IPEの果樹園2016
今週のReview
7/25-30
*****************************
トルコのクーデタ失敗 ・・・建設的ポピュリズム ・・・トランプ指名共和党大会 ・・・BrexitとEU革新 ・・・EU移民政策の転換 ・・・イラク戦争の教訓
[長いReview]
******************************
[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]
l トルコのクーデタ失敗
The Guardian, Saturday 16 July 2016
Turkey was already undergoing a slow-motion coup – by Erdoğan, not
the army
Andrew Finkel
トルコは重要だ。G20の1つであり、イラク、イラン、シリアと国境を接する。NATO加盟国として重要な役割を果たすと期待されている。クルド人との緊張が高まるような、問題をトルコが起こせば、それは国境を超えて他の諸国に影響する。
それは無様なクーデタであった。国営テレビ局を占拠し、戦車を街頭に繰り出すという、時代遅れの戦術によって、この複雑な社会を掌握しようとした。彼らはソーシャル・メディアなど聞いたこともないのだろう。群衆は、通りを血に染めることを軍隊が恐れるほうに賭けて、兵舎に追い返した。それでも180人以上の死者が出た。
問題は、なぜ失敗したか、より、なぜクーデタを起こしたのか、である。それは、彼らがこれをエルドアン政権によって軍が完全に支配されるのを阻止する最後のチャンスと見たからであろう。8月の初めに、例年通り、軍の最高会議が開かれ、昇任や引退、左遷が決まった。それは政府に背く者を排除する粛清だった、と新聞が騒いだ。
トルコではすでにスローモーションのクーデタがおきている、というのが多数の意見だ。しかし、その主体は軍ではなく、エルドアン自身だ。過去3年間で、エルドアンは権力の主要機関を占拠した。
メディアへの圧力はよく知られている。政府に反対する新聞は裁判所の指名した機関によって乗っ取られた。反体制のテレビ局は、電波塔を取り外された。エルドアンは、週末にクーデタから救われたソーシャル・メディアを、それまで嫌っていた。裁判所も、ますます支配しつつある。政府に批判的な判決は出せなくなった。
トルコ議会は、民主主義が守られた、と祝っているが。議員たちは法の支配が失われてしまうことをなぜ黙認するのか。
エルドアンはますます権力を集中している。彼は首相を交代させて、議会から大統領に権力を移すことを推進した。クーデタの失敗は、エルドアンにこうした権力集中を正当化する材料を与えた。すでに亡命した反政府派の聖職者ギュレンFethullah Gülenと彼につながるものを追放すると約束している。
政府が軍と対立し、軍内部でも分裂しているなら、トルコが権力を強化し、イスラム国家を掃討し、シリア内戦を終結させる、と望めなくなった。さらにトルコ経済も、こうした政治リスクを重視する投資家により、一層変動し易くなる。
分裂した社会を率いる優れた指導者、せめて、統合を目指す指導者が必要だ。
FT JULY 16, 2016
Turkey slips into the chaos of the Middle East
David Gardner
イスタンブールのボスポラス海峡にかかる橋が、フランスのニースにおけるテロに対する犠牲者への連帯を示すため、フランス国旗の3色にライトアップされた。
その後、突然。部隊が動いて橋を占拠した。エルドアンRecep Tayyip Erdoganによるネオ・イスラム主義への緩やかな傾斜を止め、前世紀のアタチュルクによる政教分離を回復するという目的で、クーデタが試みられた。
兵士と戦車がテレビ局、空港、橋を占拠した。国営放送は停止し、ジェット機の爆音が上空で響いた。エルドアンは首相を3期務め、今は大統領になっている。反体制の新聞社や放送局を閉鎖し、ジャーナリストを投獄し、ソーシャル・メディアを弾圧した。エルドアンは、トルコを近代化すると同時に、新オスマントルコの権威主義体制を復活し、自分を現代のスルタンにしている。
独裁者の感覚で、フランス式の憲法を目指すエルドアンは、制約されないルールを持つ大統領府の権限を拡大する。しかし、2002年以来、10度の選挙を勝っている。軍の反乱には、群衆に呼び掛けた。
エルドアンの目覚ましい成功の理由は、1つには、繰り返されたクーデタによりリベラルと左派が政治文化として消滅し、この強力な軍人たちに対抗するため、穏健なイスラム主義の正義発展党(AKP)が組織され、国民に支持された、という事情があった。
AKPが選挙で2度目の勝利を得た2007年、軍はAKPを禁止しようとした。しかし、逆に政府による軍の粛正を招いた。エルドアンは、イスラム教の聖職者ギュレンFethullah Gulenに従う警察、検察、スパイを使って軍を粛清したが、軍の法廷がますます装飾された証拠で固められる一方、2013年、ギュレンの支持者はエルドアンの仲間にも腐敗追及の対象を向けた。このイスラム主義者内の紛争が諸機関を巻き込んで激化し、軍は再び権力を得た。政府の見方では、このクーデタはギュレン派が「二重国家」としてクーデタを試みたものだ。
トルコは、最近まで、シリアへの兵士や武器を供給するジハード主義者のパイプラインとして機能してきた。しかし、ISISはクルド人の舞台やエルドアン政府に対して、テロ攻撃を行った。エルドアンはクルド人、ギュレン派、ISISに対する対応に忙殺されている。軍や秘密警察が弱まることは、NATO加盟国として、中東のカオスをヨーロッパと分けていたトルコの力を損なうだろう。
The Guardian, Sunday 17 July 2016
Turkey has defeated a coup – and unleashed a violent mob
Alev Scott
中産階級の、世俗的な居住区域では、人々が自宅でニュースを見守り、恐怖と混乱が支配的であった。2013年のGezi Parkにおける抵抗運動を、政治変化の兆しと見て支持したような、窓辺に出て鍋を叩く光景は一切見られなかった。
対照的に、エルドアンの与党であるAKPの支持者たちは強い反応を示した。彼らは命がけで戦車を阻止した。エルドアンの名を叫ぶ熱狂的な支持者たちが、兵士たちの入った空港に殺到して、包囲した。
トルコ人の意志は、過去の時代を特徴づけた暴力的なクーデタを拒んだ。しかし、反クーデタの群衆は、さらに醜悪な性格を示した。兵士たちの多くは10代の徴集兵であった。彼らは明らかに訓練の一環と考えていたのだ。群衆は、その若い兵士たちを取り囲み、殴打し、衣類をはぎ取り、リンチした、という報告もあった。
こうした暴力的なモッブが「民主主義の守護者」として大統領に認められる時代に、われわれは生きている。
NYT JULY 20, 2016
Trump and the Sultan
Thomas L. Friedman
トルコはクリーブランドからはるかに遠い。クリーブランドで共和党大会が開かれ、党の大統領候補を決めている。しかし、私はエルドアンに対するクーデタの失敗を研究するよう求めるだろう。アメリカはトルコではないが、エルドアンとトランプは、その個性や政治戦略の点で、よく似ている。
トルコで起きたドラマは、ある国で指導者が政敵たちをすべて悪魔とみなし、異常な陰謀論を騒ぎ立てて、彼だけが本当の男であり、この国を再び偉大な国にする、と主張して自分の権力を確立した場合、成功していた国がどのような破滅的経路に向かうかを示した。
エルドアンは、2003年から2014年まで首相を務めた後、名目的な大統領の地位について、権力を大統領に集中させた。私はワシントン・ポストのエチケットに関する批評家Miss Mannersに尋ねてみたい。「悪者たちに悪いことが起きたときは、どのように対応するのが正しいのか?」
エルドアンは、何年もかけて、静かにトルコの民主主義を転覆するクーデタを進めてきた。すなわち、記者たちを投獄し、巨額の税を課して敵対者を弱め、クルド人との内戦を再開して、自分が権力集中を行うことの正当化に利用した。彼は、死ぬまで、現代のスルタンでありたいのだ。
私はクーデタが失敗したことを喜ぶ。特に、どれほどエルドアンの専制支配に強く反対しても、トルコの民主主義を守るために、民衆が軍の陰謀に反対するため街頭で抗議した。彼らが民主主義の感覚を集団として示したことに感動した。
クーデタの翌日に、エルドアンは2745人の判事や検察官を追放した。わずか1日で、彼は追放するべき人物を特定したのか? クーデタの前から、敵対者のリストを準備していたのか? さらに、1500人の大学講師、2万1000人の教員免許を停止し、3万5000人の軍・治安・裁判関係者を「クーデタ支持者の粛正」に加えた。
これは悲劇である。エルドアンは、最初の5年間、トルコ経済を高め、中産階級の地位を高めた、傑出した指導者であった。しかし、その後は、彼を支持するイスラム教徒の忠誠を、他の世俗の批判者と分断し、社会対立を煽った。
彼の支持者たちはエルドアンの権力と自分たちの尊厳を同一視しているから、彼が何を言い、何をしても、政治的な代償を支払うことがない。敵対者の脅威を唱えるだけで、彼はいつでも支持者たちを動員できる。
これはトランプの戦術と同じである。トランプは産業規模で事実や数字をねつ造している。繰り返し陰謀論をまき散らす。どのような失敗を犯しても、敵対者を持ち出して支持者の忠誠心を高めている。事実をチェックするマスメディアを回避して、ソーシャル・メディアを使ってニュースにする。妻がオバマ夫人の演説を盗用しても、彼や家族の周りに集まる人々をスターにできる。
もしトランプが当選すれば、アメリカがどうなるか、ジェブ・ブッシュは予言した。「カオスの候補者」が「カオスの大統領」になるだろう。アメリカ人は繰り返し街頭に出て政府に抗議するだろう。重要な問題にも嘘をつく男に従わない。大統領として何も準備しない、陰謀論で支持者を集める、未来を恐れさせる男に従わないだろう。
トルコで今起きていることを好むなら、あなたはトランプのアメリカを愛するだろう。
l Brexit政権
NYT JULY 19, 2016
Theresa May’s Shock Therapy
Matthew D’Ancona
イギリスの議院内閣制は上品な野蛮さを持っている。デービッド・キャメロンは去り、テレサ・メイが首相官邸に入った。この制度では、権限は政党に発しており、個人ではない。
メイは、移民を減らすと約束する党内右派に属すだけでなく、同性婚や人種間の平等を支持する、保守党の基盤を拡大する「近代化論者」である。首相争いでは、オズボーン蔵相や、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長が離脱した後、メイが容易に勝利した。
メイは容赦なく前政権の閣僚を切り捨てた。こうしたメイの指名における野蛮さは、首相が現状維持ではなく、ラディカルな変化を示そうとしたからだ。システムにショックを与えようとした。
メイ首相は、デマゴーグでも、手柄を自慢する人でもない。イデオローグではなく、テクノクラートであり、実際的な政治家だ。
l 建設的ポピュリズム
FT July 20, 2016
Global elites must heed the warning of populist rage
Martin Wolf
「複雑な問題にはすべて、明快で、単純で、しかも間違った答えがある。」と、現代政治についてHL Menckenなら考えるだろう。西側世界は疑いなく複雑な問題に直面している。特に、多くの市民たちが示す不満だ。トランプやル・ペンが示す答えは、ナショナリズム、ネイティビズム、プロテクショニズムである。
それらは偽物だ。しかし病気は本物だ。エリートたちは確かな治療法を示せない。問題を解決できなければ、民主的な自治と、開放的な、協力的世界秩序とを結びつける努力が見捨てられるだろう。
この反動の原因は、もっぱら経済にある。豊かさが高まることは、それ自体で、良いことだ。しかし、それは合計がプラスになる政治をもたらす可能性があるからだ。経済的、社会的な混乱に苦しむ人々が和解するように、すべての人々の生活が改善するとき、民主主義は機能する。それができないとき、憤慨が生じる。
実質所得が長期停滞している原因は、金融危機とその後の回復が遅いことだ。ほかにも、高齢化や賃金シェアの減少がある。また、グローバリゼーションの結果として、文化が変化していることにも人々は不安を感じている。豊かな諸国の市民は、自分たちの市民権を最も価値のある資産とみなす。そして、他者と分け合うことを嫌う。
では、何をするべきなのか? 第1に、繁栄は互いに依存しあっている、ということを理解する。主権の強調は、グローバルな協力とバランスさせる必要がある。グローバル・ガバナンスは、不可欠の、自国では解決できないような問題について行うことだ。すなわち、貿易や資本移動を自由化するより、気候変動の抑制といった公共財を重視する。
第2に、資本主義を改革する。金融の役割は肥大化している。金融システムを安定化するべきだ。株主以外の利害関係者についても、その意見を企業経営にもっと反映するのが良い。
第3に、国内の重要な目標を政府が達成することに役立つような、国際協力を重視するべきだ。特に課税面だ。正当な民主主義によって治安を守られている資産保有者が、課税を回避するべきではない。
第4に、経済成長を高め、人々の機会を増やすべきだ。特にユーロ圏では総需要を増やす。しかし、それだけでなく、投資や革新を促し、経済の見通しを改善する。最低賃金の引き上げや税制を通じて、底辺層の所得を改善することも重要だ。
第5に、謬見を否定する。先進経済に流入する未熟練労働者の圧力は強いが、賃金構造を変えるほどではない。保護主義で製造業の雇用を増やすことはできない。
経済停滞が長引き、文化が混乱し、政策が失敗し続ければ、民主主義とグローバルな秩序のバランスが失われる。
Project Syndicate JUL 20, 2016
The Case for Constructive Populism
KEMAL DERVIŞ
エスタブリッシュメントの政治に対する反発。専門家たちの失敗。左派の消滅。・・・Brexitやトランプは多くの人々に警鐘となった。
元アメリカ財務長官、ハーヴァード大学学長のラリー・サマーズが、しばしば好戦的で、反移民、保護主義を宣伝する右派のポピュリズムに対抗して、「責任あるナショナリズム」を要請した。それは市民たちの経済的福祉を最優先する。同時に、そのことが他国の市民の利害を損なうことも理解している。国際合意を、規制の調和や、障壁の解体としてではなく、市民たちの力を高める手段として評価する。
グローバリゼーションは世界経済に全体として大きな利益をもたらすが、直接にも、間接的にも、勝者は敗者に対して補償することがない。さらに、勝者ははるかに少ない。政策も、勝者の影響を受けて決めており、全体の利益に従うものとは程遠い。
しかし、こうした意見では、ネイティビズムや攻撃的なナショナリズム、矛盾した政治スローガンの圧力により、穏健派を政治から排除してしまう。絶叫し、短いメッセージをSNSで送るアイデンティティ政治の扇動者が、グローバルな人間社会を信じ、利益を共有する人々を背後から攻撃し、防戦を強いられる。
ポピュリストたちに対してこうした反撃をするのはむつかしい。穏健派には優れた経済分析や意味のある政策提案がある。しかし、論争やボディ・ランゲージにおいては、専門家の話に支持が広まるより、あくびが起こるだろう。
今、非常に求められているのは、穏健で、人道的で、グローバルな、「建設的ポピュリズム」である。それは、過激な主張に対抗し、複雑な数学的モデルを使わず、多数の人が同調できるシンプルな、しかも強力なアイデアを示す、ということだ。1930年代のフランクリン・ルーズベルトや、ヨーロッパ共同体の創設者たちがそうだった。
平和を維持するための不断の警戒が重要だ、という政治的メッセージを再発見しなければならない。しかも、具体的な形で。世界のリベラルな民主主義は3つの構成要素にある。1.強固な防衛力と知的な能力がある。2.共通の基礎を見出して敵と味方とを交渉させる正当性。3.民主的価値や人権を共有し、そのような価値観の周りに長期の同盟関係や友好関係を構築すること。
短期的な懸念や他の利害で、こうした原則を損なってはならない。建設的ポピュリズムは、決してシニカルな姿勢を取らない。それは現実的で、状況に応じて変化しながらも、徐々に進歩が起きることを知らねばならない。
市場が機能するのは、すべての利害に対して配慮した規制が行われるとき、生産的な資産が公共支出によって創り出され、しかも公的債務は抑制されているとき、成長の果実を広く共有するという意味で経済のパフォーマンスが測定されるときだけである。
建設的ポピュリズムは、単純で、正確で、真剣である。
l トランプ指名共和党大会
The Guardian, Thursday 21 July 2016
Trump’s best chance of winning? A Hillary show trial
Timothy Garton Ash
「見ろ、見ろ!」・・・「有罪、有罪!」・・・「ぶちこめ!」 これは政治ショーであり、魔女狩りである。
誰もトランプがクリントンに勝つとは思わない。しかし、誰も共和党の大統領候補になるとは思わなかった。確かなことは、これから4か月間のアメリカが経験する、殴り合いの、有毒な、ネガティブ・キャンペーンが、イギリスのEU離脱に関する国民投票をまるで教会のお茶会であったと思わせるほど、とんでもないものになるということだ。トランプの戦略は、恐怖を煽るより、怒りを煽るものだ。
イギリスで興味深いのは、国民投票から1か月で、急速に政治が市民性を回復したことだ。しかし、アメリカの選挙戦後は、もっと分断状態が長引くかもしれない。世界はアメリカの指導力を必要としているのに。
l BrexitとEU革新
FT July 18, 2016
Flexible forms of union offer a bright way forward for Europe
Anne-Marie Slaughter
EUが発展する中で、イギリスを加盟国にとどめ、より革新的な同盟に進化する力とすることが重要だ。それこそ外交・安全保障政策に関するEU上級代表Federica Mogheriniが6月半ばに示したグローバル戦略“Shared Vision, Common Action: A Stronger Europe”であった。
そのもっともオリジナルな部分は、「協力的な地域的諸秩序」に関する議論である。諸地域を「パワー、相互作用、アイデンティティの複雑なウェブ(蜘蛛の巣)」として描き、それが「分散した世界におけるガバナンスの決定的空間」を代表する。それら諸地域では、国家も人々も、世界情勢に影響力を高めるプロジェクトに自発的に参加する。それこそがEUとして行動する根拠であり、他の地域秩序を支援することがグローバル戦略の柱になる。
それは現在議論されているようなEUの統合された政治秩序と全く異なる。確かに、EUは地域秩序として、グローバルな通商条約を結び、世界最大の単一市場として経済的利益をもたらし、イランの核開発計画やISISとの対抗においてグローバルな役割を担う。しかし、連邦国家に向かうEUの試みは失敗してきた。「ヨーロッパ合衆国」を目指すEU連邦主義の創始者たちは、1957年にローマ条約でその約束を成文化したが、キャメロンが交渉で得たのは、一層の統合化からイギリスが離脱する権利であった。
1950年代に、ヨーロッパ防衛共同体とヨーロッパ政治共同体を創る試みが挫折してから、ヨーロッパは諸コミュニティからなるコミュニティとして存在した。それは多次元で重複する諸国家のコミュニティが集まる同盟である。各コミュニティのメンバーは、共通の目標に向かう十分な共通利益を持っているに違いない。
しかし、EUはすでに多数の異なるコミュニティとなっていることを「マルチ・スピード」による統合化が示している。共通通貨、共通の国境、外部との共通の枠組み、それらは参加するコミュニティの市民にとって利益になるとき成立する。その1つ1つが自発的なアレンジであるから、多様性を保持しながら、統一性の利益を実現する。
アメリカの建国を指導した創始者たちは、民主主義を規模に応じて機能させることに苦労した。13州と広大なフロンティアに及ぶ統一の利益を得つつ、政府が独裁になることなく市民たちに奉仕する仕組みを論争した。その答えは、70年を経た内戦・南北戦争であり、連邦国家であった。
EUはその問題に対する現代の解答だ。諸国家はグローバル化した世界でここに反映することはできず、統一の利益を求めているが、他方で、分割された諸国民として、政治的弾力性、言語と文化のアイデンティティを維持したい。
200にも達する諸国家から成る世界で、地域秩序こそますます欠かせないものになるだろう。Brexitは効果的な同盟に向かう進化の触媒であって、より緊密な統合が答ではない。EUとは、失敗したアメリカではなく、新しい政治形態を創造する世界の指導モデル、協調し、同時に、分離した有機体になる。
l EU移民政策の転換
Project Syndicate JUL 18, 2016
The Failure of Free Migration
ROBERT SKIDELSKY
EUは移民の自由を保障するルールを見直すべきだ。西側世界における物的、経済的、文化的な不確実さが反移民感情を強めている。西側エリートたちは、移民の自由と、同化や統合の成功をもたらす政策とを実現することに失敗した。
かつて、大規模な移民は、人口の少ない入植地や未開発のフロンティアに対して行われた。経済移民と難民とは区別できた。前者は、工業化にともない、発達した地域から未開発地域に、仕事を求めて向かったのだ。第2次世界大戦後は、この方向が逆転し、経済移民を受け入れる利益と、国内の雇用や文化を維持することが、先進国政府によってバランスされてきた。ドイツの「ゲストワーカー」がそうだった。
近年の難民は、迫害や、国家の分裂による極端な治安悪化を逃れるために生じている。この場合、プッシュ要因が圧倒的に重要であり、経済移民のように受け入れる利益とバランスを取ることは不可能だ。しかし、経済移民と難民との区別はあいまいになっており、難民が長期にわたって帰国できず、永住化することを考えると、受け入れ国の住民が拒もうとするのは理解できる。
今後、EUの移民政策は3つの点で修正を必要とする。1.反移民感情は、それに関連した事実に依拠して発生しており、偏見や政治的煽動として否定できない。2.規制されない大規模な移民は終わらせるべきだ。3.EUに来る難民のほとんどが帰国しないだろう。プッシュ要因を解決する有効な方策は容易に見いだせない。
中東でも、ヨーロッパでも、治安を確保し、経済の成長過程に移民と難民を取り込まねばならない。それなしに政治・社会不安が高まり続けるなら、暴力が拡大する危険を高めてしまうだろう。
FP JULY 19, 2016
This Is Europe’s Last Chance to Fix Its Refugee Policy
BY GEORGE SOROS
EUは,移民の受け入れに十分な大きさの上限を決め,移民を居住させる国に対する十分な資金援助を行う基金を設けるべきだ.さらに,EU境界線の警備,受け入れ基準や統合化の支援,を示すことだ.EUとトルコとの協定を改善する,7つの視点が重要だ.共通基金を増やし,EUとして受け入れ諸国を決め,受け入れ社会が移民を支援する.
l イラク戦争の教訓
Project Syndicate JUL 19, 2016
The Wrong Lessons of the Iraq War
ANNE-MARIE SLAUGHTER and NUSSAIBAH
YOUNIS
イラク戦争に参加したことに関して,独立調査委員会の報告書はその「教訓」を示した.すなわち,戦争を支持する議論を,政府は「誤った情報に基づき」,その資源は表明された目標に合致せず,軍事介入した結果として意図せざることが起きるということに対処する計画を持たなかった.その結果,イギリスは6年間も,非常に長い,成功とは程遠い戦争に,関与した.
しかし,この失敗のカタログは,すべての軍事介入に反対することを意味してはいない.将来の介入が成功するための判断基準として理解しなければならない.
シリアのアサドが化学兵器を自国民に対して使用したとき,オバマは最も介入に近づいた.しかし,イギリス政府が介入に対する議会の支持を求めて,それを得られなかったために,オバマも介入をあきらめた.しかし,アメリカが軍事介入していれば,特に,シリアの空軍力や空港を破壊しておけば,アサドが反政府住民を殺害することは大幅に抑制できたはずだ.
確かに,シリアへの軍事介入は,むしろ,その後のISISによる支配が拡大し,ますます中東の混乱を深め,シリア国民を苦しめる,と反対する者がいる.そのような形でISISの存在を有利に宣伝したのがアサド政権であった.シリア国民は,ISISがいても,いなくても,政府軍と戦っている.
報告書が言うように,「いかなる軍事介入も,さまざまな側面を計算し,討議し,最も厳格な反論によって試されるべきである.」 その意味は,軍事介入が正しいケースは存在する,ということだ.
********************************
The Economist July 9th
2016
225m reasons
for China’s leaders to worry
Chinese
society: The new class war
Italian
Banks: The Italian job
War in Iraq:
The dangerous chill of Chilcot
Kurdistan:
Dream on hold
(コメント) 中国社会がますます多くの都市中産階級を生み出すことで,成長によって政治的な支持を得て来た共産党は方針転換を余儀なくされるでしょう.あるいは,これまでのような天安門後の政治的安定性を自ら破壊するかもしれません.
イタリア銀行危機とユーロ圏のルール修正,イラク戦争をめぐる反省,クルド人国家に関して,読んでみる価値があるでしょう.
******************************
IPEの想像力 7/25/16
アン・マリー・スローターAnne-Marie Slaughterの2つの意見に感心しました.1つは,Brexit後のEUについて,もう1つはイラク戦争について.
****
イギリスがEUを離脱したことは,「ヨーロッパ合衆国」をめざす連邦主義者のモデルが現実に合わないからです.彼女が考える世界の将来には,200もの国民国家が条約を結ぶより,さまざまな地域秩序が形成されています.各国・コミュニティは,それが有利であるなら,地域秩序を共有する「コミュニティのコミュニティ」になります.
そのような柔軟な地域秩序においては,イギリスもドイツも,重要な役割を果たすでしょう.あるいは,ギリシャも,イタリアも,フランスも,さまざまな小国も,地域秩序の中でアイデンティティを維持し,発展する道を模索できます.
それに比べて,現在のアメリカ社会はどうでしょうか? 繰り返される銃器による大量殺人.格差が拡大し,金融街や政治エリートへの不満が高まり,人種や宗教に基づく差別意識が強まっています.グローバルな政治経済統合を指導できる民主的国家,という自負も失いつつあります.
また,中国社会はどうでしょうか? 1989年の政治的弾圧以降,中国政府は,成長と社会改革を率先して実現する,というテクノクラート国家の優秀さを主張してきました.しかし,中産階級の経済基盤に広がる影響力,多様な社会的要求に,共産党が唱える「文化的価値」も「検閲(そして,もっと深刻な国論操作)」も,応えることはできない,とThe Economistは考えます.
憎悪を振りまくアメリカ合衆国でも,中産階級を恐れる中国でもなく,柔軟なEUこそ国際・地域秩序のモデルです.
****
スローターは,イラク戦争の失敗を,軍事介入が不可能になった,という教訓として理解しません.私は講義で,今も,ブレアによるイラク戦争の優れた説明を紹介しています.残念ながら,その決定は情報の正確さを正しく判断できず,国連安保理を結果的に無視し,アメリカ政府に引きずり回された外交・占領政策により,国民から厳しく批判されました.
しかし,戦争と外交は切り離せず,今後も国際秩序を決定する最重要な要因です.国境を超えた軍事介入も,内戦も,既存秩序を変容する強い衝撃を発し続けています.
民主的な国家であるからこそ,その決定は国民的な議論によって支持されねばなりません.また,その経過や結果についても,情報が公開され,独立委員会による検証に関係者たちは応じ,国民に対して説明する責任を政治に求めています.白髪の老人となったブレア元首相が,自分は戦争犯罪人ではない,と主張し,その決断の責任を負うと謝罪し,同時に,歴史的に評価してほしい,と強く願うのも,民主的国家の優れたあり方であると私は思います.
****
安倍政権を批判する野党の主張に,優れた代案がない限り,日本の有権者は魅力を感じません.グローバリゼーションの不安に呼応する右派強硬派の議論を取り込みつつ,民主的なプロセスで,戦後秩序の解体,憲法改正を着実に進める安倍首相に,対抗できる政治勢力は形成されていない,と感じます.
スローターのEU革新論から,ASEANや南シナ海,東アジアが学び,イラク戦争に関しては,日本の護憲派や,北朝鮮をめぐる5か国会議が学ぶべきでしょう.
政権を担う意志があるなら,左派勢力は,アベノミクス,安全保障,憲法改正に関して,積極的な対抗策を示すべきです.左派思想や,政策立案能力,対話・交渉過程を革新することで,自民党が解体するとき,選挙の力学は変わるでしょう.
******************************