IPEの果樹園2016

今週のReview

5/23-28

*****************************

Brexit論争 ・・・オバマの広島訪問 ・・・民主主義の改革 ・・・独占と金融ビジネスに反対する ・・・サイクス=ピコ条約100周年 ・・・トランプ大統領 ・・・ドル危機 ・・・円高と介入 ・・・グローバリゼーションと経済学の責任

 [長いReview]

******************************

[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  Brexit論争

FT May 15, 2016

Brexit would be a challenge for Berlin

Charles Grant

イギリスのEU離脱により、多くのドイツ人はEUをますます自分たちにあったものに感じるだろうが、EUの他の諸国ではドイツに対する不満が強くなるだろう。

各国は欧州委員会の権限増大を好まない。国内に問題を抱えているフランスのオランド、イタリアのレンツィは、EU内の役割を増大することができない。そのため、ますます、経済的に成功しているドイツと経験豊富はメルケルの指導力が求められるだろう。

ユーロ危機の回避で、また、ウクライナ危機の制裁で、ドイツはEU諸国にその考え方を受け入れさせた。特に、難民危機の鎮静化のため、EU諸国やその機関を無視して、メルケルは単独でトルコとの交渉を行ったし、難民受入れではEU補助金を失うことになると脅して加盟諸国の割り当てを強いた。その結果、ドイツとポーランドとの対立は深まっている。

ドイツがEUを指導すればするほど、他の加盟諸国の不満が高まる。それは不当な場合もある。アメリカがよく知っているように。ユーロ危機が財政緊縮や財政移転に向かうことに、南欧諸国だけでなく、ドイツ国内でも不満が高まった。

イギリスのEU離脱がドイツの不満をさらに強め、ユーロを嫌うAfDの支持を高めるだろう。それはメルケルやキリスト教民主同盟を苦しめる。また、フランスなどの保護主義・国家介入主義に対抗して、自由貿易やEU予算拡大に反対するイギリスは、ドイツにとって重要な国である。

ドイツがますます強い支配力を得るという他の加盟国の懸念に慎重に対応しなければ、BrexitEU内の混乱を招くだろう。


l  オバマの広島訪問

FT May 12, 2016

Obama cements his legacy with his trip to Hiroshima

Jacob Weisberg

大統領は任期の最後に遺産のことを考える。クリントンは貿易法案、ブッシュはイラク戦争の終結。オバマも最初は共和党との対話を唱えていたが、完全に阻まれた。その代わりに、他国との長期に及ぶ対立を解消することに向かった。そしてイランとキューバと合意した。

オバマの広島訪問は、もう1つのドアを開くものだ。彼を批判するものは、さっそく、オバマの「グローバル謝罪ツアー」が新しい駅に着く、と非難している。しかし、オバマは頻繁に謝罪していないし、謝罪のために行くのではない。

広島の平和記念公園に、日本の安倍首相とともに行くことは、タブーに挑戦するものだ。1995年、スミソニアン博物館で、広島に原子爆弾を投下したエノラ・ゲイB29を展示する企画があった。その展示が日本人に同情的過ぎると批判され、展示内容を変えたが、その後、中止された。当時、下院議長であったNewt Gingrichは、今、ドナルド・トランプの副大統領として名乗りを上げている。アメリカ人が恥ずべきだ,と一部の文化エリートに言われることに苦しみ、倦んでいる、と展示を非難した。

歴史家たちは今も原爆の使用について論争している。なぜトルーマン大統領は原爆投下を決断し、広島、長崎で20万人も殺害したのか? それは正当化できるか?

オバマは広島訪問で、核兵器の時代が始まった場所に立ち、その恐怖を認めて、21世紀における核拡散と軍縮の議論を加速したいのだ。アメリカとアジアの同盟国、日本、とを分断するこの苦しい歴史を和解させる役割を担いたいと願っている。

オバマが広島を訪問することの歴史的な勇気は認めるが、政治的限界を無視できないだろう。

FP MAY 18, 2016

Mercenaries Are the Silent Majority of Obama’s Military

BY MICAH ZENKO

一貫した「オバマ・ドクトリン」について論じることはむつかしいが、多くのメディアが無視し、オバマも触れないことが1つある。海外における軍事作戦を支援するために、かつてないほど多くの民間軍事契約者を利用したことだ。

概ね、アフガニスタンでは、米兵1人に対して3人の契約者が働いている。現在、イラクでは7773人の契約者がアメリカ政府と軍にサービスを提供している。オバマの下で、これらの国に展開する米兵の数よりも多くの民間軍事契約者たちが死亡した。


l  民主主義の改革

The Guardian, Friday 13 May 2016

Post-truth politicians such as Donald Trump and Boris Johnson are no joke

Jonathan Freedland

真実を失った政治の時代this era of post-truth politicsにおいては、躊躇なく嘘をつける者が王者である。厚かましい不正直な者ほど、パンツに火がついても気にせず、繁栄することができる。

放送局は事実をチェックしない。若者たちが退屈するからだ。細かいことに流れて視聴者を失う、と心配する。

それは以前からあったことだ。より重要なことは、メディア文化の変化である。技術は政治家たちを支持者に、直接、結びつけることも可能にした。事実かどうかをチェックするニュース番組の編集局が介在することはない。トランプと彼のトウィッターがそうだ。ソーシャルメディアや、アメリカのケーブルテレビ局は、政治家の見解を支持するような情報ばかりを有権者に流す。

そのことが、有権者たちを変化させ、ますます不快な事実に対する拒否反応が強まっている。彼らがひどく嫌うメイン・メディアの事実を無視するために、秘密の作戦を進めている。現実を無視した仮想現実の世界を支持者たちに本当だと思わせること、嘘に満ちた陰謀論の肥沃な土壌を耕すこと、である。

基本的な事実に関して合意できないとき、民主主義が機能することはない。それはアメリカで深刻な問題になっており、イギリスでも、BBCをめぐる論争のように、始まっている。誰もが嘘つきだと非難する、真実のない荒涼とした世界にわれわれは取り残される。

NYT MAY 14, 2016

Is There Too Much Democracy in America or Too Little?

By MICHAEL LIND

ドナルド・トランプが登場するアメリカの民主主義は行き過ぎなのか? アメリカ大統領選挙で、大衆の意志を制限する必要がある、と議論されている。ヨーロッパでは、民主主義の不足がデマゴーグたちの反動を招いている。

アイルランドの政治家Peter Mairは、大西洋の両岸で進む民主主義の空洞化現象を、大衆選挙政治からのエリートたちの離脱、と見ている。政治は、大衆政党の党員によって候補者が選択される過程ではなく、資金提供者や、有権者に向けた金のかかる広告による選別へと変わった。近隣地区における政党組織は衰退し、低所得者や教育を受けていない有権者が投票しなくなった。アメリカの投票行動は富裕層に偏っている。

政治資金を集める必要から、共和党も民主党も候補者を献金団体の意見によってスクリーニングしている。その制約を受けないのは、Bernie Sandersのような社会運動のシンボル, Ross Perot or Michael Bloombergのような大資産家、Arnold Schwarzenegger or Jesse Venturaのような人気スターたちである。トランプは後の2つに当てはまる。

過去数世代の間に、有権者の投票結果は政策に反映されなくなってきた。州政府・地方政府の支出の多くは、法律によって社会保障支出を定められている。また、連邦政府内でも、かつて議会が決めていたことが、今では法的手続き、独立機関、大統領・行政府によって行われている。

多数決が無視されるもう一つの仕組みは、安全性、プライヴァシー、健康・環境規制など、選挙に依存しない機関が決めていることだ。通商交渉を進める秘密主義の超国家機関のように。その合意は、企業や投資家が国内法や政策による不利益について国家を訴えることができる、と決めている。わずかな経済利益を得るために、あまりにも多くの主権を失っている。多国籍企業や超国家のNGOs職員たちが、選挙されることもなく、各国のルール決定権を奪っている、と考えても、それは保護主義者であることを意味しない。

政治的無気力や不満に対して、有権者の投票にもっと多く政策決定を委ねるべきだ。自動的な有権者登録、オンライン投票、休日投票、など、選挙改革は投票率の引き上げに好ましい。基本的な権利に関しては連邦の法律に従うべきだが、公共政策の他の分野では、できるだけ多くの政策を投票結果によって決めるべきだ。

行政府の高い水準の決定ほど、一般市民ではなく、企業や資金豊富なNGOsによるロビー活動が強い影響力を持っている。労働者や地方市民は州の政治やワシントンに影響できない。彼らが疎外されたと感じないようにするには、もっと地方分権が必要だ。そして、市やカウンティの実験的な政策を行う自由を認めることだ。権力と財源を、議会は地方政府とシェアする。教育、医療、インフラに関して、財源への制約を減らすのが良い。

白人プロテスタントのエリート政治の初期には、多数支配という「非リベラルな民主主義」であった。その反対の極にある、エリートだけの「非民主的なリベラリズム」が答ではない。

民主主義の不足は反動を招くだけだ。より多くの民主主義によってデマゴギーを排除できる。


l  独占と金融ビジネスに反対する

Project Syndicate MAY 13, 2016

Monopoly’s New Era

JOSEPH E. STIGLITZ

200年間、何が所得分配を決定するか、そして、経済はどのように機能するか、に関して2つの考え方があった。1つは、アダム・スミスと19世紀のリベラルなエコノミストたちが提起した、競争市場に注目する考え方だ。もう1つは、スミスの自由主義がいかに急速に富と所得の集中をもたらすか、市場の独占化傾向に注目する考え方だ。

2の考え方は、「パワー」から出発する。独占を行使する能力を重視するからだ。第2次世界大戦後、西側ではリベラルな考え方が支配的であった。しかし不平等は拡大し、懸念が広がった。限界生産物を個人の報酬に結び付けることは、ますます、経済の機能を説明できなくなった。

現代経済では、telecoms, cable TV, digital branches from social media to Internet search, health insurance, pharmaceuticals, agro-businessなど、多くの分野で独占が支配的である。競争によっては、こうした分野を理解できない。競争があるとしても、それは寡占競争である。

市場経済の多くの前提は競争モデルを受け入れている。それは政府による介入を躊躇させる。市場が基本的に効率的で、公平であれば、政府は事態を改善できないからだ。しかし、もし市場が搾取に基づき、自由放任の合理性が失われたのであれば、拡大するパワーに対する闘いは、民主主義に向けたものであるだけでなく、効率性や繁栄を分かち合うためのものでもある。

The Guardian, Wednesday 18 May 2016

Making things matters. This is what Britain forgot

Ha-Joon Chang

Brexitへの不安が景気回復を妨げているのか? イギリス経済の弱さを示す深刻な数字は、その原因がもっと深いところにあることを教えている。イギリスは2008年の金融危機以後、ほとんど回復していないのだ。

2015年末、インフレ調整後のイギリスの1人当たり所得は、2007年のピークからわずか0.2%高いだけである。これは年率にすれば0.025%の成長率だ。日本の1人当たり成長率が、1990年から2010年の、いわゆる「失われた20年」において、年率で1%の成長であったことを思い出すべきだ。

この実質的な回復を不可能にしている根源は、数十年にわたり進展した経済の不均衡にある。金融部門が過剰に拡大し、製造業部門は委縮している。2008年の金融危機直後は、この金融肥大化を止めるべきだと広く認識されていた。しかし、それは実行されなかった。製造業のGDPに占める割合は、10%程度にとどまっている。

このことは、危機後にポンドの価値が30%も減価したことを考えれば、さらに異常である。これほどの通貨安があれば、他国なら製造業の輸出が伸びて拡大できたはずだ。不幸にして、イギリスの製造業は1980年代にあまりにも弱められたために、そのような回復をもたらさなかった。製造品の貿易収支赤字はGDP5.2%に達する。

これを問題にしない意見もある。イギリスはまだ世界で第8位の製造業大国である。また、もはや知識集約型の脱工業化時代である、というのだ。

しかし、イギリス製造業の規模は人口によって大きく見えるだけで、1人当たりでは20位から25位の間である。また、生産性が高まる可能性の大きい分野は、機械化や化学的な加工を含む、製造業部門にある。そして、製造業のもたらすインプットが他の分野で生産性を高めている。研究開発や革新が起こるのも製造業が中心である。

アメリカは、金融技術の革新に優れていたから20世紀半ばに金融センターをロンドンからニューヨークに奪ったのではない。そのときアメリカが指導的な工業国になったのだ。

これまでの間違った政策を転換し、製造業復活のため、十分な投資、研究開発への支援、労働者の訓練に取り組むべきだ。バランスの取れた持続的な成長のために、製造業が必要だ。



l  サイクス=ピコ条約100周年

FT May 18, 2016

An inconvenient truth for the Middle East and a line in the sand

Roula Khalaf

中東の人々は、事態が悪化すると外部の犯人を求めた。その1つが、ヘンリー・キッシンジャーだ。第2は、CIAである。そして、第3の犯人は、サイクス=ピコ条約であった。秩序が不安定化する原因を、英仏の帝国主義が押し付けた不自然な国境線に求めた。

本当は、彼らにとって不愉快なことだが、その原因はもっぱら住民や指導者にあった。

今も中東の秩序を安定化するために、国家の分離案がしばしば議論される。イラク分割、シリア分割、などだ。ISISの登場は、サイクス=ピコ条約への関心を高めた。

しかし、中東の混乱を何十年も前の計画に結び付けるのは間違っている。植民地化が地域全体に損害を与えたが、国境線に国内統一の失敗を期するのは間違いだ。もしエスニックや宗派の違いで中東各地に分断化が進むとしたら、それは集団的な幻滅と治安の悪化によるものだ。

人々は尊厳をもって、責任ある政府に統治されることを望む。シリアでも、イラクでも、レバノンでも、市民社会が立ち上がるのは、経済管理の失敗に対して、腐敗した政治支配層に対してである。100周年を記念して、サイクス=ピコの亡霊を退けよ。



l  トランプ大統領

SPIEGEL ONLINE 05/17/2016

An Exhausted Democracy

Donald Trump and the New American Nationalism

An Essay By Holger Stark

アメリカはトランプが権力を得るのを阻止できるのか? 暗黒の記憶がよみがえる。トランプは各地の演説の際に、支持者たちに宣誓を求めた。彼を大統領にするため、投票に行く、という宣誓だ。何千もの支持者が、彼の言葉に続いた。アメリカのメディアは、その情景をアドルフ・ヒトラーにたとえた。

トランプの台頭はこの20年間にわたるアメリカの危機の結果である。アメリカのエリートたちはそれを無視した。アメリカ人は、経済が良好に見えても、民主主義に消耗したようだ。世界で最も裕福な国の1つだが、富裕層は他の人々を気にしない。アメリカは勝者と敗者に分断されている。

アメリカ人がこれほど将来について悲観的であったことはない、とコラムニストDennis Pragerは書いた。ジャーナリストのAndrew Sullivanも、成熟段階の資本主義は、成熟段階の民主主義が抑制や穏健化を求める力がない、という人々の義憤、革命的な不満を生んでいる。アメリカは1930年代のヨーロッパが示した性格を帯びている、と警告した。

トランプの政策の中心部分は、マージナル(周辺・限界)化や孤立を恐れる気持ちに反応するものだ。メキシコ国境に壁を築き、イスラム教徒の入国を否定する。それらはファシストの教科書から直接に出てくる、とファシズムの専門家Robert Paxtonは述べた。自分たちが犠牲者だ、グローバリゼーションに翻弄されている、という不満に、ヨーロッパの極右のポピュリストと同じく、トランプも攻撃的なナショナリズムで応える。

Project Syndicate MAY 18, 2016

Preparing for President Trump

BILL EMMOTT

アメリカの同盟諸国は、最善を望みながら、最悪に備えなければならない。トランプとクリントンとの違いは、これまで大統領選挙における候補者の違いと全く異なるものだ。世界にとって、クリントンは継続性、トランプは断絶、を意味する。

外交に関するトランプの演説から、同盟諸国はその変化に備えなければならない。トランプはアメリカ優先を掲げ、同盟諸国に防衛負担の増額を求め、アメリカに対する黒字を示す国には2国間で厳しい要求を行う。アメリカにとって「災厄」である、というNAFTAを破棄する。

しかし、トランプの本も言うように、良い準備は渉による利益をもたらすだろう。彼が大統領になっても、そのような相手を称賛するはずだ。

1に、嫌がらせに対してもひるまない、強い相手であることを示す。第2に、同盟や友情というのは相互に認め合う。

弱い立場の日本や、28か国も集まった分裂状態のEUは、トランプ大統領の標的になりやすい。日本はこの12か月間で自由化による成長戦略を本気で実行することだ。ヨーロッパ諸国も財政均衡へのこだわりを捨てて、成長を刺激し、雇用を生み出す公共投資に取り組むことだ。

それらはいずれにせよ必要であったし、強固な同盟関係を築く基礎になる。

トランプ政権がNAFTAを破棄した場合、カナダとメキシコは協力の大義を得る。またTPP合意を無視した場合、他の諸国は、おそらく日本とオーストラリアが指導して、同じような協定を結ぶだろう。EUにたいする貿易や防衛に関するトランプの強要を防ぐには、EUNATOの加盟諸国が強固な統一姿勢を準備することだ。それは各国による防衛費の増額も意味している。金融危機や難民危機で紛糾するEUに、イギリスが離脱問題を追加することは愚かである。

アジアの同盟国、日本と韓国は互いに敵対しており、アメリカの仲介によって、かろうじて協力関係を維持している。日本が東南アジア諸国に協力しても、正式な安全保障に関する条約はない。これから9-12か月の間に、貿易戦争、通貨戦争、従来の安全保障条約が破棄される可能性に備えて、敵対や分裂ではなく、地域的な連帯を固めるときである。

より友好的でないアメリカが誕生するときまでに、こうやって備えておくことだ。


l  ドル危機

Project Syndicate MAY 17, 2016

Trumping the Dollar

BENJAMIN J. COHEN

トランプが、カジノのように、アメリカの赤字を、ディスカウント価格での債券買戻しで大幅に減らす、と主張している。

しかし、アメリカが債務の一部をデフォルトにする考えがあると示唆するだけで、債券の格付けは下がり、ドルの価値が下落するだろう。国際的な準備通貨としての地位を失うことになる。それはアメリカの超大国という地位を大きく損なうのだ。

ドルが国際通貨であることは、アメリカが100か国以上で軍事基地を持っていること、中東でも、太平洋でも、ヨーロッパでも、同盟諸国を守る軍事行動がとれること、の重要な条件である。その費用を、アメリカはドルの印刷によって支払えるからだ。

実際、アメリカ連銀が発行した銀行券の60-70%はアメリカ国外で保有されている。ドル建ての金融資産には、安定した避難所を求めて、世界の企業や資産家が投資している。それがアメリカの財政赤字を容易に融資し、アメリカの国際的な関与と軍事行動を維持可能にする。

かつてフランス大統領Valéry Giscard d’Estaingが「途方もない特権」と非難した、このドルの地位をトランプが失うなら、ドルから他の通貨に向けて資本が流出し、アメリカの地位は第1どころか、第2、第3に落ちてしまう。


l  円高と介入

FT May 18, 2016

Japan can do a lot better than selling the yen

円高を恐れて為替市場への介入を主張するより、安倍政権はもっと財政・金融政策において自国の経済を立て直すべきである。

中国が人民元の価値下落を止めたのは高く評価される。日本やユーロ圏が引き続き金融緩和を進める結果として、ドル高、円安とユーロ安が進むのも理解できる。しかし、為替介入を政策手段として強調することは、古い時代の通貨戦争を示唆し、国際関係を緊張させるだけだ。


l  グローバリゼーションと経済学の責任

FP MAY 19, 2016

Economics Has Failed America

BY DANIEL ALTMAN

グローバリゼーションで仕事を失った、生活できなくなった、すべてのアメリカ人に、私は謝罪したい。経済学はあなた方をだました。そのイデオロギー、政治学、怠慢によって、あなたたちを裏切ったのだ。経済学の教えたことは、全く不十分だった。

経済学は、「実証的な」問題に数学で答える。その後、政策に関する「規範的な」問題に価値判断を示す。教室では前者を教えて、後者にはほとんど触れない。これは経済政策に関して非常に不完全な議論だ。学生たちは原理を知るだけで、現実世界を知らない。

自由貿易やグローバリゼーションに関して、この省略は致命的な間違いだ。大学1年生は、すべて、比較優位と貿易の利益を学ぶ。彼らは、財・サービスの貿易が利益をもたらすことを示す、数学的な証明を知る。利益の方が損失よりも多い、と。

しかし、再分配は生活水準を広く改善するために必要だが、ほとんど実施されないか、全く言及もされないのだ。政府はある者から奪って他の者に与えるべきか? 誰が受け取るのか? 何を受け取るのか? 理論的には、だれもが貿易から利益を得ているし、だれもがその不利益を強いられている。こうした補償に関して社会は合意できるのか?

Tyler Cowen and Alex TabarrokPaul Krugman and his wife, the economist Robin WellsN. Gregory MankiwR. Glenn Hubbardは、こうした問題に十分答えていない。貿易によって不利益を被った人々を助けるThe Trade Adjustment Assistance (TAA) programはあるが、その予算額は66400万ドル、GDPの約0.004%でしかない。しかも、彼らが現金を受け取るわけではない。

貿易で多くの利益を得るのは、最も裕福な、高度な教育を受けた、最も国際的にリンクした人々だけだ。また、貧しい国では、労働集約的な輸出産業に雇用される人々も利益を受ける。しかし、アメリカの多くの人々は、その利益を受けていない。労働者や中産階級はグローバリゼーションの敗者である。

われわれエコノミストは、学生たちに重要なことを教えていない。より統合化された世界経済への移行をどのように管理するべきか?

********************************

The Economist May 7th 2016

China’s financial system: The coming debt bust

Special report: Finance in China - Big but brittle

Overhauling tax policy: Central tendency

Jobs in Africa: In praise of small miners

Our crony-capitalism index: The party winds down

(コメント) 中国の金融システムに債務危機が迫っている,という特集記事は説得的です.政府保証の下で,シャドー・バンキングを介した融資が膨張しており,しかも競争の激化と資本移動の自由化が迫っています.しかし,世界の破滅を予想するわけではないし,解決策がありきたりであるけれど,中国と国際金融システムの将来を考えさせます.

アフリカの小規模な違法鉱山が繁栄する,という記事が面白いです.ウェークフィールドの植民地経営と似た,資本主義のダイナミズムを示す例だと思います.

******************************

IPEの想像力 5/23/16

何のための構造改革なのか? 何のための原子爆弾なのか?

労働市場を自由化するだけで「改革」と称するのは間違いです.もっと自分たちが働き,生活する上で,好ましい社会条件を整備しなければ,「改革」とは呼べません.

G7における財政政策の協調は失敗し、為替レートに関する合意も全く得られないようです。グローバル・アベノミクスは伊勢志摩G7政治ショーの幻であり,もとから世界の経済政策における合意された枠組みに忠実な話でした。アベノミクスは、日本の財政再建をめぐる国内の論争、日銀をめぐる金融政策の転換に,安倍政権が政治的に勝利することでした。

マクロ経済政策が対立する中で,各国の構造改革がサミットの焦点となるでしょう.

****

日本で議論されているのは,財政再建や社会保障、女性の社会参加,労働市場の改革、そして成長率を高め,所得分配の平等化を達成することだと思います.そのためにも企業の余剰資金を国内投資と雇用の創出に向けること、また,TPPに応じた企業の競争力改善や農業の改革、などが議論されています。

私は,財政再建を、成長+社会保障改革+増税+インフラや教育への支出+地方分権、というパッケージによって実現することはできないか? と思いました.国民に支持されるように,「アベノミクス」より,もっとまじめな,共感を呼ぶ,良い名前を付けて.

そこでは,ベーシック・インカムが非常に重要な役割を果たすでしょう。老人や子供に対して,社会給付を無条件に行い,重要政策をめぐる政治の機能不全を解消します.労働市場では、非正規雇用と正規雇用の区別をなくす必要があります。そのために、強い権限を持った労働基準監督官を充実することです。非正規雇用や,女性,外国人の雇用・給与を差別する者は厳罰を受けます.

京都の観光はすでに適切な規模を超えた? 金融や観光ではなく、先端医療や介護ビジネス、アミューズメント・パークでもなく、もっと製造業(そのITやロジスティクスも含む)の雇用を増やして、積極的な生産性上昇を目指すことが重要だと思います。

にぎやかな商店街や町工場,大工や八百屋,魚屋,小さな食堂と小さな医院が混在する,コミュニティーに私は住みたいです.活発に働く女性や外国人が住みやすい社会、国際移民や難民が積極的に受容され、社会的ネットワークが国境を超えて広がる社会になることです.その過程で,老人ばかりの限界集落がなくなる国になってほしいです.

構造改革とは,そうした社会をもたらすからこそ,重要なのです.

****

FTの論説で、Roula Khalafは,中東の人々が政治や経済の悪化を外の犯人や陰謀のせいにする,と書いています.それは中東だけではありません.

オバマが広島で、原子力発電や原子爆弾に依存しない世界を求めて,私たちはもっとアイデアをだして議論しよう,と呼びかけるのを聴きたいです。

トランプが最終候補である大統領選挙とは、アメリカが国内・国際秩序から離脱することを問う国民投票Amexitです。トランプは脅迫や挑発で,アジアの対立を選挙に利用するでしょう.為替レートや貿易自由化について合意し,中国の市場改革や日本の制度改革が競い合い,組み合わさることで,住みよい社会を実現する時代を積極的に切り拓くときです.

******************************