IPEの果樹園2016

今週のReview

4/18-23

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タックス・ヘイブンと政治危機 ・・・経常収支赤字を恐れるな ・・・イギリスのEU離脱論 ・・・ユーロ危機と改革論 ・・・マイナス金利政策とは何か? ・・・中国の改革シナリオ ・・・IMF改革論 ・・・自由貿易論の転換期

 [長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  タックス・ヘイブンと政治危機

FT April 7, 2016

A strong tax system doesn’t rely on naming and shaming

Tim Harford

税金は強烈だ.アメリカ独立革命は,「代表なしに課税なし」と叫んで広がった.身近な生活にも影響する.18世紀のイギリスの窓税は,建築構造を変えた.1979年,オーストラリアで相続税が廃止されたとき,それは死亡率に波紋を生じた.相続税がなくなるまで,人々は何とか生き延びようとしたからだ.

パナマのMossack Fonseca法律事務所から,おそらく史上最大の秘密資料が流出したことで,多くの人々が非難にさらされている.アイスランドの首相は辞任し,イギリスのキャメロン首相も,亡くなった父親が作った口座を利用したことを認めた.映画俳優のジャッキー・チェンや,フットボール選手のメッシもそうだ.

アメリカ財務省は,課税を逃れるための大企業の合併に注目している.Pfizer Allerganの合併は破棄された.

もし富裕層や権力者が脱税し,金融犯罪にかかわったことが,情報流出で暴露されたということなら,大いに結構だ.1600億ドルも税金を減らすという合併を破棄させ,政治家や有権者が税制の抜け穴をふさぐために行動するのは良いことだ.

しかし,汚名にさらすことが正しいとは限らない.オフショア金融サービスの多くは,健全な法体系と複雑に絡み合った国際規制を犯すことなく行われている.多くの人は,脱税するためにタックス・ヘイブンを利用する必要がない.先進諸国の税制には多くの抜け穴があり,人々は「節税」に励んでいる.各国の税制を政治家たちは調和することができず,その機会を豊富に提供したままだ.

著名人のスキャンダルを探すだけでは意味がない.優れた税制とは抜け穴をふさぐ以上のものを意味する.企業が脱税するために書類をごまかしていると疑われるが,それ以上に,過剰な課税と複雑な手続きで投資を損なっている.付加価値税(VAT)を逃れるために,密輸や犯罪組織が活躍している.

政治が税制改革を阻んでいるのだ.右派は,何についても,どんな理由でも,課税に反対する.左派は,脱税さえやめさせれば財政の問題は解決したかのように主張する.しかし,望ましい改革とは,税率を下げ,課税範囲を広げ,免除を廃止し,グローバルに協力することだ.

北欧諸国が示したように,健全な経済と高税率は両立可能であるし,国民はすすんで税金を支払う.そのためには透明性が重要であるし,それ以上に,広く,シンプルに課税することである.

NYT APRIL 7, 2016

Free Pfizer! Why Inversions Are Good for the U.S.

By DIANA FURCHTGOTT-ROTH

トランプは壁を築いてメキシコからの移民流入を阻止し,オバマはヴァーチャルな壁を築いて企業の流出を阻もうとしている.どちらも成功しないだろう.

税金を軽くするためだけの企業合併を許してはならない,とオバマは述べ,の合併はPfizer Allerganの合併は潰れた.しかし,そのような標的を絞った政策は政府の信頼を損なう.まるで農民の隠していた資産を奪ったイギリス国王King Johnのようだ.それはマグナカルタにつながった.

アメリカの税率は工業諸国の中でも最高水準に属する.それがアメリカ企業にとって,世界中で営業する利益を,アイルランドのような低税率の国に移して,課税回避を模索する理由になる.

財務相は租税回避の利益を誤解している.企業にとって,課税を免れた利益は彼らのビジネス拡大に利用できる.税率を下げて投資を増やす方が良いのだ

また,アメリカの税制は企業の国際競争を不利にしている.租税回避を阻む新しいルールを導入するより,税率を下げて,世界企業の本社が立地しやすい条件を整備するべきだ.


l  経常収支赤字を恐れるな

FT April 7, 2016

Real risk from the UK’s current account deficit is not what you think

Frances Coppola

イギリスの国家統計局ONSは,2015年第4四半期の経常収支赤字が327億位ポンド,GDP7%に達した,と発表した(年間では962億ポンド,GDP5.8%).これは1948年にこうした統計を取って以来,最大である.

しかし,経常収支の赤字は,必ずしも悪いことではない.それはイギリス経済が世界の他のどこよりも良い状態を示している,と考えてもよい.

世界がブレトンウッズのような管理為替レート制であるなら,経常収支赤字の増大は通貨価値に低下の圧力を生じ,為替レートの固定化について不安が強まる.しかし,現在のイギリスは変動レートである.われわれはインフレ目標を守るだけで,為替レートは競争力を維持する水準に決まる.対外不均衡や通貨価値の低下を恐れる理由はない.

もちろん,世界は単純な変動レート制ではない.為替レートを管理して経常黒字を維持する国や,ユーロ圏のような不完全な通貨同盟,日本のように世界経済の条件に応じて為替レートを管理する国もある.

それゆえ経常収支の不均衡は問題になるが,同時に,資本移動が自由化されている.黒字国からの資本が流入して,イギリスの赤字は融資されるから問題ない.確かに,投資家たちが神経質になって,資本流入が「突然ストップ」すると,経常収支の均衡を強いられる.強烈な緊縮策(固定レートや通貨同盟),為替レートの破滅的減価(変動レート),そして債務のデフォルトが生じる.

しかし,イギリスの経常収支赤字は貿易赤字ではなく,主に投資所得の減少である.それはイギリスが他国への投資から得ている所得よりも,他国からのイギリス投資に支払う所得のほうが大きいのだ.それが示唆するのは,イギリスが世界の他の地域よりも投資に大きな収益をもたらしている,経済状態が良好だ,という意味だ.

資本流入が,単に,ロンドンやエディンバラの不動産価格高騰によるものであるとか,財政の均衡化を遅らせる,という心配はある.しかし,イングランド銀行や政府はそれを意識して対策を考えるだろう.

経常収支赤字を恐れるべきではない.


l  イギリスのEU離脱論

FT April 8, 2016

The great Brexit kabuki — a masterclass in political theatre

Andrew Moravcsik

イギリスのEU離脱に関する国民投票は,政治家たちの歌舞伎である.歌舞伎とは,日本にある古い演劇であり,マスク,衣装,幻想を身にまとった俳優たちが演じる.アメリカの大統領予備選挙と同じように,定型化された無意味なスタイルがメタファーとなる.

EU離脱(Brexit)は最初から幻想であった.政治家たちは国内の政治的紛糾を避けるために国民投票を選んだ.キャメロン首相が2013年に認めたのは,保守党内部のEU懐疑派を黙らせるためだった.

キャメロンはEUと交渉して,イギリス独自の地位を強化する,と主張した.しかし,ドイツ自身が好む条件を2つだけ認められたにすぎない.交渉はそもそもシンボリックなものでしかない.

残留派は勝利を確信していた.ビジネス界も,外国投資家も,教育のあるほとんどの評論家たちも,政府を支持したからだ.離脱した後の不確実性が嫌われた.しかし,キャメロンが火遊びに過ぎたことは批判された.移民やテロで,何が起きるかわからないからだ.

しかし,たとえ国民投票で敗北しても,イギリスはEUを離脱しない.新しい条約を交渉して,曖昧な言葉で,旧条約とほとんど同じことに合意するはずだ.

それを知っているから,EU懐疑派は幻想を演じているのだ.彼らが求めているのはイギリス国内の権力だ.投票の結果,離脱が決まれば,内閣は総辞職するだろう.懐疑派の政治家たちには入閣のチャンスが広がる.経済混乱が起きる中,彼らへの懐柔策を期待している.

不満を強める27か国との交渉結果は明らかだ.スイス国民にはよくわかる.ヨーロッパが示す規制を受け入れるしかない.さらに悪いことに,ヨーロッパの将来の決定について,イギリスは民主的なコントロールを失うだろう.

グローバリゼーションにおいて,貿易,投資,旅行,裁判,安全保障,政治的な価値に関して,イギリスはますますヨーロッパに頼るようになった.どれほど政治家たちが歌舞伎をうまく演じても,最後は現実に戻るしかない.

Project Syndicate APR 12, 2016

The Brexit Alarm

BARRY EICHENGREEN

こうして,誰もが1つの疑問にたどりつく.EU離脱論者は何を考えているのか?  Brexit運動は,アメリカにおけるトランプの支持者たちと同じ,原始的な憤慨を表している.EU加盟が意味する,国際貿易や金融取引の拡大が,たとえイギリス全体の利益になるとしても,有権者個人には有利にならない.

Brexitは,キャメロン首相への不満,オズボーン蔵相への不満であり,政治的主流派に対する反対投票である.

真の問題は明らかにEUではない.イギリスの政治家たちがグローバリゼーションの犠牲者たちに効果的な支援策を提供できなかったことだ.彼らの不満が政治に届いていたら,Brexitは不要であった.


l  ユーロ危機と改革論

VOX 08 April 2016

Two views of the EZ Crisis: Government failure vs market failure

Peter Bofinger

ユーロ圏の危機にどのような診断を下すか、通貨同盟を修理する合意を形成するためには根本的に異なる2つの見解を理解しなければならない。1つは、「市場の規律」を重視する見解。もう1つは、「政治的規律」を重視する見解である。

後者によれば、危機は市場の非合理的な行動がもたらした。危機の前に過剰な資本流入があった。規制や監視が不十分であったから起きたのだ。

しかし前者によれば、政府が市場に介入することで、民間主体の選択は歪められたのだ。融資やリスク・テイクが助長された。民間主体の失敗を政府が救済することにより、ますます危機は拡大する。

それゆえ、ユーロ圏を維持するためには、前者のように「市場の規律」を重視した「マーストリヒト2.0」が主張されるか、あるいは、後者のように政府の「家父長的」な危機緩和策、国家による調整支援策が主張される。前者は、ESMが整備されたことで、銀行や政府の破産処理が可能になった、と考える。これは「金なしの金本位制」である。

後者のような「政治的規律」を実行するには、ユーロ圏全体の政治的意志を明確に示さねばならない。それは財政の集権化や金融に介入する全欧州の議会や金融委員会を強化しなければならない。しかし、すでに「財政安定協定(the Stability and Growth Pact)」は機能しなかった。

それが困難であるとしたら、「市場の規律」をもっと重視することになる。しかし、「市場の規律」は、原子的なプレイヤー間で、機械的に機能するものではない。Oxfamが、最も裕福な62人と、世界人口の貧しい側の半分(36億人)とは、同じ富を所有している、と報告したように、世界の富は極端に偏って所有されている。さらに、巨大な資産管理ビジネスが金融市場のパワーを強めている。

「市場の規律」に従うユーロ圏とは、事実上、富裕層の支配体制を意味する。

VOX 08 April 2016

Fixing a sovereignless currency

Agnès Bénassy-Quéré

国家主権を持たない通貨は生き残れるか? しばらくの間は、生きられる。もしマクロ政策の協調が「影の主権」を構築できるなら。

しかし、政治的正統性は各国にあり、自発的に政策協調を深めることはむつかしいだろう。その解決策があるとしたら、政策協調のルールを決めて、それを強力な、独立したヨーロッパ財政当局が実施するときだけだ。それによって財政規律とマクロ経済的安定性とのバランスを取る。

すでに、the European Stability Mechanism (ESM)ECBthe Outright Monetary Transactions (OMTs)は、ユーロ圏マクロ政策協調の手段となっている。このままマクロ経済安定化のためのさまざまな財源をESMが管理し、金融安定化のための防火壁を提供するなら、ESM理事会が将来のユーロ圏財務部や欧州議会のユーロ圏内閣になるだろう。


l  マイナス金利政策とは何か?

Project Syndicate APR 8, 2016

The Deflation Bogeyman

DANIEL GROS

先進諸国の中央銀行がデフレを恐れて異常な金融緩和を継続することは間違いである.その不安には根拠がなく,その政策はダメージが大きい.

日本のケースはこの不安を支持していない.2013年に緩やかな物価下落を経験して,日本銀行は前例のない金融緩和策を取った.その後,一時的にインフレがプラスに転じたが,再びゼロかマイナスに落ちている.

しかし,メディアの騒がしい報道と違って,日本経済には活気がある.失業はほとんど解消した.1人当たりの可処分所得は増大しつつある.「失われた10年」でも日本の1人当たり所得は欧米と同じ程度に増大したし,雇用も増大していた.中央銀行がデフレを恐れることは過剰だった.欧米でも,インフレ目標を達成できないときに破局が来ることはなかった.

2つ問題がある.第1に,消費者物価を目標にすることだ.経済活動を名目GDP成長で測るべきである.この基準にすればデフレは示していない.第2に,名目GDP成長率は長期金利を超えている.それはPikettyが示したように,金融資産で職と分配が不平等化することがない条件だ.

もちろん,1930年代のアメリカ大恐慌で起きたようなデフレ・スパイラルの危険は潜在的にある.しかし,今はどこにも起きていない.ユーロ圏だけがそれに近いが,その状態はデフレ不安の予想と全く逆だ.すなわち,長期の失業者が労働市場から永久に離脱してしまう,という不安だ.ユーロ圏で失業率が高いのは,労働者が仕事を求め続けているからだ.

FT April 12, 2016

Negative rates are not the fault of central banks

Martin Wolf

金融危機後の低金利,さらにはマイナス金利が広がっている中で,政府が債券発行によって景気を刺激しないのは理解できない.

債権国は,マイナス金利政策を貯蓄者に犠牲を強いている,と反対する.しかし,それは間違いだ.世界経済は,投資機会に対して貯蓄の過剰に苦しんでいる.金融当局の決定は,この事実を市場の均衡に反映しているだけだ.

なぜ貯蓄過剰は生じるのか? GDP9%に及ぶ経常収支黒字を出しているドイツに聞いてみるべきだ.それはドイツの国内でも世界でも,容易に吸収されない.貯蓄過剰は金融危機の前後に生じた.生産性の上昇は低下し,金利が低下していたが,金融危機で債務超過の状態が投資をさらに減らした.

実質金利の低下を政策のせいだという者は間違っている.また,それを非生産的だという批判も,間違いだ.投資機会の不足と過剰貯蓄は市場に反映されるし,金利を上げることでそれを解決することはできない.

超低金利は,病気ではなく,その兆候でしかない.金融政策が効果を失った,ということではない.金融政策によってインフレをもたらすことはいつでも可能だ.しかし,それを微調整することはますます難しくなっており,極端な状態に至る危険がある.それゆえ,財政政策をもっと積極的に利用するべきなのだ.


l  中国の改革シナリオ

Project Syndicate APR 14, 2016

The Risks of China’s Failure – and Success

ARVIND SUBRAMANIAN

世界経済を一気に回復させるという希望,もしくは不安を与える唯一の国は中国である.中国経済の改革の成否は,世界経済に全く異なるシナリオを意味するだろう.

改革の失敗は,第2次世界大戦後の歴史においてユニークなものになる.2008年のアメリカがドル高で新興市場の回復をもたらしたケースと違い,中国は急速な減速とデフレの広がりによって,人民元を減価させるだろう.他の通貨も政策による減価を促すだろう.つまり,中国の改革が失敗するシナリオは,1930年代の競争的切下げと世界経済の大幅な生産縮小を意味する.

他方,中国が消費主導型の経済モデルに向けた改革に成功した場合はどうか? 2007年の中国はGDP10%に達する経常収支黒字を出して,GDP50%を超える貯蓄,40%を超える投資を行っていた.こうした数字はあまりにも大きすぎて,効率的な経済や社会福祉の改善を実現できなかった.政府は投資を減らし,消費を増やすことに合意した.

期待されたように,政府はセーフティ・ネットを整備し,経常収支黒字をGDP3%にまで減らした.しかし,国内貯蓄の減少は,投資に比べて小さなものであった.しかも,そのほとんどは企業部門が減らしたのであって,家計は高率の貯蓄を続けている.ここに世界経済にとって重大な問題がある.

もし理論が正しく,セーフティ・ネットの充実で貯蓄率が低下するのであれば,経常収支黒字は減少したままであろう.しかし,理論が間違っていたら,つまり,国内貯蓄率はそれほど低下せず,あるいは,急速な高齢化が貯蓄率の低下傾向を相殺する効果を持てば,経常収支黒字はどうなるか?

政府は改革のために利潤を生まない工場を整理し,企業部門の貯蓄が高まるだろう.その場合,中国の経常収支黒字は再現する.それが,世界の総需要が不足している今後の15年間に起きるのだ.中国の高成長が世界需要を追加した効果も期待できない.

要するに,中国の改革失敗は1930年代の世界デフレを意味する.他方,改革の成功は経常収支の大幅な不均衡を意味する.


l  IMF改革論

Project Syndicate APR 9, 2016

Saving the IMF

ASHOKA MODY

IMFは,その批判が長く意味していたように,主要な利害関係者(欧米の政治エリートや大銀行)に奉仕する.しかし,理想的には,マクロ経済政策の協調に関する合意形成を明確化する機関でなければならない.

20089月に,リーマン・ブラザーズが倒産し,世界が大恐慌に落ち込む瀬戸際にあったとき,IMFの主任エコノミストOlivier Blanchardは大胆に主張した.IMFが従来強調してきた「財政健全化,公的債務削減」ではなく,「財政刺激策」を求めるべきだ,と.

2009年の財政政策協調による刺激策は成功した.しかし,力強い回復に至らないまま,各国は財政健全化に戻った.IMFの勝利宣言は時期尚早であった,とRobert J. Shillerは批判した.欧米の政治が財政緊縮に向かう中で,IMFは刺激策の乗数を過小評価して,彼らの主張を正当化した.

IMFはマクロ政策の国際協調にも失敗した.G20が政策協調を決めるためには,それに必要な知識と信用,有能な管理当局が必要だった.それにふさわしいのはIMFである.しかし,Raghuram Rajanが,アメリカ連銀の金融政策決定は新興市場にも配慮すべきだ,と主張したけれど,IMFには何もできなかった.

IMFの従属ぶりはユーロ危機でさらに顕著であった.過剰な債務を負うユーロ圏周辺諸国に対して,ヨーロッパが決めた融資を次から次へと追認したのだ.それは基金を無駄にしただけでなく,IMFへの信認を損なった,とKenneth Rogoffは主張する.ギリシャ債務危機への最大の失敗は,緊縮策が逆効果であったことだ.ギリシャの財務大臣Yanis Varoufakisが辞任したとき,Mohammed A. El-Erianは彼の立場を支持した.「緊縮策を捨てて,社会正義をもたらす成長志向の改革を,追加的な債務免除を行うべきだ.」

返済不能になった政府債務免除ついて,ギリシャの債権者がそれを認めなかったことは失敗であった.2014年,Anne Kruegerは,学会と政策担当者の広い合意として,債務組換えによる重債務国の負担軽減と,無思慮な融資拡大の抑制を求めた.

しかし,Geithner-Trichetドクトリンは続いた.債務削減は,金融市場をパニックに陥らせる,という理由で拒否されている.アメリカ財務長官とECB総裁が大銀行のイデオロギーに隷属している,とSimon Johnson2011年に説明した.政府債務の組み替えを,債権者側に偏ったIMFが監督することはできない,とJoseph E. Stiglitz and Martin Guzmanは考える.

IMF改革は,世界経済を代表する姿を示さねばならない.新興市場の投票権を増やすこと,事実上,ヨーロッパが専務理事を出す慣例を廃止することだ.IMFの理事会は,イギリスの金融政策委員会と同じく,独立した,専門家の理事で構成されるべきだ.

大国の政策決定にも,IMFはリスクがあることを指摘する役割を担う,とBarry Eichengreenは主張する.IMFは政府や大衆の関心を,世界経済の成長予測ではなく,もっとグローバルな地殻の割れ目,リスクに向けるべきだ.危機においては,ある引き金によって自動的に債務を債券に転換できる,民間融資契約を導入するべきだ.

IMFは第2次世界大戦後の秩序の枠内で行動してきた.テクノクラートは政治圧力に弱い.主要な利害関係者は,改革のため,IMFから立ち退くべきだ.


l  自由貿易論の転換期

FT April 10, 2016

Global trade should be remade from the bottom up

Larry Summers

アメリカ大統領選挙の4人の指導的候補者たちがすべてTPPに反対している.イギリスはEU離脱を論争している.難民流入によってヨーロッパは国境の開放を再考している.西側におけるグローバルな経済統合に反対する声が高まっているのは明らかだ.

グローバリゼーションの利益を共住している人々は多数いる.しかし,反対の核心にあるのは単なる無知ではない.むしろ,庶民の利益を無視して,エリートだけのために,エリートが統合化を進めている,という感覚から生じている.最近のパナマ文書も,規制や課税を逃れている少数者がいることを示している.

その結果,新技術や成長を求める発展途上諸国を除いて,新しい統合化は停止するだろう.システム上の重要な諸国で,企業は債務超過に苦しんでいる.戦間期がそうであったのように,グローバリゼーションの制度的な保証や機能するためのシステムを欠いている.

より有望なグローバリゼーションの発想としては,グローバルな統合化をボトムアップ型に変えることだ.統合そのものではなく,その結果が中産階級の生活を豊かにするように,貿易自由化より,労働者の権利や環境保護など,規制の調和に重点を置く.国境を超える資本移動が課税や規制に反するものでないことを,政治の重要課題にする.

Project Syndicate APR 13, 2016

A Progressive Logic of Trade

DANI RODRIK

グローバリゼーションは明らかにすべての人々を豊かにするわけではない.労働者家族の多くは,貧しい国からの輸入が増えることで破壊的な影響を受けた.政治は,不平等を拡大したもう1つの要因,技術革新について無視している.しかし,貿易自由化に反対すれば,それは世界の貧しい人々を苦しめる,という非難を受ける.しかし,その主張は間違っている.

グローバリゼーションを賛美する者は,既存の通商条約と貧困の解消との間で,どちらかを選択するように迫る.しかし,第1に,貿易によって成長した発展途上諸国の経験は混合型の開発戦略を示している.輸出促進,補助金,国産部品の使用,投資規制,そして,まさに輸入障壁は新しい高付加価値産業を育成する上で欠かせない手段であった.それらは,現在のWTO型ルールで禁止されている.TPPで議論されたのは,アメリカ市場へのアクセスと,ベトナムの補助金規制,特許制度,投資規制との交換である.

2に,すでに関税率の低い現代では,自由化交渉で発展途上諸国が得るものは少ない.顕著な輸出指向型の成長に成功したケース,日本,韓国,台湾,中国,すべてこうした諸国は,欧米におけるある程度の輸入関税,現在よりも高い関税率の下で,成長を実現した.

通商体制を改善する点は2つある.すでに自由化した諸国が市場アクセスを交換するより,政策の許容範囲を交換することに交渉の焦点を向けることだ.貧しい国も豊かな国も,市場統合により,それぞれに政策介入するべき問題を抱えている.経済構造の転換や新産業の育成,不平等や分配の公平さを求めている.そのためにはグローバリゼーションの車輪に砂を撒く必要がある.

最善の方法は,制度的な経済再編に関する多国間のルールに合意することだろう.たとえば,WTOの「セーフガード」条項を用いて,貿易制限できるケースを拡大することだ.同様に,発展途上諸国には「開発ボックス」を認める.その中では彼らの自律性を保証し,経済の多様化を促す余地を与える.

進歩的な人々が,自由化への反対と貧困の解消とを,選択しなければならないと考えるのは,制度的な想像力の貧困である.

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The Economist April 2nd 2016

Free trade in America: Open argument

America and the world: Trade, at what price?

European social democracy: Rose thou art sick

Xi Jinping’s leadership: Chairman of everything

Tata steel: No, thank you

Brexit brief: Immigration – Let them not come

Myanmar’s road

(コメント) アメリカにおける自由貿易反対論が考察されています.自由貿易の弊害とは,その結果として生じる失業や富の分配について,積極的な支援や再分配をアメリカ政府が支持しなかったことを意味しています.

他方,ヨーロッパの社会民主主義(リベラル派)はなぜ衰退したのか? その運動の成果(右派も支持)と,共産主義やファシズムの脅威が失われたこと,社会経済の構造変化(グローバリゼーション),によって主要な政治勢力ではなくなったのです.戦後秩序に対して革新的な右派,既得権を守って移民やグローバリゼーションに反対する民族主義的左派が,リベラル派を圧倒しています.

習近平の個人独裁,タタ・スティール,イギリスのEU離脱,ミャンマー経済,について.

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IPEの想像力 4/18/16

歯が痛くなって、歯医者に行きました。右上の奥歯が虫歯です。

難民の家族は、歯が痛くなればどうするのでしょうか? 抜くしかない?

医療が保険に依存し、病気でない健康な労働者から所得を移転する仕組みによって成り立っているとすれば、ますます多くの人が病気として治療をすることで医者や病院の所得になります.このシステムは矛盾しています。増税するか,サービスを減らすか,財政破たんに向かいます。

社会保障国家と「生産的労働」とを組み合わせた、21世紀型の福祉国家を構想するときだと思いました。

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熊本地震の特別番組が続く中,団塊世代が漂流する,というNHKの番組を観ていました.高齢化とグローバリゼーションの中で,積極的な社会保障やベーシック・インカムを取り入れた制度に向かう,政治と国家の力が試されていると思いました.

生産的な労働と,積極的な労働力の移動,技術革新と新産業の育成,教育・雇用支援システム,それらに矛盾しない医療や年金,病気の治療,弱者・障害者の生活保護は,なぜ統一が難しいのでしょうか? 番組は2つの力を指摘しました.1.急速な高齢化.2.所得の低い派遣労働者の増加,です.ほかにも様々な問題が関連しています.

日本も,複合的な社会システムの不整合,といったものに苦しんでいるのではないでしょうか? それも,「ABCDフィッピー」です.

・ バブル崩壊と長期不況は,若者の就職難,中高年のリストラの波をもたらした.

・ 非正規雇用が増え,金融資産を持つ者と,賃金の停滞や減少に苦しむ者との間で,所得格差が拡大した.

・ 中国からの安価な輸入品,韓国企業との競争,工場と投資・雇用の海外移転が進む.

・ 急速な高齢化,医療費や税金の負担,介護の負担が労働者家族に強いられた.貯蓄の不安と消費の抑制が続く.

・ 国際一次産品の価格変動,円高とデフレ,農村や漁村,山村の高齢化と人口流出,疲弊・解体が進む.

・ ハイテク化・IT化や技術変化による雇用の破壊,インターネット・ショッピングによる小売業の職場消滅,コンビニ,居酒屋,食堂の企業展開と個人店の廃業.

制度を革新する大胆さを,政治の創造力を駆使してほしいです.いつの時代でも,社会の富を分配する制度には,次の富を生み出すこと,そして,社会的な再生のために弱い部分を支えることが,有機的に組み合わされているはずです.そのような制度設計がなければ,ユーロ圏の危機,イギリスのEU離脱,アメリカ大統領選挙の混乱,福島原発事故後の処理と再稼働,など,社会として再生する過程が見えません.そして,

・ 安全保障や国際秩序への不安.紛争地域からの影響.

・ 地震・津波・台風,気候変動です.

大きな地震が不安をもたらすのではなく,地震の後,生活再建に向けた希望がなく,具体的な計画を持てないことが深い不安を呼ぶのです.グローバリゼーションの激震がそうであるように.

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貿易や移民への反感を,ポピュリストだ,と責めることは答えになりません.貿易自由化ではなく,市場統合がもたらす結果に対する政府の責任,グローバリゼーションの抑制や管理についても国家を超えたルールを整備する,という議論が始まっています.

グローバリゼーションの奥歯が痛むとき,どのように治療するべきでしょうか?

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