IPEの果樹園2017

今週のReview

1/23-28

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メイのハードBrexit宣言 ・・・オバマの時代 ・・・医療保険制度と市場 ・・・トランプ時代の経済 ・・・中国のグローバル戦略 ・・・最富裕層と35億人 ・・・トランプとグローバリゼーション ・・・トランプ外交の不安

 [長いReview]

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主要な出典 Bloomberg, FP: Foreign Policy, FT: Financial Times, The Guardian, NYT: New York Times, Project Syndicate, SPIEGEL, VOX: VoxEU.org, そして、The Economist (London)

[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


   メイのハードBrexit宣言

FT January 16, 2017

The political gulf over Brexit is growing at an alarming rate

Sebastian Payne

昨年の保守党大会で,メイは語った.Brexitとは移民の管理である.ヨーロッパ司法裁判所はこれを認めない.それゆえ,イギリスは単一市場からも離脱する.

首相の支持率はこの半年間高かった.そこには,移民管理と単一市場の維持とを両立させる可能性についての幻想があったからだ.しかし,メイの進路はますます「ハードBrexit」に向かっている.EUは,イギリスの離脱が他の加盟国に影響することを恐れるからだ.

首相周辺には簡明な計算が働いている.もし中道右派が移民政策の改革に失敗し,移民が減らなければ,右派強硬派が勝利する.メイは内相として,長年,移民管理を願っていた.

問題は離脱のスピードである.保守党は強気だ.メイも,チャーチルのように語った.「イギリス国民は負けない.たとえどれほど傷ついても.われわれは経済モデルを改革し,競争力を高めて,復活するだろう.」 こうした発言は,ヨーロッパにとって,悪質な脅迫である.

The Guardian, Monday 16 January 2017

Theresa May’s Brexit focus should be on the least harmful way of leaving

Peter Mandelson

メイは残留派であった.だれも彼女をBrexitの国民投票結果に関して責めはしない.しかし,今,彼女がやろうとしていることについては責任がある.EU市場を失えば,われわれは貧しくなる.

メイは新しい貿易協定を結ぶと主張する.関税を撤廃し,相互の規制や基準を,サービス分野も含めて認め合う.投資保護協定も.しかし,すべては交渉にかかっている.

私はかつてそのような交渉に関わっていた.いわゆる自由貿易協定とは,自由ではないし,すべての貿易をカバーしないし,細部の合意は非常に困難だ.野心的な取り組みが,双方の重要産業を保護するために多年を要し,失望に終わる.

トランプ次期大統領は,イギリスとの自由貿易協定に好意的である,という.しかし,EUを離れて,アメリカが求める条件を拒む力はイギリスにない.英米間で異なる規制を撤廃する余地はあるが,それはイギリスがアメリカの規制に従うことであって,その逆はない.今,EUは許していないが,アメリカでは標準的な技術になっているホルモン投与された牛肉,その他の農産物も,イギリスに入ってくる.そして,アメリカの規制に従うほど,ヨーロッパ市場で不利になる.

イギリスに残された道は1つしかない.ノルウェーがEUを拒否したときのように,EEAに入ることだ.ヨーロッパの単一市場の中と同じ,関税の無い,規制に関する特権が残される.Brexit強硬派は,国民投票によって単一市場の離脱も決めた,と主張する.しかし,それは間違いだ.国民は,離脱派のキャンペーンで,EUを離脱しても単一市場の貿易上の有利さは失われない,という主張を信じたのだ.それは,EEAによってのみ達成できる.

ヨーロッパ司法裁判所の決定を受け入れる,という意味になるが,それはイギリスとEUとの労働力移動に関してだけである.この原則の適用や実施には各国の違いを許す余地がある.またEU自身が,この問題で改革を進める強い声に対応しつつある.

メイは,EUとのアレンジを改革することを交渉の目標にするべきだ.イギリス内の労働市場規制に関する改革と合わせて,ヨーロッパとの自由貿易と,労働力移動や雇用のルールに関するより大きな権限を求めるのだ.

ところが首相の解釈は違う。国民投票は、移民だけが問題であったし、移民を減らすためなら、貿易圏を失って貧しくなってもよい、というのだ。しかし、国民の半分近くは離脱に反対投票したことを忘れている。もしメイがイギリスの統一を願うなら、「この国はわずかの差で離脱を選んだが、議会はそれを達成するために、最も痛みの少ない方法を見出すべきだ」と主張するべきだろう。

ところが首相は、官僚たちからの助言を無視し、EUを税金や貿易戦争で脅迫し、離脱が招く結果に懸念を示す産業界の指導者たちを黙らせる。異なる意見を持つ者を異端とみなすのだ。


   オバマの時代

NYT JAN. 11, 2017

Ode to Obama

Charles M. Blow

トランプが来るからこそ、オバマが去ることを惜しむ。オバマは完ぺきではなかったが、誰でもそうである。あなたも、私も、他の大統領も。しかしオバマは良い人間で、良い大統領であった。

オバマはまれに見る雄弁家であった。われわれが大統領に望むものを、彼はホワイトハウスにもたらした。人種のような難しい問題も取り上げ、注意深く考察し、多くの国民が敬意を払われ、政治に自分たちの気持ちを代表されている、と感じた。

NYT JAN. 12, 2017

Obama Hoped to Transform the World. It Transformed Him.

By ADAM SHATZ

オバマは、大統領に就任したとき、アメリカ国内でも海外でも、人々の希望を高めた。彼は希望に豊かな精神を満たした。アメリカは他の国々と協力して、彼が言う「相互依存した」世界が直面する課題、すなわち、テロや貧困から、金融危機、地球温暖化まで、解決に向けて取り組むはずだった。

彼の演説は、国家の指導者というより、詩人のものであった。アメリカの衰退を痛感し、軍事力の制約について率直に語った。それはある意味で、ポスト冷戦の最初の大統領、ジョージ・W・ブッシュの無制限なパワーがオバマに与えた遺産であった。ブッシュが創り出した中東の新しい現実に、オバマは落ち込んだ。オバマが反対したイラク戦争、勝てる見込みのないアフガニスタン。しかし、ブッシュ以上に熱烈なテロリスト・ハンターとして、再選キャンペーンの目玉にしたのはビン・ラディン殺害であった。彼は世界を変えなかった。戦場となった世界の混沌が彼を変えたのだ。

8年前、オバマは理想の、多文化的な未来を告げる者だった。カイロ大学では、過去の過ちと歴史の新しいページを約束して、イスラム世界との和解を求めた。「真のパワーとは」、とオバマはインタビューで答えた。「暴力に訴えることなく望むものが手に入る、ということだ。」

オバマはイランとの核合意を支持し、気候変動に関する国際条約やキューバとの和解を促した。それらは数少ない成功であった。しかし歴史は、オバマが望む相互依存した世界のコスモポリタンな姿に向かうより、逆に、ますます部族主義の混沌に向かった。

その傾向はどこよりも中東に強く現れた。イラク侵攻前には、スンニ派とシーア派とが、権威主義的国家と地域のバランス・オブ・パワーに従い、共存していた。しかし、ブッシュがこのバランスを破壊した。イラクをサダム・フセインの支配から解放した後、宗派間の内戦状態に、イランとサウジアラビアとの闘いが加わった。

「アラブの春」はこのすさんだ傾向に希望をもたらした。オバマはその成功に賭けた。旧同盟国であるサウジアラビアやイスラエルよりも、エジプトやチュニジアの民主化運動を支持したのだ。それはアメリカのイメージを変え、イスラム世界の孤立を終わらせるチャンスに見えた。しかし、各地の革命の後に現れたのは、部族的な思考の独裁者、軍人たちであった。彼らは西側ではなく、湾岸諸国やイラン、トルコに支援を求めた。

オバマは中東の権力政治に適応するだけでなく、サウジアラビア、イスラエル、エジプトなど、諸国の人権問題にも沈黙するしかなかった。

オバマは2009年にトルコ議会で演説し、アメリカとイスラムコミュニティとの関係に言及し、イスラム世界が過激派との対抗だけで尽きるわけではない、と語った。しかし、その後の展開は、拷問や地上部隊に代わって、特殊部隊やドローン攻撃による、さらに抑制を失った、広大な地域に展開する戦争だった。オバマは、ハーヴァードで教えた多国間の法治主義など破棄したのだ。

それは容赦ないリアリズムだった。シリア内戦の非介入がそうだ。オバマはシリア内戦がイラクのような宗派争いだと考えた。彼の冷徹な結論は、イスラム国はアメリカにとっての脅威であり、軍事的に対抗するべきだが、アサド政権はそうではない、というものだ。アサド政権に対する軍事介入は、この政権の維持をコアの利害とみなすロシアとの衝突になる。

アメリカ軍をシリアに派遣しない、という目標は一貫していたが、アレッポの陥落には苦しんだ。アメリカにとって正しいことをする、という原則により、オバマはシリア政策を決定した。確かにアメリカ兵の命は救われた。しかし、非介入がもたらした真空を、プーチンやエルドアンのような独裁的権力者は喜んで埋めた。オバマがシリアに関して定義したアメリカの利益は狭く、相互依存したグローバル社会や、21世紀の道義的責務、という彼の言葉に反するものだった。

確かに、シリアをだれが支配するかはアメリカにとって重要ではなかったが、その黙示録的な分裂を許すことは別問題だ。オバマの慎重さがモスクワの好戦的な関与を強め、内戦は長引いた。危機が近隣諸国に拡大し、ヨーロッパへの難民と極右の政治集団にも影響を及ぼした。アメリカでは部族主義的な綱引きの末に、ドナルド・トランプが当選した。プーチン、エルドアン、イスラエルのネタニヤフを称賛し、モッブを好み、リベラルなエリートを軽蔑して陰謀論を振り回す男だ。

最高の善なる意図、最高の言葉を尽くしたが、オバマは新しい、危険な、怒りに満ちた世界を生み出すのを助けた。そして彼の開明的な世界市民主義は、ますます時代錯誤の夢になった。

The Guardian, Monday 16 January 2017

How Barack Obama paved the way for Donald Trump

Gary Younge

トランプが登場したのは、オバマが期待を裏切ったからだ。金融危機に対して、オバマは銀行の資産を守り、人々の住宅が差し押さえられるのを読めなかった。ガイトナー財務長官は、オバマを支持して大統領に希望を託した人々の住宅ではなく、銀行家や金融関係者たちの高所得とボーナスを守った。

FP JANUARY 18, 2017

Barack Obama Was a Foreign-Policy Failure

BY STEPHEN M. WALT

オバマ政権は内外の政策に関して成果を上げた。オバマの送別演説が示した威厳、ユーモア、優雅さ、知性、寛容さ、アメリカ的価値と伝統の尊重は、まったく異なるトランプの就任演説と対比することで明らかだ。

しかし、オバマの時代は悲劇的側面をも同時に示した。アメリカが世界で果たす役割を変更するチャンスはあったし、オバマ自身がそれを何度も望んでいたようであるだけに、そうできなかったのは悲劇であった。特に、2008-2009年は、アメリカがその破たんしたリベラル・ヘゲモニー戦略を破棄する理想的な瞬間であった。しかし、外交における失敗は続き、ドナルド・トランプがホワイトハウスに入るのを助ける結果になった。

1に、オバマはアフガニスタンでの戦争を続けるよう説得された。それは的外れの「増派」であり、失敗に終わった。アフガニスタンにアメリカの利害はほとんどなく、勝つ見込みのない戦争であった。増派には目的がなく、戦場への関与を長引かせ、他の重要政策から関心を奪った。

オバマはまた、ブッシュ政権からの「テロとの戦い」を引き継ぎ、世界中でドローンや特殊部隊を使った。効果がなく、違法でもある拷問は禁じたが、諜報機関を罰することはなく、彼らの専横は放置されたままであった。他方で、そうしたやり方に警鐘を発した者には訴追による脅迫を強めた。

2に、オバマは「アラブの春」を読み間違え、対応に失敗した。オバマと彼のチームは、これを、草の根のリベラル民主主義を求める、広範な運動であると考え、即座に歓迎した。他方で、暴力的な過激派が破たん国家の真空状態を利用して拡大する危険を過小評価し、シリアやエジプトで権威主義的体制が生き残る力も十分に理解できなかった。こうした無理解により、リビアで破滅的な軍事介入を行い、イエメンでは外交が機能せず、シリアで時期尚早の「アサドは辞任せよ」という要求になった。私はオバマがシリアに深入りしなかったことを支持するが、その混乱した対処を決して成功とみなすことはできない。

3に、イスラエルとパレスチナ和平に関して、オバマとケリー国務長官は、親イスラエルの助言者に頼り、2国家案を公式に支持し続けた。しかし、それは彼らが、イスラエルのネタニヤフ首相や他の関係者たちを正しく理解できなかったことを意味する。ネタニヤフは、アメリカからの安全保障や経済支援を確保するだけで、約束を守る気などなかった。オバマがこの寄生的な属国の放縦さに対する強い姿勢を示さないなら、中東和平は前進せず、時間とエネルギーの浪費でしかなかった。

4に、ロシア外交もお粗末であった。初期にロシアと和解を求めたことは正しかったが、東欧やロシアにおける民主化支援をプーチンがどう見ているかは重視しなかった。ウクライナ危機に先立つ数か月も眠ったような対応に終始し、プーチンのクリミア併合を許した。大国が周辺における事態に神経を尖らせるのは当然であり、ロシアの反撃はある程度予想されたことだった。プーチンはウクライナやグルジアがNATOに加盟するのを許す気はなく、阻止する力もあった。そして、実行したのだ。

5に、アメリカがアジアに重心を移す「リバランス」は正しかった。しかし、明確な優先順位を示さず、その急速な地位の低下がリバランスを困難にした。アジアにおける国際関係をマネージするのは非常に複雑で、挑戦的な、時間のかかる過程であり、アメリカが戦略的にそれほど重要でない地域で起きる事件に絶え間なく振り回されるなら、アジアの同盟諸国をマネージし、中国に対抗することは不可能だろう。中国の始めるAIIBに参加せず、同盟国にも圧力を加えたのは失敗だった。それに反して、イスラエルやイギリスでさえAIIBに参加した。

アメリカが世界のすべての地域で安全保障と秩序を維持する時代は終わった。アメリカの指導者は、どの地域が最も重要であり、他の地域はその地域の諸国に委ねることを明確に示すべきだ。オバマはその選択をしなかった。

オバマ外交が失敗した理由は、第1に、既存の安全保障専門家たちが引き継ぐリベラル・ヘゲモニー論、アメリカは世界にとって「不可欠の大国だ」、という主張に取り込まれたことだ。ルールに依拠した世界、自由市場、民主主義、人権のための十字軍を掲げてしまった。戦略的な優先順位を持たないまま、限られた資源で、ますます多くの目標を支持した。

2に、オバマは反対者が彼と同じような説得できる、理性、冷静さ、無私の人間ではない、ということを軽視した。オバマが政治に対する姿勢は、異なる意見であっても人々が集まり、議論して、情報を共有し、徐々に相互の理解を深めることで、双方の満足する、公共の利益を実現できる、というものだ。司法雑誌を編集し、コミュニティー・オーガナイザーになるとき、その考え方で成功できた。しかし、現在のような深く分断された政治環境で、大統領を務めるにはふさわしくない。

ネタニヤフ、プーチン、議会の共和党指導者たちやティーパーティーを、オバマは理解できなかった。オバマは知的で、規律正しい、雄弁、正直な、愛国的、世界で称賛される大統領であった。もし彼が、もっと平静な時代に、もっと指導理念に従う野党と対決したなら、もっと大きな成果を残せたかもしれない。

外交政策は、オバマが最も成果を残せない分野となった。


   医療保険制度と市場

NYT JAN. 13, 2017

Do Markets Work in Health Care?

David Brooks

医療サービスに市場は機能するのか?

オバマケアを廃止して、共和党が求める医療保険制度は、より市場メカニズムを取り入れたものになる、という。しかし、1963年にKenneth Arrowが書いた論文は、医療サービスが「正常な市場」ではないことを示した。

医療を利用することは予測できない。医師と患者との関係は特別である。高度の信頼、情感、配慮を要する。専門的な情報について極端な非対称性がある。患者は手術代の上で選択肢を考える余地はなく、支払いは事後に行われる。

しかし、この論文の論点は今も正しいが、時代は大きく変わっている。医療サービスにも市場の機能が取り込まれて、さまざまな成功例が報告されている。利潤を目的にした組織が、命にかかわる様々なサービスを提供している。医療組織も、競争、効率的な経営、患者の選択によって結果を改善し、コストを削減できる。

人々も知的に洗練された医療サービスの消費者になれるだろう。医療機関の競争は、ある期間が生産性を改善すれば、近隣の機関も改善する傾向を示している。市場の誘因は医療サービスでも機能するのだ。医療保険が適用されない、かつて2200ドルもした眼のレーザー手術が、今や250ドルの価格で広告が出ている。

医療サービスで市場が機能するかどうかは、むしろ政治的な問題になる。われわれは、非常に忙しい、信頼を持てない、リスクの多い社会に住んでいる。人々は、医療サービスのために追加の時間を割き、自分や他人の決定を信頼し、追加のリスクを負うだろうか? 政治家がそれを説得することはむつかしいだろう。


   南シナ海

FT January 16, 2017

Pacific conflict looms between America and China

Gideon Rachman

トランプがロシアとの関係を改善することが幻惑と刺激を放っている。しかし、もっと重要でもっと危険な問題がある。それは、トランプ政権が中国との衝突に向かうことだ。それは軍事衝突に至る危険さえあるだろう。

上院の公聴会で、国務長官候補のRex Tillersonは、北京が南シナ海で建設した人工島を、ロシアの違法なクリミア併合に結び付けて、これらの島へのアクセスをアメリカは許さない、という明確なシグナルを北京に送る、と話した。それは、アメリカが海上封鎖することを意味するように聞こえた。中国版のキューバ・ミサイル危機である。

Tillersonが意図した以上に語って、アメリカの公式な立場を超えてしまっただけかもしれない。アメリカ政府は太平洋の航行の自由だけを主張し、南シナ海の領海に関しては特定の立場を取らない、と表明してきた。しかし、トランプ政権の台湾への姿勢転換も、中国との対決を示している。

1979年の米中関係正常化から、アメリカは北京の「1つの中国」政策を認め、台湾を反来軍の占拠した中国の地方とみなすことに同意した。それゆえ、台湾の指導者とアメリカ大統領との直接対話は避けてきた。しかし、トランプは蔡英文総統と電話で会談し、その後も、北京が貿易問題で譲歩しなければ、「1つの中国」政策を見直すと発言した。中国は、台湾がもし独立を宣言すれば軍事侵攻する、と繰り返し主張してきたのだから、トランプの発言は高いリスクを取る政策だ。

台湾、Tillerson、貿易問題。3つのTがそろったことは、トランプのアメリカが中国と衝突する、という意味だ。他方、習近平の下で、中国はナショナリズムを強めている。

ダヴォスでは、あたかもアメリカに代わって太平洋の平和を維持するのは自分である、と主張する習近平であるが、実際は違う。アジアにおけるアメリカの同盟諸国に、軍事的、外交的、経済的な圧力を強めているのだ。韓国やシンガポールなどは、中国との経済関係をさらに深めながら、安全保障ではアメリカに頼っている。しかし、韓国政府に対して、中国はアメリカとのミサイル防衛システムを受け入れた決定を翻すように求めている。シンガポールにも、台湾での軍事訓練をやめるよう、輸送機の通過に不満を示している。

トランプと習の立場は、遅かれ早かれ、必ず衝突する。それはアジアの同盟諸国をさらに苦しめ、アメリカからの離反を促すかもしれない。


   トランプ時代の経済

NYT JAN. 14, 2017

Why Trump Can’t Make It 1981 Again

By RUCHIR SHARMA

ドナルド・トランプが勝ったことも驚きだが、その後に起きた経済の反応はさらに大きな驚きであった。市場は、この100年間で最も強い選挙後の上昇を示した。その高揚感は経済全般に広まり、投資家や消費者を強気にしている。トランプは、レーガン以来、最もビジネスに好意的な大統領である、というコンセンサスが背景にある。

確かに、トランプの顧問たちは、減税と規制緩和で、レーガン時代の成長率である3.5%の再現を計画している。彼の支持者たちは、疑う者を敗北主義者と呼び、アメリカが1980年代の経済ブームを再現できないという経済法則などない、と主張した。

そのような法則は存在するのだ。経済成長を支える諸力は、レーガン時代に比べて、世界中で大幅に弱まった。経済諸力を超える高い成長を試みる国は、どれほど例外的な場合も含めて、浮動的なブームと破たんの循環が起きるリスクに直面するだろう。

経済の潜在的成長率は概ね2つの要因で決まっている.そして制約される.すなわち,人口増加率と生産性上昇率である.レーガン時代には,それらがともに年率でおよそ1.7%の増大を示したから,アメリカの潜在成長率は3.5%であった.近年のアメリカの人口増加率と生産性上昇率はそれぞれ0.75%に落ちている,だから潜在成長率は1.5%で,レーガン時代の半分にも満たない.これを超える政策を取れば,財政赤字やインフレーションになってしまうだろう.

1000年にわたって,人口増加率の制限を破る経済はなかった.19世紀後半まで,世界の人口増加率は0.5%を超えなかったし,経済成長率が持続的に1%を超えたこともなかった.第2次世界大戦後,ベビー・ブームで人口増加率は2%に近づき,経済成長率は歴史上初めて4%近くに達した.

しかし今,世界中で,家族の子どもの数は減り,人口増加率は約1%まで低下している.若者が労働市場に追加される数は減るが,ある程度,それを生産性の上昇や移民で補うことはできる.しかし,トランプにはそのようなプランがない.支持者たちは,レーガンのように減税と規制緩和すれば新工場や新設備への投資が増え,生産性が高まる,と主張する.生産性を予測することも,計測することも難しいから,たとえば,今の2倍にあったと仮定しよう.それでも,成長率は2.5%であり,3.5%にはならない.

人口増加の時代は終わったのだ.アメリカでも,中国でも.異なる水準にある経済が,この変化を受けて成功の基準を見直すことになる.確かに成長減速の現実を有権者が受け入れることは難しいだろう.ポピュリストやナショナリストの実験が唱えられる.しかし,低成長は変えられない.


   中国のグローバル戦略

FP JANUARY 17, 2017

Xi Jinping, Head of World’s Largest Communist Party, Champions Global Trade

BY EMILY TAMKIN

火曜日、ダヴォスの世界経済フォーラムで、習近平主席が演説した。習は、グローバル貿易と既存の国際経済秩序の王者として登場したのだ。それは「反トランプ」を代表し、グローバル・エリートに称賛される演説だった。

ただし、習はグローバリゼーションへの支持を「経済的なもの」に限定した。グローバリゼーションは、そのマイナス面を取り除くために、積極的に管理されるべきである。また、開放性とは、経済以外の多様さを受け入れることである。

習は「ダヴォス・マン」ではない。グローバリゼーションを再出発させる前に、それを再定義するべきだ。


   最富裕層と35億人

NYT JAN. 16, 2017

World’s 8 Richest Have as Much Wealth as Bottom Half of Global Population

By GERRY MULLANY

Oxfamによれば。グローバル化した世界では、所得分配がどうなっているのか? 世界で最も裕福な8人の資産が、人類の半分、36億人の資産を合計したものに等しい。それは昨年、62人であった。

ビル・ゲイツBill Gates, Microsoft創業者。$75 billion.

アマンシオ・オルテガAmancio Ortega Gaona, スペイン人。ファッション企業Inditex創業者。Zaraブランド。$67 billion.

ウォーレン・バフェットWarren E. Buffett, 投資ファンド、持株会社Berkshire Hathawayの会長。$60.8 billion.

カルロス・スリム・ヘルCarlos Slim Helú, メキシコの通信業界を動かす。$50 billion.

ジェフ・ベゾスJeff Bezos, Amazon創業者。$45.2 billion.

マーク・ザッカーバーグMark Zuckerberg, Facebook創業者。$44.6 billion.

ラリー・エリソンLawrence J. Ellison, Oracle創業者。$43.6 billion.

マイケル・ブルームバーグMichael R. Bloomberg, New York市長、Bloomberg L.L.P.創業者。$40 billion.


   トランプとグローバリゼーション

FT January 17, 2017

The economic peril of aggrieved nationalism

Martin Wolf

人類は部族的である。われわれは社会的,文化的な生き物であるから.文化は,家族だけでなく,創造の共同体において協力を促す.「ネイション」もそのようなコミュニティであり,祖先を共有する,という意味だ.

想像の共同体を創り出す能力は,人類の強みであり,同時に,最大の弱みでもある.それは人々を他者と分ける.今でも,指導者たちは専制支配を正当化し,時には戦争さえも正当化するために,ナショナリズムを利用する.

人類の歴史を通じて,社会間の戦争は常にあった.勝利は,少なくともエリートにとって,戦利品,パワー,地位をもたらした.戦争のために資源を動員することが国家の重要な役割であった.

繁栄をもたらす他の方法は,通商である.通商と戦利品とのバランスは複雑だ.ともに文化に支えられた強力な制度が必要だ.しかし,戦争は忠誠心を持つ軍隊が行うが,通商は正義に基づく安全がなければならない.

経済学がもたらした最大の貢献は,社会が互いに戦争して征服するより,互いに貿易するほうが豊かになれる,というアイデアだ.より裕福な相手と貿易するほうが利益をもたらす機会は大きい.しかし,貿易は部族への忠誠心を破壊する.それゆえ,グローバリゼーションに取り残された人々の支持を得るために,ナショナリズムや保護主義という,戦術を駆使する者が現れる.彼らは約束した繁栄をもたらさず,自分たちのために権力を得たいだけだ.

彼らは民主主義を人民投票型の独裁制に変える.熱狂を広め,敵を創り出す.信頼できる,独立の情報源,という考えを否定する.エルドアンも,プーチンも.かつてオーウェルが述べたように,何が真実か,は権力者が決める.ドナルド・トランプもそうだ.


   トランプ外交の不安

NYT JAN. 19, 2017

Are You Not Alarmed?

Charles M. Blow

トランプ政権は,アメリカの民主主義を破壊するだけでなく,暴力的な衝突も起こすだろう.これは民主主義とファシズムの問題,戦争と平和の問題だ.

中国の南シナ海における行動を制するという声明は,米中間の軍事衝突を意味するものだ.さらに,「1つの中国」政策も見直すと発言している.

トランプは,貿易における最大のパートナーであるだけでなく,北朝鮮をけん制する上でも重要な中国と対立し,北朝鮮の核問題は東アジア諸国で,特に日本が核武装することが抑止になる,と考えている.メルケルと握手しながら,プーチンを心の友と呼ぶ.NATOは「時代遅れ」である,と.

こんなことは起こりえない,と思うのか? そのうちもっと冷静になる? トランプの顧問たちは彼より利口だし,彼を黙らせるだろう?

あなたが望むとしても,そんな証拠はない.この男は思慮深くなかったし,注意を欠いていた.口から出まかせで話し,指先で戦争をささやき続ける.その相手はアフガニスタンではない.核武装した巨大な国だ.

あなたも武器を準備しておくべきだろう.

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The Economist January 7th 2017

Japan’s economy: The second divine wind

Trumponomics: Men of steel, houses of cards

Fixing failed states: First peace, then law

British politics: Theresa Maybe

Theresa May: Steering the course

Demography in Japan: A negative-sum game

Decrimilising Zimbabwe’s sex trade: Less stigma, more competition

Fixing fragile nations: Conquering chaos

(コメント) 日本の社会と経済が高齢化することの現状と地方政府の取り組みを伝えます.トランプの保護主義が,鉄鋼産業の貿易摩擦にモデルを求めることは,iPhoneの生産を知らないからだ,と嘆いています.ジンバブエが売春を犯罪から外したとき,売春婦たちは喜んだけれど,それは早すぎた,と伝えます.ジンバブエ経済の不況が深まる中で,だれでも参加する売春市場の価格が急落したのです.

Brexitをめぐって,メイ首相の政治姿勢が問われています.指導者の持つ個性や思想が歴史の転換に反映されるのを,イギリスのジャーナリズムは克明に分析する優れた伝統を持っている,と思います.

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IPEの想像力 1/23/2017

トランプ時代が開幕し,予想を超える混沌が広がりつつあります.

1980年代からバブルの時代まで,日本人の多くが,アメリカに非難されるより,積極的に協力する国際体制に参加する姿を思い描きました.しかし,今は違います.

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The Economistは,日本社会の高齢化による変貌を描いています(Demography in Japan: A negative-sum game).出生率の低下,平均寿命の伸長,極めて限られた移民流入,さらに,地方の若者が都市へ流出することも重なって,高齢化は日本全域で,静かな,圧倒的な破壊力を示し始めています.

東京郊外の多摩ニュータウンを取り上げます.年金生活者から住民税が取れないため,地方財政がひっ迫します.集合住宅を一気に取り壊して,その土地に新しい,より広い間取りの高層住宅を立て,若い夫婦と子育て家族を招きたい,と考えています.しかし,20代の人口は2000年以降,現在までに,1830万から1280万人へ減少し,2040年には1050万人になります.これは「ネガティブサム・ゲーム」である,と.

さらに山間に入り込んだ奥多摩では,46%65歳以上,26%75歳以上です.公共サービスの供給も困難であるため,役所は都市への移住を勧めていますが,老人たちは崩壊する家屋から動きません.インターネットと宅配によって生活を続けている,というのです.

奥多摩を維持・再生するプランがあります.1つは,ワサビの栽培です.新しい農業を興して,若い家族を呼び込む.そのために,無料のワクチン接種・学校給食・送迎バスを提供します.さらには,無料の住宅を提供するのです.約450軒ある空き家を,不動産税を避けるために町に寄付してもらい,これを若い夫婦に貸します.15年間住んだ後は,家賃を全額返還する,というわけです.

もう1つのプランは,外国人が日本語を学ぶ施設を誘致したことです.学生が減って廃校になった中学の建物を,語学教育のJerryfishに貸します.多くの国に施設を持つこの企業が,東アジアや東南アジアの国で日本語を学んだ若者たちに,日本で学ぶ施設を提供します.もし彼らがこの町を気に入り,定住するなら,これは移民政策の小さな自由化の始まりかもしれない,と結んでいます.

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私は,トランプがアメリカを乗っ取る世界では,高齢化を解決する社会的選択肢が影響を受ける,と思います.社会保障システムは,国内の社会的軋轢,グローバルな構造転換の圧力に対抗する,人々の互助的な精神に依拠しているからです.

東ドイツの工業地帯が崩壊し,財政基盤を失ったとき,人々は都市圧縮のモデルを模索しました.中国では,大気汚染や交通渋滞,住宅価格の高騰に対して,都市の戸籍を持たない住民に中級都市で戸籍を提供し,分散化を促しています.フランス,パリ郊外の移民・難民が多く住む地域では,自動車に放火する事件が相次ぎました.スウェーデンやデンマークでも,極右や保守派による攻撃は激しく,リベラルな移民政策が転換されています.

メルケルの,難民に対する門戸開放から生じた社会的・政治的危機は,トルコとの政治合意と難民施設への財政支援によって,より包括的な社会統合と,ヨーロッパから中東に及ぶ移民・難民レジームを模索しつつあります.イタリアの高齢化を支えるのは,ルーマニアから来た女性たち,介護労働者の供給だと読みました.ロンドンでも,フロリダでも,医療機関の底辺労働者を中心に,看護婦,医師まで含めて,多くの移民が働いています.彼らの権利が保障され,十分な賃金を得られるなら,その国の経済にも活力を与えるでしょう.

日本はどうでしょうか? もし若い移民たちの活力を拒むのであれば,医療,年金,住宅,ホスピス,そして外国の豊富な女性や若者の労働力を組み合わせ,「ノアの箱舟計画」とも呼べる,老人たちの互助組織を海外展開してはどうでしょうか? Fifo契約で労働者たちが遠隔地の鉱山で働くように,老人たちも温暖な保養地を,スタッフとともに交代して滞在します.中にはその街を気に入り,住民とともに暮らし続ける人もあるでしょう.

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テレサ・メイのBrexit戦略は,いよいよその中身に踏み込まねばなりません.保守党内を説得し,野党を説得し,国民を説得して,Brexit後のイギリスとは何か,具体的な目標と実現方法を問われています.そのとき,重要になるのは,彼女の生まれた町,家,学んだ大学と,そのときどきの言動,若い政治家を鍛えた保守党内の権力闘争です.メイが業績を残した内務省の管理体制や,Brexitを指揮する姿勢が批判されます.

習近平,プーチン,トランプの間で,たまたま安倍首相が接近していたプーチンとトランプの間に同盟ができることを喜ぶのは,あまりにも早計で,危険な大国間政治に頼る試みです.日本人の長期的な展望を描くものではありません.3人に共通するのは,戦後秩序から離脱した,ということでしょう.

安倍政権が長期化することの背景とは,日本社会と政治,ビジネスを動かす高齢者たちではないか.

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