IPEの果樹園2017

今週のReview

2/20-25

*****************************

フリン補佐官の辞任 ・・・北朝鮮,ミサイル,暗殺 ・・・イスラエルの住民破壊 ・・・独裁者とウォーターゲート ・・・メイ演説と議会 ・・・ギリシャ債務危機とIMF ・・・ヨーロッパの新しい安全保障協定 ・・・トランプが安倍に学ぶこと ・・・トランプの間違った反イスラム主義

 [長いReview]

******************************

主要な出典 Bloomberg, FP: Foreign Policy, FT: Financial Times, The Guardian, NYT: New York Times, Project Syndicate, SPIEGEL, VOX: VoxEU.org, そして、The Economist (London)

[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


● フリン補佐官の辞任

The Guardian, Tuesday 14 February 2017

The Guardian view on Michael Flynn’s resignation: not a Whoops but a Wow

Editorial

ホワイトハウスの安全保障担当補佐官が辞任した。このポストはアメリカ政府の最重要ポストであり、大統領に最も近いスタッフとして安全保障に関して発言する。過去の政権でも、ヘンリー・キッシンジャーなど、重要な人物が就任した。これまで1か月足らずで辞任したケースはない。これは閣僚人事の小さな曲折ではなく、トランプ政権構想の完全な破たんである。

辞任は、政府が説明するような、政権内の不誠実な情報伝達によるのではなく、トランプ政権がロシアのプーチン大統領を宥和する戦略から生じた。トランプ政権と情報部との不信感、トランプの選挙戦に関わるロシアの役割にも関係がある。その意味で、この辞任劇こそ、ドキッとするどころか、叫びたくなる。

大統領候補や次期大統領が就任前に国際関係を動かしたケースは過去にもあった。最も深刻なケースは、リチャード・ニクソンが196810月のパリ和平会談開催を、秘密裏に南ベトナム政府と謀議し、阻止したことだ。大統領選挙が迫る中で、和平が民主党候補Hubert Humphreyに有利になることを嫌ったからだ。ニクソンが個人的な政治目的で和平会談を延期した結果、アメリカ人兵士2万人以上と数え切れないほど多くのベトナム人が死んだ。

トランプがロシアとの関係改善を図る理由も汚れたものだ。ロシアは、オバマ政権が科した制裁を嫌っていた。トランプとフリンはその取りやめをロシア高官と相談したのではないか。それはあまりにも行き過ぎた、拙速な、そして非常に危険な相談である。

NYT FEB. 14, 2017

Why Trump Is Right on Russia

By ANATOL LIEVEN

アメリカ外交関係者の間で最も批判されたのは、トランプ政権がロシアとの関係改善を進めたがっていることだった。その親ロシア政策は、陰謀論やスキャンダルになっていた。

これは無意味な議論だ。アメリカとロシアが和解を模索するのには、東ヨーロッパから中東まで、多くの理由がある。問題は、アメリカがそのグローバルな覇権を求める欲求を抑制できるかどうか、である。

中国と違って、ロシアはアメリカに対する新興の挑戦者ではない。ロシアは、旧影響圏の断片を集めることに苦心している。さらに、ロシアはその本質において、イスラム過激派と戦うアメリカの同盟相手にふさわしい。ロシアとの緊張を緩和することは、より重要な地政学的問題にアメリカが集中することを可能にする。

究極的に見て、アメリカはロシアと協力するしかない。アメリカは旧ソ連諸国を支援しようとしたが、それは無駄だった。アメリカとNATOは、2008年のグルジア、2014年のウクライナを助けて戦闘を始めなかった。将来もそうだろう。NATO加盟に関する可能性も、何年も議論しているが、無意味である。EUの人々はすでに多くの問題を抱えており、予測できる将来において、ウクライナの加盟を助けることはないだろう。シリアにおいて、アサドを辞任させること、彼に反対する聖戦主義者たちを抑えることで、アメリカと同盟諸国とは意見が分かれた。

ロシアとの関係修復はウクライナから始めることができる。2015年のミンスク合意があるからだ。その中でロシアはウクライナ東部の独立派を武装解除することに合意した。ウクライナは新憲法を定め、独立を宣言した東ウクライナのドンバスに高度な自治権を認めた。アメリカはロシアと協力して、ドンバスの非軍事化と国連平和維持軍による保障を実現する。また、ロシアのクリミア併合を認め(それをロシアに諦めさせるには戦争するしかないから)、合法的に承認しないとしても、制裁は解除することだ。

アメリカとNATO本部は、そのような妥協をすればロシアの攻撃を強めるだけだ、という。しかし、それは、西側エリートたちが内部の諸問題、すなわち、移民、工業の衰退、グローバリゼーションの問題を解決できないことから、焦点を外に向けたがっているだけだ。子供にもわかることだが、戦略的なフロンティアは、1988年と現在とを比べて、明らかに西側がロシアを侵食している。この数十年のロシアの行動は、とくには間違った、犯罪的な行為もあったが、圧倒的に西側の侵略に反発するものだった。ウクライナがロシアにとって、歴史、エスニック、文化、戦略、経済の点で最高の重要性を持つことは、他の東欧諸国と比べられない。

シリアでも、アメリカと西側諸国は戦争を避けた。ここでもトランプはロシアと協力することを計画している。ロシア、イラン、トルコが支援する以上、アサド体制は崩壊しないだろう。もし将来、その転換を交渉するとしたら、ロシアとイランの参加は欠かせない。イランは、イラクとシリアにおける聖戦主義者との戦いで不可欠の同盟国である。その点では、ホワイトハウスに矛盾がある。トランプと、最近辞任したフリンは、イランとの敵対も唱えていたからだ。また、イランが核合意に反する場合、アメリカはロシアに、イランへの新しい制裁を同意するよう求めるはずだが、現状では不可能だ。

中国は、アメリカ外交に刺さる他の主要問題だ。トランプは中国との敵対を示唆してきた。しかし、ロシアはそのような戦略に決して協力しない。2600マイルの国境を共有し、軍の圧倒的な人数の差を考えれば、中国と敵対姿勢を取るようロシアを説得することはできない。しかし、ロシアとの関係改善は、最新鋭の武器をロシアが中国に売却しないように制限し、中国と近隣諸国が南シナ海の島の領有で妥協するように国連が介入するのを助けるだろう。

冷戦終結以降、ロシアはむやみに反米を掲げることには反対してきた。旧ソ連諸国において、ロシアのエスタブリシュメントが、その是非はともかく、ロシアの核心的な国益とみなすものを、ロシアは守ったのだ。

ロシアもアメリカとの関係改善を望むが、それはアメリカのグローバルな指導性を認めるものではない。トランプ政権がそれを望むなら、修復の試みは失望に終わるだろう。


● 北朝鮮,ミサイル,暗殺

Project Syndicate FEB 17, 2017

The Art of the North Korean Deal

YOON YOUNG-KWAN

選挙戦でトランプは金正恩とも会う、と言った。そうするべきだ。

先制攻撃はむつかしい。韓国は決して同意しない。北朝鮮が固形燃料を開発したとすれば、標的と攻撃時期を決めることができない。

制裁の強化も難しい。中国は北朝鮮が崩壊することを望まない。歴史的に、中国は朝鮮半島の体制を、自国の安全保障の点から、懸念している。

北朝鮮の核武装を破棄するには、トランプが2つの取引を成立させるしかない。中国に対して、北朝鮮の体制転換は行わない、と約束する。当面、THAADの配備を撤回する。北朝鮮に対して、安全保障を約束する。核武装の破棄に向けて、関係を正常化する。


● イスラエルの住民破壊

NYT FEB. 11, 2017

Israel Bulldozes Democracy

By AYMAN ODEH

イスラエルのネタニヤフ首相が、今週、ワシントンを訪問し、トランプ大統領と会談する。彼らはおそらくその共通の政治思想について議論するだろう。憎悪と恐怖による権力だ。イスラム教徒のアメリカ入国を禁止する政府と、新しい入植者がパレスチナ人から土地を奪い取る法律を定めた政府とは、さぞ共鳴することだろう。

トランプのように、ネタニヤフは2015年の選挙をあからさまな人種攻撃で勝利した。それ以来、彼はパレスチナ市民を差別してきた。特に苦痛を与えるのは、政府の人種差別的、不公平な土地・住宅政策だ。

アラブ人はイスラエル人口の5分の1を占めるが、法的には2.5%しか土地を保有していない。国家創設以来、700以上の町や都市がユダヤ人のために建設されたが、アラブ人のためには1つも新設されなかった。

イスラエル南部の10万人以上のアラブ系市民は特に危機に直面している。Naqab砂漠にある35の村が、国家によって「承認」されていないのだ。この未承認村落の住民はイスラエル国籍を持つが、国家は、水、電気、道路、学校、など、基本的ニーズを供給しようとしない。さらに、イスラエル政府は村落の存在を認めず、国家による撤去命令の恐怖の下で暮らしている。いつ警察や来て、彼らを強制退去させ、住居をブルドーザーで破壊するか、それさえ分からないのだ。


● 独裁者とウォーターゲート

NYT FEB. 15, 2017

On the Road to Another Watergate?

By TIM WEINER

フリンMichael Flynnが国家安全保障会議から,突然,辞任したことは,過去になかったことのように見えるが,そうではない.しかしその結果は,アメリカ合衆国を地図の無い海域へ向かわせるだろう.

レーガン大統領の下でも2人,Robert McFarlane and John Poindexterが国家安全保障会議から辞任した.彼らはアメリカの法律と良識に反して,イランへ極秘に武器を売却し,中米の反政府組織に資金を渡していた.

かつて,リチャード・ニクソンが当選したとき,1969年,リチャード・ニクソンの就任前に,キッシンジャーがソ連側と情報交換した,という有名なケースがあった.しかし,キッシンジャーとフリンは違う.フリンの行動については,FBICIAが捜査している.

ここにはウォーターゲートにつながった嫌な臭いがする.ニクソンの辞任に至る事件は,19694月に始まっていた.就任演説から3か月後に,大統領はキッシンジャーに命じたのだ.秘密情報の不快なリークを止めるため,彼のスタッフにわなを仕掛けろ,と.そのような命令を次々と出して,ついには憲法に背くこととなった.

Bloomberg FEB 15, 2017

President Trump's Boris Yeltsin Moment

Leonid Bershidsky

ドナルド・トランプ大統領は,彼の安全保障担当顧問の辞任を騒ぐメディアに憤慨した.「極秘の情報が漏れることこそスキャンダルなんだ.「情報」がキャンディーみたいに違法に提供されている.」と,彼は水曜日にTweetした.「まるでアメリカじゃないぞ!」 もちろんそうだ.これはアメリカ的ではない.ロシアである.それも1990年代の.

トランプが勝利した直後,ロシア生まれの政治学者Andrei Korobkovが論文を発表し,ボリス・エリツィンとの類似点を述べた.2人は支配的なエリートに敵対し,その国の政治的な規範を打ち破って,有権者の大きな支持を得た.アメリカのエリートがトランプに対して行ったあからさまな妨害は,1987-1991年にロシアのノーメンクラツーラの行動とそっくりだ.

権力を得てからも,エリツィンは政府官僚層の抵抗や,今,トランプが苦しむ以上の官僚たちの情報漏えい,指導者に関する苦情,偽情報によって統治を損なわれた.経済自由化は,エリツィンが改良の支配を無力化するために推進したものであった.そして,組織のヒエラルキー的機能を奪うために,治安機関をさまざまに分解し,統合した.

ノーメンクラツーラは議会の多数を支配し,エリツィンを2度も弾劾決議の瀬戸際に追い込んだが,可決できなかった.それでもエリツィンが2期目を終えずに辞任する前から,重病のために次の選挙には李候補できない,という話が流れていた.

諜報機関・秘密警察,警察,軍,などを動かす"deep state"を変えることに,エリツィンは失敗した.プーチンは自由化や改革をすべて逆転させた.トランプには成功するチャンスがあるだろう.しかし,もしトランプも失敗したら,彼と組むつもりのプーチンの側近が機会を失うだけではない.それはプーチンの瞬間,政府機関が個性的な政治家を排除し,支配を取り戻す瞬間である.非常にロシア的な.


● メイ演説と議会

NYT FEB. 15, 2017

Theresa May’s Empire of the Mind

By TOM WHYMAN

先月、EU離脱交渉に向けたイギリスの姿勢を示すテリーザ・メイ首相の勇猛な演説を受けて、右派タブロイド紙The Daily Mailの第1面にメイの漫画が載った。それは彼女がドーヴァー海峡のホワイトクリフから頭を剃らに向けて誇り高く突き出す姿であった。EUの旗を踏み潰す彼女の背後には、ユニオンジャックがはためく。

その絵は、セシル・ローズCecil Rhodes を描いた、1892年の有名な漫画“The Rhodes Colossus”の好戦的な姿勢とよく似ている。ローズは、カイロからケープタウンまで、アフリカをまたいでいた。「われわれはまずい取引から手を引く。その代償を支払うのはEUだ。」 漫画には、今やメイの親友となったトランプに似た説明が付けてある。

正気な者から見れば、メイの計画は全くの愚策である。ヨーロッパ単一市場を棄てて、移民政策の完全な支配権を手に入れる。それは、ポピュリスト的な支持を得るために、基幹産業や貿易相手国を深く傷つけることだ。この計画にほとんど何の影響も及ぼせないような形でメイに権限を与えた下院の決議は、リベラルな民主主義の中で、立法府としての役割を自ら否定するものだ。Brexitは、同時に、地方を離反させる。スコットランドは、国民投票以来、再び独立志向を強め、北アイルランドも和平への影響を恐れている。

この混乱のすべてが、イギリスの国民的なアイデンティティに深く関わっている。Brexitは帝国のノスタルジー、イギリスは例外だという神話に結び付いている。それは、特に2008年以後、世界の強国ではもはやなくなっている現実に離反するものとして現れた。Brexit後のイギリスを、メイは「グローバル・ブリテン」と表現した。イギリス人とは、ヨーロッパの地平を超えて、世界中に広がる機会を得るために拡大し、帝国を築く国民である。戦時のポスターや、旧時代を示す楽しい小物が愛される。世界金融危機により高まった中産階級の不満を吸収して、Brexit派は現実世界から撤退する。

それは最悪のシナリオを実現するだろう。スコットランド、北アイルランド、さらにはウェールズも失った、小さな、孤立した、1党支配国家のイングランドが、自国の特別な栄光という幻想に取りつかれた、教訓を説く学校教師のような保守派に支配される。そこに職場はない。


● ギリシャ債務危機とIMF

VOX 17 February 2017

When the IMF evaluates the IMF

Charles Wyplosz

IMFは、2012年、2016年に行われたギリシャ向け融資について自己評価レポートを発行した。多くの失敗を認め、重要な変更を求めている。しかし、残念ながら、これらの失敗がなぜ起きたのか、問題の根本を常にとらえているわけではない。

東アジア危機に関して激しい論争が起きて以来、IMFは例外的な融資プログラムに関する自己評価を行うようになった。例外的な融資枠とは、通常の各国分担金に対する145%の融資を超える、あるいは、総額で435%を超える場合である。ギリシャに対する最初の融資は分担金の3200%であったし、それに代わる第2の融資は2159%であった。これらはかつてなかった数値である。

かなり多くの失敗が報告されている。過度の楽観。初期に大きな赤字削減を、歴史的に観ても深刻な規模で要求した融資条件。それはかつてないほどの長期で深い不況をもたらし、その結果、債務のGDP比が上昇した。乗数を小さく見たこと。輸出の価格弾力性を高く見たこと。銀行システムの健全さを前提したこと。その背後には、政治的な混乱があった。不良債権が増大し、以前の融資条件を非現実的にした。

IMFはすでに、大幅な予算赤字の削減を失敗として認めた。IMFが示すその説明は、債務の大幅な組み換え・免除は、国際金融システムにとって重要な外国銀行の信用を損なう恐れがある、ということだ。リーマンブラザーズの倒産直後、グローバル危機が再現する不安が現実にあった。第2に、EUECBが債務のいかなる組み換えにも激しく反対したことだ。これは通貨同盟内の協力にとって深刻な問題を引き起こすからだ。

他にも、ギリシャの政治体制が改革を自分たちの問題として取り組まなかった。また、構造改革はギリシャ政府の行政能力を超えており、政治的にも耐えられなかった。銀行が破たんに落ち込む可能性を正確にモニターできなかった。構造改革がサプライサイドに即座に良好な影響をもたらすと期待した。労働市場を改革しても、財市場の改革が進まず、輸出競争力が回復しなかった。企業にも、政府にも、ガバナンスの問題があった。

報告が触れなかったのは、この危機が協力体制で管理されたことの意味だ。それはIMFに欧州委員会とECBを加えた、トロイカ体制であった。その複雑さが対立を生じた。行間から、IMFが最も重視した失敗は、経済分析のミスではなく、トロイカ体制の従属的な地位を受け入れたことだった。通常、IMFが十分な金融資源を欠くとき、関係諸国に参加を呼びかけて、IMFの単独で管理する融資プログラムに、必要な追加融資を求めた。2008年のラトビアを例外として、IMFが従属的な地位を受け入れたことはなかった。この問題は今も、IMFEUの間で、政治問題として厳しい対立が続いている。

報告は、融資プログラムに影響する不確実性が異常に大きかったことを強調する。それゆえ、漸進主義が採用され、融資は巨額になり、長期にわたった。他のケースに比べてギリシャが異なるのは、通貨価値の切下げができず、最後の貸し手が保証されていないことだった。それを求めるならユーロ圏の離脱を含む事態につながるからだ。外交的に、報告はECBの役割に触れていない。

報告が言及しなかった重大な失敗は、IMFのモデル分析Debt Sustainability Analysis (DSA)だ。その結果は前提の小さな変化にも大きく影響を受けるが、長期的に観て、前提が維持されるかどうかはまったく不確実である。

欧米の政治家たちが、ギリシャのデフォルトによってグローバルなシステム危機が生じる、と強く主張したのだろう。それは主要諸国が危機を予防する分担として議論するべきことだ。公平性と実行可能性の視点が求められる。しかし、そうではなく、ギリシャの借り入れが強いられ、返済の重荷はギリシャの納税者に負わされた。IMFが今、債務削減を強く主張するのは、事後的なバードン・シェアリングである。

世界の慈悲深いレフェリーとして、IMFは事前に、その偏ったアプローチの共謀者となることを拒むべきであった。しかし、報告では分担について一言も述べていない。それは政治的に圧殺されたのだ。その結果、IMFの独立性には強い疑念が残る。また、われわれはケインズの有名な2つの敗北を思い出す。1つは、ドイツ賠償金。もう1つは、ブレトンウッズで彼が求めた、対称性である。

ギリシャは、ケインズが死後に経験した第3の敗北である。


● ヨーロッパの新しい安全保障協定

FT February 15, 2017

Europe needs a new defence pact — and Britain can lead it

Anne Applebaum

テリーザ・メイはワシントンへ行き、大統領に会って、共同声明を出した。「われわれはNATO100%支持している。」 数日後、アメリカ大統領はフランスのオランド大統領に、NATOから「自分のお金を取り戻したい」と述べた。NATOがアメリカからむしり取っている、と彼は確信している。

これらの言動から真実を導くのはむつかしい。20年間、ドナルド・トランプは「時代遅れの」大西洋同盟を攻撃してきた。2000年には、ヨーロッパの防衛は「アメリカ兵士の命」に値しない、と述べた。

政治的な現実を反映しない制度は信用を失う。どれほど言説を費やしても、ヨーロッパの安全保障に対するアメリカの政治的な関与が急速に消滅している事実を隠すことはできない。イギリスもそうだ。政治家たちはGDP2%を防衛予算に充て、ポーランドより少ない戦車と、輸送機の追加を見送っている。

メイは、この戦争の神である大統領との「特別な関係」というフィクションに頼るが、アメリカ大統領は数時間で気分を変え、イギリスの利益など考えていない。そうであれば、メイはそこから教訓を学び、イギリス防衛政策の根本的な転換を図るべきだろう。それはまだ可能である。

今ほどの好機はないだろう。EUを離れるイギリスは、それでもヨーロッパにおける役割を求めている。これがまさにそうだ。フランス、ドイツ、その他、ヨーロッパ諸国、そしてNATO加盟国ではないスウェーデンなども含めて、ともにイギリスは、政治的現実をまさに反映する新しい欧州防衛協定を結ぶ。言い換えれば、ヨーロッパの主要軍事大国が集まり、NATOに匹敵する防衛組織を立ち上げるのだ。それはアメリカによる安全保障の傘が失われる日に備える組織でもある。

協定はさまざまな形をとる。ヨーロッパが重大な転換点にあり、根底から新しい発想を必要としているからだ。新しい組織では、主要な装備を諸国が共有することも含まれるだろう。欧州軍の統合化もそうだ。さらに戦争の形態が急速に変化していることにも対応するべきだ。サイバー空間の安全保障、情報戦争にも備え、協力して研究・行動し、情報収集する必要がある。

協定は2つの非常に異なる、しかし同様に重大な脅威に対応しなければならない。それは、南に広がるテロとカオスであり、ロシアからのハイブリッド戦争である。ロシアは政治的影響力を浸透させ、汚職を広め、サイバー攻撃を繰り返し、今や新型の巡航ミサイルを配備している。

NATOの制度は新しい挑戦に対応していない。新しい欧州防衛協定が始動して、これに対応する。イギリスはその最初の設立に参加する。歴史的には、NATOを侵食するものとして、欧州の防衛構想にイギリスは反対した。しかし今や、アメリカ大統領がNATOの信用を侵食している。再考のときである。


● トランプが安倍に学ぶこと

Bloomberg FEB 13, 2017

Things Might Be OK If Trump Borrows From Abe

Noah Smith

ドナルド・トランプが安倍晋三をあたかも兄弟のように抱きしめたことの意味は、その統治スタイルを共有することであってほしい,と私は思う。安倍は、責任ある、ポジティブな、現代ナショナリズムの公式を作り上げた。

20129月に安倍が自民党総裁に当選したとき、多くの日本の左派や外国プレスは、安倍を危険な右翼のナショナリストと考えた。しかし、実際の統治姿勢は、彼らが恐れたような右翼の革新派ではなかったのだ。安倍の政策は、国家を強くし、国民に誇りを持たせることに向けられたものだったが、責任ある、スマートな形で、長期的に展望し、リベラルな内容をも取り込んだ。もしトランプが安倍の計画を採用するなら、トランプ政権は多くの批判が恐れるものより,改善されたものになるだろう。

1に、安倍は、ナショナリズムが移民排斥を意味しない、ということを示した。移民政策を、国家が強くなるために不可欠な人材登用の方策とみなすことだ。2012年以来、日本はカナダのようなポイント・システムを採用し、世界最良・最俊英の人材を狙っている。

安倍は、また、女性の経済参加率を高めるために大いに努力してきた。多くの女性が働き、家族を増やすことが国家を強くする、とナショナリストは理解する。安倍政権の下で、官庁はフレックスタイム制を導入し、託児所の増設に公的資金を投入し、産休・育休を拡大してきた。職場における男女同権、男性の育児参加についても、安倍は強い調子で要求している。

最後に、安倍の主張は、ナショナリズムの,責任ある、寛容な姿勢を示した。安倍の当選で、日本における人種差別的な集団(右翼)は活気を帯びた。ナショナリズムが高まって、彼らの主張が実現できると考えたのだろう。「在特会」の在日朝鮮・韓国人居住区に対するデモや,ネット上の攻撃は、アメリカのオルト・ライトが好むヘイト・スピーチを思わせるものだ。しかし、安倍は逆に、こうした集団の活動や分断を煽る主張を否定したのだ。そして,ヘイト・スピーチを取り締まる法制強化に向けた研究グループを設置し、警察によるヘイト集団の監視を強めた。

この点も、トランプは安倍の統治を大いに見習うべきだ。強い国家とは、国民を包括する国家である。トランプも、アメリカで高まるマイノリティへの憎悪や嫌がらせ、差別的集団を非難するべきだ。また、白人至上主義者のテロを黙認するべきではない。

安倍政権への恐怖が過剰であったように、トランプを恐れる声も過剰であったとわかるだろう。トランプは安倍の統治スタイルを取り入れて、自信のある、プラグマティックで、包括的な、前向きのナショナリズムを推進するべきだ。


● トランプの間違った反イスラム主義

FP FEBRUARY 17, 2017

Five Ways Donald Trump Is Wrong About Islam

BY STEPHEN M. WALT

ドナルド・トランプがホワイトハウスに集めた外交スタッフ、Stephen BannonSebastian GorkaFrank GaffneyMichael Flynnが示すイスラム世界を敵視する姿勢は、アメリカにとって戦略的な破滅をもたらすものだ。彼らは、アメリカそしてユダヤ=キリスト教的な西側世界が、狡猾で強力な敵「イスラム過激派」に包囲されている、と信じている。ハンチントン的な「文明の衝突」を引き継ぐ、強壮剤を付加した世界観は、完全に現実を無視しており、こうした者たちがアメリカ外交を支配すれば、コストの大きな、自己破滅型の十字軍に導くだろう。

その重大な間違いを5つ挙げる。

1.バランス・オブ・パワーは圧倒的にわれわれに有利である。GDP。軍備、それを駆使する技能、いずれもイスラム諸国のパワーは大きく劣っている。

2.イスラム圏は大きく分裂している。

3.テロは深刻な脅威ではない。バスタブで転ぶのと同じ程度の脅威である。

4.「イスラム法の浸透」は単なる妄想だ。何の証拠もない。

5.「文明の衝突」は自己実現的な破滅に向かう。

********************************

The Economist February 4th 2017

An insurgent in the White House

Universal basic incomes: Bonfire of the subsidies

Donald Trump’s foreign policy: America first and last

How America’s allies see it: The world watching

The economics of immigration: Man and machine

Young people and democracy: Not turning out

Smartphones in China: Upstarts on top

(コメント) 記事は,まだ事態の推移を知らない,最初の数日について書かれた分析ですが,的確に本質を見ています.トランプがホワイトハウスに入れたイデオローグたちは,これらを「混乱」ではなく,「正しい」ことの始まりと考えます.トランプの支持者や,トランプ自身がその考えを受け入れるなら,その程度に応じて,国際秩序や国内政治・統治システムが深刻な分裂状態に向かうでしょう.それがトランプの目指す「アメリカを再び偉大な国にする」ということであれば,トランプは権力を行使します.

インドなど,貧困国のベーシック・インカムについて.移民排斥が国内雇用を増やすことはない,というブラセロ移民の記録について.若者の投票を促すために.そして,中国の携帯電話市場ではiPhoneXiaomiに代わる新世代が急激に拡大しています.

******************************

IPEの想像力 2/20/2017

グローバルな政治経済秩序をめぐる闘いは重層化しています.EUは,Brexitによってイギリスを失い、カナダとは貿易・投資協定を結びます。ギリシャ債務危機は再燃し、フランスでル・ペン大統領が誕生すれば、ユーロ圏は崩壊します。メルケル後のドイツも議論され始めました。

インドネシア・ジャカルタの市長選挙,インドの通貨改革とウッタルプラデーシュ州選挙.自衛隊が参加する南スーダンにおける内戦と飢餓の深刻化も報告されています.中国・台湾のIT産業からはiPhoneを倒す新興企業群が現れる? 金正男の暗殺。

****

混乱が深まれば、保守派の政策、それを支えるイデオロギーが支持されます。

安倍首相とトランプ大統領を比較する面白いコラムを読みました.Noah Smith, “Things Might Be OK If Trump Borrows From Abe,” Bloomberg FEB 13, 2017

スミスは,トランプが安倍から統治スタイルを学んで,プラグマティックな,時にはリベラルな改革でさえ推進する,責任あるナショナリズムを実現するべきだ,と主張します.ナショナリズムの最重要テーマは,国家の強化です.富国強兵を唱えるのは,どこの政治家たちも同じです.

2度目の権力を掌握してから,安倍は経済の立て直し(特に円安と株価上昇)に重点を置きました.経済を強くするのは,国際政治における発言力,軍事力の整備がそれを必要とするからです.「アベノミクス」という命名は多分に政治的な作為によるものでしたが,安倍は日銀総裁を従え,日本のデフレ脱却,累積債務問題の制御に向けて,名目GDPを高めてきました.

スミスは、アベノミクスの評価に触れず,トランプにとって重要な3点を指摘します.すなわち,①プラグマティックな移民政策の採用,②女性の労働市場参加・社会進出など,リベラルな改革の取り込み,③ヘイト・スピーチやマイノリティの権利を重視すること,です.

****

国際秩序や国際協調に向けて積極的に発言し,国内社会改革を重視した、戦後のリベラルな政治思想・システムは,グローバリゼーションの中で、統治の脆弱さをポピュリストによって攻撃され,主導権を失いました.それに代わって,安倍,プーチン,トランプ,習近平のような,ナショナリスト,保守派の権力が強化されます。国家主権の再確立と国民の保護を唱え,ナショナリズムを敵視してきた内外の制約やルール,国際秩序を破壊し,大国を中心に再編する声が強まっているのです.

彼らに共通するのは,強い国家・指導力,過去の偉大さを取り戻すこと,影響圏の確立と不干渉です.もしトランプがプーチンと関係改善を推進するとすれば、その基本は新しいウェストファリア体制でしょう。すなわち、領土を確定する.イデオロギーに干渉しない,権力の正当性を承認する.安全保障・国民の文化的統一を優先する.その範囲内で,貿易や投資を国家が管理する.

トランプの国際交渉には、金正恩も加わりそうです.

****

問題は権力掌握と維持・強化の方法です。王朝や軍閥でない、リベラルな社会改革派にとって、権力の正当性を得るプロセスは、誰に対しても開かれた、安定的に権力交代を保証する制度でした。

しかし、プーチンの教科書にそのような命題は載っていません。秘密警察、弾圧・暗殺、スパイ、ハッカー、特殊部隊を駆使して、敵国の政治にも干渉します。そして、同盟国や友好関係というのは、一時的な手段でしかありません。

バノンの唱える権力も違います。エリートによる支配を破壊し、主流メディアを敵視し、従来の制度や思考が人民を苦しめている、と主張します。アメリカ外交の新しい目標とは、ユダヤ=キリスト教文化圏に対するイスラム文化圏の浸透を阻み,反撃することです.

そのような強権を握るプーチンのロシア、文明圏戦争のイデオロギーを掲げるアメリカと、本当に、安倍の目指す大国・日本は同盟を組むのでしょうか?

****

クリスチャン・カリルの『すべては1979年から始まった: 21世紀を方向づけた反逆者たち』を読んでいます.面白い.そうだ,今も1979年なのだ,と思います.イギリスのサッチャー,イランのホメイニ,アフガニスタンのタリバンに苦しんだソ連,ポーランドを訪問したヨハネ・パウロⅢ,中国の鄧小平。彼らがその後の世界を変えた、と紹介します.

彼らは,宗教的な信念を持った,旧支配体制に反逆する保守的改革派でした.

******************************