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「I get to be my own boss」
2002年度文学部父母懇談会(大阪)講演集

私事から始めさせていただいて恐縮ですが、私はちょうど10年前、1992年3月に大学を卒業しました。今から振り返りますと、当時バブルはもう崩壊していたのですが、それが自覚されていない頃で、まだまだ世の中が浮ついていた時期だったように思います。その頃制作された映画に「就職戦線異状なし」という作品があります。当時の超売り手市場だった大学生の就職活動をコミカルに描いた作品です。私はこの映画が大好きで、先日も1回生の産業関係基礎論の授業で一緒に鑑賞してしまいました。1回生にとっては小学校に入ったばかりの頃の作品です。とにかく物珍しかったようで喜んで見ていました。私自身は、あの頃のファッションや雰囲気などを含めて、ああこんな感じだったなとただただ学生時代が懐かしく、感傷的になりましたが、改めて見ると傑作だった点がいくつかあります。たとえば、採用内定者に逃げられないように、企業が拘束旅行と称して温泉に連れていくシーンがあります。さらに、他の企業と接触できないようにするため、温泉旅館の公衆電話にわざわざ「故障中」という紙を張っていくのです。映画の中では公衆電話が実に頻繁に使われていて、学生も下宿で固定電話をじっとにらみつけながら、企業からの連絡を今か今かと待っています。現在でしたら、すべて携帯電話や電子メールを使って行われることですから、もはや隔世の感があります。このような描写に端的に現れているように、この10年間で新卒労働市場を取り巻く状況は激変しました。就職についてあれこれ憶測を深める前に、その辺りをきちんと把握し、理解しておく必要があると思います。

1回生には、楽しい映画鑑賞の後に、もちろん厳しいレポート課題を出しました。「10年前と現在の新卒労働市場のありようを、こちらが提示したいくつかの視点から比較し、その上で現在の新卒労働市場を評価し、あるべき新卒労働市場像とそれを実現するためには何が必要かを議論せよ。」というものです。この講演のために1回生のレポートを下調べに利用しようと企んだのですが、あまり役には立ちませんでした。まあ1回生ですから無理もありません。映画が制作された10年前は、就職協定と呼ばれるものがありました。その辺りから少しお話していきます。就職協定とは、1953年から1996年にかけて40年以上の長きにわたって締結されていた青田買い防止の紳士協定です。実際は形骸化が著しく、1996年を最後に廃止されました。しかし、その存在自体が一定の歯止めになっていたことは事実だと思います。今や就職活動の早期化に何ら歯止めがかからなくなってしまいました。映画のエンディング近くで、就職活動が一段落し、主人公が「ああ、夏が終わったなあ。」とつぶやくシーンがありました。時期も8月下旬くらいの設定だったと思います。今なら「ああ、春が来たなあ。」で終わるのではないでしょうか。就職活動がうまくいって内定が出ていれば、文字通り春が来たことになるのですが、それくらい早く、なおかつ長期化しています。

10年前と比較することにどれだけ意味があるか分かりませんが、1991年の就職協定下におけるスケジュールでは、企業・業界説明会、リクルーターとの接触が6月1日からでした。4回生が対象です。求人票の公開が7月20日、会社訪問の解禁が8月1日からです。8月1日には、TVのニュースなどで「今日から会社訪問が解禁となりました。しかし、求人票の前の人影はまばらです。」というような報道が一斉になされていた記憶があります。その後、採用選考・試験がありまして、採用内定が出るのが10月1日です。ですが、実際には2〜3ヶ月程度前倒しになっていました。

一方、昨年(2001年)の実質的なスケジュールを就職部にお聞きしました。企業・業界説明会、リクルーターとの接触は前年10月、つまり3回生の10月から始まっています。各企業をお招きして説明していただくのは、年明けの1〜2月がピークです。求人票は、各企業が自社のホームページ上で12月頃から公開しており、大学にも3月頃に形式的に送られてくるそうですが、ほとんど意味がありません。会社訪問も前年10月からです。実際にリクルートスーツを着込んで会社を訪問するのはもう少し後になりますが、ゼミやクラブ、サークルなどのOBと接触する機会は3回生の秋からあるそうです。長々と採用選考・試験が続き、採用内定のピークは3〜4月上旬にかけて。昨年は企業の採用サイクルの関係で比較的好調だったようで、3〜4月にはすでにピークを迎えていました。今年はその煽りを受けて企業が抑え目にしており、苦戦中だということです。採用内定の時期は5月一杯を目処にしていると聞いています。

就職活動の方法や内容も大幅に変化しています。最も特徴的だと思われるものを3点挙げますと、1点目はインターネットの利用です。今は応募の機会がインターネット経由に限られている企業も相当多く存在しますので、インターネットや電子メールが使えなければ全くお話になりません。このことは企業、学生の双方にとってコストダウンと効率化、情報の公開が進んでいると判断できるのかもしれませんが、一生懸命ハガキを書いていた10年前と同じように、○○大学学生限定情報という形で閉鎖的な情報が提供されることもあります。ただし、就職活動中の学生間で情報の飛び交うスピードが極めて速くなっています。○○大学の学生には内定が出ているが自分はまだだとか、面接が終わってから○日で連絡があるというような情報が瞬時に学生間で共有されてしまいますので、企業も迂闊なことができなくなっている側面はあります。このような情報戦では、溢れかえる情報にいかに振り回されないでいられるか。地に足をつけ、動揺することなく、自分のペースでやるべきことをこなしていけるかどうかが鍵になると思います。

2点目はエントリーシートです。企業への応募はエントリーシートを利用するのが一般的になっています。A4の用紙の表が履歴書になっていて、学歴、ゼミの内容、クラブ・サークル活動、語学の資格(TOEICのスコア)などを書く欄があります。裏は各企業が趣向を凝らして作っており、この東京三菱銀行のエントリーシートは職種によって微妙に内容が違います。一般職は「当行を志望する理由。」を1/3程度のスペースに書きます。残り2/3は余白で、あっさりとしたものです。特定総合職(エリア職)はある特定の地域だけの総合職です。転勤がありません。この場合は全面を使います。「あなたの強みは何ですか。それをどのような局面で発揮しましたか。」という課題です。総合職は「今まで困難な局面にあったことがありますか。それをどのように克服しましたか。」について全面に書くようになっています。こういうことを書かせて何をどう判断するのだろうと正直なところ思うのですが、書かなければエントリーできませんので、大学生活を通じてこういう問いかけに対応できるだけの経験、勉強を積んでおく必要があります。さらに、それをきちんと伝えられるだけの表現力、文章力を培わなければなりません。

3点目はインターンシップ(就業経験)です。通常型と採用直結型の2種類がありまして、通常型は3回生までの夏休みに企業で2週間程度の就業を経験し、その間は無給です。原則として採用とは無関係ですが、企業も学生の働きぶりを見て「採用試験を受けてみたら。」と声をかけることはあるそうで、その辺りは柔軟な対応が要求されるでしょう。採用直結型は4回生になる3月に企業で2週間程度の就業を経験するものです。採用を前提としていますので、そこでの働きぶりを認められたらすぐに内定となります。インターンシップはまだまだ発展途上で、受け入れ企業の絶対数もそんなに多くありませんが、就職部の話では、インターンシップ経験者の就職活動は他と比較しても良好で、満足する形で就職活動を終えている例が目立っているとのことです。本学では希望者の8割程度は参加できているようですので、こういう制度を利用するのも就職活動に対する準備として有効ではないでしょうか。

さて、今度は労働市場全体に目を向けてみたいと思います。10年前と現在との比較で、5つの指標を見てみましょう。完全失業率は10年前の年平均が2.1 %でした。失業者数にして136 万人になります。これに対して、昨年1年間の年平均は5.0 %、失業者数にして340 万人。昨日の夕刊に最新の完全失業率が5.4 %と出ていました。失業者数は370 万人です。日本の最大の市は横浜市ですが、横浜市の人口がほぼ340 万人ですので、横浜市全員が失業しているという大変な状況です。

同様に有効求人倍率は10年前の1.40に対して昨年が0.59です。100 人の求職者に対して59人しか求人がない。2人に1人くらいしか就職できない状況になっています。

大卒求人倍率は新規大卒者に対する求人倍率ですが、全体と比べるとまだマシで、10年前の2.41に対して昨年が1.33です。100 人の求職者に対して133人 の求人がある。ただし、その中身を見てみますと、理科系は1.78ありますが文科系は1.06です。文科系の方が断然厳しい。企業規模でも大卒求人倍率は異なっており、大企業より中小企業の方が倍率は高くなっています。学生はあくまでも大企業指向ですから、学生の希望と労働市場の状況に明らかなミスマッチが生じています。1を超えているからといって皆が就職できるということにはなりません。

大卒就職率は卒業者数に対する就職者総数の割合です。10年前は8割が就職していました。ところが、昨年は57.3%と激減しています。卒業者の6割弱しか就職していないのなら、残りの4割強は一体何をしているのか。確かに大学院への進学者は増えていますが、さほどの数ではありません。激増しているのが無業者と一時的な仕事に就いた者です。

大卒無業者は10年前が5.2 %、22,000人だったのに対して、昨年は21.3%、11万6,000 人にのぼっています。無業者とは、家事手伝い、研究生として学校に残っている者、専修学校他に入学した者、就職でも大学院等進学者でもないことが明らかな者と定義されますので、何をしているのか分からない者が卒業者の実に1/5を占めていることになります。

これらの数値を見ましても、現在の大学生が就職に関して非常に厳しい状況におかれていることがうかがえますが、その影響は採用時だけにとどまらないということを次にお話します。ある研究で実証されている置換(既得)効果、世代効果と呼ばれるものです。

置換効果とは、中高年がすでに得ている雇用機会を維持する代償として若年の就業機会を奪われることを示します。たとえば、企業で45歳以上の従業員の比率が1%上昇すると、大卒文科系求人が3%減少するという結果が出ています。近年、雇用不安が取り沙汰されていて、中高年のリストラが何よりも問題視されますが、データを詳細に検討しますと、大卒ホワイトカラー層は今でも終身雇用の枠内でしっかり守られているところがあります。先ほど横浜市全員が失業していると言いましたが、大卒ホワイトカラー層の失業者は、明日ワールドカップ決勝戦が行われる横浜国際競技場に十分入り切ってしまうくらいしかいません。その層の雇用を守る辻褄を、企業は新卒者の採用抑制で合わせているのです。若者の就業機会が中高年に奪われている部分があるのは事実です。

次に世代効果ですが、これは働く環境が世代によって永続的に異なることを示します。卒業時点の失業率が高まりますと、正社員になりにくくなるだけでなく、希望通りの就職ができないので転職しがちになり、将来的に影響が残ってしまう。学生にとって新卒者として労働市場に参入できるのは一度だけです。そういう有利なカードを切れるのは一度しかないので、その時点で新卒労働市場の状況が悪ければずっと悪いままという世代間の不公平が発生してしまうのです。七五三転職、離職と言われるように、中卒者の7割、高卒者の5割、大卒者の3割が3年以内に転職、離職を経験しています。若者の就業意識の低下という文脈で憂慮されている実態ではありますが、置換効果、世代効果が示唆するように、労働市場参入段階における、いかんともしがたいミスマッチが、結果的に早期転職、離職をもたらしている側面も無視できないのではないでしょうか。

そうは言っても大学生も社会に出ることを甘く考えているのではないか、就業意識が低くなっているのではないか、だから平気でフリーターやパラサイトシングルになってしまうのではないかという見方もあると思います。毎日コミュニケーションズが来年春卒業予定の4回生7,000 名あまりを対象に実施した調査では、就職観念や会社選択のポイント、行きたくない会社、就職希望度を聞いています。大した設問はありませんが、1979年から継続的に調査されていますので、ある程度の傾向は見て取れるかと思います。数値的には「楽しく働きたい」が29.4%、「大手企業志向」が46.7%、「仕事内容重視」が46.1%で、「暗い」「面白くない」「きつい」会社には行きたくないと答えており、甘いようにも見えるのですが、反面「なにがなんでも就職したい」と答えている学生が8割近く存在しています。そういう意味での就業意思は結構あるのではないでしょうか。皆が皆フラフラしているわけではないようです。

フリーターというのも一つの選択肢ではありますので、選択肢が増えることは基本的にはいいことだと思いますが、さまざまな問題が付随しますので、それらをきちんと自覚した上で安易に流れてしまわないことが必要です。今現在も就職活動に苦戦している4回生は何人もいます。ずっと努力してきたのに結果が出せていない学生もいれば、就職活動から目を背け続けて、ずるずると今になってしまったという学生もいて、事情は様々ですが、そろそろ「もう留年(就職浪人)します。」「来年公務員試験を受けます。」「とりあえずバイトでつなぎます。」「どこか入れる大学院を受けます。」などと口走るようになってきます。ただし、先のことまできちんと考えた末のことなのかどうか、それを見極めなければなりません。フリーターを続けていくと、やがて代償を支払わなければならない時が必ずきます。まず、生涯所得は明らかに低下します。ある試算では、高卒で35歳までフリーターをした後正社員になった場合と、高卒ですぐに正社員として働いた場合では、生涯所得で6,000万円違うとされています。また、能力開発やキャリア形成の機会がフリーターでは全くありません。単純なルーティンワークばかりだからです。さらに、税や社会保険への影響も大きく、個人的なレベルを超えて社会全体の問題にもなりかねません。苦しい時にこそ、簡単にこういう道に走らないで、じっくり自分の心と対話することが大切なのではないかと思います。

最初にお話しました1回生のレポートの中で、印象的だったものをご紹介させていただきます。「就職難という言葉が新聞やテレビを賑わしているこの時代、就職活動に対してポジティブなイメージを持つ人は少ないのではないだろうか。それは私にもあてはまることで、就職活動と聞くと、試練、忍耐といったネガティブな言葉を連想してしまう。しかし今、授業を受け、未熟ながらもこうして様々な文献を調べ、昨年就職活動に苦労した従兄の経験を聞くうちに、私は一つ重要なことに気づいた。授業を受ける前、私が就職活動という言葉をネガティブなイメージでとらえていたのは、私が無知だったからだ。知識のなさが就職活動のイメージを、より一層恐ろしいものとしてとらえさせていたのだと思う。」これを読んで本当に嬉しく思いました。こういうことが普段の授業やゼミ、学生との会話を通じて私たちに求められていることではないかと感じました。文学部長から「キャリア開発と学生生活」という授業を新設したというお話がありましたが、そのような試みは言うまでもなく、常日頃から卒業後の生き方を考えるきっかけを与えていきたいですし、学生の将来に対する選択肢、可能性を広げていければと考えております。

最後にこの講演のタイトルですが、ちょっと奇をてらって「I get to be my own boss.」とつけさせていただきました。今日の内容は、玄田有史先生の『仕事のなかの曖昧な不安(中央公論新社刊)』という本を一部参考にさせていただいております。玄田先生はこの本の中で、日本では自営業者が減る一方であることに触れられ、若年層の就職状況が厳しいのであれば独立開業の道もある、その道をもっと開けるようにしなければという意味で「自分で自分のボスになる(to one's own boss)」という言葉を使っていらっしゃいます。それを読んだ時にただちに思い出したことがありました。本学部英文学科のOGで山本やよいさんという翻訳家の方がいらっしゃいます。山本さんはサラ・パレツキーという作家のミステリーシリーズの翻訳で有名になられた方です。そのシリーズの主人公である女性探偵ヴィクは大変魅力的な大人の女性で、日本でも大人気なのですが、そのヴィクの言葉に「わたしのボスはわたし(I get to be my own boss.)」というのがあるのです。山本さんは昨年出版されたご自身のエッセイ集のタイトルにこの言葉を使われており、私も読ませていただきました。山本さんの本は玄田先生の本より先に出版されています。玄田先生がこの本を参考にされたのかどうかは分かりませんが、私は心底「ああ、いい言葉だな。」と思いまして、この講演のタイトルにいただいてしまったというわけなのです。

今日ご父母の皆様に一番お伝えしたかったことは、このような厳しい時代にたまたま就職活動をしなければならない、社会に出なければならない学生は運が悪かった、気の毒だという側面が確かにある。それをありのまま理解し、受け止めていただきたい。その上で、学生と共に就職活動に向き合っていただきたいということです。学生自身とは直接関係ない外的要因が就業意識の低下をもたらしている部分は多分にありますが、程度の差はあれ大多数の学生が懸命に就職活動に取り組んでいますし、これから取り組もうとしています。何とかその努力が報われてほしいと思わずにはいられません。ただ、やはりままならないことも多く、心からその企業に採用されたいと希望していたにもかかわらず受け入れてもらえない、不採用の理由もよく分からないというのはどれだけ辛いだろうと思います。それでも自分自身の人生ですから、誰からも指図されることなく自分で自分の生き方を決めていく。自分のボスは自分だけ。そういう心意気だけは持ち続けてほしい。そのような願いを込めまして、今日はお話をさせていただきました。以上で終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。



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