IPEの果樹園2017

今週のReview

2/6-11

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「黙れ」 ・・・TPPの破棄 ・・・外交と危機 ・・・株式ブームと権威主義 ・・・NAFTAと国境の壁 ・・・トランプ政権の評価 ・・・ロシアの国際戦略 ・・・トランプの経済戦略 ・・・トランプとヨーロッパ ・・・植民地主義とヨーロッパ興隆

 [長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


● 「黙れ」

The Guardian, Wednesday 25 January 2017

Welcome to dystopia – George Orwell experts on Donald Trump

Jean Seaton, Tim Crook and DJ Taylor

オーウェルの『1984年』を読み返すのはつらいことだ。かつて冷静に、知的な距離を措いて読むことができた本が、今は、身近な現実、苦く、ショッキングな現実に思える。

ポスト真実の世界は、オーウェルのニュー・スピークが描くディストピアと明らかに共通する。イギリスには十分すぎる専門家がいる、とMichael Goveが冷笑的なコメントを述べたことは、2+2=5 の世界に近い。1984年の世界では、専門家たちが時によって信じることを変える。今は、虚偽でさえも真実なのだ。

それはプライヴァシーの問題に及ぶ。権威主義体制は人々の感情や魂を要求する。オーウェルの双方向テレスクリーンはソーシャル・メディアを予告するものだ。トランプ政権の顧問であるKellyanne Conwayは、ジョージ・W・ブッシュ政権でも2002年に「新しいアメリカ帝国は『それ自身の現実を創り出す』」と発言した人物である。

1930年代と同じように、戦争は政治家たちの信用を破壊した。イラクとアフガニスタンの戦争に関する嘘に続いて、2008年の金融危機が起き、銀行家の得るボーナスが人々を大都市圏のメディアに不信感を強め、トランプの示す偽りの約束に引き寄せた。

NYT JAN. 26, 2017

Trump Strategist Steve Bannon Says Media Should ‘Keep Its Mouth Shut’

By MICHAEL M. GRYNBAUM

ホワイトハウスの主任戦略家Stephen K. Bannonバノンは、繰り返しメディアを、彼らは選挙結果を予測できなかったことで粉砕されたし、現政権に対する「野党」である、と批判した。電話インタビューにおいて、「メディアは混乱し、恥をかいたのであり、しばらくは黙って(政府のいうことを)聞くべきだ」と語った。


● TPPの破棄

Bloomberg JAN 25, 2017

Trump Can't Kill the TPP

Mihir Sharma

ドナルド・トランプ大統領はTPPへの支持を撤回し、アメリカ企業の競争を困難にした。労働者を理由に、歴史上初めて労働基準を取り込んだ通商協定であるTPPを放棄した。アメリカの同盟諸国に背を向け、彼らを中国の側に追いやった。

TPPには2つの目的がある。1.貿易障壁は、数十年前と異なり、関税ではない。それは複雑で、互いに矛盾した規制の体制、国家リスク、国有企業への政府支援、など、貿易が直面する諸問題だ。TPPはこれらに対する答えであった。

2.中国が国際貿易で重要な役割を占めるとき、そのルールを決めることについて、予めバランスの取れたルールを決めることを目指した。トランプはこの目的を重視しないかもしれないが、アジア諸国は明らかに重視する。たとえば、中国が指導するRCEPは、インドを含み、アメリカは含まないが、製造業のサプライ・チェーンを強化するが、国内改革や規制のハーモナイゼーションを求めない。

その貿易ルールは、競争相手ではなく、中国のために決められるだろう。グローバルな製造業の中心となった中国は、国内生産コストが上昇し始めても、その地位を確保するためにルールを利用するだろう。それは東南アジア諸国が長期的に観て望むものではない。彼らは他の市場へもアクセスし、国境を超えて迅速かつ効果的なサービス取引を求め、さらに新しい貿易ネットワークを目指すのであって、旧ネットワークに固定されたくないだろう。

アメリカを除く11か国がTPPに残された。TPPの原理が新しい規範となるかが問われている。その焦点はインドである。インドはTPPを疑っていた。自国の製薬産業を保護し、その製造業が競争力を損なうような複雑な規制を抱えているからだ。インドの政策担当者たちはTPPの崩壊を歓迎するだろうか?

それは間違いだろう。インドが、その国内労働市場に毎月流れ込む何百万もの人々を雇用するためには、国内市場だけでは十分ではない、という真実に気づくはずだ。インド企業も輸出しなければならず、TPP型の合意が彼らに競争力をもたらす唯一の道である。インドが好む、旧式の「関税優先」アプローチは、事実が示すように、生き残れない。

トランプによる破棄が意味するのは、TPPがアメリカというシンボルを失うことである。アメリカはこれまでアジアの指導的役割を担ってきた。トランプにはその意志がない。

しかし、TPPの戦略的な有益さは変わらない。それは各国内の多くの利益集団が要求することに微妙なバランスを取り、同時に、新しい貿易パターンが登場することにも道を拓くものだ。アジアの貿易は死なず、貿易とともに成長し続けるなら、そのバランスは次の制度に引き継がれる。

トランプがペンでそれを破棄することはできない。

FP JANUARY 27, 2017

It’s Time to Think for Yourself on Free Trade

BY DANI RODRIK

自由貿易の目的について、エコノミストたちは、効率的な、グローバルな資源配分を妨げる障壁を取り除き、世界で最も貧しい人々を助けることだ、と主張する。しかし、このような意見は簡単な思考実験でも否定できる。

通商条約の交渉を担当する者たちは、もしTPPなどの通商条約をすべて取り除いて、その提唱している目的を達成するとしたら、何を考えるだろうか? それは関税率でも、知的所有権でも、投資規制でもない。

彼らは、国際労働力移動の障壁を取り除くだろう。そのために、ある種の一時労働許可ビザを発行する条約に合意する。それは(適切に行えば)国内と世界の経済的なパイを拡大すること以外は何も生じず、しかもグローバルな分配状態を改善するだろう。

もちろん、それは政治的な事情から現実に起こる見込みがない。貿易は、政治的、社会的な目的を犠牲にして、経済的目的を達成するものとは考えられていない。経済的効率を高め、機会を増やす、という彼らの目的は、現在の貿易体制について、経済的な意味ではなく、社会的・政治的な意味で理解されている。

これを示すために、次のような思考実験を行う。ハリーとジョンは、それぞれ企業を持っており、競争している。次のようなケースを、あなたはどう思うだろうか?

1.ハリーは厳しい労働と貯蓄で投資を増やす。新しい技術を取り入れ、ジョンの企業を圧倒する。その結果、ジョンとその労働者は職を失う。

2.ハリーは、ドイツの供給業者から安価に仕入れて、ジョンに勝つ。

3.ハリーは、供給をバングラデシュの業者にアウトソーシングする。その業者は12時間労働制を採用し、極度に悪い環境で労働者たちを働かせている。

4.ハリーは、バングラデシュから一時雇用契約で労働者を輸入する。その労働環境は国内の労働・環境・安全の基準に違反している。

純粋に経済的な視点では、これらのシナリオは「同型」である。公式には区別できない。その国の経済的なパイを同じように増やすからだ。(ハリーは、ジョンが失うよりも、大きく増やす。)

しかし多くの人はこれらのシナリオに異なった反応を示す。特に、シナリオ34は問題だと思うだろう。4は明らかに違法であるが、その結果は3と同じである。なぜわれわれは3を認めるのに、4は受け入れないのか?

この思考実験から次のことがわかる。ある種の国際競争は、再分配として受け入れ可能な国内の規範を否定する可能性がある、ということだ。同じことは、国内の税制を破壊するタックスヘイブンや、国内の安全基準を損なうような、安全基準の実施が甘い国からの輸入についても言える。

貿易は国内の再分配をもたらすから問題だ、という意見がある。しかし、市場経済では他のすべてのことが再分配をもたらす。技術変化や市場競争は再分配の連続だ。さらに、特定の熟練に偏りのある技術革新や、最低賃金法の実施は、貿易よりもはるかに大きく所得を再分配する。貿易だけを非難することは間違いだ。

ここで、われわれは異なる社会的・政治的な貿易を批判するに至る。貿易は、われわれの制度に体現された社会規範を破壊する、という意見だ。一国内で社会的な取引が成立し、法律や規制に実現されていることを、貿易が破壊するかもしれない。思考実験のシナリオ3である。貿易は、裏から社会的な合意を掘り崩し、ゲームのルールを秘密裏に変形する。貿易は、単なる市場関係ではなく、国内制度や、国内の特定集団に不利になるような制度の改変をもたらす手段でもある。それゆえ、このような貿易を阻止するために介入することは認められるだろう。自国の衛生基準や安全準を維持するために、すでに各国が行っていることだ。

「公正貿易」 ‘fair trade’ 論はこの点に関係している。エコノミストたちはこれを、自国の利益を守るための保護主義とみなす。しかし、自国の利益はすでに、企業に有利な形で、法律に実現している。「公正貿易」の考え方を放棄するのではなく、むしろこれを拡大するべきだ。シナリオ3のソーシャル・ダンピング論がそれである。

このような考えを認める利点は、国内の法によって認められた政治的枠組みを損なう貿易を、そうでない貿易から、明確に区別することだ。貿易相手国が、低生産性による低賃金なのか、労働者の権利を否定した低賃金なのか、明確に区別すべき状況がある。国内の再分配に与える影響は同じだが、不公正な貿易として否定されるのは後者である。

ソーシャル・ダンピングの可能性を認めないことで、その解決策を求めない通商分野の官僚たちは、貿易に関するポピュリストやデマゴーグに道を開く。一部の地域協定では、相手国の労働・環境・社会基準を「改善」する条項を含むが、それは実際に機能していない。自国の基準を破壊する貿易を阻止することは合法だが、自国の基準を外国に輸出することはそうではない。

こうした公正貿易論は反貿易 anti-trade 論ではない。その逆である。グローバルにみて、公平さの原理は、より貧しい国が成長する余地を与えるものだ。それは、知的所有権のルールや、産業政策の禁止、資本勘定の規制禁止、投資家の権利保護、という現在の地域協定が求めるものを、一切前提していない。

ドナルド・トランプのようなポピュリストが正しく指摘した貿易のもたらす悪弊とは、「公平さ」を誇張している。エコノミストが言うように、現実の経済問題、特に脱工業化と不平等の拡大に対して、貿易は小さな意味しか持たない。それらにはセーフティーネットの拡充や貿易以外の政策で対応するべきだ。しかし、エコノミストたちは貿易のもたらす影響を軽視し続け、人々がソーシャル・ダンピングに関して持つ不満を理解できなかった。

ソーシャル・ダンピングを意識する進歩派や労働組合は、グローバル・ガバナンスによって解決することを唱えるが、それは無駄である。最悪の場合、ポピュリストに利用される。むしろ、グローバル市場への開放と国民国家の権限との間に、健全なバランスを回復することだ。

貿易は、経済的利益や機会だけでなく、社会契約にストレスをもたらすのだから。


● 外交と危機

Project Syndicate JAN 27, 2017

Can Trump Manage North Korea?

CHRISTOPHER R. HILL

トランプが確実に直面するのは、北朝鮮の危機である。彼はTwitterで「そんなことは起こらない!」と書いた。しかし、なぜそう言えるのか、はわからない。

北朝鮮が核弾頭を生産し、大陸間弾道ミサイルを開発することは、すでに秘密ではないし、これを阻止する優れた選択肢は存在しない。東アジアには、トランプが直面する複雑な状況がある。南シナ海における中国の領土要求、韓国政府の崩壊、日韓関係の悪化。

選挙後、トランプとその政権幹部は、中国の戦略的な地位を脅かして、貿易でもっと有利な条件を得られる、と考えたようだ。「1つの中国」政策を見直すと脅せば、中国政府は譲歩するだろう、と。

しかし、トランプの言葉をまねるなら、「そんなことは起こらない!」 中国は建設の下請け業者ではないのだから。アメリカの新政権を揺さぶる手段を持っている。長期的な政略を脅すなら、2国間関係を建設的に維持することはむつかしい。米中間の不信感が増大するだけだ。

ガバナンスとは優先順位を決めることである。アメリカの中後木外交はしばしば多くの目標を掲げ過ぎた。アメリカ政府は、本気で、北朝鮮の脅威を抑えるよりも、中国との貿易関係を有利にすることを優先するのか?


● 株式ブームと権威主義

Project Syndicate FEB 2, 2017

The End of Trump’s Market Honeymoon

NOURIEL ROUBINI

財政刺激策、エネルギー・医療保険・金融サービスに関する規制緩和、法人・個人・相続・キャピタルゲインに関する減税、というトランプの約束に投資家は喜んだ。しかし、トランポノミクスTrumponomicsは株価を引き続き上げるような中身なのか?

これらは共和党の伝統的なトリクルダウン型の、供給サイドの経済学であり、企業と富裕層には利益があるが、雇用を創り出すことも、ブルーカラー労働者の所得を増やすことも全くない。Tax Policy Centerの推定によれば、減税のほぼ半分は上位1%の富裕層に与えられる。

すでに市場の熱気は失われ始めており、トランプと投資家のハネムーンは終わりに向かっている。その理由をいくつか指摘できる。

1.財政刺激策は株価を上がるが、それは同時に長期金利を上昇させる。投資や、金利に敏感な不動産の取引は減るだろう。またドル高は、特に、ブルーカラーの雇用を失わせる。大統領はエアコン機器の製造企業Carrierをいじめて1000人の雇用を「救った」と自慢したが、その政策はドル高による40万人の雇用を破壊するだろう。

さらに、共和党は減税の誘惑に抵抗できない。たとえ歳入が不足しても、歳出削減する意欲がなくても、減税した。トランプ政権でも同じことが起きるだろう。それは財政赤字と金利上昇、ドル高を意味する。

2.インフレの亡霊がよみがえる。それにより、連銀の金利引き上げは早まるだろう。

3.財政赤字と高金利というポリシー・ミックスは、ブルーカラー労働者の所得と雇用を破壊する。その結果、トランプ政権は保護主義政策を強めるだろう。それが成長を損ない、企業の利潤を減らす。アメリカの保護主義は、貿易相手国の報復を避けられない。1930年のスムート=ホーリー関税法はグローバルな貿易戦争を生じ、世界不況を悪化させた。

4.トランプは伝統的な保護政策にとどまらず、企業の海外生産を輸入関税で阻み、政府購入価格を値切り、移民規制によって企業の人材利用を妨げる。

ノーベル賞受賞者のEdmund S. Phelpsは、企業に対するトランプの直接介入を、ドイツのナチズムやイタリアのファシズムに似ている、と述べた。バラク・オバマが同じことをしたら「共産主義」と非難されただろう。アメリカ企業は、トランプの介入に対して尻尾を巻いて黙っている。

5.トランプはアメリカの同盟関係を疑い、ロシアのような敵をほめ、中国のようなグローバル大国との対立を煽る。世界の指導者、多国籍企業、グローバルな金融市場が、その外交政策を不安視する。

6.トランプのダメージ・コントロールは、むしろ事態を悪化させている。例えば、ドル安を促す口先介入だ。選挙期間中に、トランプは金融政策が緩和しすぎている、「偽の景気」である、とYellen連銀議長を批判した。しかし、今では民間企業への融資を増やすために、新しい理事を指名したいだろう。それがうまく行かないときは、ドル安を促すために一方的に介入し、資本流入を阻止する資本規制をするかもしれない。金融市場のパニックは避けられない。

その矛盾した、移り気な、破壊的政策が、国内でも世界でも、長期の経済成長を損なうことになる。


● NAFTAと国境の壁

FT January 31, 2017

Nafta: First shots in a trade war

Jude Webber, Shawn Donnan and John Paul Rathbone

これ以上に明白なことはない。トランプ大統領は、毎分100万ドルの貿易の流れを破壊するような、貿易戦争の引き金を引く、と脅している。メキシコからの輸入財に20%の一方的な関税を課すという考えを吹聴し、国境線に壁の建設を進める大統領令を出し、その費用を支払うと合意しなければニエト大統領との首脳会談は無意味だ、と告げた。

ノーベル賞を受賞したエコノミストのPaul Krugmanは、トランプ政権が「弾を込めた拳銃を振り回す、甘やかされてぐれた子供」のように行動している、とTwitterに書いた。

関税引き上げは、1970年代の初めにニクソン政権がメキシコに10%の輸入課徴金を求めたことを思い出させる。しかし、その影響は現在の方がはるかに大きい。2国間貿易は5800億ドル、数百万人の雇用が国境の両側で脅かされる。

NAFTAが成立した最初の年、メキシコは危機がエスカレートしていた。南部のチアパス州ではザパティスタの叛乱が起き、その後の数か月間に2人の指導的な政治家が暗殺された。クリスまでに通貨危機は爆発し、政府は債務をデフォルトする寸前であった。メキシコのメルトダウンを回避するために、より深い、包括的な貿易統合化に進むことが目指されたのだ。1995年初めに200億ドルの救済融資を行ったクリントン大統領は、「これはアメリカの挑戦だ」と語った。

メキシコの輸出の80%はアメリカ向けだが、その40%はアメリカからの部品である。


● トランプ政権の評価

FP JANUARY 30, 2017

3 Ways to Get Rid of President Trump Before 2020

BY ROSA BROOKS

最初の1週間で、トランプが恐れられた通りの狂人であるとわかった。

そこで問題は、われわれが本当にドナルド・トランプを我慢するべきなのか? ということだ。状況によるが、無様な大統領を排除する4つの方法がある。

1202011月まで待つ。その時までにアメリカの有権者が正気を取り戻す。しかし、4年は長すぎる。

2.弾劾する。下院の過半数と上院の3分の2が賛成することで大統領を弾劾できる。しかし、両院とも共和党が多数を握っている。

3.憲法修正第25条で、副大統領と閣僚の過半数が大統領の職務遂行は困難と判断すれば、副大統領が変わって権力を執行する。

4.狂気の命令を出す大統領に軍が従わず、クーデタを起こす。「明日、メキシコに侵攻せよ。」 「イスラム教徒のアメリカ人をまとめてグアンタナモに送れ。」 「中国に教訓を与えるために、核攻撃せよ。」

FP EBRUARY 1, 2017

America’s Mao Zedong

BY ELIZABETH M. LYNCHF

トランプはこれまでのアメリカ大統領と大きく異なる。彼は特定の政策や一貫した政策枠組みを実現するために権力を握ったのではない。その目標は、カオスの創造である。その性格を理解するには、むしろ中華人民共和国の創設者、毛沢東と比較するのが良い。

毛沢東は、中国の旧秩序を転覆する革命的なポピュリストとして権力を得た。その傾向は、彼が支配した27年間のほとんどがカオスの中で展開したことを説明する。

「もし破壊しなければ、建設はできない」という言葉を毛沢東は好んだ。そして中国を、焦点の定まらない、深刻な自己破壊的、永久革命の道へと導いた。トランプの政策もそうだ。メキシコに20%の関税率を強いる経済的な理由はない。イスラム教徒の移民入国を禁止するアメリカ的な価値などない。

権威主義的体制の要素とは、経済的そして社会的な前進を犠牲にしても、イデオロギー的な目的を優先することだ。毛沢東の「大躍進」がそうだった。1958年から1962年まで、中国を一気に、工業化した、裕福な、共産主義社会に変えることを目指して行われた。その結果は、市場でもまれな大飢饉であった。1年もたたずに、これが大失敗であるとわかったが、共産党はその事実を認めず、運動を継続した。

毛沢東から習近平まで、中国政治は粛清の連続であった。粛清は、政敵を追放するだけでなく、共産党の規律を厳格化するために行われた。ほとんどの共和党議員が、イスラム教徒の入国を禁止する大統領令が違法である、とは発言しなかった。そのような発言はトランプに嫌われるからだ。トランプの閣僚人事が示すのは、能力よりもイデオロギー的な服従を優先する、ということだ。

新聞を「野党」と呼び、記者たちに「何を書くべきか」と講釈する。ジャーナリストたちを「地上で最も不正直な者」と呼ぶ。トランプ政権の戦略とは、メディアの殲滅である。それは中国共産党が表現の自由を弾圧した過程と不気味なほど似ている。アメリカの新聞は権力を監視する役割を誇っている。しかし、トランプ政権が本気で共産党式のメディア破壊を目指すなら、その勝者が誰になるかは不明である。

トランプ政権の言う「オルタナティブ・リアリティ」とは、権威主義体制の下で以前からあることだ。もちろんアメリカは中国ではないし、アメリカ人が権威主義体制を受け入れる宿命だ、とは思わない。しかし、有権者もメディアも、トランプ政権の本質を理解するのが遅すぎた。トランプはアメリカの歴史に共通する目標を持たず、権威主義体制に向かっている。

政権に対する抵抗は必要だ。しかし、カオスを求める指導者を阻止することは容易でない。


● ロシアの国際戦略

YaleGlobal, Thursday, February 2, 2017

Empire by Other Means: Russia’s Strategy for the 21st Century

Agnia Grigas

プーチンはいくつかの戦略を組み合わせて、旧ソ連邦から西欧のリベラルな地域に及ぶ諸国に影響力を拡大してきた。ソフトパワーと人道支援、同朋意識を通じて、制度や法律を作り、ロシア民族の離散を支援する。それは「パスポート化」という情報戦争だ。国外の同胞に対して市民権を認め、パスポートを発行した。同法の保護を要求し、それは領土の分割、併合に至る可能性がある。エスニック的にロシア人であることは、権利を奪われる恐れがあると宣伝し、内部の分断と永続的な戦争状態を創り出す。直接に領土を併合することなく、クレムリンは隣国の政治や外交を支配する力を得るのだ。


● トランプの経済戦略

NYT JAN. 27, 2017

Making the Rust Belt Rustier

Paul Krugman

トランプは、ほぼすべての約束を守らないだろう。トランプは人々を助けるより、罰をもたらすだろう。セーフティーネットを拡充するより削減し、他方で、80年間を費やして拡大してきた世界貿易への貢献を破壊する。

なぜか? それは彼が、貿易を支配権争いとみなし、他者の犠牲によって勝利するしかない、と考えるからだ。懲罰的な関税で脅して、外国の企業から購入することを阻止する。そうすれば、彼が就任演説で描いた「大地を覆う墓石のような錆び付いた工場群」がよみがえる、というのだ。

しかし、事態はそんな風に進まない。関税は、一部の雇用を増やすかもしれないが、純増にはならない。むしろ、アメリカ製造業を一層早く衰退させるだろう。レーガン時代に起きたことを観るとわかる。

レーガンは、軍備拡大と減税で財政赤字を急増させた。それは金利上昇、資本流入、そして、大幅なドル高となった。アメリカ製造業は競争力を失い、特に日本の自動車のような、輸入が急増した。貿易赤字は拡大し、アメリカ製造業の衰退を加速したのだ。レーガンが採った政策とは、日本からの自動車を阻止する保護主義だった。それはアメリカの消費者に、現在の価格で、300億ドルもの負担を強いた。

さらに、この30年間で世界経済は大きく転換した。もはや「メイド・イン・アメリカ」も「メイド・イン・チャイナ」もない。製造業はグローバル企業が担い、自動車でも飛行機でも、その部品は多くの国で生産している。もしアメリカが関税を引き上げれば、必ず、こうした貿易・生産ラインが解体される。それによる利益も、損失も、さまざまであるが、企業は市場を失い、部品を調達できなくなる。

エコノミストたちは中国からの輸出増加を「チャイナ・ショック」と呼ぶが、次は「トランプ・ショック」が来る。その破壊力も同じくらい大きいだろう。最大の被害者は、トランプを自分たちの味方と信じて投票した人々だ。

Project Syndicate JAN 30, 2017

The Shape of US Tax Reform

MARTIN FELDSTEIN

共和党が両院を支配することにより、税制を改革することが可能である。特に法人税の改革は重要だ。それは投資、生産性、経済成長に優れた効果を及ぼすだろう。改革は4つの要素を含む。

1.利潤に対する税率を下げる。投資が増え、生産性や経済成長が高められる。それが歳入の減少を抑えるだろう。

2.アメリカ企業の海外の子会社に対して、領域による税制を適用する。現在の税制では、税率の低い地域に利潤をとどめ、アメリカに送らない。むしろ、送金される外国からの利潤に対して、10%の課税だけを行うことにする。それはアメリカ国内の投資と生産性を改善する。

3.企業のキャッシュフローに課税する。設備投資への課税を免除し、借り入れに対する利子が免税される措置を廃止する。

4.税金の国境調整を行う。アメリカは付加価値税を行っていないので、国境調整を行う。輸入には法人税率に等しい支払いを、輸出には(補助金に等しい)課税免除を認める。それは貿易収支を改善しないが、アメリカ政府の歳入を増やす。


● トランプとヨーロッパ

FP FEBRUARY 2, 2017

Trump’s Currency War Against Germany Could Destroy the EU

BY HAROLD JAMES

トランプ政権はグローバル貿易戦争を準備している。ホワイトハウスが意図する通貨戦争は、中国だけでなく、ドイツを狙っている。トランプ大統領が新設した国家通商会議National Trade Council の委員長Peter Navarroナヴァロが、火曜日、ドイツはユーロを利用して近隣諸国とアメリカを「搾取」している、と述べた。ホワイトハウスは、明らかに、EUとその通貨同盟が、本質的に、ドイツの利益と権力拡大を守るメカニズムである、と考えている。

ドイツの不安とは、パラノイアの桁外れな表明と、正統なエコノミストや政策担当者たちの間に長く引き継がれたこうした発想である。しかも、ホワイトハウスは明らかにドイツやEUに政策転換を強いるさまざまな手段を持っている。

最初、それは1070年代の後半、EMSへの批判として現れた。ユーロの前身となったものだ。カーター大統領がドルの管理に失敗したせいで、ドル安が進み、大量の資本がドイツに流れ込んだ。ドイツ・マルクの強さ、フランス・フランの弱さが顕著になり、ヨーロッパの関税同盟を脅かした。EMSは、これに対処して欧州通貨の固定レート制を守るために合意された。

しかし、ドイツは長期的な優位を得るために通貨価値を固定した、という疑いが常に示された。すなわち、ドイツはフランスや地中海諸国よりも賃金インフレを低く抑え、競争力を高めて、しかも為替レートによる是正を拒んだ。ヨーロッパの経済中枢となり、1世紀前に軍事的に達成できなかったことを、ユーロによって達成しようとしている。しかし、隣国を破産に追い込むことが、長期的に安定した繁栄をもたらす優れた戦略とは言えない。

ドイツにとって単一通貨の目的とは、日常の取引を透明化するだけでなく、為替レートの変動がもたらす貿易上の優位に関する疑念を取り除くことである。

これまでのアメリカ政権は、オバマも含めて、ドイツの経常収支黒字を問題にした。それは世界経済に対する間違ったアプローチである、と考えたのだ。2010年のソウルで開催されたG20sサミットにおいて、アメリカは経常収支不均衡をGDP4%に抑える提案を行ったが、合意に失敗した。

スイスの例で観ても、経常収支黒字は為替レートや通商政策によって発生しているのではない。国内の不均衡から対外投資が増えているとき、スイス・フランが固定制から離脱し、大きく変動しても、大幅な黒字を解消することはできていない。

ドイツにとって深刻な問題は国内政治である。スイス国立銀行がスイス・フランの増価を抑えるために購入したのはユーロ圏の外国政府債券であった。中国はアメリカ財務省証券を買った。ドイツもユーロ圏で同じことをしている。TARGET2のシステムを通じて、南欧諸国の政府に巨額の債権を累積している。それはベルリンの政治的な決定ではなく、ECBによる量的緩和政策と南欧の赤字によるものだ。

ナヴァロとトランプの要求は、ドイツ国民が持つ対外債権への不安と重なる。TARGET2による南欧向けの債権累積は、ますます不確実で、ドイツにおいて支持されていない。ドイツ人は、輸出が成功したことより、黒字が質の悪い資産購入に向けられていることに不満なのだ。こうしてアメリカの批判は、ドイツの国内政治の弱点、そしてメルケル政権を攻撃することになる。

もしユーロ圏が解体した場合、アメリカは何を得るのか? ヨーロッパは競争相手として弱められるだけでなく、不安定化して、旧来の国家間対立を再現するだろう。不確実な世界における安定性の極であったものが、政治的、経済的に不安定化する。つまり、トランプのアメリカと同じような、気難しいパワーとなる。


● 植民地主義とヨーロッパ興隆

VOX 30 January 2017

The economic impact of colonialism

Daron Acemoglu, James Robinson

地上に見られる極度に不平等な分配状態は、ヨーロッパの植民地主義が残した歴史歴な経路依存性によって説明できる。ただし異なる条件で、異なる過程を経て、非常に異質な効果を各地の社会に及ぼし続けている。

北米、南米、アフリカ、・・・ ノルマン人による征服は、イタリア南部の社会資本を破壊して発展を遅らせたが、イングランドには産業革命の条件をもたらした。

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The Economist January 21st 2017

The Trump administration: A helluva handover

Peter Navarro: Free-trader turned game-changer

Default in paradise: Boats and a scandal

Emigration in eastern Europe: The old countries

Brexit: Doing it the hard way

(コメント) トランプ政権の主要閣僚は、非常に強烈な性格の、トランプにとって重要なメンバーをそろえたものになりそうです。多くの重要ポストを埋めていないとしても、そのことで政権の性格は一層強く、純粋な形で、最初期に定まるのかもしれません。中でも、バロンとマティス、ティラーソン、フリンは注目されています。同時に、いったい、どのような政策を示すのか、トランプには能力がない、という点で、安全保障と経済分野のチームが重視されています。中国との貿易戦争を唱えてきたナヴァロの存在は興味深いです。

国際システムが動揺する中で、グローバリゼーションに応じる小国の能力はさらに厳しく問われます。モザンビーク、リトアニア、イギリスの記事に、私は注意を向けました。

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IPEの想像力 2/6/2017

TEDが唱えているように、革新的なアイデアを広めることには十分な価値があります。優れたアイデアは多くの人に広まることで影響を強め、さまざまな分野で思いがけない革新を加速し、大きな化学変化をもたらすと思います。

● 製造業の変化。

製造業というのは、組み立てや加工を意味するだけではありません。デザインや供給ライン、流通ライン、マーケティング、労働者の訓練、消費者へのアフターケアの管理、資金運用、など、さまざまな役割を企業が担っています。その過程が、技術革新だけでなく、インターネットとグローバリゼーションにより、一気に変貌を遂げました。製造業は多様なサービスをグローバルに配置し、専門サービス企業や高度技術者に分化し、AIを導入し、標準化された加工や組み立て作業は低賃金の豊富な労働力が存在する国へ移転されます。

● 老人のための集合住宅。

老人たちが生まれた町や住宅を離れたがらない限り、都市への移住計画は進みません。老人たちは、周辺に空き家や耕作放棄の田畑が増えても、雪下ろしができず、病院にも買い物にも容易に行けない生活の中で、山間の集落に残ります。アメリカでも、人口の高齢化と、自動車に依拠した郊外都市における、深刻な問題が指摘されています。

● 若者たちの公的雇用と職業教育。

職場が失われても、人々は働くための生涯教育、再訓練と雇用機会の提供を必要としています。社会的給付よりも、一定の教育や公的雇用を保証することで生活費が給付されるシステムの方がよいでしょう。ワーク・シェアリングや複数職場、長期休暇や育児への参加、あるいは、国民皆兵制度、など、さまざまな雇用のネットワークをIT企業と社会が充実させることです。

● インターネット・ラーニング。

就業構造のフラット化が進み、就業規則や業務の中身、必要な知識と経験が透明化されて、労働力の再配置は積極的に支援されます。老人介護から、兵站やビッグデータ、治安・軍事サービスまで、そして司法やIT技術の知識や経験でも、さまざまな職人の技能習得でも、競争的な市場を形成します。インターネット教育の普及を軸にして、人材の入れ替えや募集が繰り返され、企業や組織にも、労働者にも、並行した経験が蓄積されます。

● 一時労働許可を含む移民・難民政策。

貿易、海外投資、アウトソーシングだけでなく、外国から労働者の一時雇用を、必要な分野と条件を明示して、可能にします。移民や難民は、その後の社会統合を進めるプログラムに従い、永住権を得て、市民権を得ます。さまざまな摩擦や関連する紛争が起きるときこそ、文化・社会資本と積極的な教育・再分配による調整を目指して、住民と彼らの発言を制度化します。

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さまざまなアイデアを取り入れて協力するには、行政、労働組合、協同組合、公教育、などが重要です。都市国家から帝国まで、それぞれの時代の繁栄を築いた社会的容器について、優れた指導者は歴史から多くを学ぶのでしょう。

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