4 ヘリウム原子の基底状態〜その 2〜変分法

摂動法よりもさらに広い範囲で用いられている近似法に変分法がある。
この節では,変分法の基礎になる変分原理を解説した後,ヘリウム原子の基底状態エネルギーの計算に変分法を応用する。
(副読本 pp. 114〜128)

4.1 変分原理

Schrdinger 方程式H^Y = EY で, E0 を最低固有値, Y0 を対応する固有関数とするとき,任意の関数 f について次の関係が成立する。(変分原理)

4-1
証 明
Yi は規格完全直交系をなすので と書くことが出来る。
4-2

厳密には解けないような Schrdinger 方程式に対して変分原理を適用するのが,変分法とよばれる近似法である。
つまり,試行関数として適当な形を選び,エネルギー期待値が最小になるようにパラメータを決めることによって,現実に近いエネルギーと波動関数を求めようとするものである。
試行関数がよければ非常に現実に近い結果が得られるが,一般にはどんな関数形がよいかがわからない場合も多い。
厳密解と同じ形の関数を用いれば,エネルギーは厳密解と一致する。しかし,おかしな試行関数を仮定すると計算不可能なこともある。

4.2 水素原子

 4-3
試行関数
4-4
A は規格化定数で, C が変分のパラメータ
4-5
つまり
4-6
試行関数に厳密解と同じ形を仮定しているので,エネルギーも厳密解と一致する。
試行関数を別の形にする
 4-7
 4-8
よって
4-9

4.3 ヘリウム原子の基底状態に対する変分計算

原子核の電荷数を Z とする。原子単位を用いる

4-10
試行関数を無摂動の関数と同じ関数形にする。
ただし,核電荷 Z のかわりに有効核電荷 C を用い,それを変分法のパラメータにする。
4-11
この関数は規格化されている
 4-12
e を求める計算で,ハミルトニアンの中の核電荷は Z だが,試行関数では有効核電荷 C を用いることに注意する
4-13
積分計 算については付録A-3 章を参照すること
4-14
結果は
4-15

ヘリウムの基底状態エネルギーの数値計算結果 (eV)

無摂動
変分法
一次摂動
実験値
He
-108.24
-77.06
-74.42
-78.62

 

演習問題

  1. 一次元調和振動子について,次の2つの関数を試行関数として変分法によって基底状態エネルギーを計算せよ。
    いづれの場合も C を変分パラメータとせよ。
    1. f = Ae-Cx2
    2. f = Ae-C|x|
  2. 次式で表されるポテンシャル中を質量 m の粒子が運動する。
    4-16
    ただし k と a は正の定数で, aの絶対値は小さいものとする。
    次の関数を試行関数とした変分法によって基底状態エネルギーを計算せよ。結果は摂動法と比較せよ。
    4-17
  3. 次式で表されるポテンシャル中を質量 m の粒子が運動する。
    4-18
    ただし a は正の定数である。次の関数を試行関数とした変分法によって基底状態エネルギーを計算せよ。
    4-19
  4. 次式で表されるポテンシャル中を質量 m の粒子が運動する。
    4-20
    ただし k と a は正の定数で, a の絶対値は小さいものとする。
    次の関数を試行関数とした変分法によって基底状態エネルギーを計算せよ。結果は摂動法と比較せよ。
                         - Cx2(4.21)          f = Ae
  5. 三次元球対称調和振動子のポテンシャルは次のように与えられる。
    4-22
    1. 一次元調和振動子の波動関数とエネルギー準位が既知であるとして,三次元球対称調和振動子の波動関数とエネルギー準位とをもとめよ。(厳密解)
    2. 前問で求めたエネルギー準位で最初から 3 番目までの準位の縮退度を書け。
    3. 次の試行関数について変分計算をおこなって,三次元球対称調和振動子の基底状態エネルギーを計算し,厳密解と比較せよ。 C を変分パラメータとせよ。
      4-23
    4. 前問と同様の計算を次の関数についても行え。
       4-24
  6. 水素原子の基底状態について。
    1. ハミルトニアンを原子単位で表せ。
    2. 次の試行関数について変分計算をおこなって,基底状態エネルギーを計算し,厳密解と比較せよ。
      C を変分パラメータとせよ。
      4-25
    3. 前問と同様の計算を次の関数についても行え。
      4-26
  7. He+ イオンの基底状態について。
    1. ハミルトニアンを原子単位で表せ。
    2. 次の試行関数について変分計算をおこなって,基底状態エネルギーを計算し,厳密解と比較せよ。
      C を変分パラメータとせよ。
      4-27
    3. 前問と同様の計算を次の関数についても行え。
      4-28
  8. He 原子の基底状態について。
    1. ハミルトニアンを原子単位で表せ。
    2. 次の試行関数ついて変分計算をおこなって,基底状態エネルギーを計算せよ。
      4-29
    3. 前問の場合について電子間距離の逆数の期待値を計算せよ。
  9. Li+ イオンの基底状態について。
    1. ハミルトニアンを原子単位で表せ。
    2. 次の試行関数について変分計算をおこなって,基底状態エネルギーを計算せよ。
      4-30
    3. 前問の場合について電子間距離の逆数の期待値を計算せよ。
  10. ハミルトニアンを^H とし,試行関数を次の形に置く。
    4-31
    f1f2 は一次独立な関数である。 C1 と C2 とをパラメータとした変分法で基底状態エネルギーを計算する。
    1. 次のような連立方程式が導かれることを示せ。
      4-32
      ただし
      4-33
    2. 前問の方程式が C1 = C2 = 0 以外の解を持つためには,次のような条件を満たさなければならない。
       4-34
      Hij = Hji, Sij = Sji として基底状態エネルギーを表す式を導け。
    3. f1f2 が規格化されており,かつ直交しているとき, (1) 及び (2) の方程式はどのようになるか。
  11. 長さ a の一次元の箱の中の粒子について,次の試行関数を用いた変分法により基底状態エネルギーを見積もり,厳密解と比較せよ。
     4-35
  12. 次の一次元ポテンシャル中の質量 m の粒子の運動について。
    4-36
    1. 次の試行関数を用いた変分法により基底状態エネルギーを見積もれ。
      4-37
    2. 次の試行関数を用いた変分法により基底状態エネルギーを見積もれ。
       4-38
    3. (1), (2) の結果を摂動法と比較せよ。
    4. さらに近似をあげるにはどのような方法が考えられるか。
  13. 次の一次元ポテンシャル中の質量 m の粒子の運動について。
    4-39
    次の試行関数を用いた変分法により基底状態エネルギーを見積もれ。
    4-40
  14. 水素原子には,電子から原子核に向かって瞬間的な電気双極子があると考えられる。
    核を原点とした電子の位置ベクトルをr とすると,双極子モーメントm は-er で与えられる。
    1. 水素原子が z 軸方向の定電場E の中に置かれたとき,電場と双極子の相互作用エネルギーはどのように書けるか。
    2. 電場の中に置かれた水素原子に対するハミルトニアンは極座標でどのようにかけるか。
      4-41
      ただし, y1s は 1s 軌道, y2pz は 2pz 軌道の波動関数である。答えは次のようになる。
      4-42
      e0 は真空の誘電率, a0 は Bohr 半径である。
    3. 次の関係を用いて前問の答えを展開し,E について 2 次の項まで求めよ。
      4-43
    4. 水素原子は平均として双極子モーメントを持たないが,電場の中に置かれたときには電子分布に偏りが生じて双極子が誘起される。誘起双極子モーメント m は電場E に比例する。
      4-44
      a を分極率という。電場によって双極子モーメント m を誘起するのに必要なエネルギーはどれだけか。次の積分によって見積もれ。
      4-45
    5. (3), (4) の結果から水素原子の分極率を見積もれ。
    6. 試行関数で y2pz の代わりに y3pz を使った場合,結果はどう変わるか。