IPEの果樹園2016

今週のReview

11/21-26

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ブリュメール18日 ・・・トランプ改革とドル価値 ・・・トランプ政権の始動 ・・・グローバリゼーションと第3次世界大戦 ・・・SNSの拡大と世界秩序構築 ・・・インフラ投資と保護主義

 [長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  ブリュメール18

NYT NOV. 9, 2016

The Trump Era Dawns

By ROSS DOUTHAT

今日,119日は,フランス革命歴のブリュメール18日である.1799年のこの日,ナポレオン・ボナパルトが,彼自身によって築かれた革命政府をクーデタで打倒し,史上にもまれな,世界史の転換を行った.

ドナルド・トランプはナポレオンではない.しかし,喜劇的なオペラの登場人物や,世界市場の人物のパロディーと観ていた者たちに対して,彼自身のブリュメール18日を熟慮すべきことを教えた.

かつてないような大統領が現れるリスクがあると思う.しかし,その天才によって,私たちの政党システムや政治システムの弱点を見つけ出し,疎遠な,自己満足にひたるエリートたちが,せいぜい停滞を長引かせるような約束しかしない時に,支持者を獲得した.彼がその知略を生かして,単なる破壊者やデマゴーグではなく,何らかの,共通の利益に目を向けると期待しよう.

もしその希望が失われたら,我々すべてが,左派から右派まで,全く予想もしない夜に,アメリカの歴史が違う章を開いたと知って,何としても,彼に抵抗しなければならない.

NYT NOV. 9, 2016

Paul Krugman: The Economic Fallout

By PAUL KRUGMAN

トランプ大統領になるようだ.市場は急落しつつある.それはいつ回復するのか?

無責任で,無知な人物が大統領になって,世界で最も重要な経済について,間違った人々から助言を受ける,というのは,非常に悪いニュースだ.しかも,世界経済は金融危機から8年を経ても基本的に脆弱な状態にある.

今やマイナス効果の中でも最悪のものが生じた.経済政策を知らない者たち,経済政策が機能することに敵意を抱く者たちの体制が出現したのだ.連銀に財政政策からの支援は行われるか? 全くありえない.私は,連銀が独立性を失い,狂人どもから非難される,と恐れている.

つまり,私たちは世界不況に入って,そこから抜け出すことはできないだろう.

NYT NOV. 9, 2016

What’s the Biggest Fear of a Trump Presidency?

By DANI RODRIK

ドナルド・トランプの真の損失は、経済分野ではなく、政治分野に起きるだろう。

おそらく貿易障壁の増大や一方的な経済政策が採られるだろう。しかし、その多くの恫喝にもかかわらず、私はトランプが無差別に保護主義を採用するとは思わない。サプライ・チェーンの世界では、メキシコや中国からの輸入品に関税を課せば、アメリカ企業のコストを高くして、彼らが競争するのを難しくする。トランプはビジネスマンであり、たとえ今は理解していなくても、広範な保護主義政策の無意味さをすぐに理解するだろう。

これまで何度も貿易摩擦があった。思い出すべきは1980年代だ。日本などの輸出国と貿易摩擦が高まった末に、輸出自主規制のような、新しい保護主義が起きた。しかし、これらは世界経済に極めて限定的な影響しか及ぼさなかった。そのうちに、世界は一層のグローバリゼーションに向かったのだ。

さらに、現代では、IMFWTOのような、戦間期にはなかった強力な国際機関が存在する。また開放経済を求める(大企業、大銀行の)政治ロビー活動が強化され、ワシントンで強い影響力を持っている。

1930年代のように、国際経済秩序が崩壊して、貿易戦争が起きる、とは思わない。

トランプの真の危険は、われわれの政治的な基礎、リベラルな民主主義を機能させる規範に生じている。彼の選挙運動は、国民を分断するアイデンティティ政治であった。公平さ、平等な権利、ダイヴァーシティ、包容力の理想が、人種やエスニックの緊張を高めるレトリックにより損なわれ、メキシコ人移民や、中国の輸出企業、イスラム教徒の難民、など、想像上の敵に向けた情念が刺激された。

非リベラルな民主主義は世界各地で起きている。トランプによって、アメリカの伝統的なチェック・アンド・バランスや法の支配が厳しい試練にさらされる。その政治的危険性は、トランプの経済的な失策によって現れるだろう。彼は、取り残された中産階級、下層階級の想定上の指導者として成功した。そして、満たすことができないほどに彼らの期待を高めてしまったのだ。トランプの政策で、中産階級、下層階級の分配が改善されることはまずない。どのような通商政策を採っても、製造業の雇用は戻ってこない。こうした職場は、貿易ではなく、主に技術変化によって、永久に消滅したからだ。

トランプの在任中に、経済的な失望が最大になったとき、ロシアのプーチン大統領のようなポピュリストたちが昔から使う手法で反応するだろう。彼の支持者たちを動員して、経済問題から自分を切り離すのだ。選挙戦で非常に成功したアイデンティティ政治を強化して、避難所にするだろう。それはアメリカ社会を人種的、エスニック的な分裂状態に陥らせる。

Bloomberg NOV 9, 2016

Deciphering Trumponomics, Chapter One

Tyler Cowen

トランプ大統領の任期における経済状態はどうなるのか?

移民に関しては、トランプの大げさな主張に比べて、最終的な結果はまともなものだろう。トランプは支持者たちを満足させるために何かするだろうが、1100万人の非合法移民を国外追放するのは実際的でないし、不人気だとわかるはずだ。そこで、費用も掛かるし、嫌われるものだが、メキシコとの国境線に壁を築き始めるだろう。

しかし、トランプは高熟練労働者の移民を増やす考えを示唆している。壁は完成しないし、効果もないから、その方針は移民政策の転換に役立つ。

もし私の予測に共通のテーマがあるとしたら、それはトランプがその名声を利用して、比較的小さな資本で取引を成功させてきた経歴である。そうした彼の本能に従って、支持者を満足させるために、手っ取り早い、シンボリックな成果を求めるだろう。それから、政府がもたらす利益、債務、フリーランチの発想で、大衆的な人気を求める。その意味で、トランプ大統領が伝統的な保守や右翼を意味することはないと思う。

通商関係もそれほど悪化しないだろう。トランプはメキシコを取り上げ、NAFTAを再交渉する。結果的にメキシコは、直接もしくは間接に、アメリカ市場へのアクセスを維持するために何かの支払いを強いられる。そうやって、トランプは、メキシコに「壁の費用を支払わせる」のである。そのせいでペソが暴落するかもしれない。

またトランプは中国に対してWTOへの告発を増やすだろう。アメリカに製造業の雇用が戻ることはないが、太平洋の国際関係は悪化する。しかし、それ以上のことはしないと思う。

1つの重要な可能性は、トランプ政権が不況を経験するときのことだ。その理由が何であれ、トランプは大規模な、積極的財政政策を採るだろう。多くの民主党(そして一部の共和党)エコノミストが長く主張してきたような、インフラ投資を大幅に増やすのだ。

不況の圧力があるかどうかにかかわらず、トランプは大規模な減税を行う。それは富裕層に対してだけではない。金利は非常に低いから、人々はそれができると感じている。財政の将来に関して危険なゲームを行うものだが、私は財政の持続可能な経路を踏み外さないと思う。社会保障やメディケアを削減することはないだろう。

オバマケアを廃止するか置き換える、と主張していたが、その細部も代案もわからない。可能性としては、以前の共和党案だ。それはさらに多くのコストがかかり、医療保険制度の諸問題を解決できないものだが、それによって有権者たちを不人気な強制加入から解放し、トランプ人気を高めるだろう。

気候変動に関しては、トランプの政策を予測できない。彼は単に何もせず、炭素税のような新しい税金は導入しないだろう。トランプにはこの問題で情報がなく、さらに何も知らない人々は急に考えを変えるかもしれない。

私の最大の懸念は、トランプ政権が太平洋、バルチック海、その他でも、地政学的な不安定性を高めることだ。それはグローバルな経済秩序や自由を損ない、アメリカ国内にも悪影響をもたらす。


l  トランプ改革とドル価値

FT November 15, 2016

Three ways to make sense of the dollar in uncertain times

Barry Eichengreen

トランプの当選でドル価値はどうなるのか? 伝説的な投資家Bernard Baruchの株価に関する知恵に頼るしかない。それは、将来も変動する、ということだ。アメリカ経済の見通しが不確実でなければ、ドル価値の見通しもそれほど不確実ではない。

さらに、ドルのシナリオを考えるために、3つの視点が有効だ。第1は、アメリカの財政と金融政策だ。より拡大的な財政政策が採用されるであろう、ということはわかっている。それが何であれ、成長とインフレが加速する。そして連銀は遅かれ早かれ金利を引き上げる。レーガン時代の知見によれば、財政支出拡大と金融引き締めはドル高をもたらすだろう。投資家たちがドルを買うのは当然だ。

しかし、われわれはまた、投資家たちが債務の持続可能性も考えることも知っている。財源のない、巨額の減税は、彼らの疑念を強める。トランプが債務の条件を無視したコメントをしているので、財政の持続可能性を損なうことは財務省証券に投資するとき問題になる。

マクロ政策の組み合わせは短期的なドル高、財政的な持続可能性は長期的なドル安を意味する。もし市場が近視眼的なら、ドル高が続くだろう。しかし、投資家たちが将来を観れば、ドル高は比較的短期で終わる。

2の視点は、新しい政権の保護主義政策だ。課税もしくは他の手段で輸入を抑えるなら、アメリカの貿易収支は改善する。貿易赤字の減少はドル高を促す。輸入価格の上昇はいくらか物価を挙げるから、やはり金利の引き上げにつながる。そしてドル建て資産も魅力が増す。

しかし、同じ政策は他国による報復を招くリスクがあり、まったく逆の効果(貿易赤字の拡大)を持つ。また、新しい関税はグローバル・サプライ・チェーンを乱し、アメリカの生産性を損なうだろう。その結果、成長が減速すれば、アメリカへの投資やドルの魅力は減少する。新政権の通商政策は、短期的なドル高、長期的なドル安を意味する。

3に、避難所としてのドル高がある。ドルは不確実性が高まるとき強くなる。その問題の源がアメリカであっても、ドルの価値は高まる。アメリカ財務省証券の市場は世界で最も流動性の高い金融市場である。危機において投資家たちは、流動性を何よりも重視する。それゆえ、トランプが権力を握れば、不確実性が高まり、ドル高になると考える者がいる。

この見解は、避難所のより深い意味を理解していない。それは、深い、流動的な市場だけではないのだ。通貨を発行する中央銀行の政策や、それを支える政府の姿勢が、同様に、健全で安定していなければならない。ある通貨が避難所になるには、その国が地政学的にも安全でなければならない。それは軍事的な強さと、強力な同盟関係を意味する。

トランプが中国との緊張を高め、海外への関与を取りやめ、NATOを無視するなら、ドルの運命は大きく変わるだろう。


l  トランプ政権の始動

 

Project Syndicate NOV 11, 2016

The Taming of Trump

NOURIEL ROUBINI

トランプは不動産取引で成功したビジネスマンであり、イデオローグではなくプラグマティストだ。選挙の戦術としてはポピュリストであったが、それは必ずしも彼の信念ではない。

トランプの人選を観ても、スタッフたちの考えは極端なポピュリストの主張を詮索に反映するのを避けるだろう。共和党員やビジネス界の指導者たちもそれを望む。トランプは、議会によっても正統的な政策手法に引き戻される。アメリカの政治システムは権力を分割してチェックしている。

しかし、市場こそがトランプの最大の制約要因だ。もし彼が極端なポピュリスト政策を追求すれば、市場の反応による迅速な処罰を受けるだろう。株価とドル価値が急落し、投資家はアメリカ財務省債券に逃避し、金価格が急騰する。しかし、もし無害なポピュリスト政策に、もっとビジネスに友好的な主流派の政策を組み合わせれば、市場の暴落は避けられる。もはや選挙に勝利したのだから、安全策よりポピュリズムを優先する理由はない。

もちろん、プラグマティストのトランプによる政策は、イデオロギー的に混乱し、成長にも良いとは言えない。しかし、彼の選挙中の約束に比べて、投資家や世界にとってはるかに受け入れやすいものだ。

FP NOVEMBER 14, 2016

Could There Be a Peace of Trumphalia?

BY STEPHEN M. WALT

トランプはスマートな目標に向けて政府を動かすか? 「スマート」とは、彼自身の巨大なエゴと、アメリカの国益、そして歴史的なレガシーとを、一致させることを意味する。

選挙戦でトランプが述べたもっともなことは、アメリカの同盟諸国はただ乗りしている、際限のない「国家再建」はばかげている、アメリカの外交政策はアメリカ最優先、国益のために行われる、というものだ。しかし、彼は同時に、分裂をもたらす、無思慮で、危険な無駄口を多く吐いた。

もし今、私が彼に助言するとしたら、シンプルな外交原理に依拠して問題を解決するように勧めるだろう。しかし、そのような原理を見出すことは容易でない。

なぜならトランプは、政治的制約、経済的制約、さらに現在の国際システムによる制約を受けるからだ。アメリカが新しい大戦略を示すのは、多くの専門家から助言を受けても、素人にはむつかしすぎる。

国際秩序に破壊的な影響を与えず、トランプの考えを反映するような原理はあるのか? 私はあると思う。ワシントンの専門家たちは無視しており、嫌うかもしれないが、それは“Westphalian sovereignty”である。国家は、その領土と国民に責任を持つ。他国はそれに干渉してはならない。トランプのアメリカ第1にも合致する。この考え方は伝統的なものであり、今も国際法の重要な基礎である。

あなたの不満はわかっている。クリミアはどうなんだ? 国家の主権と領土の一体性を守るという約束はどうなるのか? しかし第45代大統領になるビジネスマンは答えるだろう。1.ウクライナはアメリカの同盟国ではない。2.ウクライナを守ると約束したことはない。3.混乱のすべてはオバマの失策だ。

クリミアの分割は、オバマたちObama, Clinton, and Kerryが、EUや国務次官Victoria Nulandの行動を十分に抑制せず、むしろウクライナをロシアの軌道から外して西側に移すとプーチンを刺激したことで起きた。トランプは任期中に同じようなことは起きないと約束できるし、ロシアの主権を尊重し、彼らに屈辱を与えないだろう。

FP NOVEMBER 14, 2016

Trump Appointments Send an Ominous Signal

BY DAVID ROTHKOPF

長い、異常な1週間だった。火曜の夜から、スローモーションの悪夢が始まった。そのあと、日曜の夜、トランプは政権移行チームを発表したが、再び明らかになったのは、これが普通の事態ではない、ということだ。次期大統領は、アメリカ合衆国に対する深刻な脅威である。

選挙後も多くの暴力事件やヘイト・スピーチが起きている。しかし、次期大統領の陣営からは、こうした攻撃を非難する声明は一切出ていない。それはおそらく、彼がその支持者であるオルタナ右翼alt-rightがやったと知っているからであろう。トランプがしたことは、Steve Bannonをホワイトハウスの主任ストラテジストに指名したことだ。バノンは、妻に対する暴力の告発を受けた、元ゴールドマンサックスの金融マン、そしてオルタナ右翼の神官の1人である。

トランプが首席補佐官としてReince Priebusを、主任ストラテジストにSteve Bannonを指名したことは、何を意味するのか?

それは、大統領の陰で真の権力を握る者が、イスラモフォビア(イスラム教への憎しみ)、反ユダヤ主義、女性差別主義、アンチ・ゲイの、アメリカにおけるヘイト・メディアの魔法使いである、ということだ。

われわれはアメリカ安全保障政策の新しい時代に入りつつある。ここでは最大の脅威を、この国の首都の、最も神聖な建物の中に見出す。確かに、われわれの海岸の向こうに危険な世界はある。しかしトランプとその仲間は、遠くにあった危険をわれわれの恐怖にしただけでなく、自国のホワイトハウスの中にさらに大きな危険をもたらした。


l  グローバリゼーションと第3次世界大戦

 

FT November 12, 2016

Donald Trump’s victory is our post-crisis political reckoning

John Kay

Brexitとトランプの共通する背景として、グローバリゼーションによる敗者の不満がある、と言われるが、それは間違いである。2つの事件を起こしたのは、主に、グローバリゼーションによって経済的な不利益を受けた地域や人々ではない。むしろ、クリントンではなく、最もトランプを支持した有権者の行動は、年齢、教育水準、エスニシティで示される。

国によって所得分配に影響する要因は異なっている。支持者たちの経験の分散が、ポピュリズムの特徴である。それは、左派にも、右派にもあるし、シングル・イシュー政党にもある。現在の政治的分裂状態の最重要な原因は、経済的なものではなく、伝統的な政治的構造や権威が崩壊したことである。そのことに経済的な起源があった。

冷戦終焉を「歴史の終わり」とFrancis Fukuyamaが呼んだとき、それは厳しい寄生を逃れた資本主義と、リベラルな民主主義の組み合わせであった。それらは自身の内に崩壊の種を抱えていた。強欲の肯定、株主価値の最大化は、世界金融危機に至り、資本主義という組織の正当性を失わせた。

しかも、実際的な社会主義が伝統的な政党組織を失い、左派に対する対抗同盟であった保守派の旧政党も、その敵を失って、バラバラになってしまった。旧来の政治構造が分解、消失した後の空間で、トランプは成功したのだ。それは伝統的なメディアの支配を破壊し、“truthiness”への道を開いたソーシャル・メディアを駆使したものであった。

メディアが果たしていたフィルター機能は失われ、どのような意見も等価になったのだ。あなたがそれを真実と思うなら、それが真実だ、という考えが広まった。だれもが容易に、自分と同じ偏見を見出し、真実として確認できる。かつて民主主義の諸制度を批判することはタブーであったが、彼らはBrexitを制限した判事たちを「人民の敵だ」と攻撃する。トランプの支持者たちは「ヒラリーを投獄せよ」と呼び掛けて連鎖する。

他者の見解に敬意を払うことはなく、民主主義が依拠する正当性の権威さえも破棄する。世界金融危機に対する民主的な政治家たちの対策が役に立たなかった後、政治制度の民主的バランスは失われた。

FP NOVEMBER 16, 2016

How World War III Could Begin in Latvia

BY PAUL D. MILLER

4年前、私はロシアのウクライナ侵攻を予測した。私の次の予測は、バルチック諸国への侵攻だ。それはトランプ大統領の最初の、そして最大の試練になる。

ロシアのプーチン大統領は、明確な目標と大戦略を持っている。しかし、それはリアリストが考えるようなものではない。プーチンの行動を、基本的に合理的で、防衛的な目標によって説明する者がいる。NATOの拡大がロシアを脅かしたから、ロシアはそれに反撃したのだ。西側は、ロシアを犠牲にして、その影響圏を拡大した。今、ロシアはその報復を行っている。John Mearsheimer によれば、“Ukraine Crisis Is the West’s Fault” である。

多くのリアリスト学者の分析と同じく、これはナンセンスだ。プーチンは、合理的な自己利益を冷静に計算して行動しているのではない。そのようなことをする人間はいない。われわれは、もっと深い前提や信念によって形成され、定義された自己利益に従って行動している。それらはイデオロギーや信仰と言ってもよい。

プーチンは、近隣諸国へのヘゲモニーを保持することがロシアの安全保障に必要だと信じている。それはロシアの国民性や歴史的な宿命に関する彼の確信なのだ。プーチンは単なるナショナリストではない。クレムリンは特別なナショナリズムによって動いており、それは信仰、宿命、救世主のイメージと混じり合っている。この物語では、ロシアが正教の守護者であり、その信仰を守り、拡大する使命を持つ。

真に合理的なロシアにとって、NATOEUの拡大は脅威とならないだろう。なぜならリベラルな秩序は開放的で、包摂的であるから、ロシアの安全と繁栄を増大させるからだ。しかし、世界をロシアの宗教的ナショナリズムのレンズで観る、プーチンとロシア人にとっては、西側がそもそも退化とグローバリズムを意味するゆえに、脅威なのだ。

プーチンの大戦略とは、NATOを解体すること、特にその第5条、相互安全保障を無意味にすることだ。すでに、グルジアとウクライナにより、NATOの信頼性は浸食された。両国はNATO加盟国ではなかったが、明らかに加盟を検討していた。しかし、ロシアにより領土の一部が占拠された状態で、NATO加盟は不可能だ。

プーチンの次の行動はさらに危険なものである。それはNATO加盟国であるバルチック諸国に浸透することだろう。国境を超えて正式な軍隊を動かす侵攻ではない。あいまいな軍事的危機を醸成するものだ。おそらく、ロシア語を話すラトビアとエストニアの国民(人口の約4分の1がエスニック的に観てロシア人である)が、暴動を起こし、権利を守れと要求し、告発して、「国際的な保護」を求める。優れた装備と訓練された「ロシア系バルチック人民解放戦線」が現れ、政府の要人暗殺や爆破事件により内戦状態になるだろう。

国連安保理の決議はすべてロシアによって拒否される。しかし、ロシアは一方的に平和維持軍を提供するだろう。NATOの会議で、ポーランドが第5条の発動を要請し、ロシアの攻撃に対する集団防衛を求めるが、ドイツとフランスは激しく抵抗する。だれもがアメリカの決断に同盟の行方を観るだろう。

もしアメリカが行動しなければNATOは崩壊し、逆に第5条を発動するなら、トランプ大統領はラトビアに始まる第3次世界大戦を開始するリスクに直面する。


l  SNSの拡大と世界秩序構築

 

NYT NOV. 15, 2016

Steve ‘Turn On the Hate’ Bannon, in the White House

By THE EDITORIAL BOARD

トランプが国民を統一する大統領になる、と期待する者は、ホワイトハウスの主任ストラテジストに指名されたStephen Bannonthe Breitbart News Networkが何を広めているか、確かめてみるべきだ。

そのヘッドラインを観ただけでも、黒人は犯罪者で、移民たちはアメリカ生まれの娘を強姦し、フェミニストはすべての男性を去勢しようとしている、という。その読者のコメントも観るべきだ。彼を称賛する人々が誰か、知るべきだ。白人ナショナリストのRichard SpencerAmerican Nazi Partyの議長、the Ku Klux Klan David Duke

NYT NOV. 16, 2016

Social Media’s Globe-Shaking Power

Farhad Manjoo

先週、大統領選挙が技術産業にとって思うような結果にならなかったことで、多くのシリコンバレー関係者に、誤った情報がインターネット上に広まることの重要性を理解させた。

月曜日に、Google Facebookの広告表示方針が変更された。虚偽の情報で金儲けするフェイク・ニュースの情報交換を禁止したのだ。それは意味のあることだが、遅すぎた。

フェイク・ニュースのもたらす危険は、その一部でしかない。何十億人もがFacebook, WhatsApp, WeChat, Instagram, Twitter, Weiboなどに、いつも関心を向けている世界では、ソーシャル・メディアがますます文化的・政治的な影響を強める。その効果はグローバルな事件の推移さえ変える力を持っている。

ソーシャル・ネットワークが主流のメディアを打ち破った。それは政治資金集めや広告に関して、伝統的な政治的優位を崩壊させた。政治政党や、超国家機関、人種差別や外国人排斥の表現を抑制する暗黙の、しかし長期に維持されていた社会的禁止措置を含めて、旧来の制度や物事のやり方に動揺をもたらし、入れ替わった。

最も重要なことは、人々が互いに、自由な情報交換を行うことで、かつては限適した影響しか持たなかった社会集団に驚くほどの組織化能力を与えたことだ。こうしたアドホックな社会運動の広がりは、その形態や党派性もいろいろだ。「オルタナ右翼」の白人至上主義者、イギリスのBrexit運動家、中東におけるISIS、東欧やロシアのハッカー集団、いずれの集団も、かつて考えられないほどのパワーを得て、予測不可能な、地政学的な衝撃を与えている。

Ian Bremmerは、「インターネットには現状に不満を持つ何十億もの人々がいる。彼らは、その政府を権威主義的だと考え、エスタブリシュメントを間違っていると批判し、アイデンティティ政治や中産階級の空洞化により不満を強めた。」

過去において、トランプのような候補が勝利することはなかった。すべての主流の評論家が批判し、政治資金も組織も伝統的な政治専門家にも、トランプは受け入れられなかった。しかし、インターネットで共鳴する人々の中にメッセージを入れたのだ。トランプはすべての既存の政治秩序を打ち破った。「もしソーシャル・メディアが無かったら、トランプは勝利できなかっただろう。」

Facebookの最も恐ろしいことは、そこに多くの嘘が並んでいることではなく、その広がりが歴史を、突然、予想外な形で、変えてしまうことだ。ソーシャル・メディアが世界を破壊する力を得た。この現実を認めねばならない。

この十年で、世界中にウェブを介した社会運動が現れた。イランの「緑の革命」、中東とアフリカの「アラブの春」、アメリカの「ウォール街選挙運動OWS」、黒人差別に反対する#BlackLivesMatter、など。2008年のオバマを含めて、各地の選挙にも影響が表れていた。イギリスがEU離脱を決めたことにも、フィリピンでドゥテルテが大統領になったことも、そうだ。

ソーシャル・ネットワークの影響を研究するClay Shirkyは、Facebookの偏在性が震源となっている、と言う。毎月、18億人のブログがFacebookで情報交換している。およそ世界人口の4分の1がネットワークに参加している。その影響は想像を絶する。特に、公的に議論される話題の範囲を限定していた主流派メディアの力が失われた。

たとえば、白人のエスノ・ナショナリズムを主張しても、それは多数によって無視されていた。テレビで移民に関する情報を観ると心の中で不満を叫び、白人のキリスト教徒の方が他のアメリカ人よりアメリカ的なのだ、と言いたくても、他にそう思う者がいるかどうか、わからなかった。しかしインターネットのおかげで、かつて悪意のある見解と排除されていた者が、彼だけではないと知った。こうした人々が情報交換し、その世界観を広め、主流派を圧倒できる。こうした集団にトランプのような政治家は目を付ける。

ヒラリー・クリントンの敗北は、民主党の将来も、ワシントンのエリートではなく、Facebookの諸集団が決めることになるだろう。トランプは氷山の一角でしかない。


l  インフラ投資と保護主義

Project Syndicate NOV 15, 2016

Straight Talk on Trade

DANI RODRIK

貿易を非難するデマゴーグが影響力を強めている責任の一部は、エコノミストたちにある。

自由貿易路支持する議論だけでなく、分配の問題や市場の失敗に関して、エコノミストは貿易自由化がもたらす様々な影響を分析できる。ところが、そのような効果を明言することは避けてきた。なぜなら、貿易を非難するデマゴーグに悪用される、というのだ。

しかし、貿易自由化を推進する者たちも、エコノミストを悪用して、公共の利益とは関係ない、自分たちの利益を主張したのだ。たとえば、特許を拡大した製薬会社、金融取引を広めた銀行、利潤を多国間で有利に扱う多国籍企業だ。貿易による利益が、国内の規制を無効にしたり、衛生や環境上の問題につながったりしても、金融市場の混乱や独占につながるとしても、自由貿易論はそれらを無視した。

エコノミストたちは、オウムのように比較優位の素晴らしさを説き続けた。しかし、貿易が経済全体にもたらす追加の利益は非常に小さく、特に1990年代からは小さくなっていた。それにもかかわらず通商条約を「自由貿易協定」と呼んで、自由貿易論のプロパガンダを続けるのでは、TPPの内容を読んだアダム・スミスやデイヴィッド・リカードが墓石の下で苦悶することだろう。

エコノミストたちの自由化に向けた情熱は、その敵による逆襲を強める結果になった。欧米で無謀なデマゴーグによる貿易反対論が影響力を強めた背景には、エコノミストたちの無思慮な自由化推進論があった。

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The Economist November 5th 2016

The Chinese in Britain: Raise the red lantern

Online governance: Lost in the splinternet

China’s industrial policy: Plan v market

Refugees in Sweden: Seeking asylum – and jobs

Free exchange: Apps and downsides

(コメント) イギリスにおける中国系移民社会が変容した結果,議会に立候補する者が出てきました.それまで社会保障システムに頼ることを拒んできた世代とは違う,新しい世代が,しかも,世界各地の,富裕な中国系移民によって,イギリスの政治的コミュニティーへも参加を重視するようになったようです.

インターネットによるコミュニティーにも,何かルールを決めて守らせるような,政府のようなものが求められています.それが無ければ,各地の政府による分断化が止まりません.中国における「産業政策」の評価に関して,かつてのケインズvsハイエク論争が再現しています.

スウェーデンの移民・難民政策と社会の変化,また,ウーバーにおける労働者の権利や社会保障に関しても,私たちの現在が未来を創造しつつあるのです.

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IPEの想像力 10/21/16

大企業や公官庁は、なぜ年功序列型の賃金体系や長期雇用を守ってきたのか? その理由が、「弾力的な硬直性」 “Flexible Rigidity” である、と思いました。・・・間違っているかもしれませんが。

なぜこんなことを書くか、と言えば、以前からロナルド・ドーアの論説は面白いと思っていたら、たまたまRIETIHPで「元気出せ 労働組合」や「声なき声になったデフレ退治論」を読んだからです。また、濱口桂一郎の『新しい労働組合』を読み始めました。

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「声なき声になったデフレ退治論」(2003年)で、ドーアは構造改革論や金融政策を批判しています。

ドーアは、デフレを放置する日銀や、インフレ目標をゼロ%にするエコノミストを批判します。その理由が、2-3%のインフレ率を安定的に維持することが望ましい、という点なのです。

デフレより、ある程度の安定的なインフレの方が、消費者は積極的に購入し、企業も大胆に投資できます。そして、名目金利が高い方がむやみに貯蓄を増やさなくてもよい。株価が上昇するし、実質賃金を引き下げる場合にも、インフレの方が実行しやすい。

それは、どういう意味でしょうか? 私は、個別企業についても、産業についても、経済全般に関して、技術革新や国際競争にかかわる必要な構造調整に対する社会的な軋轢、調整コストが抑制できる、という意味だと思いました。

規制緩和などの小泉「構造改革」と区別して、ドーアは書いています。「儲けが少なくなった斜陽産業から、将来性のある新しい部門の産業に人的資源・金銭的資源が移っていくプロセス」をどうやって進めるか。衰退産業とベンチャーの増大によるか、企業の世代交代によるか、企業の経営多角化による内部の資源移転によるか、であると。

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「元気出せ 労働組合」(2004年)では、組合が弱くなったせいで、日本の景気回復のパターンが遅れているかもしれない、というわけです。

もっと労働組合が強く賃金引き上げを求めれば、日本の企業は賃金の上昇に応じただろう、というのです。その場合、高賃金は企業のコストや競争力の悪化になると言うより、金融政策が十分に緩和されていれば、国内の価格に転嫁することでインフレになり、円安を介して国際競争力を維持できる、と考えます。

賃金引き上げを我慢して、構造改革に協力する労働組合の姿勢は、自己破滅的な性格を示しています。国際競争や小泉「構造改革」で労働組合は弱くなり、ますます日本的な構造調整の主体として、その発言力も資源移転能力も失ってしまうのです。

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降ってわいたように、私は大学の教職員組合の委員長になって、長時間労働の解消や研究時間の確保を求めてきました。何が問題なのか? と何度も考えましたが、よくわかりません。財政規律を唱える当局と対立するより、構造改革を唱える形で、自由な時間を得ようと努めました。組合が連呼しても、デフレの中で賃金を上げる(雇用を増やす)ことはむつかしい、と思ったからです。しかし、生活賃金の引き上げは重要です。

かつて、農村からの労働力供給が、経済成長のための弾力的な構造調整を支えたことが高度成長で重要でした。しかし、出稼ぎや人口の都市化は失われ、欧米のような移民労働者の利用も限られてきました。今や、日本の農村が疲弊し、高齢化が急速に進んで、財政破たんするという時期になって、ようやく、政府と日銀はその答えを探し始めたようです。

政府が財政赤字を無視する方法を日銀と工夫し、経団連に賃上げを強いるほど労働組合が力を盛り返すとしても、中国との輸出競争が続く限り、長期的なデフレが必要であったかもしれません。その出口が見えたか、と思ったとき、中国と世界の成長は減速し始めました。

次の成長モデルはどこにあるのか? 21世紀の労働組合は考えます。

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