IPEの果樹園2016

今週のReview

12/19-24

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Brexitの交渉 ・・・グローバリゼーションの政治経済学 ・・・タックスヘイブン ・・・移民・難民のガバナンス ・・・プーチンの外交 ・・・オバマの外交 ・・・トランプの新国際秩序 ・・・億万長者+将軍+イデオローグたち ・・・ポピュリズムの地政学 ・・・インドの通貨改革 ・・・米中貿易紛争 ・・・人民元の下落局面 ・・・AIと洗車

 [長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  Brexitの交渉

VOX 10 December 2016

The Belgian government's Brexit negotiating strategy

Paul De Grauwe

ベルギー政府はUKとの交渉でどのような戦略を取るべきか?

ベルギーはEUとの強い統合を維持することがその国益である。UK政府は、ノルウェー型のモデルで単一市場アクセスを守るか、あるいは、単独でEUと、そしてその他に50か国とも、WTOのルールに依拠して交渉すること、を選択しなければならない。

ベルギー政府は、イギリスとの「特別な取引」をしてはいけない。1974年にUKEUに参加したとき、それはEUが強くなりすぎないようにするためだった。UKの政治エリートたちは、内側から、そうすることが最善と考えた。EUを離脱するのも同じだ。UKはこれを、「特別な取引」によって進めようとする。しかし、それはEUを弱めるだけで、ベルギーの長期的な利益にならない。

しかし、残念だが、長期的な視点が政策を決めることはない。ベルギーでも、短期的な視点が支配するだろう。重商主義的な考えは非常に強力だ。ベルギーとUKとの貿易収支は不均衡だ。ベルギーからのUK向け輸出は310億ユーロであり、輸出相手国として第4位だ。輸入は150億ユーロしかなく、貿易黒字がある。ベルギーの輸出産業は政府にUKとの「取引」をするよう強い圧力をかける。さらに、UK向け輸出の80%はフランダース地方から行われている。フレミッシュの政治家たちはUKとの取引を求め、フランス語圏の政治家たちは、フランス政府と同じ、強硬な姿勢を好むだろう。どちらが勝つかはわからない。ベルギー政治は、言語圏と、左右の対立という、2重の亀裂によって、多くの予想外な混乱を生じている。

ベルギーは、EUで起きることの縮図である。EUには、さまざまな求心力と遠心力が働く。政策担当者たちが長期的利益を重視する保証はないのだ。


l  グローバリゼーションの政治経済学

FT December 12, 2016

How should we compensate the losers from globalisation?

Gavyn Davies

2016年に政治的な「ポピュリズム」が登場したことは、マクロ経済学者に対して、特に、グローバリゼーションと技術革新についての彼らの姿勢を反省させることになった。これらの政策課題について、特に前者について、何が適当な政策なのか、その判断が劇的に変化した。

経済学者たちの合意はまだ形成されていないが、政治の変化は急速で、彼らの手にあまり、破滅的な結果を生んでいる。

ごく最近まで、経済学者たちは自由貿易を支持し、発展した経済でも、新興の経済でも、生産性の上昇と全般的な厚生の改善をもたらす、と確信していた。貿易や資本移動の障壁があれば、それがどこであれ、できるだけ迅速に取り除くべきだ、と主張した。発展した経済で自由貿易の敗者がいるとしても、それは少なく、一時的なものであり、受益者の方が多く、永続するはずだった。

2016年の政治的激動がその姿勢を見直すことになった。ただし、「ポピュリズム」には様々な方向性があり、テレサ・メイとドナルド・トランプとは同じカテゴリーに入らない。

1つのテーマは、インターナショナリズムやグローバリゼーションの崩壊に対して、経済ナショナリズムが復活したことである。「エリート」はグローバリゼーションの受益者とみなされ、「専門家」の助言が拒否された、

経済学者たちは、以前考えたよりも、敗者が多く、しかも、長期的に続く問題であり、政治的な攻勢を強めていることを知った。敗者が勝者によって補償される場合だけ、グローバリゼーションの利益は支持され、拡大できる、という新しいコンセンサスが現れた。

しかし、実際にどうすれば補償できるのか、その複雑さは非常に大きい。ラスト・ベルト(製造業を失った衰退地域)は支援するべきだが、どうやって支援するのか、政治的、経済的なコンセンサスがない。

グローバリゼーションの主要な勝者は、新興経済の未熟練労働者であり、発展した諸国・経済圏の所得分配で上位に位置する人々だ。直接的な解決策は、グローバルに、あるいは、国内で、この分配の変化を逆転させることだ。トランプ次期大統領が唱えた、メキシコや中国からの輸入に対する保護主義は、これを意味する。

しかし、アメリカのすべての輸入を規制すれば、消費者は物価の上昇に苦しみ、重要な投入を書いて国内生産が妨げられ、また、生産性上昇の危機を激しくする。この政策はまた、世界的な基準から見て低賃金の、新興市場における労働者たちから所得を奪う。

発展した諸国・経済圏の内部で、受益者から敗者に所得再分配すればどうか? このアプローチは公平さの観点から支持されるだろう。自由貿易の「拾いもの」として所得や富を得たものから再分配することだから。

しかし、一般に再分配政策には難しい問題がある。グローバリゼーションによる損失と、他の理由による損失とを区別できるか? リスクを取って事業を拡大する経済的な誘因を損なわないか? セーフティー・ネットとして、補償はすでに課税と給付に組み込まれている。なぜ新しい補償を大規模に行うのか? 不況や消費パターンの変化など、他の経済ショックによる補償と何が違うのか?

グローバリゼーションの敗者が特別な地域に集中している、と言う場合、それは地域的な所得移転を意味する。アメリカの両岸地域からラスト・ベルトへ、UKのロンドンからヨークシャー北部へ。こうした考え方は過去に試みられたが成功しなかった。ベルリンの壁崩壊後に、東ドイツに対して大規模に行われた移転もそうだ。

政策介入を諦めるわけではないが、その難しさと、むなしい期待を高めすぎる危険を知るべきだ。前進はある。IMFの主任エコノミストMaurice Obstfeldは、失業者の再訓練、地域的なインフラ整備、など、政策リストを示した。(retraining, education, infrastructure, health investment, better housing, lower barriers to entry for new businesses, partial wage insurance for displaced workers, the earned income tax credit, and international co-ordination against tax avoidance

オバマ型のリベラル派が、「セーフティー・ネット」より、新雇用に向けた「トランポリン」政策を唱えたことがそうであった。他方、アメリカの共和党やイギリスの保守党はまったく違う政策を目指した。リベラルな経済政策は、たとえIMFが好ましいと思っても、権力を握る政治家たちに選ばれない。

政治は急激に変化しており、経済学はそれに追いつく必要がある。


l  移民・難民のガバナンス

Project Syndicate DEC 7, 2016

The Future of Migration Governance

MD. SHAHIDUL HAQUE

財、資本、人が、かつてないほど移動性を増している。しかし国際社会は、財や資本に比べて、人の移動に関する統治を進んで実現してこなかった。

国家主権を否定することなく、帰還を前提に難民はグローバルな連帯を求める原理が示された。しかし、移民に関しては、一時的な、事後的な扱いが、一方的に、あるいは2国間合意で行われてきた。それは発展した経済の特別な需要を満たすためだった。

しかし、移民は単なる商品ではなく、人としての権利や複雑な事情、動機を持っている。グローバリゼーションが与える不均等な機械の中で、職を得ようとしているのであり、あるいは、内戦や自然災害から逃れてくる。

移民の統治を欠けば、地政学的な安定性を損ない、国境管理の負担を増し、カオスを拡大する。世界は、新しい、包括的な、人の移動に関するグローバル・ガバナンスを必要としている。

そのために新しいグローバル・コンパクトを確立するべきだ。移民を秩序ある形で促進する。移民・難民の権利を保護し、エスニックや宗教による差別をなくす。必要な緊急支援を提供する。移民の積極的な経済的効果を強めるために、受入国と送り出し国の双方が協力する。労働市場に統合することで、財政的、人的なコストを減らす。

それは2015年の気候変動に関するパリ協定に似たものになるだろう。ある分野で約束し、他国を縛ることなく、具体的な行動と定期的な報告を約束し、そのことを加盟諸国は他国と共有する。

Project Syndicate DEC 8, 2016

A New Deal for Refugees

SAADIA MADSBJERG

現在、世界には2130万人の難民がいる。彼らの多くは、過密状態の、安全性や基本的な物資を欠く、避難キャンプで暮らしている。彼らを難民として受け入れる国が現れるのを待っている。

難民の資格は、短期的に、彼らの人権を守るが、長期的な生活の再建を可能にするものではない。難民の特別な法的地位だけでなく、その経済的な地位を認めるシステムが必要だ。

その際、決定的な問題は、誰が難民支援の責任を負うのか、である。資金援助する相手は誰なのか? 劇的な改革ではなく、世界銀行が、最も効果的な政府、民間、NGOsのネットワークを、資金の受入れ先として承認することだろう。こうしたネットワークには革新的な新興企業も参加している。たとえば、BanQuは、ブロックチェーンを使った「経済ID認証プラットフォーム」を導入し、世界中の難民2130万人に重要情報(技能訓練、教育、雇用、金融取引)の入ったIDカードを発行できる。

新しいシステムによって、難民たちが繁栄する本当の機会を創り出せる。


l  オバマの外交

FP DECEMBER 8, 2016

Don’t Knock Offshore Balancing Until You’ve Tried It

BY STEPHEN M. WALT

オフショア・バランシングは、リアリストの大戦略であるが、その核心は、戦略的に重要な各地域に対する関心を示すものだ。オフショア・バランシングによれば、アメリカは西半球で地域的な覇権を確立しており(すなわち、現在、「地域的覇権国家」である)、この地位がアメリカの安全保障を最大限に実現する。アメリカはまた、他の大国が、ヨーロッパ、アジア、石油豊富な湾岸地域で覇権を確立しないように注意した。これらの地域な重要な工業力や戦略的資源を大量に保持しているからだ。

もしこの3地域で、潜在的な覇権国がいない、もしくは登場しそうになければ、アメリカはそこに軍事力を置かず、地域の大国間で勢力均衡を維持することに委ねる。もし潜在的な覇権国が現れ、地域の諸大国がこれを阻止できなければ、そのときアメリカは介入して、覇権を抑える均衡を回復するために必要なことをする。オフショア・バランシングは明らかに孤立主義ではないが、アメリカの海外における軍事介入は3地域の勢力均衡を維持するものであり、脅威の規模や切迫性によって調整される。

多くの点で、オバマの中東政策はオフショア・バランシングではなかった。


l  トランプの新国際秩序

FT December 14, 2016

With Trump, the US foreign policy framework is at risk

Robert Zoellick

次期大統領ドナルド・トランプは,彼の安全保障チームを選んだ.どのようなコースを示すのか?  Henry Kissingerは,最近のインタビューで,アメリカの外交政策がバラバラの課題に応えた結果であり,全体のデザインがなかった,と述べた.トランプは交渉を得意とし,ケース・バイ・ケースの外交を好むのかもしれない.

しかし第2次世界大戦後,アメリカは当時の枠組みを築き,その中で問題を解決してきた.その枠組みが崩壊の危機にある.中東の諸国家は解体し,ヨーロッパ統合化の計画は,イギリスの離脱,東欧のポピュリズム,ユーロ圏が動揺する中,オランダやイタリアでさえ信頼しなくなっている.ロシアはこの機会を利用して,軍事介入からサイバー攻撃や情報操作まで駆使し,パワーの増大を図ってきた.

アジアの戦略的問題は,中国が地域の支配を求めるのか,それとも,現在の秩序に中国のパワーと利益を反映するような適応を求めるのか,ということだ.Kissingerは,中国は貢納システムを好むだろう,と考えている.習近平主席は,トランプがTPPを破棄することで生じた真空を,直ちにAPECサミットで埋める動きを示した.

世界はアメリカが発する警鐘に注目している.間もなく,トランプとそのチームは,すべての大統領がそうであったように,もろもろの危機によって試されるだろう.その対応は,アメリカの利益と指導力の戦略的な枠組みを反映する必要がある.

1に,アメリカは大陸規模の安全保障を必要とする.フランクリン・D・ルーズベルトの「善隣外交」以来,80年間,アメリカはカナダとメキシコを加えた北米に, グローバル・パワーの強固な基地を築こうとした.

2に,アメリカは大西洋と太平洋を越えて,大陸規模の強固で,生命力のある,信頼できる同盟を必要とする.NATOと,進展しつつある太平洋の同盟ネットワークがそれだ.また,イスラエルや湾岸諸国,インドともパートナーシップを築いた.

3に,アメリカは国益とグローバルな成長を前進させる,国際経済関係の近代化を必要とする.貿易,資本移動,投資,為替レート,デジタル・エコノミー,知的所有権についてルールを求めて,アメリカ民間企業のダイナミズムが世界経済システムを形成することを可能にする.

4に,ラテンアメリカ諸国とともに,西半球の新しい秩序を助け,第5に,軍事力と技術に十分な投資を行い,最後に,アメリカ例外主義の歴史を確認する.民間部門の活躍に門を開き,自由と人権のために発言し,自由世界の指導者であった.

権力には目的がなければならない.トランプはまだ世界観を示していない,とKissingerは言う.今が,それを示すときだ.

NYT DEC. 16, 2016

Pax Americana Is Over

Roger Cohen

トランプの閣僚指名を観れば、アメリカ人は漫画の登場人物が紹介されていると思うしかないだろう。トランプは、アメリカが過去70年間築いてきたルールに依拠した世界秩序に関心がない、ということははっきりした。彼の外交政策とは、取引である。アメリカが儲ける。そうでなければ、やめてしまえ。人権、自由、民主主義、そんなものは知らない。世界的な規模で、中国のように行動する。

パックス・アメリカーナは終わった。


l  億万長者+将軍+イデオローグたち

FT December 14, 2016

The president-elect’s cabinet of curiosities

JIM O'NEILL

ドナルド・トランプの政権中枢になる国務長官に,ExxonCEOであるRex Tillersonが指名された.これはどういう意味を持つのか? CIAは,ロシアのハッカーがアメリカの選挙に介入したと考えている.トランプのプーチンに対する称賛や,彼の仲間にプーチンとつながる者もいる.国務長官は,グローバルな石油企業を経営してきたことで,ロシアとの緊密なコネクションを持つことになる.

他の閣僚たちも異端者ばかりだ.億万長者たち.将軍たち.イデオローグたち.


l  ポピュリズムの地政学

Project Syndicate DEC 9, 2016

The Geopolitics of Populism

DANNY QUAH and KISHORE MAHBUBANI

Brexitやトランプを支持した有権者は,グローバリゼーションに取り残された人々なのか? 全般的な生活水準が上昇する中で,職場を失った労働者や消滅する産業が,有権者の不安を強めたのか? また,急速な技術革新の波及が不平等を拡大し,政治的な混乱を生じているのか?

こうした説明は間違っている.

アジア諸国も不利な立場の人々を助け,職場を失った人たちに再訓練や新しい雇用機会を提供するべきだろう.もちろん,すべての社会は最貧困層の面倒を見るし,社会的な移動性を高めるべきだから.起業家や運命を切り開く人々には報酬が与えられる,しかし,そのような政策でポピュリストの反乱は沈静化できない.不平等は根本原因ではないのだ.それは,支配権を失うという感覚だ.

選挙データは,より多くの貧困層がクリントンに投票し,富裕層がトランプに投票したことを示している.経済の階段を落ちていくことを恐れる人々がトランプに勝利をもたらしたのではない.Brexitでも,離脱派は経済の支配権を取り戻すと主張したのであり,不平等や排除と闘うことを掲げたのではない.裕福なビジネスマンがBrexitを支持した.

トランプと離脱派をつなぐものは,グローバリゼーションの利益から排除された怒りではなく,彼らがもはや自分の運命をコントロールできない,という不安である.所得分配のすべての階層で,不安を感じている.戦後の過酷な社会主義的実験の中で,東欧の多くの人々が,また文化大革命の中で多くの中国人が,コントロールができないという感覚を味わった.しかも,これらの社会では不平等が最小になっていた.

矛盾することであるが,グローバリゼーションは不平等を減少させたのだ.新興市場の何億人もが貧困から抜け出せた.1990年代を通じて,新興諸国のGDPを(市場の為替レートで)合計すれば,それはG7諸国のGDP合計のわずか3分の1であった.しかし,2016年までに,そのギャップは消滅した.

国際的な所得分配の不平等が減少したことこそが,個々の国で不平等が増大したことより,グローバルな秩序にかつてないストレスを与えている.西側諸国が提供するものと,新興経済が要求するものとの間に,ミスマッチが増大しているのだ.大西洋をまたぐパワーの枢軸が,世界を運営する力を失い,これらの国の政治エリートから庶民まで,コントロールを失ったと感じている.

新興経済圏,特にアジアの,地政学的な台頭が,秩序に新しい均衡を求めており,さもなければグローバルな不安定性が続く.所得格差を解消することは貧困層を助けるが,開発された諸国の不安を解消することはないだろう.


l  米中貿易紛争

FT December 10, 2016

America and China square off over trade

アメリカと中国との間で,貿易摩擦は常にあった.15年前に中国がWTOに加盟してから,通貨価値や,貿易の規制,直接投資の排除,などが問題になった.しかし,おおむね国際法の枠内で争いは処理されてきた.双方の姿勢が,特に,トランプの大統領当選により,明らかに貿易問題をゼロサムと考えることは紛争を予想させる.

この15年間で,多国間のルールが紛争を抑制したことは重要だ.しかし,通貨価値の問題は解決がむつかしい.アメリカの努力にもかかわらず,為替レートの不整合に関する国際的な政策の枠組みは築けなかった.伝統的に,アメリカの保護主義を抑制する勢力が弱まっていることも心配だ.通常は,議会が保護主義を叫び,ホワイトハウスが大人の態度を示して抑制した.トランプがホワイトハウスに入るとき,逆に,共和党の議会がそれを抑制するのか?

アメリカの大企業は,自国の保護主義が外国市場を閉ざすことを恐れて,拙速な行動を抑えていた.しかし,トランプは就任前でも,ボーイングを標的にした.アメリカの商務長官は,従来から輸入を阻止する業界の利益に従うが,通商代表部は輸出企業の利益を重視してそれを抑えた.後者の指名はまだなされない.

中国の指導部は国内経済の減速を心配している.アメリカが予測できない,好戦的な大統領を選んだことで,貿易紛争のリスクは高まっている.


l  人民元の下落局面

FT December 11, 2016

China: Renminbi stalls on road to being a global currency

Gabriel Wildau and Tom Mitchell

201510月に、当時のキャメロン首相が習近平主席をUKに迎え、ロンドンでは中国人民銀行が1年物債券を発行し、人民元のオフショア取引を開始した。ロンドンが人民元の海外取引で金融センターの地位を確立した、とみなされた。

その後、IMFは、人民元を国際準備通貨の仲間、SDRのバスケットに加えた。そしてそのことを「中国経済はグローバルな金融システムに統合する重要な段階」を越えたものと述べた。

しかし、そのIMFの決定以前から、新しい、より多様なグローバル通貨システムの夜明けというより、人民元の国際化は勢いを失い始めていた。

中国の貿易決済に占める人民元の割合は、昨年、26%から16%に低下した。香港における人民元預金額は、2014年のピークで1兆元を超えたが、その後、30%減少した。中国国内金融資産の外国人による保有額は、20155月に4.6兆元であったが、今は3.3兆元である。外国為替市場における人民元のグローバルな取引額は2013年に9位となったが、スイス・フランとスウェーデン・クローナの間に挟まれて、今も8位である。

人民元の国際的な利用を推進する構造的力は、20057月にドルに対する固定制を離脱し、20141月まで人民元が増価し続けたことで、これを利益の機会とみなし、投機することであった。巨額のドルが中国に流入していた。しかし、その流れは逆転した。先月、8年ぶりの低水準となり、年間で最悪の下落を示した。人民元資産の売却が逆方向の投機になっている。

UBSのエコノミストWang Taoによれば、資本勘定を閉じたまま急激に成長した結果、家計や企業には、海外資産を購入して多様化したい、という強い欲求がある。また、国内のバブルに関する懸念も強まっている。

アメリカの金利引き上げが予想され、ドナルド・トランプが当選したことで、ドルは13年ぶりの高い水準に達した。中国では、成長減速と債務の累積に関する懸念から資本流出が続いている。昨年、中国人民銀行が行った金利引き下げも、利回りを求める投資家たちへの魅力を失わせた。中国企業の海外における買収など、人民元を売る取引を抑制する政府の動きも、人民元国際化が後退した、という疑いを強めている。

改革志向の中央銀行は、SDRバスケットに参加するという威信だけでなく、これを北京や金融エリートたちが改革を受け入れる「トロイの木馬」にする、という目論見があった。2010年以来、人民元国際化のために多くの改革が実行されてきた。銀行預金と貸付金利の規制緩和、預金保険制度、為替レートの弾力化。資本勘定の自由化もそうだ。香港を通じて、株式の連動を勝っていたグローバルな投資家たちが、上海・深圳の中国国内株式を購入できるようになった。

しかし、改革が資本の流入と流出とを概ね均衡していたときは為替レートに強い圧力を生じなかったが、今や状況は全く変化している。

北京は厳しい選択に直面する。資本移動の自由化を逆転するか、あるいは、為替レートの管理を諦め、大幅な価値の切り下げを受け入れるか。元IMF中国担当のエコノミストEswar Prasadは、為替レートの動きを管理し、同時に、資本の国際移動を許すことには、明らかに限界がある、という。多くのエコノミストは変動レート制を採用するべきだと考えるが、中国人民銀行は為替市場に介入し続けている。

市場圧力によって為替レートは変化するが、介入でその変動を抑制する。「ダーティー・フロート」である。支持者は、介入によってグローバルな投資家がパニックになるのを防ぐ、と考える。しかし反対者は、外貨準備を浪費して、不可避の為替レート調整を遅らせているだけ、と考える。

人民元が無秩序な減価を示せば、経済全体が混乱を生じ、最悪の場合、政治的安定性も損なわれる、という不安がある。他方、元中国人民銀行顧問、中国社会科学院のYu Yongdingは、規制を撤廃して変動レートに移っても、為替レートは安定するだろう、と考える。中国は大幅な貿易黒字であり、外貨建債務も少なく、強い資本規制を行っているからだ。「一時的にオーバーシュートしても、反発する。」

しかし、香港のHSBC主任エコノミストQu Hongbinは、「ドルが強くなり、アメリカの政策に関する不確実さが増しており、貿易戦争も懸念されるとき、誰が通貨価値を市場に任せたいと思うだろうか? 非現実的な考えだ。」という。

中国は混合型アプローチを続けるだろう。改革を前進させるような投資、習近平の提唱する新シルクロード、中央アジア、中東、ヨーロッパをつなぐインフラ建設を推進するような、グローバル・バリュー・チェーンを築く投資は続けられるだろう。しかし、対象を厳選する。

人民元国際化は、資本流出に対する短期の反応ではなく、もっと長期の経済改革によって決まる。たとえば、累積債務や、国有「ゾンビ」企業の改革、銀行部門の自己資本増強だ。もっと広範な改革、もっと厳しい姿勢が求められる。しかし、今はそれが見られない、とPrasadは述べた。

FT December 13, 2016

Too big, too Leninist – a China crisis is a matter of time

Martin Wolf

習近平の汚職追放キャンペーンは成功しないだろう.

Minxin Pei がその優れた著書 China’s Crony Capitalismで示すように,権力者になる者がライバルを汚職の罪で葬ることはあまりにも容易である.それほど汚職は蔓延しているからだ.そして,汚職は経済をゆがめ,行政を劣化させ,共産党の社会的正当性を失わせる.

それは中国における急速な経済改革の成功,富の増大と一緒に進んだ.汚職は過去において成長を妨げなかった.しかし,それは続かないだろう.1.時間とともに広まる.2,教育を受けた人々の意識が変わる.3.成長が減速する.4.技術革新が必要になる.

習近平の解決策は,一層のレーニン主義的政党と,一層の市場改革である.この組み合わせは非常に疑わしい.


l  AIと洗車

The Guardian, Monday 12 December 2016

Our problem isn’t robots, it’s the low-wage car-wash economy

Paul Mason

イングランド銀行総裁Mark Carneyが,極度に低賃金の職場を廃止し,富を再分配する必要がある,と語ったことは正しい.そして,そうすることで機械を解放するだろう.

われわれの主要な問題は,ロボットが人間の職場を奪うことではない.それは洗車業界が示している.洗車はかつて機械で行われた.今,それは雑巾を持った5人が行っている.イギリスの手洗い洗車点は2万店だが,その1000点ほどが規制に従っているだけだ.対照的に,機械による洗車店は,10年で,9000点から4200店に減った.自由市場モデルが,労働市場のグローバル化と結びついて,一種の工業化の逆転を起こしたのだ.

先週,Carneyは,主要な政策担当者の1人として,グローバリゼーションの危機,自由市場経済の停滞,新技術の遅れて生じる効果,について認識を示した.8年前の世界金融危機以後も,詮索担当者たちは,危機の原因であった自由市場とグローバリゼーションをさらに進めてきた.TTIP推進やBT分割がそうだ.

Carneyは,そのような薬は効果がない,と認めた最初の1人である.それがもたらすのは,低成長,賃金の低迷,生産性の停滞,増大する不平等である.中央銀行は貨幣を印刷することで,患者を延命することができる.しかし,新しいシステムをデザインするのは政治家とエコノミストである.

Carneyの考える解決策は,第1に,エコノミストたちが,資本主義の既存の形態は99%の人々にとって好ましくない,と認めることだ.第2に,成長を刺激するには,貨幣を増やすことではなく,生産性を高めるように経済を設計しなおすことだ.第3に,富を,富裕層にではなく,貧困層に再分配する必要がある.

メイ内閣は,Carneyの話をよく聞いて,ハモンドの財政緊縮策を放棄し,税収を増やし,タックスヘイブンを閉鎖し,低賃金・低生産性の職場を創り出さないように手段を講じるべきだ.それは経済の再規制・規制強化であろう.

公共サービスの民営化を逆転させて,非営利団体とし,生産コストを下回る低価格で,鉄道や通信,エネルギーを供給すれば,効果的な再分配になる.最底辺の人々にも,突如,生きる力が回復する.何よりも,賃金を引き上げるべきだ.そのために,あらゆる職場で労働組合を結成し,強化する.Amazonから建設業者まで,法によって組合との交渉を求められるなら,経済全般で賃金が上昇する圧力を生じる.あるいは,地方政府や国が,公共部門の賃金を引き上げる.それらは,グローバリゼーションによる30年間の労働市場改革を逆転するものだ.

より高度な熟練,高付加価値,高賃金の職場を増やすことができるだろか? それは明らかに少ないだろう.技術革新やロボットは,新しい職場の創出よりも急速に広まる.グローバルな成長は停滞してしまう.

自由市場型のグローバリゼーションから,管理された,制限された,後退する過程を,1930年代のようなグローバル・システムの分裂や,トランプ,プーチン,安倍,習近平の混沌としたアプローチではない形で,実現する必要がある.

安価な労働者を利用するビジネスを締め出し,高賃金を促す,新しいタイプの資本主義は,経済学教授や西側の資産保有型富裕層の怒りの声を呼ぶだろう.レース・トゥ・ザ・ボトムを逆転し,技術革新や生産性上昇のもたらす富の分配をよく考える.特に,高度に複雑な,個人主義的形態を取る消費経済において,最もうまく機能する再分配政策とは何か,よく考えることだ.

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The Economist December 3rd 2016

The mighty dollar

The world economy: The dollar squeeze

China’s falling currency: A harder call

India’s demonstration: Modi’s bungle

India’s demonstration: The ropy rupee recall

Internal migrants: More children, more grandparents

Syria: Aleppo falls apart

(コメント) ドルが強くなれば,それは世界経済に間違ったシグナルとなり,その後の危機を各地で誘発します.これは1980年代にレーガノミクスで世界が学んだことでした.世界金融危機後の超金融緩和が,新しい不安定化の条件を広めることも,同様に歴史的な経験です.

しかし,今回の主役はアメリカと,日本ではなく,中国です.プラザ合意はないでしょう.

アメリカ,中国,インドの通貨が,緊密に統合化する金融市場の影響をどのように吸収し,あるいは,拡大するのか?

「アレッポを忘れるな!」という言葉を,ロシア大使の殺害において聞いたとしたら,ベルリンのトラックによる襲撃とともに,世界政治を震撼させる事件が続いていると思います.

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IPEの想像力 12/19/16

NYTOp-Docsに載った動画Indefinite, by Darren Emerson は,無期限の拘束を続けるイギリスの制度を廃止するよう訴えます.

スーダン,イエメン,ウガンダ,スリランカ,など,世界中から安全な暮らし,拷問からの自由を求めてイギリスに到着した人々が,入国を拒否され,拘留されたまま,数日ではなく,数か月,数年を留置所に隔離されたまま過ごしています.無期限の拘束を認めるのは,EU諸国の中でイギリスだけだ,と伝えます.

窓は完全に閉じられたまま開くことはなく,携帯電話を取り上げられ,有刺鉄線と鉄格子の建物に閉じ込められる.犯罪者かテロリストのように扱われ,「人生は終わった」と考え,自殺する者も多い.どこかの部屋で悲鳴が上がると,看守が走って行きます.

これは政治劇であり,合成された映像です.拘束された人も,看守も,一瞬,炎を噴き出して激しく燃え始めます.しかし現実のデータも,2015年に自殺を試みた者が毎日,平均1人,出たと示します.2957人が拘束下で自殺し,その内の11人は子供でした.

難民申請は官僚制によって阻まれ,地獄の中にいるようだ.自分がなんの理由で拘束されているか,いつまで続くのか,何も説明されない.元の国に帰ることもできない.半分ほどが社会に戻されるが,彼らは一文無しで,仕事も,住宅も,何もない.家族も,子どもも失い,自分を失う.

すべてのDetention Centreが廃止されるべきだ,と訴える人々を動画は映します.人は非合法ではない.地球上のだれ一人,法によらず,拘束してはならない.

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グローバリゼーションの否定的な意味が議論されるようになって,その負の側面をどうするべきか,注目が集まります.移民・難民,通貨・金融・資本移動,それと衝突する,各地の国民主権・民主主義・福祉国家です.

アメリカ市場を最大の輸出先とする国の数は1994年に44か国でしたが,20年後,2014年には32か国です.しかし,外国為替市場や外貨準備に占めるドルの支配的地位は変わらず,事実上のドル圏,すなわち,ドルと一緒に価値を変動させる通貨圏は,世界人口でも世界GDPでも60%を占めています.(The Economist, December 3rd 2016

人民元は急速に国境を超えて利用されるようになり,アメリカのドルに代わって,世界の通貨価値の基準,取引や金融決済の最終手段,準備として,受け入れられる,と思われたこともありました.しかし,今は違います.

貿易黒字や外貨(ドル資産)準備があっても,国内の貯蓄に見合う好ましい金融資産はなく,信頼される金融市場も育っていないからです.人民元の価値は,外国の資産を買うために人民元を売る中国人自身によって切り下げられます.人民元の価値が減少する,という予想は,国内のバブルや国際的な金融政策の対立から,突如,自己実現的なパニックに向かいます.

他方で,トランプのドル高も恐ろしい副作用を生じている,といくつかの論説が警告します.銀行や企業は低金利のドルを調達して,現地の通貨に換えて投資しています.ドルの価値やアメリカの金利が上昇すれば,彼らは返済できません.トランプの大幅減税,インフラ投資,規制緩和に期待する株価上昇も,アメリカの好景気が世界経済の停滞を解消する機会となるか,保護主義と国内政治の混乱をもたらすのか,わかりません.

人民元の急落を防ぐために介入しても,トランプはそれを人為的な輸出促進政策とみなすかもしれません.過剰生産力や累積債務,あるいは銀行の不良資産を,政府が強権的な手法で維持し,ショックを緩和することは,必ずしも良い結果を保証しません.

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市場の統合化で,次第に国境が失われ,市場の示す価格や所得が正しいシグナルとして働くと期待されました.すなわち,各地の企業や投資家が,そして私たちが,労働者として,消費者として,行動を変えることで,グローバリゼーションの利益を広めるだけでなく,マイナス面も柔軟に吸収できる.あるいは各地に制度を築いて市場の混乱を抑制できる.

富を生み出すシステムが,望ましい社会を実現するような条件であることが,正当な権力の条件です.移民・難民を拘束し,資本規制を強化する政府が,その解決策を示すわけではありません.

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