IPEの果樹園2004
今週のReview
9/13-9/18
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世界の英字紙からコラムを紹介します.私が選んだ論説の内容を,かなり自由に要約し(全訳に近いものもあります),そこには自分の意見も含まれています.利用する場合は,それぞれの出典を自分で確認してください.なお著作権は,それぞれ,元の著作権に従うものと考えます.
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三つだけ推奨するとしたら?
1. テロとヒエラルキー :テロが終わらない理由の一つは,軍事力にも,労働者(人間の命)にも,世界的なヒエラルキーがあるからです.
2. 小泉首相の冒険 :外から見れば,日本の構造改革とアジアの脱冷戦秩序に果敢に取り組む政治指導者!
3. 今なお左翼の議論 :グローバリゼーションの時代にも,正義や真実を求める激しい左翼は健在です.
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ただしFT:Financial Times, NYT:New York Times, WP:Washington Post, LAT:Los Angeles Times, BG:Boston Globe, ST:Straits Times, IHT:International Herald Tribune
WP Thursday, September 2, 2004
Mr. Kerry and Trade
(コメント) 安全保障に関して多角主義を支持するケリー氏も,貿易に関してはWTOに従いません.競争力のないアメリカ企業を,反ダンピング法や免税措置によって支援し,雇用を守る,というわけです.もしそうであれば,自由貿易に従って競争する外国企業やWTOがケリー氏を非難しても,国内秩序を維持するためにルールを無視するのは,外国を軍事的に攻撃したり,占領したりするよりましだ,というわけでしょう.
もちろん,ブッシュ氏が先制攻撃の許される定義を安保理に提唱しているように,自由貿易を制限する条件に関して国際的に合意できれば,ケリー氏の多角主義も救えるかもしれません.
FT September 3 2004
The born-again conservative
By James Harding
FT September 3 2004
A knock-out performance in Madison Square Garden
By Lionel Barber
NYT September 3, 2004
Mr. Bush's Acceptance Speech
NYT September 3, 2004
Bush's Second Term
By DAVID BROOKS
(コメント) 9・11に合わせてニューヨークで開かれた共和党全国大会で,ブッシュ氏が二期目の大統領候補指名を受諾したことに関する論説です.
ブッシュ氏が強調したのは,家族愛であり,父ブッシュのなし得なかったことを自分がする,という物語です.アルコール中毒から強い信仰心によって立ち直り,9・11によってアメリカとともに蘇った.父ブッシュの国際主義を超えて,アメリカに与えられた中東民主化のチャンスを掴むと決断した.ブッシュの自由世界という物語です.
もちろん,再選に向けた政治のそろばんをはじくのはKarl Roveです.その行動基準はふたつ.まず,1992年の父ブッシュ再選失敗を繰り返さない.そして,2000年の僅差を断じて繰り返さない.それはまず,共和党の支持基盤をしっかり掴むことです.敬虔なキリスト教徒,軍人たちの家族,そして「家族の価値」を重視する増大する人口.それは郊外を越えて,かつての農場地帯に広がりつつある新しい高級住宅地の豪邸に住む「脱都市族」です.
他方,父ブッシュの敗北という記憶は消えません.イラクの戦死者が1000人を超え,医療費や教育費,ガソリン価格の高騰に不満が高まっています.景気回復にもかかわらず雇用不安は深刻です.巨大な台風が来れば,父親が失敗したような罹災者への同情も欠かすことは断じてありません.再選しなければ,ブッシュの父親を超えた物語は完成しないのです.
民主党と共和党の全国大会を終わって,ブッシュ氏の優勢が示されています.イラク戦争や占領政策で顕著な失敗を示し,景気回復でも躓いているブッシュ大統領を圧倒する絶好の機会であったはずなのに,なぜケリー氏はブッシュを逃がしてしまったのか? 戦略上の誤りがあった,とBarberは指摘します.
まず,ケリー陣営はヴェトナム戦争の後遺症を十分に理解していなかった.ヴェトナムの退役軍人を支持者に並べて,自分の勲章を示せば,兵役逃れのブッシュに勝る戦争指導者として,国民の信頼を得られるだろう,と考えたのかもしれません.しかし,5万8000人が戦死し,それ以上に多くが負傷した戦争の記憶を,安易に利用しようとして,失敗しました.次に,経済対策や社会保障など,民主党の得意なテーマで,ブッシュ大統領との論戦で明確な勝利を得られず,むしろアル・ゴアが失敗したように,富裕層や経営者を攻撃する極端な立場を採りました.
もしブッシュ氏が二期目の大統領となれば,これまで以上に積極的なアメリカの改造に取り組むでしょう.戦争は特殊な時期であり,その緊急性が国民感情を変え,大統領も変えます.州知事のような目立たない役割から,国際秩序を軍事力によって改革し,同時に国内改革も急進化させた大統領の姿勢が,本当に,アメリカを変えました.政府を解決ではなく,問題と捉え,小さな政府を志向した共和党は消滅し,政府は国民を助けなければならない,と言います.それが「思いやりのある保守主義」なのです.
戦争し,減税し,社会保障を約束する? 誰が,どうやって支払うのか? 増税が否なら,インフレとドル安を思い浮かべます.しかし,二期目のブッシュ氏が提唱するのは,税制の改革と社会保障給付の再編,要するに「福祉国家の現代化」です.ブッシュ氏はいつも曖昧なイデオロギーを唱え,詳しい計画を示しません.しかしこの遠大な構想に,早くも民主党の一部が相乗りする動きもあります.
WP Friday, September 3, 2004
Bush's Honest Mistake
By David Ignatius
The Guardian, Saturday September 4, 2004
Despite the double-speak, Bush's message is clear
Martin Kettle in New York
(コメント) ブッシュ大統領も,真実を語る瞬間があったようです.NBCニュースの"Today"において,ブッシュ氏は,テロとの戦争は他の戦争と違う,と述べ,「この戦争に勝利できるとは思わない」と語りました.「しかし,テロを手段とするような連中が,世界でますます受け入れられなくなるような条件を創り出すことはできる」,と.
もしブッシュとケリーがアメリカの理想的な大統領候補であれば,選挙戦においても,二人は建設的な意見を交換したでしょう.
「すごいよ,ジョージ! それこそ君がいままでテロについて語ったことの中で,もっとも賢明なことだ.それなら,テロを受入れ不可能な手段とする条件について,議論しようじゃないか.」 ケリーはこんな風に呼びかけます.それに対して,ブッシュも思慮深い演説を行い,彼らの対話を聞きながら,100歳になったジョージ・F・ケナンも微笑みを浮かべて引退できる,というわけです.
しかし,実際にアメリカ政治を動かすGotcha politicsは,互いの揚げ足を取り,相手の失点を自分の得点として攻撃します.すなわち,ケリーもエドワードも,アメリカは決して負けない,と言い返します.ブッシュは間違っているが,われわれなら絶対に負けない,と.他方,ブッシュも直ちに前言を否定し,一層の強硬姿勢を誇示します.
Ignatiusは,むしろ両者がケナンの「封じ込め政策」から学ぶように求めます.イスラム原理主義は,かつてのソ連が掲げた共産主義と同様に,容易に勝利できる相手では無い.しかし,もし一貫して,がまん強く,長期的な「封じ込め」を行えば,それ自体が支持を失うであろう,と.なぜなら,イスラム原理主義は,その信奉者たちを貧しくするからです.他方,表面的な「タフさ」を見せびらかし,強硬策を採ることは,むしろ彼らの運動を刺激するだけであろう.
Martin Kettleは,マディソン・スクウェア・ガーデンで述べられた多くの政治的言説が,オーウェル的な「ダブル・スピーク」の典型であった,と考えます.共和党は二つの顔を持ちます.一つは威厳ある華麗さ.もう一つは貪欲と陰謀.さまざまな矛盾した側面を,ブッシュ再選に向けた支持者の演説,ヴェトナム戦争の誇りを奪おうとしたケリーへの憎しみ,キリスト教右派や保守派の利害,安全保障に集中する関心,が支配します.
もし2000年の選挙でゴアが勝利していたら,ワールド・トレード・センターへのテロ攻撃後に,アメリカはどれほど違った対応をとっただろうか,とKettleは夢想します.ゴアが求めるテロ対策に共和党が従ったとは思えません.ニューヨークの書店Barnes and Nobleには,『逃げ延びたビン・ラディン:ビル・クリントンの失敗が世界テロを解放した』,『職務怠慢:クリントンのだましたアメリカ安全保障』,『諜報破綻:9・11を準備したクリントンの安全保障政策』,といった本が並びます.
彼らはブッシュにもたらされた神の叡智を信仰します.それは邪悪な力に抗してアメリカと世界を正しく導くでしょう.「あなた方の意志がこの大会に集い,アメリカ中に広まることを,神に祈りましょう・・・」
FT September 3 2004
Putin punished by Chechen terror
LAT September 3, 2004
Dire Fallout of Chechen War
NYT September 3, 2004
Deadly Stalemate in Chechnya
FT September 6 2004
‘You have to work with the Chechens’
By Andrew Jack
LAT September 10, 2004
Terror Is No Answer for Chechen Terror
By Bernard-Henri Levy
(コメント) 市民を,特に子供たちを攻撃する者が支持されることはありません.しかし,プーチン大統領にはチェチェンをテロに追いやった責任があるでしょう.5年前,プーチンは軍事的手段でチェチェンを自分の意志に従わせると決定しました.4年間の内戦を経て,首都グロズヌイは奪還され,反対派とその指導者を排除しましたが,民衆の支持を失いました.その後も内戦は続いています.ロシア軍は,チェチェンや周辺地域のテロに対する「予防的な軍事攻撃」を,安保理に承認するよう求めるかもしれません.
FTは,内戦を終わらせるには,既に非常に困難になったけれども,政治的な対話を再開するしかない,と言います.国際社会にできることは限られています.むしろ,プーチン政権の性格を見極めるべきでしょう.プーチンの権力は,その強硬姿勢を有権者が支持し,また権力機構を介して反対派を弾圧することで,非常に強化されているように見えます.しかし,ユコスへの嫌がらせとコドルコフスキーの逮捕をめぐっては,プーチン派の内部でも意見が割れている,と言います.
LATも,ロシアで連続したテロ事件の犠牲者が余りに多いことに触れて,プーチンの方針転換を求めます.暗殺されたAkhmad Kadyrovや,その後継者で,プーチンを支持する地元の政治家Alu Alkhanovではなく,チェチェン人の多くが支持する指導者Aslan Maskhadovと話し合う必要があります.分離独立派をなだめるため,自治権をもっと拡大し,ロシアの秘密警察が覆面をつけてチェチェン人を捜査,連行するのを止めるべきです.
NYTは,21世紀のテロが一国内に留まることは無い,と警告します.イスラム過激派の自爆テロが伝わり,資金や組織が関係し,犠牲者も世界に及ぶでしょう.チェチェンのロシア支配に対する怨恨は,今に始まったわけではありません.歴史的な支配が,スターリンやエリツィンによっても強められました.プーチンはこれを引き継いだわけです.しかし,プーチンの手法は失敗でした.国際社会は,彼の強硬策を支持してはいけない,と考えます.
FTが掲載したAndrew Jackの解説記事は,チェチェンに関わるプーチン政権の現状を詳しく分析しています.
LATは,プーチンによる殲滅指令で犠牲者が増加した,と考えます.24時間以内に終わらせることができないなら,ロシア軍に学校を攻撃させる,と地元警察は告げられます.彼らは飛び込むしかなかったのでしょう.これはプーチンによるチェチェン紛争の「アルカイダ化」です.もはやチェチェン人に強硬派や穏健派の区別は無く,殲滅するしかない国際テロリズムに冒された小さな土地しかありません.「チェチェン人は人間では無い.獣だ.」 と,彼らは言います.
テロと戦うことが,プーチン政権やソビエト時代の権力構造に無条件の支持を与えることであってはならない,と.
The Guardian, Saturday September 4, 2004
Isabel Hilton
(コメント) ベスランの学校占拠事件は,大国が圧倒的な軍事力によって支配を拡大しても,その地域の住民が抵抗する場合,よりソフトな目標物を選んでテロが続く危険を示しています.軍事的に勝利できない集団が,支配地域の外で,自爆テロや非軍事施設に攻撃することを事前に止めるのは,ほとんど不可能です.そしてプーチンのやり方を知っているテロリストたちは,交渉の余地が無く,自分たちが殺されることを覚悟しており,その意味で,人質たちの命も軽視するでしょう.
人質解放を交渉することは,もちろん,一層のテロを促す,という矛盾を含んでいます.しかしHiltonは,急増する最近の人質事件が,こうした圧倒的な軍事力を背景に,政治的交渉を一切受け付けない大国の方針にも責任がある,と考えます.戦車で歩兵を殺しまくり,蚊を潰すようにマシンガンで殺戮を行うことは,戦争を終わらせることに関して「非生産的な手段」なのです.
プーチンが強硬策を決めた頃,アメリカではブッシュが二期目の候補として演説していました.戦闘を加熱することで,アメリカのブッシュも,ロシアのプーチンも,イスラエルのシャロンも,権力を強化し,選挙でも勝利しています.しかし,その結果は双方で軍事的な支配が強まり,殺戮の連鎖が拡大するのです.その犠牲者は,貧しい,頼る者もない,民間人であり子供たちです.
先週もイラクで起きた人質事件に際して,交渉の結果,フランス人の著名なジャーナリストたちは解放されました.しかし,一緒に捕まった12人のネパール人労働者は殺害されたのです.新聞が報道することさえ無く.テロや人質においても,世界的なヒエラルキーがある,とHiltonは批判します.
ネパールは非常に貧しい国でありながら貴族政治によって支配され,民衆への基礎教育も行われず,失業や貧困に苦しんでいます.さらに毛派の反政府ゲリラが攻勢を強め,この8年間で1万人以上が殺された,と言います.彼らはカトマンズを包囲し,外国企業が出て行くように要求しています.ネパール政府も強硬策を主張しますが,軍事的に圧倒する力は無いのです.
住民たちは貧困と戦乱から逃れるために,合法・非合法で国外に職を求め,女性たちはセックスの奴隷労働者として売られて行きます.人質事件で犠牲となった12人も,カトマンズで料理人や掃除夫として雇われ,ヨルダンに行けと命じられました.そこで,イラクに行け,と言われたのです.
ネパール政府はイラクに軍隊を派遣しておらず,交渉する力がありません.政府は国民がイラクに行くことも認めていないのです.しかし,約1万5000人のネパール人がイラクで働いている,と言われます.アメリカ政府は,政治的にも経済的にも,コストの高い自国の兵士を帰国させ,もっと安いコストで貧しい国から労働者を雇っているわけです.彼らが人質になってもアメリカ政府は気にしません.犯人たちはネパール人に,イラクへは来るな,と示しただけです.
FT September 3 2004
A new Malaysia
ST SEPT 4, 2004 SAT
A return to Umno?
By Joseph Liow Chin Yong
ST SEPT 4, 2004 SAT
Anwar released, now for political peace
By Joceline Tan
(コメント) 突然のアンワル解放には,どのような意味があるのか? 1997-98年の通貨危機に際して,マハティールのマレーシア政府が世界から浴びた非難の原因は,@ユダヤ人の国際的陰謀を危機の原因として非難したこと,A資本市場を閉鎖し,資本流出を禁止したこと,そして,B自由化・近代化と民主化を指導していたアンワル副首相を,汚職や性犯罪の嫌疑で逮捕し,政界から追放したことです.そのアンワルが解放されました.
それは新首相Datuk Seri Abdullahの改革が成功していることで,政治的にも自信を示したものかもしれません.あるいはイスラム政党に対抗するため,UMNOを含む多元的な政治論戦が国民の関心を集める,と期待したのでしょうか? あるいは,反対派の分裂をねらった? 少なくとも,マハティールと「開発独裁」の時代は終わったようです.
FT September 3 2004
Lex: Argentina
(コメント) 1000億ドルに登るアルゼンチンの公的対外債務を返済に向けて再編するには,新しい条件への債務スワップが必要です.しかし,それは債権者にとっては大きな損失を意味するでしょう.交渉を促すために,アルゼンチン政府は債務スワップを受け入れる債権者に支援を与えることです.アルゼンチン政府は債務の減免を望んでいます.他方,債権者には誰が報いるのか? グリーンスパンではないか,と言われます.金利引上げ懸念が後退したことで,アルゼンチンの金利も下がるからです.
NYT September 3, 2004
Oil Could Help Japan Resolve Territorial Fight With Russia
By JAMES BROOKE
(コメント) 小泉首相が取り組む改革は,彼自身が予想もしなかったほど,いわばブッシュ式に,膨張しているように思います.
国内においては,郵政の民営化を実際に動かし始めました.他方,国外においては,ブッシュの同盟国としてイラク派兵を堅持しつつ,北朝鮮やロシアとの国交正常化を視野に入れます.すなわち,脱冷戦のアジア戦略を,安全保障からエネルギー,通貨,自由貿易協定にまで,包括的に組み上げる試みに,日本として積極的な賭けを挑むわけです.
なぜ日本は動いたのか? 日本側は,中国との資源と市場をめぐる競争が,将来,ますます激しくなることを予想しています.北方4島の返還と国交正常化は,同時に,日本からの莫大な石油・天然ガス開発の投資と,トヨタなどの直接投資をもたらします.それは日本にとって良いことであるだけでなく,ロシアにとっても良いことだ,と小泉氏は強調します.
しかし,国際合意を形成するのは政治家です.小泉氏は北方4島の視察に初めて赴きました.そして,元居住者たちに返還要求を必ず実現する,と約束し,ロシア側に探りを入れます.小泉氏は,また,対ロシア強硬派を同行させ,靖国参拝を敢行して右派をなだめて,合意への政治的条件を模索します.他方,ロシア側には経済的利益を約束するわけです.
政治家たちは政治的勝利と経済的成果を欲しています.チェチェンとテロで躓いたプーチン大統領の来日が,小泉首相の政治的な機会となるのは,本当のことかもしれません.
FT September 5 2004
Wolfgang Munchau: Flaw that threatens the eurozone
By Wolfgang Munchau
FT September 9 2004
Europe must meet the challenge of reform
By Gordon Brown (Britain's chancellor of the exchequer)
(コメント) Munchauは,現在のEUでは統一通貨を維持できないだろう,と政治家たちを厳しく批判します.
ユーロを採用する前提として,参加国は,政策を制約されることはほとんどないし,一旦,ユーロを採用すれば離脱は考えられない,と思っています.それが間違いだ,というわけです.通貨統合を維持するのは,基本的に,通貨政策を協調させる政治的合意の強さによります.それが無ければ,統合は投機的な資本移動によって崩壊しました.ヨーロッパの歴史上に,統合された擬似通貨の多くの死体が転がっている,と.
ヨーロッパ委員会は,漸く,安定と成長のための協定,を改訂しました.しかし,新しい協定の中身は非常に限定されたものになっています.政策合意に反した場合の制裁金は消されて,ピア・プレッシャー(同盟諸国の監視圧力)に後退し,財政赤字を増やした場合でも違法ではなく,紳士的な合意を無視した程度です.この改訂された安定協定により,EMUは経済同盟ではなくなり,単なる同好会に退化しました.
もちろん,政策合意を強制しなくても,労働市場や資本市場を完全に統合しなくても,通貨統合は可能です.しかし,さまざまな不均衡やショックに対して,統合を維持できないでしょう.1857-67年のドイツ・オーストリア通貨同盟,1872-1931年のスカンジナヴィア通貨同盟,1865-1926年のラテン通貨同盟,といった例を引いて,Munchauは,政治的統合が欠けていたことを指摘します.
何が統合を解体する契機となるでしょうか? 一つは,財政赤字から通貨圏全体のインフレを加速させる加盟国が現れること.もう一つは,銀行の破綻に対して是正・救済システム(最後の貸し手,など)が機能しない場合,です.ヨーロッパ検証を自慢するフランスの大統領は,ユーロの崩壊を祝福しているようなものだ,とMunchauは悲観します.
イギリスのブラウン蔵相Gordon Brownの意見では,世界経済にとって,この1週間が重要です.OPEC,G7,IMF・世銀総会,などが開催され,世界の成長率や貿易自由化に弾みをつけなければなりません.何より,EUはアメリカの不均衡を非難するより,EU自身の経済改革を加速させるべきです.そのためには,安定協定の見直しだけでは不十分でしょう.内向きの,硬直的な,貿易ブロックではなく,グローバリゼーションへの新しい挑戦にEUが取り組むことだ,と.こうした政治的意志を形成する中で,通貨統合の中身も変わるでしょう.
Sept. 5 (Bloomberg)
APEC Makes Small Change to Exchange-Rate Stance
Andy Mukherjee
(コメント) アメリカを含むAPECレベルの改革を合意することに,主要国は成功したのでしょうか? チリからの報道では,「国内でも地域でも,資本市場の発達を促し,銀行システムを強化する」と,大臣たちが合意したようです.特に,中国を名指ししませんが,資本移動の自由化と為替レートの弾力化が望ましい,と明記しました.
しかし,叙述には曖昧さを入れてあります.「時が経てば」,そして,「彼らが適当と思うなら」.いつまでに,中国政府は,それが適当であると判断するのでしょうか? アジアに対する1240億ドルの貿易赤字を指摘するケリー氏には,待てません.中国は人民元を変動させて,黒字を調整するために通貨を増価させるべきなのです.
他方,Morris Goldsteinは,中国の財政赤字に注目します.既にGDPの85%に達する政府債務は,国内景気の刺激策を財政的には選択できない事情を示しています.もし人民元の増価が行過ぎて,中国の景気が悪化すれば,通貨政策の自由を確保するために資本取引を規制しておくべきなのです.これが,APECの声明で,資本自由化と為替レートの弾力化を曖昧にしか表現しなかった理由です.中国政府は,その立場を,APECによって公認された,と理解するでしょう.
では,なぜアメリカのテイラー財務長官は声明に盛り込んだ「弾力化」に満足したのか? タイで行われた昨年のAPECよりも,為替レートの弾力化(そして資本自由化)に向けて諸国の合意を形成したからだ,とMukherjeeは推測します.
しかし,銀行システムが脆弱な中国の資本自由化は,むしろ資本流出により人民元を減価させるかもしれない,とGoldsteinは警告します.サンチアゴにおけるアメリカ財務省の勝利は,所詮,短い見せかけの勝利でしかない,と.
LAT September 5, 2004
In New Economy, Textile Workers Hang by a Thread
By Mike Davis
(コメント) この時代には稀な,疑いなく左翼の,そして,優れた知識人であるMike Davisは,繊維製品の貿易自由化が中国からの安価な輸入によって,アメリカの労働者,特に,苦汗工場で働いてきたような移民労働者たちを不要にするだろう,と予見します.
中国の競争力を支えるのは,労働者の権利を無視して,1000万人に及ぶ地方からの出稼ぎ労働者を搾取する現在の政治システムです.その結果,中国における富の不平等は,世界で最低水準から,ラテン・アメリカやアフリカと同じ最悪のレベルに,急速に悪化してきたのです.
ブッシュ政権はAFL−CIOの要求など聞きません.それは,ILOも主張しているように,中国政府に労働者の権利を守るように求め,労働組合の組織化を支援したい,ということです.では,労働組合が支持してきた民主党の大統領になれば問題を改善してくれるでしょうか? ケリーやエドワードは,なるほど,閉鎖された工場の前で同情と励ましを述べますが,もっと重要な利害関係を失うわけにはいかない,と考えます.クリントンが民主党を変えたように,もはや民主党は,繊維産業の労働者たちより,知的所有権や資本自由化,ハリウッドや製薬会社の利益を重視しているのです.
1952年に,カート・ヴォネガットが小説『プレイヤー・ピアノ』で描いた「素晴らしい新世界」です.必要なくなった労働者が行けるところは,遠くのフロンティアで,石油やその他の資源を守るために,帝国の軍隊に兵士として登録するしかない,と.
この自由貿易という名のジャガーノート(ヴィシュヌ神の像を載せた車であり,これに轢かれて死ぬと極楽に行ける)は,労働組合に勝ち目の無い戦いを強いています.このままではいずれ繊維産業に限らず,多くの産業で雇用が無くなり,労働組合の意味が無いでしょう.他方,グローバリゼーションに対抗する世界的な労働者の組織化や対抗思想は,まだ,現れていません.
1934年,軽蔑され,団結などできるはずもない,と思われていた,南部の繊維労働者たちが,南北カロライナ,テネシー,ジョージア,アラバマで,次々とストライキに参加しました.当時のフランクリン・D・ルーズベルト大統領は,軍による弾圧と催涙ガス,大量の逮捕者を出してから,指導者たちを懐柔します.
Mike Davisは,世界中の工場が停止し,再びthe Great Textile Strikeが起きて,世界中の労働者による連帯を示す日が来る,と信じているのでしょう.
NYT September 5, 2004
The Next Shock: Not Oil, but Debt
By DANIEL GROSS
(コメント) 次の危機をもたらすのは,石油価格よりも,債務の累積である,とGROSSは考えます.それは経済の構造変化によって,景気が石油に依存するより,融資に依存する方が重要になった,というわけです.アメリカ人の所得に比べて,債務は以上に増大し,将来のショックを準備している,と.
WP Sunday, September 5, 2004
Middle Managers in the Class War
By Paul Osterman
WP Monday, September 6, 2004
Feeds Rewarding 'Unskilled' Workers
By Beth Shulman
(コメント) アメリカにおいても貧富の格差が広がり,「階級戦争」が激しくなる,といった通説をOstermanは批判します.
アメリカのいわゆる「労働者」とは,手を使って物を生産する労働者のことでした.ホテルやレストラン,ウォル・マートなどで働く人々が増えましたが,この伝統的な見方は変わりません.物理的な作業に従事するのが労働者であり,その階段の頂点には,経営者やその他の重役が居ます.
しかし,中間的な管理労働や,ソフトウェア開発の責任者,地方の支店長,人材管理の主任,その他,多くの労働者が軽視されています.彼らも,熟練した電器技師や大工,配管工などと同じように,新しいタイプの「労働者」なのです.
Ostermanの主張は,こうした新しいタイプの労働者を無視して「階級戦争」を議論するのは間違いだ.中間管理職は清算を効率化する点で富を生み出している.しかし,他方で,伝統的な労働者と同じような雇用不安を抱えている.それゆえ,新しい視点や労働組合の対応,政府が安易に提案する職業訓練や失業手当の延長が有効な対策になるか,考え直すべきだ,というものです.
他方,Shulmanは,「熟練の無い労働者が多すぎる」というグリーンスパンの言葉に反対します.それは,アメリカ社会が労働者に余りにも少ししか支払っていないという問題を,労働者自身の熟練不足のせいにしてしまう,と.Shulmanは,家族の生活を支えるに足る賃金を,まともな労働者であれば必ず支払われるべきだ,と考えます.
現実はどうか? アメリカの労働者の25%が,時給8ドル70セント以下であり,年にわずか1万8000ドルしか稼げず,四人家族なら連邦政府の貧困線を下回ります.こうした低賃金の職業には,看護助手,警備員,教育助手,ビルの管理人,ホーム・ヘルパー,販売員,などが含まれます.アメリカで最も急速に増加している職場です.他方,アメリカの中産階級を養った,かつての職業,製造業やサービス業は,今では消滅しつつあります.
では,何が高賃金の安定した職場をもたらすのか? それは熟練よりも,労働組合であった,とShulmanは考えます.今後とも,労働組合がないような,対人サービスや,地域に固有の職業が増えるでしょう.そこで,人々がどこでも職業訓練を受け,移動できるだけでなく,次のような改革を行って欲しい,と訴えます.@最低賃金の引き上げ.A労働者の組織化を促す.B十分な賃金を支払う企業を支援する.Cアメリカ国民全体に医療保険制度を提供する.
ST SEPT 7, 2004 TUE
China's rise shifts balance of power in Asia
By Michael Richardson
ST SEPT 7, 2004 TUE
EU, Nato do well to reach out to Black Sea region
By Ronald Asmus
(コメント) アジアの地政学的な地殻変動は,各国の政治的な立場を調整させています.アメリカと日本の同盟関係が重要であることに変わりはないとしても,貿易や投資,資源,市場,安全保障に関して,中国の重要性が増しているからです.Richardsonは,イラクからの撤兵を決断した,フィリピンのアロヨ大統領が,再選後の最初の訪問国として中国を選んだこと.東南アジアの最大の輸出市場が中国になったこと.日本に次いで,第2の貿易相手国となった中国に対するオーストラリアの変化.
その結果として,台湾問題は明らかに転換しました.台湾の独立派は,その変化を認めていません.しかし,シンガポールの新首相も,台湾独立を支持しない,と明確に述べました.それは中国の平和的な台頭を妨げ,戦争をもたらすでしょう.誰が勝利するにせよ,台湾国民にとっても,アジア諸国にとっても,戦争は利益にならない,と.
台湾と同様に,グルジアやチェチェンの紛争に示された黒海周辺地域の安定化は,ヨーロッパにとっての死活問題です.そこはヨーロッパ,ユーラシア,中東の接合地点なのです.
FT September 9 2004
Lex: Poison pills
FT September 8 2004
Privatising post
Sept. 9 (Bloomberg)
Ichiro, Godzilla Offer Japan Economic Lesson
William Pesek Jr.
(コメント) 日本が世界の経済ニュースとして久しぶりに,懸念(や恐怖)ではなく,期待を込めて注意を引いています.一つはUFJの対抗的な合併提案.もう一つは政府の示した郵政民営化案です.
銀行システムにしても,資本市場にしても,バブル以来,日本は制度や個々の組織を改革することに失敗してきたようです.FTも期待し,それゆえ批判しているように,対抗的な買収提案は資本の透明性を高め,明確な企業統治を築く道として,有効に利用できるはずです.
他方,アメリカの連邦政府赤字(3兆6600億ドル)に匹敵する,400兆円の資産を支配する郵便局は,日本経済が効率化するための資本を,政治家と官僚の杜撰な管理に委ねてきた,と批判されます.それゆえ,この資産に居座ろうとする自民党も含めた多くの反対派に抗して,小泉政権が行う改革を,国民は最大限注視し,支持しなければならない,と.
FTが注目するのは,郵便事業ではなく,この国家に支援された貯蓄・保険・資産管理事業です.これを分離して民営化し,政府による特別な保証無しに,競争させるべきです.
野球にたとえて,日本の経済改革を議論するPesek Jr.は,日本政府が債務に頼って改革を10年以上も引き伸ばし,企業や労働者は雇用の創出よりも雇用の維持を優先している,と言います.イチローやゴジラが大リーグで活躍しているように,日本も開放型の競争による迅速な調整を学ぶべきである,と.
FT September 10 2004
Time to consider Iraq withdrawal
(コメント) 今日のBBCニュースを観ても,イラクではバクダッドの暫定政府や米軍基地にさえ,連続してミサイル攻撃がかけられ,平常心を失った?米軍ヘリのパイロットは報道中のカメラマンを市民の中にミサイルを打ち込んで,子供を含む死傷者を出しています.それにもかかわらず,ブッシュの人気は高いと言うのであれば,戦争や殺戮を止めるにはどうすればよいのか?
米兵の死者は1000人を超えました.その大部分はブッシュ氏が作戦成功を宣言した後で殺されたのです.イラク人の死者は数万人か,おそらくその数倍に達し,毎週,数百人以上が死んでいます.アメリカ政府はフセイン体制に協力した者をすべて追放し,イラクを完全に掌握する方針を選択しました.
来年1月の選挙も,新しい政府にアメリカの信用する人物を選ぶつもりなら,失敗するでしょう.既にアメリカ軍はイラク人に憎まれ,アメリカの撤退だけが未来を自分たちの手で再建する希望となるでしょう.カオスがすでに生まれてしまった以上,アメリカは撤退して,占領統治を他国に委ねるべきだ,とFTは主張しています.
FT September 7 2004
Japan is casting off the burden of excess saving
By Robert Madsen
(コメント) 日本国民貯蓄の歴史的転換と国内・世界バランスの考察,といった不思議な論説です.日本の貯蓄行動は,アメリカの教科書が予想するパターンをことごとく裏切って進み,ついには老衰して,世界の関心から落とされるでしょう.その基本的要因は,人口動態です.
労働力人口が集中的な貯蓄を行い,しかも資本市場が企業の利益を十分に投資家に分配させることもなく,民間貯蓄を膨張させていた,とMadsenは言います.それが資本輸出に回ったのですが,余りにも巨額であったために,日本には資本過剰と需要不足が続き,さまざまな形で,間違った政策対応や市場の混乱を招きました.貿易黒字の累積,海外投資の洪水,バブル,マイナス金利,デフレ,など.
ところが,この人々が1990年代に大規模な退職と年金生活に移行し,逆に,消費を好む若い世代に資産を分配し始めたから大変です.日本の貯蓄率は,発展途上国のような高さから,高齢化の進む国やマイナスにさえ急降下した,というわけです.日本は間もなく,貿易黒字ではなく赤字に転落し,世界に貯蓄を供給することも無く,過剰消費とインフレを生じるでしょう.
これでは人口・貯蓄の宿命史観ではないか? と思いました.
FT September 8 2004
Britain's economy is on course for a gold
By Brian Reading
(コメント) これに対して,イギリスのマクロ経済管理は非常に上手く行った,とReadingは考えます.通貨政策委員会は金利を調節することでGDPを安定させ,高い成長率を実現しました.為替レートは通貨政策の自由を確保し,ポンド高で十分な資本流入も維持しています.財政赤字は大きな問題となりません.
なぜ成功したのか? ユーロを採用する必要も無ければ,為替レートの安定化に政策協調を求める必要も無い? 住宅価格のソフト・ランディングに成功し,アメリカや日本,ユーロ圏,中国,特にアジア通貨危機以後の拡大ドル圏が「同時不況」を起こしても,イギリスだけはGDPを安定的に維持できる? 何か,非常に自信過剰なのか,幸運が続いただけなのか,通貨政策とGDPの予測に特殊な修練を経てきたのか,・・・ ともかく,巨大経済圏の狭間で生きるイギリス人の賢さを学びたいです.
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The Economist, August 28th 2004
Je ne regrette rien
George Bush: The contradictory conservative
(コメント) ブッシュ再選支持を公言するThe Economistによる,ブッシュ政策への疑念と不信の表明です.ブッシュの方針は三つだ,と総括します.すなわち,@外交における「革命」,A大きな政府による保守主義,B大統領の権力拡大,です.
外交において,ブッシュ政権は機能しなくなった旧システムを明確に破棄しました.そして,一方的に新しい秩序を宣言し,同調するもので国際秩序を書き換えようとしました.その余りのスピードに,同盟諸国はついて行けません.しかし,他方で,方針転換の限界が見えてきました.圧倒的な軍事力では支配の正当性を得られず,先制攻撃には十分な情報が得られず,ネオコンの方針に保守派からの反発が生じていることです.
減税や規制緩和はビジネスの利益になるでしょう.キリスト教右派の支持を得ることもできます.しかし,何よりも,巨額の減税を好み,しかも社会保障や医療,教育にも支出したい,というのであれば,財源はどうするのか? 財政赤字をどうやって抑えるのか? 結局,ブッシュの共和党政権は,国民の政府依存を拡大し,将来の民主党支持者を増やすだけではないか?
最後に,The Economistがブッシュの方針について強い不信感を示したのは,9・11以後の権力集中,さらには,目的のためには手段を選ばない,その政治手法です.ブッシュ氏は共和党を支配し,議会を支配し,司法当局も支配します.彼が法案作成に関わる強引な交渉や一方的な審議(むしろ審議拒否)は,アメリカの政治的な伝統である,チェック・アンド・バランス,を否定するものです.
他の政府部門を破壊して膨張し続ける大統領の戦争指導者という権限を,The Economistは決して容認できない,と感じています.それも選挙までの過剰な主張であれば良いが,と.
China: The Great Leap west
(コメント) 中国による西部開拓という「帝国主義」です.イスラム教徒で遊牧を営むウィグル人の土地に,次々と中国人の農民たちが移住してきます.あるいは,中国の資源開発を目指す投資に従い,さまざまなショッピング・センターや住宅が建設されています.鉄道の延長によって,中国人の洪水が西域を覆い尽くす勢いです.
一方では,北京政府によるテロとの戦争という政治的弾圧が始まっています.多くの分離独立を主張する民族主義者がテロリストとして拘束されます.ウィグル人の穏健派は,高度な自治と独自の文化を守りたい,と考えます.
Debt in the Caribbean: A shadow on the beach
Farming in Argentina: The green desert
(コメント) カリブ海域の急速な債務累積は,アジア通貨危機以後の現象であり,国際通貨制度の空洞化を感じます.他方,アルゼンチンは遺伝子組み替えの大豆畑が広まっています.その急激なモノカルチャーは,たとえ輸出の花形であり,確実に利益を上げるとしても,自然を破壊し,従来の雇用を奪ってしまうでしょう.