IPEの果樹園2017

今週のReview

7/3-8

*****************************

ポピュリズムの条件 ・・・Brexit国民投票の罠 ・・・ITビジネスとコミュニティー ・・・政治経済学の復権 ・・・ トランプの貿易政策論 ・・・ロシアとドイツのナショナリズム ・・・ロシアのクローニズム ・・・北朝鮮とアメリカ・ファースト ・・・日本のマクロ政策 ・・・パレスチナの人権・市民権

 [長いReview]

**************** **************

[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


 ポピュリズムの条件

FT June 23, 2017

Lessons from Burke on the origins of our present discontent

Jesse Norman

今、大衆的な不満の高まる中で、われわれは何を学ぶべきか?

1.バークは、1789年にフランスで革命が起きることを、同時代人よりもはるか以前に、予期していた。彼はその兆候を見たからだ。公共の権力に対する侮辱、私的所有に対する攻撃、不都合な事実を無視し、審判を求めるポピュリストの要求。ジョージ・オーウェルより1世紀半も早く、バークはフランスの政治論争が大きく変質したことを知った。敵との不同意を尊重する姿勢から、ラベルを貼り、個人を侮辱し、公然と否定し、社会の敵として憎悪する。政治や平和的な公益、異なる見解の宥和を、暴力的に弾圧するものとなった。

2.ポピュリストの神話を粉砕せよ。フランス革命がそうだ。革命は、特権の廃止、エリートの打破、貧者への権限付与と教会権力の解体を唱えた。現実には、こうしたことは何も起きなかった。暴力と流血、アナーキー、テロ、内戦から戦争の拡大、何万人もの犠牲者が出た。

3.最も重要なことは、代表制議会と政府を支持すること、商業社会のリベラルな価値を擁護することだ。イギリスの主権とは、人民ではなく、議会にある。われわれの政治的、法的諸制度、王室、司法制度は、すべてが組み合わさってわれわれの主権をなしている。それは何百年もかけて、紛争と妥協、相互の譲歩が積み重ねられた結果であり、進化の産物なのだ。

それは成文化されなかったが、慎重に、そして漸進的に、いつも改善され続けてきた。それは集団的な形で、専門知識を備えた正統性、直面する課題への鋭敏な対応と、長期的な意思決定の能力を示してきた。

A post-populist playbook for global capitalists

Rana Foroohar

GEの最高経営責任者であるJeff Immeltが後継者を決めて引退する。アメリカ経済と企業に関して自由に語った。

低賃金とアウトソーシングだけでは、グローバリゼーションの中で豊かな経済を維持できない。経済の70%が家計の消費で成り立つのであれば、労働者の賃金が上昇しないままでは成長できない。

経営者はもっと生産現場を重視するべきだ。ダヴォスではなく、工場に行け。もっとドイツ人に学ぶことだ。特に、統合された製造業の生態系を重視する彼らのモデルは重要だ。大企業はアンカーになるが、その周辺に多くの中小企業をともなって、彼らが生態系を支えている。

GEが新しい工場を建てるのは、優れたエンジニアが集まる場所だ。もっと教育に投資しなければならない。グローバリゼーションとコミュニティーの関係はより広く理解されるべきだし、公共財の供給は重要である。

FT June 28, 2017

The economic origins of the populist surge

Martin Wolf

高齢者、高等教育を受けていない者、白人男性労働者が、文化的な変化、移民流入に対して示す反応として、ポピュリズムを説明することがある。しかし、アメリカと西欧の一部だけに政治の主流派を抑えるほどポピュリズムへの支持が現れたのはなぜか? それは金融危機が深刻な社会的亀裂やアイデンティティの動揺を招いたからである。金融危機と経済的ショックが、既存の制度(政党,司法,ジャーナリズム)や専門知識、金融や政策の専門家に対する軽蔑を広め、「王様は裸だ」と示したのだ。

いくつかの指標で見て、スペイン、アメリカ、イタリア、イギリスは金融危機の影響が強かった。他方、ドイツ、日本、カナダにはポピュリズムの影響が少ない。その違いは、金融危機の影響で示せる。

アメリカが示すように、ポピュリズムはその影響をさらに悪化させる。政治家たちは、経済的な不安に積極的な政策で応じるべきだし、ポピュリズムによる文化的な不安を刺激する単純化と嘘に対して、強く反対しなければならない。ポピュリズムは民主主義そのものを破壊する。


 Brexit国民投票の罠

FT June 23, 2017

Britain can learn from Australia on how to fix Brexit

Pilita Clark

イギリスは、1999年、オーストラリアであった国民投票から学ぶべきだった。ハワード首相は、英連邦内で王室が維持されることを望んでいたが、キャメロンと同じように、選挙戦においては国民投票を約束した。共和制を支持する声が国民の間でも、彼の閣内でも強まったからだ。

しかし、Brexitと違って、国民投票の前に、政府は、共和制がどのように機能するのか、超党派で明確に示すように求めた。ビジネス界、学界、政界、すべての流れを含む、150人の代表が集まって、19982月、2週間にわたって、さまざまなオプションが議論されたのだ。どのように大統領が、女王と総督に代わるか、という問題も含まれていた。

国民投票で共和政は否決された。今でも、多くの共和主義者は、それがマキャベリ的な謀略であった、と非難する。共和制の支持者が分断されたからだ。他方で、Brexitが離脱の条件を、オーストラリアのようなハードルなしに達成できたことも重要だった。オーストラリアでは、共和制が国民投票で多数を占めるだけでなく、6つの州で多数を占めなければならなかった。


 ITビジネスとコミュニティー

NYT JUNE 23, 2017

You Don’t Want to Buy Groceries From a Robot

By STACY TORRES

次にWhole Foodsで買い物するときは、私の友達Estherと会うだろう。しかし数年もすると、あなたはロボットに会う。あるいは、そこには誰もいない。

アマゾンが生鮮野菜販売のWhole Foodsを買収し、機械化や他の分野でも人間のサービス労働者を消滅させる傾向を加速させたもの、と見られている。アマゾンのシアトルにある店では、店員も会計もすでにいない。

私はそんな店ができてほしくない。レジの店員と話すことは大したことではない、迷惑なときもあるだろう。しかし、彼らは知らない者同士の社交性を育てているともいえる。

私が初めてEstherと会ったのは10年前である。彼女はマンハッタンの個人パン屋さんで会計係だった。私はそこで、65歳以上の高齢者たちが近隣との社会的関係を築き、孤立を避けて、一人で独立した生活をする方法を研究していた。

会計掛や他のサービス労働者たちと交わすはかない関係が、孤立する危険な位置に近い人々にとっては特に重要なものになりうる。一人で暮らす高齢者、慢性的な病気のある人、失業者、などだ。

ロボットの導入は、それがビジネスとしてはよいことであっても、人々にとって常に良いとは限らない。買い物の経験や、われわれが住みたいと思うコミュニティーを育てるために、数ドルを余分に支払うとしても、それは機械化を抑制する理由になるかもしれない。


 政治経済学の復権

Project Syndicate JUN 23, 2017

Economics in Transition

Diane Coyle

2008年、エリザベス女王のthe London School of Economics訪問において示されたご質問、“Why did nobody see it coming?”は経済学の危機を示した。多くの文献が出されたが、3つの研究を紹介する。その変化に向かう予測としては、経済学の前提する行動が変わる、というものだ。もっと歴史を研究し、もっと価値や規範を重視した、社会制度や相互関係、エージェントに依拠したモデル化が進むだろう。

VOX 25 June 2017

W. Arthur Lewis and the tradeoffs of economics and economists

Ravi Kanbur

政治経済学は、市場の失敗が存在するさまざまな領域で、政府介入を支持する重要な議論である。介入は、効率性や公平さの視点で、また、政治と経済との相互関係から生じる。ルイスはケインズのマクロ経済学を支持したが、開発の問題では制度をより重視する姿勢を取った。

ルイスW Arthur Lewisは、政治経済学にとって永久の問題をあつかった。西インド諸島、エジプト、インドで観た労働力の過剰供給に対して、ルイスは政府介入が投資不足を解決する手段であることを示した。他方、エンクルマKwame Nkrumahに招かれて、黄金海岸から独立したガーナの経済開発に関する報告書を作成したとき、利用可能な耕地が豊富にある点で、問題は労働力不足であると考えた。そして、エンクルマ首相が政治的な記念碑的プロジェクトを、「工業化」として、推進する姿勢を批判した。市場の失敗の性格を理解し、正しい介入を決めねばならない。

それはケインズが「大蔵省見解」を否定し、「自由放任の終わり」を書いた姿勢と共通する。その問題を、ケインズは、エドマンド・バークの言葉を引いて示した。「法律を作るうえで最も難しい問題は、何を公共の知恵によって国家が指図し、何を、可能な限り介入せずに、諸個人の努力にゆだねるか、を決定することだ。」


 トランプの貿易政策論

Project Syndicate JUN 27, 2017

Does Addressing Bilateral Trade Imbalances Work?

MARTIN FELDSTEIN

貿易不均衡について,政治家とエコノミストの意見は全く異なっている.

エコノミストは,貿易赤字が自国の行動と世界中の他の国の政策の結果である,という.アメリカは貯蓄以上に投資したから,その差を世界から輸入するのだ.しかし,政治家は,2国間の不均衡に注目する.米中間には3000億ドルの不均衡がる.アメリカは中国の政策を非難し,輸入を阻止し,輸出に補助金を与える.

エコノミストは,そのような政策によって貿易相手国の構成は変わるが,不均衡の規模は変わらない,という.また,自由貿易は国民全体にとっての利益である,という.しかし,それに必要な損失を受けた者への補償が不十分であることも知っている.

輸入による損失は,特定の財や地域に集中するから,アダム・スミスも,それを保護主義的な措置で抑える必要を認めていた.トランプが大統領選挙中に強く主張していたことだ.

しかし,今では彼が大統領であるが,関税引き上げや割当はどこにもない.その代わりに,トランプ政権は,そのような脅しを利用して,貿易交渉を進めている.米中首脳会談後に,中国はアメリカの牛肉を輸入し,アメリカの金融サービスにも市場を開いた.天然ガスも中国に売れるようになった.

曽於結果は,中国に対する貿易赤字を減らすだろう.アメリカの貿易赤字全体は減らないだろうが,アメリカの牛肉,金融サービス,天然ガスの生産者に利益となり,中国の消費者にも利益となる.

それゆえ,2国間の不均衡に注目することが望ましい政策変化をもたらすことはあるのだ.しかし,不利益をもたらすこともある.十分な注意が必要だ.

Project Syndicate JUN 29, 2017

The Rebirth of the TPP

KOICHI HAMADA

トランプはTPPの合意を破棄したが,その要点を理解しそこなっている.

貿易自由化は2つの方法で実現す.1つは,WTOによるグローバルな交渉.もう1つは,2国間の自由化交渉だ.前者は,WTOの力がないためにルールに合意できなかった.後者は,2国間の利益が優先されることで,参加しない国に不利益を生じた.

TPPのようなメガ地域協定は,この中間,どちらのよい面も生かす交渉であった.トランプが理解していないのは,アメリカはいつでも協定を離脱できること,また,2国間で交渉したほうがアメリカは自分たちの利益をより大きく実現できる,という前提が間違っていることだ.

TPPにおいて,知的所有権の保護や投資をめぐる政府への訴訟を制度化する利益は,アメリカが強く望んでいたことだ.他の加盟諸国がこれらを受け入れたのは,中国がこのルールに従うことを望んだからだ.アメリカのような大国がTPPに従うことで,中国も従うことを加盟諸国は期待した.


 ロシアとドイツのナショナリズム

Bloomberg 2017623

Angela Merkel Embraces German Nationalism With a Twist

By Leonid Bershidsky

歴史において、指導者が、その国に属するとは何か、その文化とは何か、を定義する重要な瞬間がある。ドイツのメルケル首相が、ドイツ人とは何か、について雑誌の質問に答えた。ホロコーストに関する永久に負うべき責任から、フットボールのワールドカップまで。これはもちろん、選挙向けの宣伝リストである。

2013年の選挙期間中に、ドイツ国旗を振る行為をメルケルは直ちに憤慨して止めさせた。今年の選挙では、国旗が戻ってきた。メルケルのリストにも載っている。彼女のキリスト教民主同盟CDUは、ポピュリストのthe Alternative for Germanyから、支持者を奪い返そうとしている。ドイツの文化と伝統が、選挙運動のテーマである。

他方で、2015年、2016年に100万人以上の難民を受け入れたメルケルが、イスラム教徒や移民の背景を持つ人々を意識しないはずはない。彼らは今やドイツ住民の21%を占める。その意味でメルケルの主張は、多様性を強調するフランスのマクロンと共鳴する。

これら2人の指導者は、従来のスローガン、多様性、多文化、超国家的連邦主義、から1歩を踏み出したのだ。彼らは、その対抗者と比べて進歩的に見えるが、伝統的な主流派からあまり遠くに離れないように、旧文化の深層につながる新しい味付けを試みている。

それは、2012年にプーチンが試みたロシアの国民的アイデンティティに似たところがある。プーチンはエスニックなロシア人とロシア文化を、歴史的に多様なエスニック集団が集まるマルチエスニック社会の「統合的枠組み」とみなした。プーチンは、お気に入りの亡命思想家Ivan Ilyinを引用した。

"Not to eradicate, not to suppress, not to enslave outsider blood, not to strangle foreign and non-Orthodox life but to let everyone breathe and give them a great Motherland; to watch over everyone, make peace, let everyone pray in their own way, work in their own way and involve the best from everywhere in building a state and a culture."

このプーチンのマイルドなナショナリズムでは、誰でも「指導文化」に受け入れられる。「国家建設」に参加する限り、あなたは完全な同化を求められず、ロシアにおいて成功することができる。しかし、文化的アイデンティティに政治家たちが侵入することは危険である。その醜い側面は、ロシアがウクライナとの戦争を始めたときに明らかになった。ウクライナは同じような文化を持つが、そのアイデンティティとして、ロシアの一部であることを拒んだ。

メルケルやマクロンが近隣諸国を侵略することはないだろう。しかし、EU内には多様な諸国が加わっており、ドイツとフランスは強い影響力を持つ。たとえ抱擁力のあるナショナリズムでも、国旗を振る行為には変わりない。選挙の勝利に向けたナショナリズムの高揚が、その後の政治を支配するかもしれない。


 ロシアのクローニズム

Project Syndicate JUN 28, 2017

Russia’s Oligarchs-in-Waiting

ANDERS ÅSLUND

プーチン大統領の下で、ロシアの勃興しつつあった資本主義はクローニズムに置き換えられた。もしプーチンに生活信条があるとすれば、こういうことだろう。「私に友人には何でも認めるが、私の敵は法が裁く。」

インタビューで、何に最も頼れるか? と訊かれて、「多くの友人がいるけれど、その中でも特に親しい者たち。」・・・「彼らは決して私から去らない。彼らは私を裏切らず、私も彼らを裏切らない。」

実際、プーチンは友人たちに多くを与えた。彼らは、パナマ・ペーパーズでその海外資産を暴露される前でも、多くが億万長者であった。プーチンはロシアのオリガークたちを国有化したのだ。彼の最も親しい友人たちは、ペテルブルグやソ連時代のKGB出身であるが、子供たちにロシアで教育を受けさせた。外国に留学させることはない。既存のオリガークたちはその子供たちに地位を譲っている。プーチン・クローニーの子供たちは、40歳になる前から、すでに億万長者である。

ペテルブルグのクローニーの1人、Nikolai Shamalov2人の息子は、アメリカの証券取引委員会SECがジーメンスに買収の罪で134000万ドルの罰金を科した2008年まで、Siemens AGのためにロシアで医療機器を販売していた。兄のYuriGazfondGazpromの最大の年金基金)の最高経営責任者になった。弟のKirill25歳で、Gazpromからできた石油化学会社Siburの副社長になった。

2011年から2013年まで、Kirillは経営者のストック・オプションとしてSiburの株式の4.3%を得た。その後、2013年、彼はプーチンの娘と秘密裏に結婚し、その後、プーチンのクローニーで最大の富豪であるGennady Timchenkoが、彼に有利な価格でSibur株式の17%を売った。こうしてプーチンの義理の息子は、34歳で、推定13億ドルの資産を持つ。

2015年、プーチン政権は新しい道路税を導入した。長距離トラック運転手たちが大規模な抗議デモを行ったが、プーチンは税収が道路基金を通じて建設に使われる、と擁護した。だれかの私腹を肥やすわけではない、と。しかし、彼のクローニーであるIgor Rotenbergのポケットに入るのだ。

ロシアには縁故主義が蔓延している。トップに君臨する少数の富裕層が、いかに小さな集団か、は衝撃である。プーチンのクローニーたちは世代を超えてますます富裕になっている。それは若者たち、能力ある者たち、野心あるロシア人たちの間に、怨嗟を蓄積するばかりだろう。


 北朝鮮とアメリカ・ファースト

FT June 26, 2017

North Korea and the dangers of America First

Gideon Rachman

韓国の文在寅Moon Jae-in大統領は、人権擁護の弁護士であった。トランプのようなビジネスマンではない。トランプは北朝鮮を孤立させ、空母で威嚇する。しかし、文は対話と協力を呼びかける。

韓国大統領は、トランプが「アメリカ・ファースト」の政策を選択しないように説得する必要がある。すなわち、それはアメリカにとっての安全保障上の脅威となる北朝鮮の核・ミサイル開発を放棄させるためにトランプが先制攻撃を命じ、韓国は北朝鮮による報復の犠牲になることを意味するからだ。

アメリカ政府に詳しい関係者に意見を聞くと、ワシントンの右派には、軍事攻撃を支持する意見が広がっている、という。彼らは、もしアメリカが攻撃を受けるのであれば、その前に朝鮮半島が戦場となることを支持する。


 日本のマクロ政策

Project Syndicate JUN 26, 2017

Another Lesson from Japan

STEPHEN S. ROACH

アメリカのコア・インフレ率が、上昇するはずだったが、低下した。エネルギと食品を除いた消費者物価は1年前とくらべて1.7%高いだけであるである。アメリカ経済は完全雇用に近いはずだが、2%というインフレ目標に戻ろうとしている連銀にとっては驚きだろう。

世界を半周ほどすると、日本でも同じ話が聞かれる。ただし、デフレに落ち込みがちな日本経済の状態はさらに深刻だ。

かつてない日伝統的な金融緩和政策を採用して、1994年から2013年まで、19年に及ぶデフレを退治するはずだった。インフレ率がほぼゼロであるのは敗北に近い。

2017年のインフレ状況から、3つの重要な理解が得られる。第1に、インフレと経済的ゆるみとの関係、いわゆるフィリップス曲線は破たんした。Richard Baldwinが「グローバリゼーションの第2の「(供給体制の)分解“second unbundling”」と呼んだ変化は、ますます分節化されたグローバル・すプライ・チェーンの過剰供給能力を世界に広めた。アウトソーシングがグローバルな供給曲線の弾力性を劇的に増大し、労働市場や財市場における「ゆるみ」の概念を根本的に変えた。

2に、現在のグローバリゼーションは、本来、非対称的な性格を持つ。日米ではバランス・シート不況からの悪影響が残り、中国では不安から貯蓄が高まり、ヨーロッパでは生産性に制約されて消費が弱い、など、さまざまな理由で、需要側が深く損なわれたままである。供給側の拡大と合わせて、デフレ的な状況が続く。

3に、中央銀行はその目標を達成する能力がない。いわゆる流動性の罠である。1930年代の大不況でケインズが初めて観察したのだが、政策金利はゼロ近辺にまで下落し、慢性的な総需要の不足を刺激できない。

しかし、これは不治の病ではない。ハイパー・グローバリゼーションの世界では、「アメリカ・ファースト」を唱えて保護主義を採用するのではなく、需要側に焦点を絞るべきだ。1930年代とともに、より最近の日本の経験が教えるのは、金融政策ではなく、もっぱら財政当局が問題解決に動くべきだ、という点である。


 パレスチナの人権・市民権

Project Syndicate JUN 26, 2017

Reimagining Palestine

MARWAN MUASHER

1967年のアラブ・イスラエル戦争から50年が経つ。紛争を終わらせる「最終的な地位」に関する合意の見通しは、かつてないほど暗い。交渉は何十年間も失敗し、パレスチナ人の地位が認められる期待は大幅に失われ、それとともに、自分たちの指導者や制度に対する信頼も失われている。

イスラエル政府は、現状を変更することに関心がない。入植地の拡大戦略を続けても、外交的にも、経済的にも、また安全保障上も、コストはほとんど生じていない。イスラエルは交渉に真剣に取り組まず、譲歩せず、世界はパレスチナの苦しみに沈黙したままだ。

これまで、紛争を解決する努力はオスロ合意に従って行われた。それによれば、パレスチナの自治が、境界線、入植地、領土、帰還の権利をめぐる両者の合意によって達成される。しかし、この枠組みは狭く、すべての側が消耗しただけで、解決には向かわなかった。

パレスチナ人の権利を中心と前面に据えた、新しいモデルを見出すときだ。パレスチナ社会に変化が起きていることを指導部は認めつつある。若者たち、市民社会グループは、個人の権利が守られることを重視し、市民的自由をパレスチナ国家の結果としてではなく、その始まりと考えている。パレスチナ人の3分の2が、2国家案を実現可能とは考えない。

パレスチナ人の市民権、人権が政治課題の最優先目標に改められるべきだ。そのようなアプローチが、すでに地方の非暴力型抵抗運動から、国際レベルのthe Boycott, Divestment, Sanctions (BDS)にまで、示されている。

パレスチナのナショナリズムは滅びない。それはパレスチナ人のアイデンティティの中核をなしている。しかし、パレスチナの国民運動は再定義されるだろう。

********************************

The Economist June 17th 2017

Europe’s saviour?

Chinese law: Champions chained

The French election: Les magnifiques

Paris-Berlin relations: The age of Merkron

History: A not-so-golden age

Qatar: With a little help from its friends

The American economy: Finding Phillips

Free exchange: National treasure

(コメント) マクロンの登場が意味するものは何か? フランス政治の再編,独仏関係の強化とユーロ改革.もしフランスの労働市場改革が進み,財政再建が期待できれば,メルケルは最後の政権として動く.安定化,構造改革と投資基金,そして共通の財務省.

フィリップス曲線は消えたのか? 政府による雇用は支持できるか? ともに,マクロ経済政策を根本から見直す作業です.

******************************

IPEの想像力 7/3/2017

TPPから離脱し、EUを軽視し、NAFTAを書き直すことは、トランプ政権の無能さを示し,世界の不信感や軽蔑をトランプに向けて高めることでした。しかし、北朝鮮への軍事攻撃は異なります。誰であれ,アメリカ大統領だけが,その趨勢を決めるでしょう.

ロシア軍が、モスクワの劇場や中央アジアのテロ集団を制圧するとき、市民に多くの犠牲を出したが、その前後に情報を統制し、神経ガスや特殊な制圧手段を使用した、と報道された。トランプも同じような準軍事的制圧行動を試みるのではないか?

****

エッジワースについて,ハイルブローナーは書いています.

「この奇妙な男は,経済学が『数量』を扱い,そして数量を扱うものはなんでも『数学』に変換できるがゆえに,経済学に魅せられたのである.」・・・「数理心理学の理論体系は実に整然としており,人を楽しませるものであり,・・・人間の抗争や社会的矛盾の考察によって汚されていない」.

アルフレッド・マーシャルについて,「政治」経済学からのこの奇妙な方向転換,とハイルブローナーは書きます.おそらく,ヴィクトリア時代の好景気が,社会の陰鬱な問題から関心を奪ったのであろう,と.しかし,J.A.ホブソンの『帝国主義論』は,同じ時代を表現した,素晴らしく興味深い研究なのです.

M. WolfFTのコラム(The economic origins of the populist surge)を紹介しました.Brexitやトランプを選択した人々は,都市から離れた,高等教育を受けていない,移民や難民の話に経済的・文化的な脅威を感じる高齢の白人男性労働者たちが多かったとしても,それは,なぜイギリスとアメリカで,なぜ今,ポピュリストたちが政治システムの中枢を乗っ取ることになったか,を説明していません.それは金融危機の影響であった,と.

また私は,非都市部において多くの有権者が間違った選択肢を好んだことの背景には,共和党(2大政党制,国民投票)による選挙=政策選択過程の劣化,憎悪メカニズムがあったと思います.対立候補に関するネガティブ・キャンペーン,宗教や文化,性別,人種,さまざまな偏見を利用する有権者の取り込み,他方で,経済政策に対する正面からの論争を取り上げないことが,選挙で勝つための戦略でした.

もし政策選択としてBrexitが詳しく議論されていたらEU離脱は支持されず,また,アメリカの政治指導者としてだれがふさわしいかを考えていたら,トランプが共和党を乗っ取ることもなかったでしょう.

スタンレー・ホフマンの議論を思い出します.ホフマンは,「いわゆる経済学や物理学などをモデルにして国際関係の科学を発展させたい」という願いを,慎重に留保しています.なぜなら,国際政治学が扱うのは「暴力が飼いならされ,日常的な内戦が存在しない社会」,市民権や福祉システムにより「不正義が極小化されている社会」ではないからです.

豊かな社会から見れば,とても受け入れがたいような貧困,暴力,不正義が,日常的に存在している世界を前にして,「国際システムがもたらす拘束と機会と問題に関するできるだけ現実的な分析が必要だ」と,ホフマンは警告します.

現在も「経済学」は,エッジワースのイメージを継承しています.「快楽の社会的ストックの分け前を競う人間の快楽メカニズムの研究」である経済学は,「完全競争の世界では,それぞれの快楽機械は社会が付与しうる最大量の快楽を得るであろう」.

****

静かな日常生活やメディア,テレビの映像から,いつか,にわかに戦争の霧が立ち込めるのでしょう.だれも予想していないとき,しかし,一部の軍事関係者と政治家,外交官だけが機密情報を管理し,激しく交渉の優位を競う中で,偶発的な事件や国内政治の軋轢が,あるいは,落とし穴に落ちたような衝撃が,大規模な策謀への入り口を現実の世界に出現させるのでしょう.

トランプと北朝鮮は,私たちのガラスの世界を打ち壊します.

******************************