IPEの果樹園2016

今週のReview

10/17-22

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金融政策の未来 ・・・ノーベル経済学賞 ・・・グローバリゼーションと政治 ・・・アメリカ大統領選挙 ・・・ポンド価値の急落 ・・・北アイルランドのBrexit ・・・シリア内戦 ・・・人民元のSDR参加 ・・・IT時代の労働者と教育

 [長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  金融政策の未来

FT October 8, 2016

Today’s mix of frothy markets has troubling echoes

Sebastian Mallaby

多くの先進諸国で政治は不安定化し、同様に恐ろしい切断が世界の金融市場に起きるかもしれない。将来の成長を基に得られるはずの株価は、世界中で成長見通しが悪化しているにもかかわらず、過去5年間、株価が鋭く上昇してきた。

債券市場は特に危険な状態にある。利回りがごくわずか、もしくはマイナスであるのに、投資家たちは債券を買い続けている。アメリカの住宅価格は金融危機前の水準に近付いている。イギリスはその水準を超え、カナダははるかに超えてしまった。

この危険な泡の源泉は、異常なまでの金融緩和である。この事実を否定する者はいないが、思慮深いコメンターたちの多くが、それでも貨幣を供給し続けるべきだ、という。残念ながら、1人の経済史家として、このような議論を聞くと、以前に観た映画の恐ろしい結末を思い出す。

10数年前、連銀は同様の苦境にあった。アラン・グリーンスパンが短期金利を1%にまで引き下げ、長期金利についても過激な新政策を示した。投資家に低い短期金利が「当分は」続くという期待を誘導し、それにより長期金利を引き下げたのだ。この強い金融緩和で、住宅価格や金融市場は過熱した。しかし、コア・インフレーションは1.5%以下であった。

グリーンスパンと仲間たちは、沸騰する金融市場と低インフレ状態について不安を抱いていた。しかし、今の連銀と同様、彼らは行動しないことを選択したのだ。後から見て、われわれはそれが間違いだったことを知っている。

エコノミストJohn Campbell and Robert Shillerは、景気循環を調整したPERで観て、アメリカの株価は2007年と同じくらい過大評価である、と指摘する。2005年には、Ben Bernankeが中国の過剰貯蓄を犯人にした。今は、Lawrence Summersが、技術革新や人口要因を低投資の理由に指摘する。それらが正しいとしても、金融政策がバブルの責任を負わない、ということにはならない。

中央銀行はジレンマに苦しむ。低成長と低インフレは金融的な刺激策を求めている。しかし、金融資産は基本的な価値を超えてしまい、危険な状態にある。国によって、正しい判断は変わってくる。

歴史が示すように、金融資産の安定性は、少なくとも、物価の安定性と同じように重要だ。

FT October 11, 2016

It would be wrong to abandon the policy of negative rates

Kenneth Rogoff

ヨーロッパや日本の経験から、マイナス金利を批判する声は強い。しかし、マイナス金利やめるのは間違いだ。

その最も悩ましい問題である現金への逃避が解決できる手段をもっと研究することで、マイナス金利政策は長期的に有効な手段となる。「正常な」金利が低い時代には、マイナス金利が必要だ。もし(低金利時代に)金融危機の際、マイナス金利を拒めば、雇用や生産、資産価格が大きく下落する。

マイナス金利は、決して、前例のない手段ではない。紙幣の前に、君主たちは日常的に金属貨幣を悪鋳した。たとえば、より少ししか銀を含まない貨幣で債務を支払ったのだ。ゼロ金利やそれ以下の水準での問題は、印刷機をフル回転して解消した。実質的な貨幣の減価でインフレを引き起こした。

マイナス金利を支持するには、その代わりに提案されている政策を検討することだ。財政政策は当然だ。ゼロ金利でインフラ投資を行うことには賛成だ。しかし、それ以上に何があるか? 保護主義、構造改革、民間金融市場への政府介入。いずれも非常に危険である。


l  ノーベル経済学賞

Project Syndicate OCT 10, 2016

Nobel Economics Versus Social Democracy

AVNER OFFER

近代社会を管理するエリートたちの中で、エコノミストだけがノーベル賞をもらえる。

エコノミストたちが特異であるというどんな理由があるとしても、ノーベル賞の受賞による反響が、その政策の信用を高める。たとえその政策が、不平等を拡大したり、金融危機を生じやすくしたりして、人々の利益を損なうものであっても。

しかし、経済学はすべてを説明するわけではない。世界に関する他の考え方が、雇用、医療保険、教育、年金など、最も発展した諸国のGDPの約30%について配分を決めている。それは社会をどのように管理するかについての考え方、社会民主主義、であr。それは政治の方向だけでなく、統治の方法を示すものだ。

標準的な経済学は、社会が利己的な個人の市場取引によって動く、と仮定する。彼らの選択が「見えざる手」によって集まり、効率的な国家になる、と。しかし、この原理は理論としても、実際においても、根拠がない。前提は非現実的で、モデルは矛盾しており、その予測はしばしば間違っている。

ノーベル経済学賞は、1968年に、スウェーデンの中央銀行the Riksbankが設立した。新しい賞は、物価の安定性による生活の改善を重視するか、課税や社会投資、所得移転による不確実さの減少ですべての人の利益を重視するか、という長期にわたる論争から生まれた。スウェーデン王立科学アカデミーはノーベル賞を授与するが、スウェーデンは先進的な社会民主主義国家である。

1950年代、60年代、信用の拡大に関して、the Riksbankとスウェーデン政府とは対立した。政府は雇用や住宅建設を重視したが、総裁のPer Åsbrinkはインフレ抑制を重視した。ノーベル賞は、300年に及ぶthe Riksbankの主張であった。

科学アカデミーの中で、中道・右派のエコノミストが選考過程を支配した。厳格にバランスを取りながらも、その偏りは受賞者に示されている。経済学賞を支配した大物は、ストックホルム大学のAssar Lindbeckであった。彼は社会民主主義の立場から離れ、高税率や完全雇用が破滅に至る、と警告した人物だ。彼の介入は、金融緩和が1990年代の金融危機や、2008年の世界的危機に至った、政策の失敗を無視している。

そのような関心はIMF、世界銀行、アメリカ財務省と一致しており、彼らは民営化、規制緩和、貿易・金融取引の自由化という、ワシントン・コンセンサスを主張した。その政策はビジネスと金融のエリートたちを裕福にしたが、激しい危機を生じ、新興市場の成長を破壊した。


l  グローバリゼーションと政治

Project Syndicate OCT 7, 2016

The Cost of Overhyping Globalization

DANIEL GROS

IMF・世界銀行の総会は、グローバリゼーションの逆転に対して、政治家たちが自由貿易の利益を説くように訴える。

しかし、その前提は単純すぎるだろう。彼らは世界貿易の成長が減速した理由を探した。しかし、貿易障壁は目立って増えておらず、むしろ景気の低迷が投資の減退により貿易も減らしている、と指摘した。貿易自由化も進展しなくなっている。

彼らが「貿易と成長との好循環」について強い確信を持っていること自体が、問題の一部であるだろう。グローバリゼーションの信念は多くの者に極端なグローバリゼーションを提唱させ、極端に高い期待を生じてきた。こうした不可能な期待が満たされないとき、人々は騙されたと感じ、自由貿易に背を向け始めたのだ。

自由化の利益は、自由化が進めば次第に減少する。第2次世界大戦後、貿易障壁は多かった時代には自由化のもたらす利益を支持しても、すでに障壁の少ない現在、自由化は大きなインパクトをもたらさない。そして、この20年間も続いた国際商品市場ブームが、グローバリゼーションに対する高成長の錯覚を広めた。

商品市場ブーム、商品価格の大幅な上昇が貿易も投資も増やした。しかし、エコノミストや政治家はそれを自由化の利益と主張し、「ハイパー・グローバリゼーション」への信仰を強めたのだ。しかし、国際商品価格の上昇は輸入国の生活水準を低下させる。だから先進諸国の労働者たちは経済的に困窮し、グローバリゼーションを問題視したのだ。

NAFTAは雇用の純減をもたらしたわけではないが、アメリカ労働者たちの生活水準悪化の時期に重なった。それがNAFTAについての印象を悪くした。また世界金融危機で住宅価格が下落し、自分たちの豊かさを感じることもなくなった。アメリカ労働者たちは、一握りの石油たシェールガスの部門を除いて、状況の厳しさを実感するようになった。それがトランプのようなデマゴーグに機会を与えている。

政治エリートたちはグローバリゼーションの価値を高く売り過ぎた。市場開放に労働者たちが反対することは、異常でも何でもない。逆に、グローバリゼーションの逆転で、国際商品価格が下落していることは、先進諸国の生活水準を回復させるだろう。不況が保護主義に向かう危機は回避

できるかもしれない。


l  アメリカ大統領選挙

NYT OCT. 12, 2016

Can the U.S. Win This Election?

Thomas L. Friedman

まじめな話、なぜチケットを売らないのか? アメリカ大統領選挙を他の世界に向けて視聴者に反敗すれば、アメリカの債務を完済できるだろう。しかし、アメリカ市民はこの選挙から何を得るのか?

効果的な政府を得る、と言いたいところだが、われわれは改善すべき問題の多くを積み残し、指導力をもたらさず、この技術革新と温暖化が加速する時代に、最重要な諸問題の解決を次の4年間も待つだけで過ごす。

選挙ドラマが最悪の悲劇に終わるのを避けるには、何が必要か? まず、現在の共和党が変わることだ。そして、クリントンが大勝し、少なくとも、民主党が上院で多数を握る。そうなればクリントンは、大統領として議会・穏健派の共和党議員とも協力し、重要な政策を実現できる。たとえば、戦闘用銃器の規制、ゼロ金利を利用したインフラ投資、所得税・法人税に代わる炭素税の導入、オバマケアの改革、移民法の改正、税制と給付の改革、など。


l  ポンド価値の急落

Bloomberg OCT 7, 2016

Seven Things to Know About the Pound's Depreciation

Mohamed A. El-Erian

ポンドの将来を考えるうえで知っておくべきことが7つある。

1623日の国民投票後、一時急落したが、その後は1.30ドルの水準で安定していた。しかし、金曜日に1.24ドルに急落した。その過程は浮動的で、アジアでは1.18ドルで取引された。

2.メイ首相がハードな離脱を好むとわかったからだ。

3UKはすでに大幅な経常収支の赤字であり、変動為替レートの通貨が追加の構造的な不確実性を受けて急落するのは当然だ。

4.減価は輸出を伸ばして経済への衝撃を緩和すると期待される。それゆえ輸出向けの部門では株価が上昇した。

5.為替レートの減価に頼ることにはリスクがある。減価に対する経済の反応は小さく、しかもイギリス経済の将来に構造的な不確実さがあれば、その効果は遅れる。減価はインフレに転嫁され、イングランド銀行の政策を難しくする。ハードBrexitが不況に至れば、政策担当者たちは最も困難な課題に直面する。すなわち、スタグフレーションの誘導だ。

6.減価の短期的な効果は、インフレに苦しむ国民を犠牲にして、株価上昇で、「国際エリート」に利益をもたらす。政府は、労働党やUKIPに支持が流れることを恐れて、ポピュリスト的な主張に偏るだろう。

7.ヨーロッパの諸国はこれを嫌う。しかし、UKEU諸国がともにハードBrexitを主張するなら、ポンドは一層の変動と下落を示すだろう。それはヨーロッパにとっても好ましいものではない。

FT October 11, 2016

The markets have taught Theresa May a hard lesson on sovereignty

Martin Wolf

政治家は提案し、市場は売却する。

先週、テレサ・メイはBrexitに向けた計画を発表した。外国為替市場は、イギリス資産を売却してそれに応えた。UKは自分たちの運命を「支配する力を取り戻す」と決めた。しかし、法的な主権はパワーではない。UK政府はその意図を示すが、その結果を決めるのは他者の反応である。

メイの2つの演説がハードBrexitを確実にした。1つは、手続きである。来年3月までにはEU離脱の50条に基づく手続きを開始する、とメイは約束した。もう1つは、その中身である。「われわれは完全に独立した、主権国家になるつもりだ。・・・だから、それは『ノルウェー・モデル』ではない。また、『スイス・モデル』でもない。」

それはハードBrexitになるだろう。交渉は、一方的に破棄するだけでは済まない。UK輸出の半分がEUに向けられている。交渉が終わるまで、UKが信頼できるパートナーとみなされることも困難だ。

メイは、「世界市民であるというのは、どこにも属さない市民だ」と述べた。なぜ世界市民と国民とを両方とも認めないのか? イギリスで働く多くの熟練労働者がそうである。Brexitが、排外主義を刺激する離脱派の宣伝で勝利したことは明らかだ。このようなUKEUはパートナーとみなすだろうか?

愚かな発言には報いがある。イギリス政府が、今、極端な目標を明確にした。投資家たちはその国の資産価値をもっとも単純なやり方、すなわち、ポンドを売って、引き下げたのだ。実質実効為替レートが、2008年金融危機直後の水準に近いところまで下げた。株価も、ドル表示で、国民投票よりも低くなった。

イギリス資産はこれほど下落する必要がある。それはイギリス経済に関する投資家たちの予想が悪化したことを反映している。しかし、輸出の伸びは不十分であり、これほどの減価でも、経済構造を貿易可能な財・サービスに向けて転換するには足りない。現在の大幅な経常収支赤字を考えれば、Brexit後に持続可能ではなく、マクロ政策が需要を抑制しなければならないだろう。それこそイングランド銀行と大蔵省とが必死に避けようとしていることである。

確かに、巨額の対外赤字を融資する資本流入が続くだろう。それは、大幅なポンドの減価でこの国の資産がバーゲン価格になったと考えるからだ。しかし、資本流入が止まるとしたら、投資家たちは政府が選択したコースについて不安を感じているのだ。その後、通貨価値は急落する。国債利回りは急騰する。政策担当者たちは、投資家の信頼を失った新興市場と同じ困難に直面する。危機の最中に、金利を引き上げ、財政赤字を減らす。それは起きないだろうが、政府の失言が続けば、起きるかもしれない。

政府は開放経済における主権の限界を学ぶだろう。議会の承認なしに50条の離脱交渉を始めることは不可能だ。僅差でBrexitが決まっただけで、政府には極端なBrexitを選ぶ権限などない。離脱派が議会に主権を取り戻すと主張したのだから、なぜ政府は議会を無視するのか?

UKのことはUKが決める」という離脱派の主張が空虚なものであることを、為替市場は示した。Brexit行きの列車を止めることは不可能なのか? いや、可能だ。


l  北アイルランドのBrexit

NYT OCT. 11, 2016

Will Brexit Unravel the Peace in Northern Ireland?

Jochen Bittner

Brexitの国民投票は、北アイルランドの住民の中に亀裂を再現した。

かつて内戦によって引き裂かれた土地が、過去20年に、一連の相互強制措置を経て、大きな利益をもたらした。1998年の和平協定は、アイルランド共和国とEU諸国との経済関係を強め、現代の偏在する情報技術によって失業率は低下し、新しい、以前は考えられなかった機会が広がっている。

しかし、その中に存在する部族、クラン、党派的分断の旧世界もリアルなものである。ベルファスト西部には、今も平和の壁が、イギリス側のプロテスタント地区を、アイルランド側のカソリック労働者コミュニティーから分離している。もし政治的暴力のない常態を平和と呼ぶなら、ここは平和である。しかし、社会が安心して過ごす状態ではない。

「オレンジとグリーン、古来の情念が満ちている。アメリカでトランプを支持する多くの者がいるように、多くの不満を抱く人々が、自分たちの生き方は生存を脅かされている、と感じている。」 Brexitがその時代錯誤の情念を強めた。平和を願う人たちは悪循環を恐れている。法的な不確実性が増し、多くの企業がベルファストを引き揚げる。失業率が高まり、挫折感と頭脳流出が生じる。社会対立は過激化し、多年にわたって築かれた社会的、政治的な進歩が失われる。


l  シリア内戦

The Guardian, Monday 10 October 2016

If we don't act now, all future wars may be as horrific as Aleppo

Paul Mason

戦争において医療施設を爆撃するケースが広まっている。それは歴史的に回避するよう求めてきた教訓を無視するものだ。赤十字や民間医療施設は戦争の標的にしてはならない。西側政府のいかなる者にも、プーチンがグロズヌイで行ったような、そしてアレッポで行っているような破壊をすることは考えられない。


l  人民元のSDR参加

Project Syndicate OCT 10, 2016

China’s SDR Distraction

BARRY EICHENGREEN

中国の通貨、人民元がSDRを構成するバスケットに加えられた。中国政府関係者はこれを人民元国際化の進展として重視している。しかし、SDRは世界通貨ではない。IMFが各国の勘定を計算する単位でしかなく、民間市場で取引されていない。

中国政府は、人民元によるスワップ取極めや、中国の金融機関による人民元取引の清算・決済サービス、外国機関や外国政府による人民元建債券の発行、などを推進してきた。しかし、シンボルではあっても、その中身は乏しい。

問題は中国国内の金融市場にある。IMFBISは、社債市場に注目し、中国企業の債務の多くがデフォルトになる、と警告している。それは中国の銀行にも深刻な影響を及ぼすだろう。

これは政府の見通しが間違っていたことを意味する。政府は、資本規制を緩和し、外国資本が流入すれば、中国の銀行はそれに応じて会計基準を導入し、リスク管理も行い、金融取引の急速な拡大に適応するだろう、と考えていた。その結果、金融市場の流動性と安定性は増すはずだ、と。

残念ながら、その逆のことが起きている。人民元国際化は、政府が国内金融市場の強化、規制の近代化、契約の厳守を実行することで実現するのだ。


l  IT時代の労働者と教育

Project Syndicate OCT 12, 2016

The Skills Delusion

ADAIR TURNER

教育とスキルの改善が生産性を高め、生活水準を向上させる。拡大する不平等にも決定的な改善をもたらす。そう皆が信じているけれど、それは間違いだ。

現代の経済が示す衝撃的な特徴は、いかに少数のスキルを持つ人々が、決定的な領域で前進するために必要な役割を果たせるか、ということだ。時価総額3740億ドルのFacebook14500人しか雇用せず。4000億ドルのMicrosoft114000人、1000億ドルのGlaxoSmithKline96000人しか本社採用していない。

これら3社の雇用する労働力は、グローバルな労働市場という、大海の一滴でしかない。しかし、彼らが提供する消費者サービスや医薬品は、数十億人に利用され、経済全般の生産性上昇、健康増進に役立っている。

雇用と付加価値とのこうした乖離は、情報通信技術ICTの効果を反映する。それには2つの特徴があるからだ。1.ハードウェアの生産性を、ムーアの法則のように、劇的に加速した。初期の技術変化と全く異なる。2.いったん開発されたソフトウェアは、ほとんどゼロ・コストで、無限に複写できる。

それでも高い教育水準を求めるのは、高いスキルが高賃金をもたらすからだ。しかし、多くの高賃金職は生産性の上昇に重要ではない。例えば、弁護士が増えても、人間の厚生を改善することはない。同様に金融取引の多くもゼロ・サムである。高度な熟練と多大のエネルギーが消費者ン関心を惹くことに費やされるが、ファッションやブランドの交代も同じである。

低所得の人々が貧困から抜け出すために、教育を受け、スキルを得ることも解決策にならないだろう。旧来の職場を機械化するとき、新しい職場が常に生まれるけれど、しばしば、それは報酬が減るものだ。アメリカ労働統計局の予測では。雇用が急速に増えるのは、個人介護など、対面のサービス分野である。それは機械化が難しいからだが、同時に、スキルや職場での訓練もあまり必要ない。介護職の雇用は増大するが、ソフトウェアやアプリの開発ではなかなか雇用が増えない。

多くの職場はスキルのランキング競争が繰り返されるが、それによって報酬を高めるだけで、絶対的な能力を高めるわけではない。

むしろ教育には個人的な、そして、社会的な価値がある。博学で、基礎科学に関心を持ち、良いデザインや音楽を理解できる。機械化やAIは人間を無限の苦役から解放するのであって、良い教育とは、個人の報酬や社会の繁栄で測るのではなく、満足のできる生活をもたらす点で重要なのだ。

不平等を解消するには、再分配、最低賃金の引き上げ、労働市場とは関係ない所得支援、そして、高水準の公共財供給が必要だ。ますます多くのロボットが人に代わって働く世界でも、こうした教育は重要だ。職を得ることは、所得や満足、社会的地位を得ることともはや関係ない。


l  民主党大統領の政策綱領

NYT OCT. 13, 2016

Can the Democrats Resurrect the Middle Class?

Thomas B. Edsall

Jason Furman, 46歳でthe President Obama’s Council of Economic Advisersの議長を務めた.Furmanの関心は,成長を損なっている2つの問題に向けられる.企業がダイナミズムを失い,市場における競争が失われていることだ.

先月の講演“Beyond Antitrust: The Role of Competition Policy in Promoting Inclusive Growth”において,Furmanは危険な競争減退を指摘した.「2012年,約900の産業分野の42%で上位4社が市場の3分の1以上を支配している.1997年には28%であった.」

企業のダイナミズムが失われると,労働市場のダイナミズムも失われる.労働者は雇用や移動の可能性が減り,大企業に労働市場を独占されるからだ.それは低賃金,労働組合の組織率低下,最低賃金の低下,総所得に占める労働分配率の低下,につながる.Furmanは,1.知的所有権,特許制度,2.労働者の交渉力,3.職業資格,4.土地利用規制,の改革を唱えている.

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The Economist October  2016

Why they’re wrong

Special Report: An open and shut case

The war in Syria: Grozny rules in Aleppo

Syria’s civil war: The agony of Aleppo

Columbia’s peace: A chance to clean up

Russia and MH17: Brought to BUK

(コメント) グローバリゼーションを擁護する特集記事の無いように注目しましたが,さまざまな修正を経て擁護論を展開しています.貿易,人の移動,資本.それらは,たとえば,需要管理政策を堅実に行うことで不況を回避し,税制と組み合わせて移民労働者を効果的に取り込み,直接投資や長期投資を優先し,短期資本移動に有効な安定化処理をほどこす.

ハイパー・グローバリゼーションから,修正グローバリゼーションへの転換です.

シリア内戦の激化に,また,民間機撃墜の調査に,私たちは何をするべきでしょうか? 残念ながら,コロンビア内戦の終結は,この記事の後,国民投票で否決されました.

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IPEの想像力 10/17/16

梅田の交差点で、久しぶりに、Big Issues『ビッグイシュー日本版』を買いました。後で,販売者の男性と話してみたい,と思いました.

中身が興味深いです.多くがホームレスに関わる記事ではなく,スペシャルインタビュー(映画『ブリジット・ジョーンズの日記』),特集:日本の市民―29の原発を止めた人とまち,ケニア便り,ワンダフルライフ,など.「今月の人」はマンチェスターの販売者,コリンです.

原子力資料情報室共同代表の西尾漠さんは,「日本は脱原発の決定をしたドイツよりもたくさんの原発を止めてきました」と言います.『ビッグイシュー』は,ホームレスの問題を私たちに知らせるだけでなく,「日本の民主主義の原点」になる市民たちの行動を伝えます.

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The Economistでシリア内戦の記事("The agony of Aleppo”)を読みました.

・・・アサドの支配体制は,都市を壊滅させて住民を追い払う,焦土作戦を始めた,と反政府グループは言う.シリアの西側,国民の70%が住む地域を支配することを目指している.支援するロシアは,1999年,チェチェンの首都,グロズヌイを壊滅したのと同じ戦術,同じ武器を使用している.

「爆撃のわずかな合間に,人々は自宅やシェルターから出て食糧と薬を探すが,市場に残された物はほとんどなく,肉の価格は急上昇していた.・・・1人のアレッポの住民は語った.『毎日,私は自宅を出て,売ってくれる人を探すが,そのとき,家族に会えるのはこれが最後かもしれない,と思う.』」

「新しい兵器が足元の大地を震動させる.それは世界の終末を感じさせる.」

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アメリカのオバマ大統領が軍事介入を控える姿勢を変えず,プーチンは比較的少ないコスト(48000万ドルと,20人の特殊部隊の犠牲)で,アサド体制を守り,シリアをロシアの事実上の植民地にした.

ケリー国務長官は,ロシアとの停戦協定成立に苦心した.しかし,この合意は最初から壊れると分かっていた.アメリカとロシアの間で,目的が全く違うからだ.プーチンはアサド体制を守り,アメリカはアサドを政治的な和平交渉の障害と観ていた.

国務省の元シリア問題顧問であるFred Hofは,ケリーの努力を「悲しい,的外れな,絶望的外交,希望に頼った思考」である,と指摘した.ブルッキングス研究所のMichael O’Hanlonは,冬が来て,政府軍による包囲が続けば,もはや大規模な人道的空輸作戦しか,アレッポの住民たちが生き延びる術はない,と主張する.

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メルケル首相は,難民の大規模な流入を止めるために,民主主義を否定し,独裁化の傾向を強めるトルコのエルドアン政権と合意しました.難民キャンプにも財政支援しています.

安倍首相は,北方領土問題を解決するため,そして(おそらく),中国を意識した東アジア情勢の安定化にロシアとの関係を強化するために,ロシアのプーチン大統領を招きます.

プーチンはウクライナ東部を,事実上,分割し,その支配地域から発射されたロシアの地対空ミサイルがオランダの旅客機を撃墜して,298人を殺しました.チェチェンでも,シリアでも,ロシア軍の介入は「西側指導者のだれも受け入れられない」ほどの殺戮を行っています.

政治指導者が示す決断と,国民に対する説明を,特に注意して聴きたいです.「日本の民主主義の原点」が,市民たちによって,世界からも問われています.

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