IPEの果樹園2016

今週のReview

11/14-19

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高等法院によるBrexit制限 ・・・アメリカ政治の変質 ・・・新富裕層と貧困層 ・・・アメリカの財政政策 ・・・香港への介入 ・・・安倍・プーチンの外交ペア・ダンス ・・・ヒラリー・クリントンの敗北 ・・・トランプと国際秩序の終わり

 [長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  高等法院によるBrexit制限

FT November 4, 2016

The High Court ruling undermines Theresa May’s Brexit approach

David Allen Green

高等法院の3人の判事が、イギリス首相、Theresa MayBrexit政策に大きな障害を設けた。

先月、保守党大会でメイ首相が、来年3月までのEU離脱手続き開始、を表明したのは、彼女が決めることだ、と考えたからだ。しかし、昨日、高等法院はそう考えないと表明した。その判断を上訴によって翻さない限り、議会の承認を得ない国王大権の行使による離脱は違法になる。

保守党は下院でわずかに多数を制するが、首相と政府は議会全体をコントロールできない。すくなくとも、もはや首相はBrexitの行方を決定する力を持たなくなった。

しかし、裁定によってBrexitが挫折したわけではない。しかしメイ首相のアプローチは挫折した。彼女は、発表さえすれば、自分の意思でBrexitが実現する、と考えていた。それは何も複雑なことではなく、彼女は首相であるから、“Brexit means Brexit”と叫ぶだけで十分だ、と。

高等法院の裁定の中身も、それを示した判事たちの資格the Lord Chief Justice and the Master of the Rollsも、非常に強力である。3人目の判事はこの分野の専門家である。その判断は最高裁でも翻りそうにない。

鋭敏な政府なら、そのように危険な、一本だけのアプローチを慌てて採用しないだろう。慎重な政府なら、議会に簡潔な法案を審議させるだろう。そうすれば、3月までに、という期限は守れる。しかし、メイ首相は声高に期限を設定して、自ら政策を難しくした。

政府は高等法院の最低理由をじっくり考えるべきだ。その中心にあるのは、EU離脱がUK市民の権利に影響することを考慮した、ということだ。法廷はまさに、そのような権利の抹消は単なる行政府の執行措置ではない、と判断した。この複雑で、結び合わさった問題について、議会が精査するべきだ。憲法の示す代表権と民主主義の要素である。

賢明な離脱派は、EUからの離脱はそれほど単純なものではない、とわかっている。主権を委ねられた議会が決めるべきだ。しかし、他の離脱派は議会が加わることを好まない。国民投票が決めたBrexitを奪われるかもしれない。

政府は高等法院の最低をうまく利用できなかった。その判断を非難しただけだ。ここでも政府は現実の壁にぶつかった。他方、残留派が有利とも言えない。議会が国民投票を直接に否定する理由もない。

結局、政府はより広範で、議会にも協力を求める、オープンな過程でBrexitを実現するしかない。そこには多くの障害や問題が存在し、何もないかのように振る舞うことは無意味である。

Bloomberg NOV 8, 2016

Britain's Empire Strikes Back

Mihir Sharma

メイが最初にヨーロッパ外で2国間の首脳会談を行うのがインド首相Narendra Modiであることは、驚くことではないだろう。

また、メイが帰りの飛行機で、失望し、叱責されたように感じたことも、驚くことではない。Brexit後のイギリスは、自国に有利な条件を得られるほどの経済力を、もはや持ちえないのだ、ということを、痛ましいほど示したからだ。イギリスが経済に明確な見通しを示さない限り、誰もイギリスに投資するつもりはない。

離脱派の抱く、東洋との「特別な関係」は、妄想でしかない。

もしイギリスが大西洋のシンガポールを目指すなら、シンガポールのように、アイデア、貿易、国際投資、そして、移民にも開放することが必要だ。それが理解できないなら、イギリスはヨーロッパの排水路になるとしても、自分たちの責任だ。


l  アメリカ政治の変質

The Guardian, Friday 4 November 2016

If Donald Trump wins, it’ll be a new age of darkness

Jonathan Freedland

トランプ大統領が誕生したら、アメリカだけでなく世界中で、人々の生活が変わるだろう。

気候変動は中国のでっち上げだ、と言い、テロ捜査では拷問してもいいし、その家族を殺してもいい、と考える。サウジアラビアは核武装し、核の「壊滅的」パワーに魅了された、と言い、なぜアメリカはそれを使用しないのか、と繰り返し述べた。「私は戦争が好きだ」という男。ウラジミール・プーチンを称賛し、NATOを軽視し、その加盟国が攻撃されてもアメリカは防衛しない、と言う。それは、バルチック諸国を攻撃してもいい、とモスクワを招待したに等しい。アメリカに住まない者は誰も守らない。

アメリカとイギリスは、ある程度、同じ空気を吸っている。トランプ大統領が誕生すれば、イギリスの空気も変わるだろう。移民を疑い、イスラム教徒を嫌い、壁を築いて、社会的な進歩を逆転させる。8年間、外国人排斥や孤立主義に向かう流れに反対して、オバマは警告してきた。トランプになれば、白人優先主義の運動家たちは、最強のメガホンを手にするだろう。人種差別や狂信的な振る舞いがいたるところで活性化し、運動を起こす。

同じことは、トランプが民主主義の基本的要素に対して示した侮蔑についても言える。共和党も含めて、対立候補たちに浴びせたひどい偏見は、ファシズムに似たものだった。自由な報道を抑え、彼を批判する新聞社を罰すると主張した。アメリカの将軍たちを解任し、自分の仲間に替えると示唆した。反対者を投獄し、銃規制を求めるクリントンが襲撃されるようにウィンクした。選挙結果を受け入れないと述べた。そのすべてが、リベラルな民主主義の礎石を打ち壊すものだ。

文明とは壊れやすいものだ。われわれを抑制するバランスと規制が微妙に組み合わされている。それらは何世紀もかかって築かれたが、破壊するのは一瞬だ。われわれが理解している以上に、文明の構築には善意、信頼、協力が必要である。それらが失われれば、闇の世界が始まる。

ナショナルな新聞は、Brexitの手続きに反対した判事たちを「人民の敵」と呼び、その証拠として、判事の1人が「ゲイであると公表した」人物であると指摘した。だから、彼らの裁定はいかさまであり、違法である、と。

これがトランプ主義だ。トランプも彼に従わない判事を非難した。そのウィルスはアメリカを超えて広がるだろう。アメリカ人がこの悪夢を止めるしかない。

FP NOVEMBER 4, 2016

Will America’s Good Name Survive the 2016 Election?

BY STEPHEN M. WALT

来週、ヒラリー・クリントンが当選して、世界は安どのため息をつくのか? そして他のことを見失う。

クリントンが当選した安ど感はすぐに失われる。トランプの立候補とアメリカ政治は、すでに海外におけるアメリカのイメージを大きく損なった。選挙戦そのものがアメリカ民主主義のマイナスの宣伝になった。しかも、これは冷戦後の外交政策に関する国民投票でもある。クリントンが当選すれば、これまでの外交を引き継ぐだろう。リベラルなヘゲモニーを強調し、アメリカの「指導力」を確認する。しかし、トランプだけでなく、サンダースや共和党候補者たちの支持者の多くがこれに反対していた。

アメリカ人の多くが、トランプのイスラム教徒やメキシコ人、同盟諸国に関するゆがんだ理解を支持した。アメリカの2大政党制が破たんしていることも示した。議会も機能していない。予算案も、通商法案も通過せず、最高裁判事に関する聴聞も行わない。軍事力の行使を支持するかどうかも採決しない。諜報機関の活動も監督しない。重要な他の機能を果たしていないのだ。法律の制定より、選挙資金を集めることに熱心だ。

こんな政治システムを、他国が見習う手本だ、と主張するつもりか?

FT November 6, 2016

Is Donald Trump a fascist?

Gideon Rachman

ある政治家をファシストと呼ぶことに、ふつう、あまり意味はない。この言葉は説明する力を失ってしまったからだ。

しかし、なお、アメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプをファシストと呼ぶ評論家たちがいる。Andrew Sullivanは雑誌the Atlanticで、リベラルな民主主義を可能にする重要な規範を破壊したことに加えて、政敵の投獄という脅迫、独立した司法の否定、選挙結果への不服従、拷問の提唱、自由な報道機関へのモッブによる襲撃、陰謀論、イスラム教徒のデータ登録、など、長いリストを挙げて、これをファシストと呼ぶほかに適当な言葉が無い、と書いた。

Robert Kaganは、異なる理由で同じ結論に至った。Kaganによれば、ファシズムを定義する特別な政策はない。そうではなく、彼らは強権指導者のカルト集団である。イタリアのファシズム、ナチズム、フランコイズム、それらのイデオロギーは混乱している。彼らに共通するのは、強い指導者、総統への敬意である。その人物に民族の運命を託したのだ。問題が何であれ、彼は解決する、と。実際、トランプはこれによく似ている。共和党大会における演説で、彼はアメリカを衰微させたと考えられる諸問題をすべて挙げた。そして、「私だけが解決できる。」と結んだ。

Kaganはまた、トランプが示す「ファシスト」の性格は、もし火曜日に勝利を得た場合、大きく増大するだろう、と主張する。「彼が勝利すれば、彼の軍団は国民の多数派になり、そのパワーは大衆が服従するだけでなく、アメリカ大統領制が持つすべてのパワーになるからだ。司法省、FBICIA、軍に命令できる。だれが彼に反対できるだろうか?

大学教授で、元労働長官のRobert Reichも、トランプを「21世紀のアメリカ的ファシスト」と呼んだ。強い指導力を好み、ナショナリズムと暴力を肯定する。「彼の言うことにはまったく意味がない。それはスタイルである。」

雑誌The Economistは、強い指導者へのカルトだけでファシストと呼ぶのは不十分だ、と言う。若者を惹きつけた1930年代のファシズムと違って、トランプの支持者には高齢層が多い。未来や近代的なものへの嗜好ではなく、1950年代の再現を試みている。

ファシズムに関する学会の権威と言えば、コロンビア大学のRobert Paxtonであろう。トランプがまだ指名される前から、Paxtonは指摘した。「彼のスタイルは、ファシストと同調する。暴力を奨励し、内部の敵を攻撃する、システムは腐敗しており、それを解決できるのはアウトサイダーだ、と言う。アメリカを偉大にする、というのは、ドイツを偉大にする、とファシストが述べたことだ。」

トランプをソーシャルメディアの産物と議論する者も多い。Paxtonは、トランプが伝統的なファシストの手法にも習熟している、と言う。それは大衆を歓喜させることだ。その群衆の中で、自分を代表して声をあげる者は誰もいない、と怒る多くの群衆と親密な関係を築く。ムッソリーニのように、トランプはそれがうまい。ただし、トランプは自分の軍隊を持っていない。

たとえトランプが敗北しても、アメリカ政治に起きた変化は消え去るわけではない。New York Times に載ったVolker Ullrichのヒトラー研究に関して述べられたことが、この点に関係する。「この本で最も驚くのは、ヒトラーの存在ではなく、ヒトラーをひそかに待望する者がこれほど多くいた、ということだ。」

Project Syndicate NOV 7, 2016

Donald Trump and a World of Distrust

JANINE R. WEDEL

市民の制度に関する国民の不信感、政府、立法、裁判所、メディア、など。こうした制度への不信こそがトランプの登場につながった。

危機は新しいものではない。2007年。国連のフォーラムに向けた委員会は、工業化された、民主主義諸国で、過去40年間に広がった政府への不信を問題にしていた。東欧では、共産主義体制が崩壊した後、人々が同様の不信感を抱いていた。

世紀転換期のアメリカ世代millennials (those born between 1982 and 2004)は、自分たちをアウトサイダーとみなし、トランプのような指導者を好む傾向がある。彼らはエリートを嫌い、システムに反対する。ヨーロッパで、イギリスで、ドイツで、フランスでも、同じようなことが起きている。

この数十年間に起きた深刻な経済・技術変化、すなわち、民営化、規制緩和、デジタル化、金融化、これらがエリートのパワーと強め、シンクタンクや慈善団体を介して政治的影響力を行使した。メディア、選挙資金、自分たちの利益を実現する「広報」を強化した。この種の「新しい腐敗」は技術的に合法であり、しかも、事実上の透明性がない。公共の信頼を高度に侵食する性質がある。

さらに不平等が拡大し、Facebook and Twitterが集団内の偏見を強めた。そして、事実までも歪めた。デジタル世代はますます孤立し、それは皮肉なことに、共産主義体制が創り出したものと、それほど違わない。

ロシアのプーチン大統領のように、トランプは虚実を利用し、怒りを利用し、懐古とナショナリズムを吸収する。移民のような弱い立場の人々をスケープゴートにする。ゲイやマイノリティーを公式の標的にする。理想を失ったアメリカでは、すでに周辺化されている集団がいじめられ、悪魔のように攻撃される。

信頼こそが繁栄する社会の基礎である。

FP NOVEMBER 8, 2016

What Kind of President Will Hillary Clinton Be?

BY JAMES TRAUB

ヒラリー・クリントンは、ジョージ・W・ブッシュやバラク・オバマのような魔法を信じていない。事実の力によって大統領候補になった。アメリカには多くの魔術的な大統領がいた。おそらく、そうではない時代が来たのだ。

Robert Kaganは、彼女を「民主党のネオコン」と呼んだ。New York TimesのコラムニストRoss Douthatは、「ワシントン・コンセンサスの生まれ変わり」と呼んだ。イラン、ロシア、イスラエル、アラブの春、どんな時でも彼女は、オバマを囲む理想主義的な若者たちと違い、懐疑的なリアリストであった。私は昨年秋のForeign Policyで、彼女のことを、アメリカのパワーに対する古風な信奉者である、と主張した。誇大なレトリックを信用せず、荒々しい政治の現実に足を置き、小さな一歩を重視する、慎重な人物である、と。

大国間競争が再現したときオバマは驚いた。敵対する国も相互利益を認めて宥和できる、という彼の本能的な革新が裏切られたからだ。しかし、クリントンは違った。

クリントン大統領が直面する世界は変化に満ちている。ヨーロッパは弱体で、中東は戦火に包まれ、2つの専制的な大国、ロシアと中国が、アメリカの指導する世界秩序にますます挑戦する。問題を解決できると信じる大統領でも、これ以上の条件を望むのはむつかしいだろう。

ヒラリー・クリントンは優等生で、愚かな間違いは冒さないだろう。すべての同盟者に関係を再確認し、南シナ海では中国の冒険主義をけん制するが、ナショナリズムを刺激することはない。ネオコンたちを失望させるはずだ。兵士を殺さず、政策立案は乱さない。彼女はわれわれの時代のアイゼンハワーである。手堅い方法で大地を耕す。


l  新富裕層と貧困層

Project Syndicate NOV 4, 2016

Populism for the Rich

IAN BURUMA

最近、ブカレストの議会宮殿に旅した。

この巨大な建造物は1980年代に、ルーマニアの独裁者Nicolae Ceauşescuの命令で建設されたが、彼は完成を観る前に処刑された。私たちのガイドが紹介した統計には圧倒される。世界で3番目に巨大な建築物で、22万平方フィートにカーペットが敷かれ、100万立方メートルの大理石、3500トンの水晶が使われた。膨大な大理石の階段は何度も作り直されたが、それは独裁者の歩幅に厳密に合わすためだった。彼は小男だったのだ。

このネオ古典的な怪物を建設するために、都市の一帯、18世紀の住宅、教会、シナゴーグが建つ美しいエリアを破壊し、4万人が立ち退かされた。100万人以上が、昼夜を問わず工事を続けた。それは国家を破産させ、チャウシェスクの側近たちでさえ暖房や電力のない時間が多かった。それは今なお年間600万ドル以上も維持費を必要としている。議会や美術館が入っているが、建物の70%は利用されていない。

チャウシェスクの愚行は誇大妄想の見本であるが、その規模を別にすれば、決して珍しいものではない。トルコのエルドアン大統領は、それに対抗する宮殿をアンカラに建てた。ヒトラーのベルリン再構築計画も、同じネオ古典主義の巨大愛好癖であった。ブカレストの宮殿が示すインテリアは、強壮剤を加えたルイ14世風のもので、フロリダやニューヨークでドナルド・トランプが住む一帯を極端に拡大したものでしかない。

社会的に不安定なアウトサイダーが太陽王になったとき、こうした場所が現れる。

ヒトラーは税官吏の息子で、チャウシェスクは貧しい農夫だった。2人とも首都では、自分が小さく、田舎者であると感じていた。彼らが洗練された都市のエリートを支配したやり方が、暴力的に弾圧し、都市を自分の誇大妄想に合わせて作り直すことだった。

トランプも、自分の名前を付けたすべてのものが何よりも大きく、何よりも輝くことを望んだ。確かに、彼はニューヨーク生まれで、父親から多額の資産を受け継いだ。しかし彼も、自分のことを、野卑な成りあがり、として見下すエリートたちを恨んだ。

現代のポピュリズムは、しばしば、グローバル化した世界の受益者と取り残された者たちとの間の、新しい階級戦争として描かれる。トランプやBrexitの支持者は、彼らが反対する「エスタブリシュメント」に比べて教育を受けていない。しかし、彼らだけでは運動があれほど影響を及ぼすことはなかった。アメリカのティーパーティー運動は、比較的小さな、辺境の運動だった。しかし、新富裕層が彼らと同じ怨恨を抱いていたのだ。

イタリアのベルルスコーニSilvio Berlusconiがそうだ。タイの中華系ビジネスマン、タクシンThaksin Shinawatraもそうだ。オランダでは、不動産で成功した新富裕層が、右翼のポピュリストPim Fortuynやその後継者Geert Wildersを支援した。

双方は、その資産保有額が極端に違うにもかかわらず、彼らを見下す者たちへの怒りを共有している。都市の、教育ある階級は、Brexitの支持者やトランプを支援する人々を、間抜けで、頭がおかしい連中だ、と拒否している。ここに怨嗟の融合が生まれたのだ。

デマゴーグたちは、アメリカでもヨーロッパでも、彼らに夢をまき散らす。それが政治的な破滅に至るのを止めるには、有能なテクノクラートや、市民の規範、穏健さを要求するだけでは難しい。怒りに駆られた人々には、明敏な理性ではなく、異なるビジョンを示さねばならない。

問題は、世界にそのようなアルタナティブがないことだ。フランス革命が200年以上前に唱えた「自由、平等、友愛」を、いまこそ再生してはどうか。


l  安倍・プーチンの外交ペア・ダンス

FT November 8, 2016

Japan must proceed cautiously with Russia

安倍晋三はウラジミール・プーチンと奇妙な外交的ダンスを望んでいる。そのタイミングは理解し難い。ウクライナとシリアの件で、日本の同盟諸国とロシアとの関係が悪化しているからだ。

しかし日本の首相は、グローバルな、長期的ロジックに応じて動いている。それは戦略的な問題と短期のリスクとのバランスを取ることを意味する。

双方の指導者は会談の成果を求めて多くの投資をしてきた。安倍は北方4島の返還を交渉したい。第2次世界大戦終結時、ロシアはクリル諸島、すなわち、日本の北方領土を占拠した。この問題があるせいで、日ロ間では和平条約も結ばれていない。

安倍にとって、その返還は大きな成果になる。それは、1972年に田中角栄が日中関係を正常化したことに匹敵する、戦後の最重要な外交課題であるからだ。安倍はまた、ロシアに対する影響力を強めて、ロシアと中国の同盟関係が深まることを牽制したい。それは日本の対中国戦略でもある。

その枠組みを準備するために、日本はロシアとの経済関係を強化している。世耕経済産業大臣が、経済協力に関して話し合うため、先週、モスクワに派遣された。プーチンも、大きく遅れているエネルギー分野の発展を推進するため投資を渇望しており、特にシベリアで、こうした安倍のアプローチを好むだろう。

世界は、攻撃性を増す中国の台頭に直面し、勢力均衡を安定的に維持することを願っている。日本のアプローチは、この点から有益だ。ロシアと敵対する西側は、中国がロシアをジュニア・パートナーとして取り込むことで、権威主義的な国家ブロックが成立するのを望まない。

しかし、中期的には、日本がロシアと外交関係を強化することは、G7の協力や、ロシアへの経済制裁を損なうことになる。また、日本の国益にとってもリスクがある。和平条約を結ぶ代わりに、ロシアは4島の内、色丹、歯舞の2島しか返還しないだろう。それは北方領土の、面積の7%でしかなく、経済的にも、安全保障面でも、価値のないものだ。

日本は、このことでアメリカやEUが日本から離反するリスクを負う。またロシアが、中国との関係において、必ず日本に有利な形の支援をするとは思えない。


l  ヒラリー・クリントンの敗北

The Guardian, Wednesday 9 November 2016

It was the rise of the Davos class that sealed America’s fate

Naomi Klein

ヒラリー・クリントンが敗北したのは、彼女とその選挙マシーンがネオリベラリズムを支持していたからだ。ネオリベラリズムの世界観にこそ、悪夢を創り出した最大の責任がある。

ここにこそ、理解しなければならない地獄がある。規制緩和、民営化、緊縮財政、そしてコーポレート・トレード(企業の秘密情報)、このようなネオリベラリズムの政策により、人々の生活水準は一気に悪化した。仕事を失い、年金を失い、セーフティーネットを失った。十文たちの子供は、親たちの世代よりも貧しくなる、とわかった。

同時に、人々はダヴォス階級の誕生を目撃した。それは金融部門とハイテク部門における億万長者たちが高度に結びついた緊密なネットワークである。選挙によって指導者を決めても、彼らはダヴォス階級の利害に反することを恐れる。ハリウッドのセレブ達がそれを示している。しかし、彼らの増大する富とパワーは、膨張する人々の債務と無力さに、直接関係しているのだ。

ドナルド・トランプやBrexitの離脱派は、人々の苦痛に直接訴えた。彼らの答えは、懐古的なナショナリズムや、どこか遠くの経済官僚たちである。ワシントン、NAFTAWTOEUなどだ。そして移民や非白人を攻撃し、イスラム教徒を侮辱し、女性を蔑視する。ヒラリーやビル・クリントンは、ダヴォスのパーティーで乾杯した。

トランプのメッセージは、「すべては地獄だ。」 ヒラリーのメッセージは「すべてがうまく行っている。」 しかし、うまく行っているどころではない。

1930年代からわれわれが学ぶことは、ファシズムと闘うのは真の左翼だけだ、ということだ。再分配的なアジェンダを示し、温暖化防止のために資金を出し、組合員が十分の報酬を得られる職場を作る。制度化された人種差別と闘い、経済的不平等と闘い、気候変動と闘うことは、1つの政策体系になるものだ。

人々には怒る権利がある。強力な、分野を超えた左派のアジェンダこそ、その怒りに応えるものだ。ぼろぼろになった社会を再生する、全体的な解決策が必要だ。

The Guardian, Wednesday 9 November 2016

The US has elected its most dangerous leader. We all have plenty to fear

Jonathan Freedland

アメリカは深淵から身を引くと思っていた。しかし、最後にアメリカそうしなかった。地上で最も強力な政府を、不安定な変わり者、性的な襲撃者で、強迫的な嘘つきに預けた。

今やアメリカは、その誕生からこれまで、世界を照らす理想の国としてみなされていたが、暗闇に墜落した。アメリカが歴史を正義に向けて前進させると、8年前の朝、バラク・オバマが感動的にそれを国民に向けて表現したはずだった。

今日、アメリカは世界にとっての希望ではなく、恐怖の源になった。

恐るべきことに、下院も上院も共和党が多数を得て、トランプをチェックできる機関はなくなった。その衝動を制御できない男が制約を失い、超大国のパワーを自分のエゴや自我のために駆使することになる。

1100万人の未登録移民を国外追放する。イスラム教徒の入国を禁止する。メキシコとの国境に巨大な壁を建設する。堕胎した女性に罰を与える。中国との貿易戦争を始める。リアリティー番組のスターが核兵器のボタンを押せるのだ。

FT November 9, 2016

President-elect Donald Trump must move fast to calm markets

Mohamed El-Erian

ドナルド・トランプ、当選おめでとう。

あなたが大統領になって最初の100日間で何をするか、また何をしないかが、アメリカとグローバルな経済に巨大な影響を与える。また、これから数日中にあなたが示すコミュニケーションの内容は、それが安心できる、国民の統一を促すものであるかどうか、その仕方とともに、金融市場を落ち着かせるために決定的に重要だ。保護主義、経済の予測不可能性、連銀への敵対的姿勢により、市場は動揺しているのだ。

中産階級や下層の人々は苦しんでおり、アメリカン・ドリームを信じられなくなっている。アメリカ経済を強化し、特に、個人のレベルで経済的な安定性を取り戻すことだ。また、経済の専門家たちが広く合意しつつある、高度で、包括的な成長の実現に向けて、あなたは選挙中の約束を実行することだろう。インフラ整備プログラム、企業への税制改革だ。

市場は心配しているが、上下両院を共和党が制したので、速やかな実行も可能だ。それは経済・金融・政治の分野で好循環を生じるだろう。

同様に重要なことは、あなたが約束したことで、今後は再考し、取りやめるべきことを明確にすることだ。中国やメキシコに対して関税率を引き上げるのは、やめるべきだ。オバマケアやNAFTAを廃止するのは、それに代わる政策を示せないなら、やめるべきだ。連銀の政治からの独立やその金融政策決定の能力を攻撃するのも、やめるべきだ。

Project Syndicate NOV 9, 2016

Trump’s New World Disorder

PHILIPPE LEGRAIN

歴史の終わりである。ベルリンの壁が倒れてヨーロッパで共産主義体制が崩壊したことを祝ってから27年後に、ドナルド・トランプがアメリカ大統領に選ばれて、より賢明な、心の広い、彼の前任者たちが構築してきたリベラルな国際秩序を破滅の危機にさらす。

楽観論者は、トランプが選挙期間中に言ったことは、実行しない、と考えている。彼の周りにはインターナショナリストの顧問たちが就くだろう。アメリカ政治システムのチェック・アンド・バランスが彼の気性を抑制する、と。しかし、上院も下院も共和党が支配したから、彼は政策をより自由に実行できる。特に、通商政策と外交においては大統領が大きな権限を有する。

すでにグローバリゼーションは、近年、停止したが、トランプが逆転させるだろう。TTPの承認手続きは放棄され、TTIPNAFTA、そしてWTOルールを破棄する。それは世界不況をもたらすだけでなく、世界を対立する貿易ブロックに分断する。

トランプは、東アジアの経済だけでなく、安全保障も破壊する。アメリカが自由貿易や同盟諸国への安全保障から離脱することは、日本、韓国、その他の国に、中国に対抗して自国を守るために核武装せよ、と促すことになる。孤立化に向かうアメリカより、中国との関係改善を望む国は、フィリピンだけではない。

President Donald Trump

Roger Cohen

驚愕の中で沈黙するニューヨークで、私は書いている。2008年,2012年,バラク・オバマが勝利したときと,何と違うことか! 当時は歓喜する群衆がタイムズ・スクウェアにあふれた.この偉大な都市,クリントンと民主党の牙城で,沈黙が示すものとは.・・・東海岸,西海岸のエリートたちが,危険な傲慢さに寝返り,トランプの登場をもたらした,内陸部の感情を軽蔑し,無視していたことだ.

これは中部アメリカの報復である.特に,社会的,文化的規範の変化に戸惑う白人労働者階級のアメリカ,世紀の半ばまでに,マジョリティーからマイノリティーになる人々の報復だ.だれもが,自分でジェンダーを決めるトイレを愛するわけではない.


l  トランプと国際秩序の終わり

NYT NOV. 10, 2016

For Europe, Trump’s Election Is a Terrifying Disaster

By CLEMENS WERGIN

ヨーロッパにとって,トランプの当選は新しいシステム・リスク,戦略リスクを意味している.

ドイツのメルケル首相は状況の深刻さをわかっている.水曜日,トランプの勝利をメルケルは祝福したが,同時に,アメリカとヨーロッパとの関係の基礎は,その価値によって結びついている,と注意した.すなわち,民主主義,自由,法律と人類の尊厳に対する敬意,それらは出自や肌の色,宗教,ジェンダー,性的指向性や政治的立場によって影響されない,という価値観だ.「これらの価値に立って,未来のアメリカ大統領,ドナルド・ドランプと,緊密に協力したい.」と,メルケルは述べた.

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The Economist October 29th 2016

Liberty moves north

Canada: The last liberals

Banyan: A shrimp among whales

Charlemagne: The age of vetocracy

Digital money: Known unknown

(コメント) アメリカではなく,カナダが,自由で開放的な,世界の社会・政治モデルになった.それは地理的な条件もあるけれど,その政策において優れていたからだ.移民のポイント制は国民に一定の管理能力を与えたし,財政規律を柔軟にとらえ,低金利を生かした政府支出も行った.潤沢なセーフティーネットによって,ポピュリストの叫びに国民の不安が共鳴することを防いだ.

韓国に関する記事は,大国間政治に翻弄され続ける朝鮮半島と朴大統領の苦しみを描いています.なぜ日本は,もっと韓国の政治に共感し,協力する姿勢を持てないのか,非常に残念です.

EUとカナダの貿易協定を阻止した,ベルギーの地方政府に関する解説,デジタル・マネーの新種がいよいよ貨幣の効果的な代替物になりそうだ,という記事に注目します.

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IPEの想像力 11/14/16

イギリスのEU離脱、すなわちBrexitとは、一体、何なのか? それは国民投票後の政治過程に委ねられていたわけです。

離脱派や、その支持を必要とするメイ首相は、EU離脱が単一市場からも離脱することだ、と示唆した後、ポンドの価値は急落し、高等法院とも対立しています。さらに離脱派は,イングランド銀行とその政策を攻撃し、権力を取り戻せ、という呪文をここでも唱えます。国民投票とは、何だったのか? 何のための民主主義、誰のための権力か?

アメリカでは,トランプ支持を煽動してきた新右翼メディアの指導者がホワイトハウスの参謀に入ります.EUでは,中央政府に権限を委ねる身代金として,地方政府がさまざまな譲歩や補助金を求めます.それは,結局,自分たちの成長を枯渇させるとしても,地方政府に許された唯一の政治的発言力なのです.

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鞍馬口で毎週木曜日に開く古本市に立ち寄り,司馬遼太郎の『この国のかたち』を買いました.

私は時代小説が大好きですが,池波正太郎や山本周五郎,平岩弓枝,藤沢周平,など,買い集めても,司馬遼太郎は読みませんでした.解説が長く,話に入り込めないのです.

しかし,この評論には驚嘆しました.とても面白い,と思います.特に,「‟雑貨屋“の帝国主義」に出てくる<異胎>が刺激的です.

「きみは何かね,ときいてみると,驚いたことにその異胎は,声を発した.」

司馬は,おそらく夢の中で,山を登り続けているとき,これに会った.そこに,「巨大な青みどろの不定形なモノが横たわっている.」

そして,粘膜質の,ぬめった,ときに褐色になったり,黒い斑点を帯びたり,黒色になったりする,というモノが,どのような醜い生き物か,その声や思いを描くのです.

このモノの説明は,すぐに書いてあります.1905年から1945年まで,「その間の40年間のことだと明晰にいうのである.」「つまりこの異胎は,日露戦争の勝利から太平洋戦争の敗戦の時間が,形になって,山中に捨てられているらしい.」

司馬がこのモノを意識したのは,日本が「日露戦争の勝利以後,形相を一変させた」からです.

参謀本部,統帥権,に加えて,司馬がその時代の変化を引き起こした大きな要因として注目するのは,「大群衆」です.日露戦争が,戦争遂行能力の点で,長期的には日本が不利であったため,小村寿太郎はぎりぎりの条件で講和を結んだ,と司馬は書いています.

しかし,この講和条約に反対する国民集会が開かれ,「平和の値段が安すぎる」,「講和条約を破棄せよ,戦争を継続せよ,と叫んだ.」 群衆は暴徒化し,警察署,交番,教会,民家を焼き,一時的に無政府状態に陥って,ついに戒厳令まで出した,と司馬は強調します.

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国民投票や大統領制は、民主主義の理想ではなく、その逆である。むしろ政治が行き詰まった状況で採用される、非常に極端なケースであり、萌芽的な、あるいは、過渡的・危機的なケースであると思うようになりました。

大統領制は一種の王制であり、国民投票は無血革命です。民主主義ではありません。そして日本では,統治能力を失った国が,司馬の会った,あの異胎に変わるのです.

いよいよ次は、JAPEXITです。アメリカ依存だけでなく、国民投票と大統領的な権力集中により、戦後の平和憲法や,高齢者・障害者の福祉国家から離脱します。内閣府の肥大化は,司馬遼太郎の憎んだ「参謀本部」に向かう予兆かもしれません.

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