IPEの果樹園2016

今週のReview

5/30-6/4

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中国の経済改革 ・・・ヨーロッパ難民危機の見通し ・・・拷問とドローンによる暗殺 ・・・Brexit論争 ・・・オバマの広島訪問 ・・・トランプとその克服 ・・・ギグ・エコノミー ・・・伊勢志摩サミットと財政政策 ・・・ヘリコプター・マネーとマイナス金利 ・・・オバマのベトナム訪問 ・・・エリートの失敗 ・・・中東の秩序 ・・・アメリカの貯蓄と対外赤字

 [長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  ヨーロッパ難民危機の見通し

FT May 20, 2016

The solution to Europe’s migrant crisis has shaky foundations

Ian Bremmer

絶望した人々が潮流となって北ヨーロッパに流入した危機は、この数か月で急速に減少し、一息ついている。バルカン・ルートにおける障害と、EUがトルコとの合意により難民を送り返し始めたからだ。

しかし、この成功はギリシャとトルコに大きく依存している。

ギリシャは、5年間で3度の救済融資を受け、債務は総額3200億ユーロに達している。そのギリシャが多数の難民を受け入れ、同時に、労働人口の4分の1、若者では半数が失業している。過去7年間で企業の4分の1が閉鎖され、賃金は40%近く下落した。2007年以来、経済規模は4分の1も縮小した。

他方、トルコの姿勢も、シェンゲン協定諸国におけるトルコ国民に対するビザの廃止と交換に、海上からのギリシャ入国を阻止することに協力する、という合意であった。しかし、大統領のエルドアンRecep Tayyip Erdoganは憲法改正により任期を延長し、権力の強化を図ろうとしている。欧州委員会は、トルコがテロ対策法を改正して、それがジャーナリストや政府批判への弾圧に利用されないように求めている。EUが合意したダウトオール首相は辞任し、ヨーロッパ議会はトルコに対するビザの廃止を嫌っている。

VOX 23 May 2016

The migration crisis and refugee policy in Europe

Timothy J Hatton

ヨーロッパの難民受入れシステムは混乱し、ますます論争を分裂させて、その場しのぎの解決策に向かいつつある。現在の「自発的な」難民受入れシステムに代わって、より包括的な難民割り当てシステムに移行するべきである。それができなければ、一層の政治的な反発が起きるだろう。

難民の急増は、内戦地域や人権侵害の状態から逃れる人々が増えたことによるものだ。「経済難民」ではない。しかし、難民認定の率は、1992年まで減少したが、その後、50%にまで改善し、それから2002年まで再び低下し、今は50%の水準にまで回復してきた。しかし、認定されなかったものの多くは非合法な滞在を続けている。

世論の動向は、難民に対して好意的である。しかし、ヨーロッパ外の貧しい国からの移民には制限することを求めている。世論は反移民の姿勢を示していない。EUに対する懐疑論が高まっているにもかかわらず、移民・難民に関してはEUレベルの意思決定を求める人が増えている。

EUとしてなすべきことは、1.「自発的な」難民への動機を減らすことだ。厳格な国境管理には明らかに効果がある。EUの境界警備体制に独自の権限と財源、スタッフを与えるべきだ。2.難民キャンプの条件を改善することだ。長期的には、地域社会への統合、送還、再定住化が必要である。3.難民受け入れ能力をEUレベルで高めることだ。EU加盟諸国で1人当たりの難民認定数は大きく異なる。難民認定を超国家機関に委ね、その受け入れや財源負担も公平に行うべきだ。

そのような政策は、世論によって支持される。政治が躊躇しても、危機によって転換を強いられるだろう。


l  拷問とドローンによる暗殺

Project Syndicate MAY 20, 2016 2

Why Torture Doesn’t Work

SHANE O'MARA

拷問はむだである。拷問は、それを行う者にも、その社会にも、深刻な影響を与える。

信頼できる情報は、日常における法の執行やテロ行為の防止にとって欠かせない。それゆえ情報収集や操作は行動科学や脳科学に基づき行われるべきだ。ハリウッド映画が描くような狂気の想像力によるのではない。

拷問は人類の歴史とともにあった。その呼び方は違うが。例えば民主主義の下では、拷問は極秘に行われ、心理的、神経的、生理的な機能の核心を狙った技術を好んで用いる。これらの技術は、水責め、窒息、束縛、ストレスの強い姿勢を強いる、などと同様、極寒、騒音、強い光線、など、物理的な証拠を残さない。しかしそれらの影響は、たとえば、裸にする、社会的に孤立させる、銃、ドリル、犬を使って威嚇する、愛する者への攻撃を工作する、などもともなう、破滅的なものである。

そのおぞましさにもかかわらず、擁護する者には事欠かない。味方の命がかかっている。情報を得なければならない、と。強いストレスをかけることで、彼らが知っていることを吐き出すだろう。

しかし、このような主張を正当化する証拠はない。実際は、拷問がその達成すべき目的を破壊する。拷問によって自白したことは膨大な量となり、そこに本質的な重要情報は含まれていない。かつて、どれほど多くの女性が拷問によって、自分は魔女である、と認めたことか。ガリレオは拷問される脅しだけで、地球が太陽の周りを回転しているという主張を否定した。

無意味な自白を強要するために、無防備な者に物理的、精神的な攻撃を加えることは、人格を損ない、恥辱を与え、精神的な障害を与えるものだ。民主主義の下で、こうした拷問が行われるなら、拷問を行う者は社会的な支持を得て、あるいは楽しみから、自分たちの仲間にも拷問をするようになる。民主的な制度や法の支配が破壊されるだろう。


l  オバマの広島訪問

Project Syndicate MAY 20, 2016

Hiroshima With or Without Remorse?

ARYEH NEIER

オバマ大統領が広島を訪問し、1945年の原爆投下を謝罪しないとしても、そこで起きたこと、その理由を考えるように関心を集める、というのは良いことだ。

原爆の使用を支持する議論は、第2次大戦が早く終わった、というものだ。それにより、米兵や日本人の犠牲者が少なくなった。多くの市民が犠牲になることで、日本人は戦争を続けることが大きなコストになると理解したはずだ。

なぜ都市ではなく、人口の少ない軍事施設を標的にしなかったのか? アメリカの関係者たちは、原爆の都市におよぼす効果について知りたかったのだ。東京は、すでに激しい空爆を受けていたので、原爆の効果が分かりにくい。京都も検討されたが、最高司令官Henry Stimsonの新婚時の記憶や、京都の文化遺産が考慮された。

しかし、この説明は矛盾している。戦争終結を早めるためなら多数の市民を殺害することも正しいのか? そのような理由を認めれば、どのような虐殺も正当化できてしまう。しかし、オバマが謝罪しないのは、アメリカ人の多くが今もそう思っているからだ。

アメリカ人にとって、太平洋戦争を始めたのは日本人だ。日本人はアジアで行った残虐行為について十分に謝罪していない。特に、軍に性的サービスを強要された従軍慰安婦に対する姿勢がそうだ。

さらに、アメリカには世界で果たすべき特別な役割がある、と考えている。ベトナム戦争も、イラク侵攻も、それによる民間人の犠牲者に謝罪していない。それはアメリカ例外主義の1つだ。

しかし、アメリカが謝罪したこともある。第2次大戦中の日系人に対する扱いを謝罪した。他国の指導者も謝罪したことがある。197012月、西ドイツのブラント首相がワルシャワ・ゲットーを訪れ、深甚な謝罪の姿勢を示したことは有名だ。それは衝撃的であったが、戦争において、それだけの恐怖に加担したドイツ人がグローバルな地位を回復した瞬間を挙げるとしたら、この謝罪のときがそれであった。

オバマが、多くの市民の生活を破壊したことについて、アメリカの責任に言及してほしい。

NYT MAY 25, 2016

In Obama’s Visit to Hiroshima, a Complex Calculus of Asian Politics

By GARDINER HARRIS

オバマの広島訪問は、大小の国がますます不穏な対立を生じている東アジアの情勢に影響する。アメリカの有権者が大統領の謝罪を望まないだけでなく、中国や韓国など、日本帝国に戦時中の侵略と虐殺を味わったアジア諸国が懸念している。

しかし、オバマとその側近たちは、ベトナム戦争からイラク戦争まで、アメリカを果てしない災難に導いたワシントンの通念を軽蔑するようになった。それゆえオバマは、90年近くもアメリカ大統領が訪れなかったキューバに行ったし、イランの専制国家を支配するムラーたちに会って核合意を結んだし、ベトナムを訪れて長年にわたる武器禁輸措置を解除した。

オバマにとって広島訪問は、核廃絶や核事故・核攻撃のリスクを抑える試みの一環だ。「核兵器を大量保有し、それを使用した唯一の国として、アメリカには行動する道義的責任がある。」と、オバマはプラハで演説した。

しかし、アメリカの核兵器保有の近代化や、北朝鮮、パキスタンの核武装は、オバマ政権の下で世界がより危険な状態に向かったことを示すものだ。また、韓国、中国は、オバマの訪問が安倍首相の歴史認識を正当化することに反対している。安倍は、昨年の安保法制により、部分的に国外での武器使用を認める法制化を果たした。

中国は、アメリカの姿勢が日本寄りになるのを嫌っている。アメリカ政府は、気候変動の条約にどうしても欠かせない中国の支持を意識して、日本より中国の姿勢を重視してきたが、その後は、東・南シナ海の紛争を憂慮し、日本との同盟関係を強調するようになった。

オバマの訪問が安倍政権の支持につながることを嫌う声は東京にもある。また、日本政府は、ようやく実現した韓国との関係改善や歴史認識問題が再び論争になること、真珠湾に来て演説するように求められることを心配している。

日本はアメリカによる「核の傘」を弱めてほしくない。核廃絶は、すべての国が同時に行うべきだ、と日本の政府高官は発言した。


l  トランプとその克服

NYT MAY 20, 2016

The Fragmented Society

David Brooks

社会は分散したが、富と貧困は集中している。社会、政治、経済状態として、二極分解した社会にわれわれは住んでいる。政治家たちは何かのせいにして攻撃する。銀行が悪い、移民が悪い、トランプが悪い、など。しかし、過去の安定した社会は近代化を生き延びることができなかったし、回復することもできない。

そのような社会は、グローバリゼーション、フェミニズム、性革命、移民の増大、より大きな消費の自由を生き延びることができなかった。より大きな弾力性、創造性、個人の選択を、われわれは楽しんでいる。それらを捨てることはないだろう。

われわれは、新しい社会でローカルな近隣地区の組織化を学ぶ過程にある。個人、家族、町、国民、世界における循環を生きることだ。さまざまな点で、その連鎖を修復しなければならない。古代ギリシャやローマがそうであったように。

The Guardian, Sunday 22 May 2016

Flirting with Trump? No, the US will vote for a Boulder solution

Will Hutton

コロラド州、ボールダーBoulder, Colorado21世紀のアメリカの都市化を指導するだろう。

トランプやEU離脱派と違い、ボールダーは寛容な文化、先進的な技術、思慮深い都市化・インフラ投資、ダイエットからマウンテン・バイクまで、さまざまな新しいサービス産業を育て、豊かで満足できる都市生活を示している。

どれほど高い関税を導入し、メキシコ故郷に壁を築いても、アメリカが製造業雇用で繁栄することはない。ロボット化の過程は止められない。事務職にも及ぶだろう。豊富な富があっても、満たすべき人間的な必要は無限にあるのだ。富の公平な分配こそが条件だ。

そのためには、ボールダーが示したように、インフラ整備と人々への投資を行うことだ。企業は17000億ドルも余剰資金を保持するより、こうした分野で投資に向かうことだろう。公共政策が富裕層支配の政治に翻弄されていてはできない。もっと課税し、支出するべきだ。


l  ギグ・エコノミー

FT May 23, 2016

The gig economy needs a new bargain for workers

ギグ・エコノミーが広がっているが,ヒラリー・クリントンに政策を助言するElizabeth Warren上院議員は,これを敵視しない.インターネットで単発の仕事を請負う,あるいは,ウーバーのような知ら受け労働の組織化は,さまざまな利点を持っているからだ.実際,パリの移民たちは,正規の職業に就けないから,こうした新しい労働を歓迎している.

政治には,ギグ・エコノミーが競争や労働条件を悪化させない条件を整備する責任がある.この問題は,多くのパートタイムや下請け労働者の条件改善とも共通している.

1.社会保障の一体化,2.給付は労働者に対するもので,起業に対してではない,3.既存の労働法を守らせる,4.集団交渉に参加させる.


l  伊勢志摩サミットと財政政策

FT MAY 21, 2016

Can the G7 rekindle the flame of co-operation?

Stephen King

来週は、中国が台頭する前の、そして冷戦が終結する前の世界を、懐かしい、と思う気持ちを捨てる時かもしれない。G7が日本で開催されるからだ。

週末には財務長官と中央銀行総裁たちが集まっていたが、数日を経て、そのボスたちが指導者の写真撮影会を開く。世界の成長がいつまでも低水準であることを観れば、国際政策協調を再興する時期が来た、と言えるだろう。

その最盛期には、G7が世界経済のハンドルを握っていた。良い行動を約束して、世界経済のリスクを減らし、不均衡を解消した。19859月のプラザ合意の後、イタリアとカナダを除くG5は、工業諸国の繁栄を分かち合った。1980年代後半には、高い成長、低いインフレ率、実質金利の低下、アメリカの双子の赤字を減らし、初期におけるドルの過大評価を逆転した。

その後、確かに、急激なドル安を止める1987年のルーブル合意では、すべてがうまく行ったわけではなかった。数か月後、株価の下落が起きたのだ。しかし、この時期、政策協調は有効であった。たとえば、アメリカが財政赤字を減らすには、日本とヨーロッパがより拡大的な国内政策を採ることで、グローバルなリスクを抑えた。

その後の事態は協調を不可能にした。アメリカの第1次湾岸戦争、ドイツの東西再統一、日本は株価のバブルが破裂した後始末に忙殺された。

政策協調を支持する弱い理由は、通貨戦争の回避だ。金融緩和が通貨を安くして国内を刺激しても、それはゼロサム・ゲームになる。強い理由は、協調がもたらす利益である。正しい政策協調はプラスサムだ。金融危機後の低成長は、世界に「最後の消費者」を求める。貯蓄のパラドックス、多くの人が貯蓄し、支出しないから、低成長、ディスインフレ、低金利が続いている。他国から貯蓄を受け取る新興市場にはバブルが起き、それが破裂する。

理想的な世界では、ドルが準備通貨であるから、アメリカは財政赤字のコストを気にせずに刺激策をとる。中国は家計の貯蓄を、金融改革により、将来の高い所得を期待した国内消費の拡大に向ける。ドイツは過剰な貯蓄を外国に輸出することなく、企業の国内投資増や、労働者の賃金引上げに向ける。3国が経常収支の赤字を増やし(あるいは、黒字を減らし)、世界貿易や世界成長率を高める。金利は正常化するだろう。

しかし、今は1980年代と異なる。共同行動を取る目的が共有されていない。成長やインフレが低すぎるけれど、その政策については、ケインズ的な解釈と供給側の改革を重視する解釈(特にドイツ)が対立している。合意に対する信頼の問題もある。2009年のロンドンG20サミットで合意したこと(持続的な回復が達成されるまで金融緩和と財政刺激策を続ける)が、中国以外の国では維持されていない。

何より、G7諸国はもはや世界最大の経済ではない。中国を含まないG7は、その成立に先立つ条件がない。

Project Syndicate MAY 23, 2016

A Debt Agenda for the G7

MARTIN FELDSTEIN

G7で合意するべき重要な課題は、政府債務を減らすことである。

政府債務が増大すれば、それは生産的な民間投資を減らすだろう。また企業は財政赤字の増大が増税を意味すると考えるから、その予想が投資を損なうだろう。将来、金利が上昇すれば、利払いのために増税し、投資が減り、経済活動が弱くなる。不況が来ても政府による財政的な緩和策が採れず、安全保障にも脅威になる。

中央銀行は、異常な低金利政策を続けるべきではないし、将来、必ず金利を引き上げることを明確にアナウンスして準備させるべきだ。他方、議会は増税を支持しないが、財政支出の総額を抑える税制には合意できるだろう。それはさまざまな税額控除や戻し税に関する支出の抑制を意味する。増税できなくても、財政支出を減らし、計画的にGDP比率を低下させる。

Project Syndicate MAY 24, 2016

Rediscovering Fiscal Policy at the G7

JEFFREY FRANKEL

伊勢志摩サミットで話し合うべき最大のテーマは、世界経済の回復が弱いことであり、財政刺激策の合意である。各国の政治指導者たちは、マクロ経済学の教科書を読み直した方がよい。

かつてエコノミストたちが財政政策を批判したのは、それが「政治的に制約されていた」からである。今、財政政策が非常に効果的であるときに、エコノミストたちが一層の声を上げるべきだ。

積極的な財政政策が支持された時代には、反循環的な財政政策が議論された。景気拡大期には増税し、不況になれば景気を刺激する。1965年、ミルトン・フリードマンが、1971年には、リチャード・ニクソンが「われわれは皆、ケインジアンだ」と述べたように、それは時代精神であった。

しかし、2000年以降、景気変動と同じ方向で拡大もしくは縮小する財政政策が採用された。アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領、その後の共和党議員たちだ。また、ヨーロッパでもギリシャの財政緊縮策が現れた。特にドイツが強要したものだが、結果は大幅な経済の縮小による債務比率の上昇だった。G7会合の議長国である日本も、消費税引き上げの失敗を犯した。

発展途上諸国でも、財政黒字を維持し、外貨準備を増やして、財政政策の余地を得たにもかかわらず、反循環的な財政政策を採用しない国がある。


l  ヘリコプター・マネーとマイナス金利

FT May 22, 2016

The helicopter money drop demands balance

Adair Turner

2008年の金融危機から8年が経っても、世界経済は低成長、低すぎるインフレ、増大する債務に苦しむ状態だ。巨額の金融刺激策も十分な需要を生み出せない。資金を与えられた財政赤字、すなわち、より広まった呼び方では「ヘリコプター・マネー」は、残されたわずかな政策選択肢の1つである。

問題は、適切な条件、適切な量の貨幣を、確実に与えることを保証するルールや責任体制を決めることだ。それは政治的な問題である。

もし政府と中央銀行だけが貨幣を発行し、政府が支出や減税のためだけに貨幣を増やし、その追加の貨幣が消費者のポケットに入って支出されるなら、また、もし完全雇用ならインフレになり、完全雇用以下なら景気が刺激されるなら、また、貨幣供給の規模によって、少し増やせば物価の上昇と生産の増大、多く増やし過ぎればハイパーインフレーションになる、というのであれば、それは簡単であろう。

しかし、現実には、銀行システムが融資によってそれを変え、乗数が働く。準備率規制をすれば、貨幣供給の規模が重要になる。重要なことは、政府に中央銀行が融資してはならない、というタブーを破れば、政治的な支持を得るために、選挙の前に貨幣を大量に印刷する危険があることだ。それは、バーナンキが主張したように、独立した中央銀行がインフレ目標に従った貨幣量を供給することで解決できる。

他方、インド中央銀行総裁のラジャンが逆の意味で反対した。中央銀行が窓から大量の貨幣を投げるのを観た人々は、その貨幣を支出するより、貯蓄してしまうだろう。だから名目需要は増加しない。

「多すぎる」問題も、「少な過ぎる」問題も、ルールと責任体制にかかっている。中央銀行が政府に直接融資することを禁止する、という状態から、厳格に規定された規律に移行するなら、人々は追加された貨幣を支出し、われわれは有益な政策手段を手に入れるだろう。

Project Syndicate MAY 24, 2016

The False Promise of Negative Interest Rates

ROBERT SKIDELSKY

ケインズの伝記作家として、私は問うときがある。「ケインズはマイナス金利をどう思うだろうか?

一般理論の記述を思い出す.もし政府が失業を減らすために他に(住宅を建てる,など)何も思いつかないなら,銀行を埋めて,それを再び掘り出すことは,何もしないより良いだろう,と.

採用した国は,Denmark, Sweden, Switzerland, Japan, and the eurozoneそしてアメリカやイギリスも魅力を感じている.しかしマイナス金利も,2008年の金融危機以後,景気回復を促す金融政策の(効果のない)工夫の最新例である.

名目金利はゼロ以下に下がらないが,投資家の期待利潤率は容易にマイナスにもなる.だから,中央銀行が商業銀行の残高に課税して,融資を強いるのだ.ただし,そのマイナスの効果を世界銀行は指摘している.銀行の経営を圧迫し,過度にリスクを取るのを促し,厳禁経済を奨励し,年金・保険会社が長期債務に耐えられなくなる.

不況に対して,金融政策だけでは十分な効果が生じない,ということだ.「長期停滞」と失業が問題になる時代には,政府が大きな役割を引き受けることになる.中央銀行から政府が直接に借りて,それを住宅建設,公共輸送システムの更新,エネルギー節約技術の導入,などに支出する.残念だが,現在,それはタブーである.


l  エリートの失敗

FT May 23, 2016

How to defeat rightwing populism

Martin Wolf

トランプの登場は,共和党だけでなく,エリートたちの失敗である.

保護主義は偽薬でしかない.労働者に対する減税や最低賃金の引き上げが重要だ.しかし,基本的な問題は,高所得国の内部で,グローバリゼーションの勝者が,その敗者に対する責任を感じていないことだ.システムの正当性は,エリートたちの行動に依存している.


l  アメリカの貯蓄と対外赤字

Project Syndicate MAY 23, 2016

America’s Saving Perils

STEPHEN S. ROACH

アメリカの貿易赤字の理由は明白だ.アメリカ人が生産する以上に消費し,外国から貯蓄を吸収し続けているのだ.しかし,政治家たちは有権者を責めるより,外国人を責める.

国際的な貯蓄の不均衡は,国際資本移動を不安定化し,資産バブルや金融危機を招く.貯蓄と支出とのバランスを慎重に行う政策は,アメリカや中国にとって重要だ.その意味で,中国の改革はアメリカよりも一歩前進している.

しかし,外部に不満を強めるアメリカの有権者たちはそのことを意識しない.その結果は,アメリカン・ドリームの終わりである.

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The Economist May 14th 2016

The war within

The Arab World: The clash within a civilisation

An election in the Philippines: The dangers of Duterte Harry

The Philippines: Fist of iron

The Cultural Revolution, 50 years on: It was the worst of times

Zimbabwe’s new currency: Who wants to be a trillionaire?

(コメント) 中東における秩序崩壊に関する特集記事が印象的です.それは異なる文明の間の衝突ではなく,同じ文明の中の衝突です.1.専制支配体制の崩壊,2.石油に依存した地代経済の崩壊,3.イスラム内部の聖戦主義を加速したサウジアラビアとイランの闘い,4.外部勢力の介入.

解決の道をどこに求めるのか? サイクス=ピコ条約のように,領土を再分割するべきだ,民族や宗派ごとに分離するべきだ,という解決策を,The Economistは支持しません.むしろ連邦制と権力の分散・地方分権を薦めます.

フィリピン,中国の文化大革命,ジンバブエについても,内戦の流れを回避する政治的なモデルに向けて,指導者たちと民衆との対話が権力の正当性を高める仕組みを探します.

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IPEの想像力 5/30/16

広島訪問を観て,アメリカ大統領がオバマであることを喜びました.トランプであれば,どうだったか? 他方,オバマと歩く日本の首相が安倍晋三であることは,献花と敬礼に,靖国神社や自衛隊への敬礼を連想しました.

政治は想像力であり,政治家とその言葉は,国家や国民をつなぐシンボルとして強い意味を持ちます.アジアや世界も,彼らが歩むことの意味を考えます.

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「死が空から舞い降りた.」

ゲーテのファウストのように,オバマは文明と科学技術のもたらす破滅について,広島で考えます.

国家が戦争を行い,戦争が国家を作った.歴史社会学者たちはその関係について述べました.原子爆弾は,戦争を,そして,おそらく従来の国家を不可能にしました.原子爆弾は,広島から日本を変え,アメリカを変え,世界を変えたのです.

オバマが帝国の興亡について,無辜の民が苦しんだ,と言及したとき,その帝国とは日本やナチス・ドイツであり,イギリス帝国やアメリカ帝国でもある,と感じました.アメリカは謝罪せず,人類の文明とともに,その過ちと苦しみを共有する視点から,オバマは考えます.

同じ高度な文明が「都市」を,「芸術」を残し,「正義」,「調和」,「真実」をもたらした.人類史が示す「紛争」と「征服」の繰り返されたパターンを考えること.最も裕福で,最も強大な国家間で行われた第2次世界大戦において,数年のうちに約6000万人が死んだ,と知るべきだ.

都市への無差別な空爆も,ドローンによる国境を超えた暗殺も,政治指導者たちは決断してきた.オバマは,トルーマンも正しいと信じて決断したのだ,と考えます.その上で,アメリカ国民に広島の姿を見るように求めます.

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「武器」と「社会的革新」が戦争を肥大化してきた.それは逆転できないのか? オバマは「核なき世界」の実現に失敗しました.プラハ演説を引き継いで,その答えは何か?

その答えは,暴力や征服を正当化する文明,信念,宗教ではなく,科学でもない.しかし,技術進歩と人間の制度が組み合わさるとき,戦争ではない,優れた成果を人類にもたらすことができる.

広島を観よ.日米の「同盟」だけでなく「友情」が,二度と再び戦争を起こさない関係を築いている.ヨーロッパにおける「統合」と「民主主義」が,次の戦争を防ぐだろう.人民が抑圧から解放され,国際社会が条約や制度を築くことで,戦争が起こらない(より起こりにくい)世界に向かう.その過程で,核兵器は廃絶できる.と,オバマは考えたのです.

確かに今も,世界中で,暴力や恐怖,政治の腐敗が存在しているけれど.・・・そうだ.われわれは,まだ,なすべき多くのことを抱えている.

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核兵器を増やし続けることの論理的な矛盾を認めねばならない.「恐怖のロジック」ではなく,戦争についての「考え方」mindsetを変えるときだ.

紛争を外交によって予防することが重要であり,紛争が拡大してから軍事的に解決することは非常に劣った解決策でしかない.平和的な協力の方が,暴力的な競争よりもはるかに優れている.破壊する国民より,建設する国民を高く評価するべきだ.

アメリカの歴史を振り返り,(奴隷制,など)多くの過ちを犯したとしても,幸福を追求する権利,差別されない,すべての市民の人権を,アメリカや他の多くの民主主義国は認めている.

一人の人間として想像する力で,人類を結びつけることができる.「人権」という思想について.われわれがそれを学び,われわれが選択することで,子供たちに異なった世界を語ってやれるはずだ.

「共通の人間性」を認めた,「戦争の起こりにくい世界」,「残酷な行為を受け入れない人々」を実現する.

そのような話を「被爆者」から聴くことができる.なぜなら,彼らは原子爆弾を浴びて,戦争それ自体を心から憎むからだ.

幸福を追求する平等な権利について,国境の中でも,それを実現することはむつかしい.人類が1つの家族であれば,と思うだろう.広島に来て,それを想像することだ.

71年前の広島にも,朝,キッチンで子供たちとあいさつした父親や母親がいただろう.職場や学校に向かった.私たちと同じように暮らす人々が,この広島に多くいて,亡くなった.

普通の人々は,2度と戦争してはいけない,ということを理解している.軍事力に頼る国家と国家の指導者たちは,広島に来て,何がなされたかを学ぶべきだ.

しかし今,平和の中を子供たちは学校に通っている.

子供たちを守り,世界中の子供たちにも,同じようにこの幸せを広げていくことを,私たちは目指す.

私たちは,広島・長崎でそれを知る.

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アメリカの指導者による謝罪ではなく,広島訪問の意味を,自分もその一人でしかない人類に問いかけます.

同様に,オバマは問われています.・・・拷問について,諜報活動について.ドローンや傭兵(民間軍事サービス契約)について.

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真珠湾攻撃について,安倍首相は問われます.アジアの侵略について,軍国主義について.

国会や皇居に中華人民共和国の国家主席を招いて,人民大会堂や南京に日本の内閣総理大臣を招いて,その演説を聴く日も来るでしょう.

日本政府は,広島・長崎を経験し,憲法9条を持ちながら,核兵器廃絶のために何をしたのか?

毎年,複数の国家元首・政治指導者や紛争地域の軍事関係者を広島に招いて,紛争回避・平和構築のためのサミットを開催してはどうか?

オバマは,被爆者を含む運営委員会に,1人の委員として参加します.

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