.つまり両国には,シリア問題で和解する条件がある.

しかし,ロシアが考えるような,アサドの名目的な政権離脱(そして罪を問わない約束)と,ロシアの影響圏に残した政治体制の維持では,体制転換を求める反政府派の人々に決して受け入れられないし,欧米諸国も交渉のテーブルに就けないだろう.

もしアサドが権力をアメリカとロシアの秘密合意で失うとしたら,それこそ結果を重視するオバマ式の外交スタイルである.ジョージ・ブッシュと違い,オバマは他人の国で戦争するのを嫌う.彼が使うのは,特殊部隊であり,無人飛行機による攻撃であり,秘密の部隊,買収,暗殺だ.そして取引に合意する.アメリカ人らしいクーデタだ.

FT May 28, 2012

For Syria, diplomacy still beats bombs

By Gideon Rachman

FT May 28, 2012

World waits on Russia to stop backing Assad

By Roula Khalaf in London

NYT May 29, 2012

The Massacre at Houla


l  アイルランドの国民投票

FT May 28, 2012

This is a fiscal straitjacket for Ireland, not a union

By DavidMcWilliams

欧州委員会とECBの示す財政条約は,われわれの背中に小便をかけて,それは雨が降ったのだ,と言う.財政条約はヨーロッパの危機を解決しないだろう.

アイルランドの金融危機はこの国の富を破壊したわけではない.それは既に国境を超える民間部門の融資と借入,投機で破壊されていたのだ.しかし,そうしてできた民間分門の赤字を解決するために財政赤字を削れという処方箋は,心臓発作に化学療法を処方するようなものだ.財政赤字はアイルランドやスペインの危機の原因ではなく,その結果である.

ケインズが「倹約のパラドックス」で示したように,皆が貯蓄を増やせば,だれが支出するのか? ユーロ圏を救うために財政緊縮を押し付けるのは,デフレを悪化させるだけである.

FT May 29, 2012

Spain must avoid an Irish turn

guardian.co.uk, Thursday 31 May 2012

Should Ireland say yes or no in its EU treaty referendum?

Conor Slowey and Vincent Browne


FT May 29, 2012

Time to blackball Russia’s autocratic state

By Ian Bremmer and Nouriel Roubini


l  太陽光発電

SPIEGEL ONLINE 05/29/2012

Chasing the Sun

German and Chinese Solar Firms Battle for Survival

By Wiebke Hollersen

ドイツは次世代のエネルギーとして太陽光発電を支持し,その産業を支援してきた.しかし,その後,中国が参入し,太陽電池をはるかに安価に生産するようになった.今やドイツの太陽光発電は産業の生存を脅かされている.

Michael Zhuは年間1000万枚の太陽光発電パネルを生産する企業,Suntech Powerの社長である.これほど多くの太陽光パネルを作る企業は他にないし,ドイツほど多くの太陽光パネルを購入する市場も無い.彼はドイツに大いに感謝している.初期のグリーン・エネルギー補助を支持したドイツ政府,環境問題に敏感なドイツの消費者.

ドイツ企業は,価格引き下げ競争における敗北を認めている.この競争には,二つの異なる経済システムと賃金が決定的だった.そして,中国のコストでドイツの品質を実現することが,その答えになった.それは,たまたまオーストラリアの太陽電池研究で博士号を得たZhengrong Shiが,中国で最初の太陽電池企業を無錫に設立した.その後10年で世界最大の生産規模に達し,彼は億万長者の物語になった.

・・・中国政府の補助を得て,国際的な環境規制にも関わり,労働者の賃金は低い(高卒の労働者の初任給は月に300ユーロ余り).


l  日本脱出か,ヒトラーか?

FT May 29, 2012

Japanese SMEs take flight to China

By Mure Dickie

中国に進出した日本企業の不平は多くあるが,それでも中国進出は止まらない.2011年に50%増加し,63億ドルに達した.これまで進出を迷っていた企業が,国内市場の低迷に加えて,最近の円高で決断する,というケースが増えている.それは増えただけでなく,分野が広がり,しかも深化している.

特に重要なのは,日本の製造業の基礎である,技術を持った中小企業が中国に工場を移転し始めたことだ.たとえば,京都のTrytec社がそうだ.

携帯電話,テレビ,DVDプレーヤーの精密なアクリルケースを製造する会社だが,近年,テレビの組み立て工場が中国に移転してしまった.その他の製造業もそうだ.会社の収入は2008年の10億円から昨年は4400万円に落ちている.従業員も110人ンから30人に減った.他方,すっかり中国語を習得した息子が経営する中国工場は150人を雇用し,昨年の中国における売り上げが80億円に達した.

しかし,中国への移転が日本企業にとって容易な解決策である,という意味ではない.Trytecの社長は,その売り上げが伸びると楽観できない.中国企業の低コストには勝てないし,その技術も急速に改善されている.5年で競争力を失う,と見ているのだ.すると,日本におけるTrytec新製品への部品供給によって活路を見出さねばならない.

BLOOMBERG May 29, 2012

‘Hitler’ Hashimoto Comes to Japan Fed Up With Status Quo

By William Pesek

現代のヒトラーが人口270万人の大阪市を治めるのを,誰も気にしない.大阪市民は橋下市長が東京の機能不全に陥った政府を倒す十字軍を指揮することを喜んでいる.官僚たちはこの男をヨーロッパの大量殺戮犯であり,ファシストであった男になぞらえる.

こうしたたとえが世界の他の政治家にはありえないが,激変に囲まれた日本の長期停滞と昨年の大震災が,政治的関心を東京から大阪に移動させた.ティー・パーティ型の高支持率が橋下の政治スタイルによって実現している.明確な説明責任,意思決定の分権化,新鮮なアイデア.

しかし,その政策も,政治塾も,教師との対立も,感心しないところがある.要するに,日本はそれほど変化に飢えているのだ.

橋下が日本の独裁者になるとは思わない.むしろ心配するとしたら,支配層が自分たちの既得権をうまく新しいアイデアから除外することだろう.日本は繁栄し,治安が良く,政治的に安定しているが,安定にも限度がある.莫大な公的債務について格付けが下がっても何も反応しない.政府が,財政再建の見通しも,原発問題も,出生率の低下も,国際競争力の喪失も,貿易障壁,女性や移民の参加など,明確な方針転換を示すときである.

ワシントンのティー・パーティ運動,中東と北アフリカのアラブの春,北京からメキシコ・シティーまで,政治の変動は続いている.日本も,たとえヒトラーであろうと,政治変化を起こすときである.

WSJ May 29, 2012

Tokyo Drift

By GERALD CURTIS


Project Syndicate 29 May 2012

The Broken Legs of Global Trade

Jagdish Bhagwati

VOX 30 May 2012

Unilateral tariff liberalisation

Richard Baldwin


guardian.co.uk, Wednesday 30 May 2012

Cameron mustn't visit Ukraine while Tymoshenko remains imprisoned

Timothy Garton Ash


l  モンゴル

FT May 30, 2012

Steady: Mongolia is not yet the new Qatar

By David Pilling

「その上位10鉱山だけでも,埋蔵する資源の総評価額が27500億ドルである.」

1950年のクウェート,1970年のアブダビ,1995年のカタール,2012年のモンゴル.資源を求めて投資ラッシュが起きた.成長率17%のモンゴルの首都,ウランバートルは,採掘業者,銀行家,法律家が混じりあう次代のエル・ドラドになるだろう.もし民主主義がうまく機能して,富を国民に公平に分配できれば.

モンゴルをカタールにするという政治的野心は素晴らしいが,ナイジェリアになるかもしれない.人口が少ないことは幸運だろう.一人当たりGDPが年間3000ドル,人口270万人の国に,数十億ドルの投資が来る.政治家たちは有権者を買収することになる.モンゴルが注意しなければならないのは4点だ.ガバナンス,公平性,経済管理,そして,地政学的な国際戦略.

モンゴル国民の識字率は高く,多くの官僚が外国で学んでいる.現在の指導者たちは日本の明治維新を学ぶために調査団を派遣し,湾岸諸国,チリ,ノルウェイ,カナダに学んで「資源の呪い」を回避することを優先課題にもしている.安定化基金や政府系投資信託を設けるだけでなく,「オランダ病」を予防するマクロ経済管理も重要だ.しかも,モンゴルはロシアと中国に挟まれ,中国市場の活況は最重要な市場であるだけでなく,資源や領土の紛争を招く恐れがある.

その機会は,その危険とともに,莫大だ.

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The Economist, May 10th 2012

The endangered public company

The euro crisis: The Greek run

Charlemagne: Angela’s new partner

Banyan: Trading strategies

The presidential election in Egypt: Egypt’s second republic

International Banking: Retail renaissance

(コメント) 株式市場を利用して資金を調達し,優れたアイデアや技術を社会に普及させる,という株式市場の衰退,上場企業が減っている,という話です.株式市場は企業が何をしているか,年4回の報告を求めて,一般市民が株式投資に参加する機会も高めています.上場が減ったのは,規制が煩わしい,経営の自由がほしい,もっと違う形で資金を得られる,というような変化です.しかしそれが好ましい社会政治条件につながるとは限りません.

ユーロ危機はギリシャの銀行からの預金そして資金流出へ向かっています.ただし,現代では銀行の窓口に長蛇の列ができるというより,インターネット上で株式などの他の資産を購入する結果,預金が減っていくということです.それを防ぐにはユーロ圏全体の預金保険制度が必要です.しかし,ドイツの強さとフランスの弱さを見せないためのメルコジ同盟はなくなりました.オランドが当選した後,独仏関係の新しい姿を決めるのは,マルクを捨てたのに救済のコストを支払い続けて,裏切られたと感じるドイツ人の不満と,あまりにもオープンで,あまりにもリベラルで,英語ばかり話すヨーロッパ統合に,裏切られたというフランス人の不満とを,二人がどのように宥めるかで決まります.

日本が,中国,韓国と,自由貿易圏の交渉を始めるというのは,アメリカが求めるTPP参加とともに注目すべき動きだが,国内の自由化推進論と保護団体との軋轢を生じて合意できない,という記事もあります.エジプト大統領選挙で,候補者たちのテレビ討論は有権者に選択すべき候補を示せなかったようですが,「彼らが叫んで撃ち合うのではなく,討論することがうれしい」という市民の声を紹介します.

デジタル化やスマートフォンが普及し,以前から予想されてきた銀行業の新時代をいよいよ本格的に出現させるのか,特集記事は考察しています.しかし,切れ味は今一つ,と思いました.

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IPEの想像力 6/4/12

・・・テレビで放映されていた『宇宙戦争』を途中から観て,驚きました.こんな怖い話だったかな?

宇宙人が地球を侵略し,人類を食べ始めるのは,SFの古典である原作と少し異なった,何か,完全なオカルト作品になっています.同時に,その重苦しい恐怖感は,侵略戦争によって他国民を殺戮した,近代の全体戦争における軍隊の野蛮さを観ているような気がしました.ヨーロッパならナチス・ドイツであり,アジアなら(残念ですが)日本軍なのでしょう.『紅いコーリャン』で人の生皮を剥ぐような.

たまたま,『リー・クアンユー回顧録』を読んでいると,日本軍によるシンガポール占領の話が最初のほうにありました.日本兵はジンギスカンの軍隊よりも残虐であろう,という感想を述べています.それまでシンガポールを支配してきたイギリス人は,日本軍の攻撃によって数日で撤退し,秩序が失われます.残された住民の間に,支配者であったイギリス人の邸宅を略奪する者も現れます.

しかし,日本軍が来て,速やかに秩序を回復しました.アジアの理想でも,説得や協議でもなく,恐怖によってです.通行人を検問して,従わないという理由で殴り倒し,あるいは,中心地の近代的なビルに,日本軍が決めた規則を破った,という男の,斬首された頭部をさらしたのです.それはリー・クアンユーにとって,伝統や文化,教育によって優位を住民に受け入れさせた,イギリスの支配と対照的なものでした.暴力・殺戮の恐怖による支配でした.

バウマンの『近代とホロコースト』を読むと,ホロコーストが決して狂気だけでなく,近代の合理主義・科学主義の<成果>であるとわかります.アウシュビッツ収容所では,大量のユダヤ人が生きるために選択する,(計算された)極限状況の中で示す合理性によって,抵抗したり,恐怖に駆られて騒乱を起こしたりすることなく,静かに「シャワー室」の安心を受け入れます.なぜなら彼らは,何日間も,すし詰め状態で座ることもできない,まともに呼吸さえできない,もちろん,着替えもなく,風呂もない,長い,長い輸送列車の旅を経たからです.たとえ少しでも快適な,「シャワー室」(本当は,青酸ガスによる死)への移動は,わずかな兵士たちの誘導で足りた,ということが恐ろしいのです.

なぜ大規模に,しかも執拗に,女や子供まで,殺したのか? ヨーロッパの宗教改革をめぐって何度も起きた各地の殺戮は,軍隊が行ったわけではありません.中公文庫『世界の歴史:ヨーロッパ近世の開花』は,それを<信仰>に対するヨーロッパ社会の姿勢と,家族やコミュニティーが大きく損なわれるほど,ペストの感染で大量に,しかも繰り返し,人々が死んだ,という時代背景から理解しようとしています.イーフー・トゥアン『恐怖の博物誌:人間を駆り立てるマイナスの想像力』という本には,異質な侵入者に対する<マイナスの想像力>が社会に広がる事例を,多く紹介しています.

経済学が「欲求」や「選択」(あるいは「総需要」)で始まるように,国際関係論は「脅威」や「安全保障のジレンマ」(そして「恐怖の均衡」)で始まります.読みかけた本が,とても面白い,と思ったのは,中国の政策担当者が感じている世界を(少し)観たからです.(G. John Ikenberry and Michael Mastanduno, eds., International Relations Theory and the Asia-Pacific, 2003.

中国・北京から見た辺境には,新疆ウィグル自治区やチベットがあり,さらに中央アジアやカシミール,インド,ネパール,ブータン,ミャンマー,ラオス,ベトナム,南沙諸島,フィリピン,台湾,沖縄,北朝鮮・韓国,日本,モンゴル,ロシアがあります.辺境地帯の安定を求め,独立と自由を守るために,包囲されるのではなく,十分な影響力を確保しなければならない,と考えるのは<国際システム>の性質から考えて,合理的なことです.

グローバリゼーションが繁栄を意味し,大洋や山岳地帯を超えて,国境や文化を超えて,豊かになるチャンスを人々に与えること,それゆえ,知識や技術が各地の社会を変える柔軟さを称賛する時代があります.

私は,総じて,自由貿易や移民,知識や技術革新の国際移転に賛成の立場を取って,このReviewを書いています.TPPにも東アジア共同体にも賛成し,ASEAN+3による通貨協力も,北朝鮮の核廃絶を求める6か国協議や朝鮮半島の南北統一も,支持します.移民の受け入れや地方参政権の承認,国籍取得への合理的な促進プロセス,社会的な統合化も,多国籍企業の日本進出,(アメリカからであれ,中国からであれ)直接投資による企業買収も,世界的な知識人の日本永住や,若者の留学,世界を放浪する旅行も,紛争地帯や極貧地域からの難民(ボート・ピープル)の受け入れも,基本的に賛成です.

人間には,いろいろな側面があり,多くの個性があります.また,深刻な恐怖や飢餓,殺戮の噂に対して,さまざまな反応を示すでしょう.「日本人」が(あるいは,「アメリカ人」や「北朝鮮」「韓国人」が)残虐であると非難され,勤勉であると称賛されるのは,嘘ではないとしても,間違いなのです.

軍隊は,殺戮のための集団化が行われた組織です.人間の姿ではありません.多くの言語が交わされ,異なった肌の色,異なった文化がまじりあう社会制度,伝統を大切にし,平和で,穏健な人々も,野心的で,冒険や革新を好む人々も,一緒に,真摯に話し合える,そんな町もあるはずです.

・・・そうか.私たちが戦っているのは,そういった理想を拒むような<恐怖>という細菌を散布する,宇宙人なのだ,と思いました.

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