IPEの果樹園2016

今週のReview

4/18-23

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タックス・ヘイブンと政治危機 ・・・リベラリズムの衰退 ・・・経常収支赤字を恐れるな ・・・イギリスのEU離脱論 ・・・ユーロ危機と改革論 ・・・マイナス金利政策とは何か? ・・・EUとトルコの合意 ・・・リビア介入 ・・・中国の改革シナリオ ・・・アメリカの金融改革 ・・・IMF改革論 ・・・自由貿易論の転換期 ・・・トランプと外交のリアリズム

 [長いReview]

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主要な出典 Bloomberg, FP: Foreign Policy, FT: Financial Times, The Guardian, NYT: New York Times, Project Syndicate, SPIEGEL, VOX: VoxEU.org, そして、The Economist (London)

[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  タックス・ヘイブンと政治危機

FT April 7, 2016

My brief career as an Indian Ocean tax pirate

Michael Stothard

FT April 7, 2016

A strong tax system doesn’t rely on naming and shaming

Tim Harford

税金は強烈だ.アメリカ独立革命は,「代表なしに課税なし」と叫んで広がった.身近な生活にも影響する.18世紀のイギリスの窓税は,建築構造を変えた.1979年,オーストラリアで相続税が廃止されたとき,それは死亡率に波紋を生じた.相続税がなくなるまで,人々は何とか生き延びようとしたからだ.

パナマのMossack Fonseca法律事務所から,おそらく史上最大の秘密資料が流出したことで,多くの人々が非難にさらされている.アイスランドの首相は辞任し,イギリスのキャメロン首相も,亡くなった父親が作った口座を利用したことを認めた.映画俳優のジャッキー・チェンや,フットボール選手のメッシもそうだ.

アメリカ財務省は,課税を逃れるための大企業の合併に注目している.Pfizer Allerganの合併は破棄された.

もし富裕層や権力者が脱税し,金融犯罪にかかわったことが,情報流出で暴露されたということなら,大いに結構だ.1600億ドルも税金を減らすという合併を破棄させ,政治家や有権者が税制の抜け穴をふさぐために行動するのは良いことだ.

しかし,汚名にさらすことが正しいとは限らない.オフショア金融サービスの多くは,健全な法体系と複雑に絡み合った国際規制を犯すことなく行われている.多くの人は,脱税するためにタックス・ヘイブンを利用する必要がない.先進諸国の税制には多くの抜け穴があり,人々は「節税」に励んでいる.各国の税制を政治家たちは調和することができず,その機会を豊富に提供したままだ.

著名人のスキャンダルを探すだけでは意味がない.優れた税制とは抜け穴をふさぐ以上のものを意味する.企業が脱税するために書類をごまかしていると疑われるが,それ以上に,過剰な課税と複雑な手続きで投資を損なっている.付加価値税(VAT)を逃れるために,密輸や犯罪組織が活躍している.

政治が税制改革を阻んでいるのだ.右派は,何についても,どんな理由でも,課税に反対する.左派は,脱税さえやめさせれば財政の問題は解決したかのように主張する.しかし,望ましい改革とは,税率を下げ,課税範囲を広げ,免除を廃止し,グローバルに協力することだ.

北欧諸国が示したように,健全な経済と高税率は両立可能であるし,国民はすすんで税金を支払う.そのためには透明性が重要であるし,それ以上に,広く,シンプルに課税することである.

NYT APRIL 7, 2016

Free Pfizer! Why Inversions Are Good for the U.S.

By DIANA FURCHTGOTT-ROTH

トランプは壁を築いてメキシコからの移民流入を阻止し,オバマはヴァーチャルな壁を築いて企業の流出を阻もうとしている.どちらも成功しないだろう.

税金を軽くするためだけの企業合併を許してはならない,とオバマは述べ,の合併はPfizer Allerganの合併は潰れた.しかし,そのような標的を絞った政策は政府の信頼を損なう.まるで農民の隠していた資産を奪ったイギリス国王King Johnのようだ.それはマグナカルタにつながった.

アメリカの税率は工業諸国の中でも最高水準に属する.それがアメリカ企業にとって,世界中で営業する利益を,アイルランドのような低税率の国に移して,課税回避を模索する理由になる.

財務相は租税回避の利益を誤解している.企業にとって,課税を免れた利益は彼らのビジネス拡大に利用できる.税率を下げて投資を増やす方が良いのだ

また,アメリカの税制は企業の国際競争を不利にしている.租税回避を阻む新しいルールを導入するより,税率を下げて,世界企業の本社が立地しやすい条件を整備するべきだ.

The Guardian, Friday 8 April 2016

As a taxpayer, David Cameron is innocent. As a lawmaker, he is guilty

Simon Jenkins

The Guardian, Friday 8 April 2016

The Guardian view on the Panama Papers: five days that shook the world

Editorial

FT April 8, 2016

All about the Panama Papers: top comments from FT readers

NYT APRIL 8, 2016

The Cheating Politicians of Iceland

By YRSA SIGURDARDOTTIR

FP APRIL 8, 2016

The U.S. Knew for Years That Panama Was Full of Shady Money

BY HEATHER LOWE

FT APRIL 9, 2016

Has the sun set on offshore tax shelters?

The Guardian, Sunday 10 April 2016

The 1% hide their money offshore – then use it to corrupt our democracy

Aditya Chakrabortty

パナマ文書の根源は税金ではない.金でもない.それは私たちの政治が腐敗していることに源がある.

超富裕層は,事実上,私たちが依拠している経済システムから離脱してしまった.彼らはもはや,私たちが従うのと同じルールに従っていない.タックス・ヘイブンは,単に,その事実を示しているにすぎない.専門家Nicholas Shaxsonが要約したように,彼らはその金をどこにでも,他の国に持っていく.そして社会のルールーや法律を逃れる.そうすることで,社会から学校,道路,病院などに必要な資金を奪う.

彼らはわれわれの社会から離脱する一方で,われわれの社会に大きな発言力を持ち,ルールを決めている.上位1%の富裕層は,かつてないほど政治的な影響力を買っている.Koch兄弟がアメリカ大統領選挙をどれほど大きく変えたか見ればわかることだ.

民主主義に関して,ベルリン生まれの偉大な経済思想家Albert Hirschmanはパナマ文書を理解する上で重要な視点を示した.市民がシステムに抵抗するとき,2つの方法があるという.すなわち,離脱と発言voice or exitだ.たとえば,自分の町の公立学校が嫌なら,子供を私立学校に入れる.

しかし,イギリスやアメリカの超富裕層はこの法則を破っている.経済的に離脱しながら,政治的影響力を握っているのだ.彼らは課税されないケーキを買って,しかもそれを食べてしまう.

イギリスの政治家たちは,もはや我々と同じ市民ではない.

FT April 10, 2016

David Cameron and the great tax kerfuffle

Bruce Anderson

Bloomberg APRIL 10, 2016

Shocked by the Panama Papers? Blame Switzerland

Stephen Mihm

The Guardian, Monday 11 April 2016

Britain should deal with tax havens the way De Gaulle took on Monaco

Polly Toynbee

キャメロン首相が何を言うとしても,すべての議員はその納税記録を公開するしかないだろう.ある保守党議員が述べたように,これはすべての公職に及ぶだろう.

この社会的な衝撃は地殻に及ぶ.オズボーン蔵相の相続税に関する提案は愚劣なものになった.富を隠しながら,右派は不平等への抗議を「妬みの政治学」と蔑称していた.

世論調査が示すように,人々は区別している.自分の力で起業するような「富の生産者」と,資金運用者や不労所得層との区別だ.スカンジナビア諸国に学ぶべきだ.

完全な透明性を実現するスカンジナビア諸国は,われわれの社会よりもずっと平等だ.透明性は,女性が男性よりも少ない賃金を廃止させた.透明性は,被雇用者と雇用主との公平さを求めた.開放性の文化が,社会正義の感覚を高めたのだ.他方,イギリスでは労働組合が衰退し,賃金は秘密になって,雇用者が労働者を分断した.

英国歳入関税庁HMRCが要求するからではなく,すべての個人の課税額が,そして企業との取引が公表されるべきだ.Google, Amazon, Facebookのような大企業が,どのような取引をHMRCとしているか,明らかになる.

キャメロンの約束は,本当の透明性とはまるで違う.かつてモナコがフランスの求める課税を拒んだとき,ドゴール大統領は兵士によって王国を包囲し,水の供給を止めた.タックス・ヘイブンにも同じようにするべきだ.

FT April 11, 2016

Woolly notions of ‘fairness’ are no way to run a tax system

Janan Ganesh

NYT APRIL 11, 2016

Don’t Blame Panama. Tax Evasion Is a Global Problem.

By JUAN CARLOS VARELA

Bloomberg APRIL 11, 2016

Unintended Consequences of the Panama Papers

Mohamed A. El-Erian

FT April 12, 2016

Tamper with tax havens at your peril

Richard Hay

NYT APRIL 14, 2016

The Real Welfare Cheats

Nicholas Kristof

FP APRIL 14, 2016

How Tax Havens Rip Off America …

BY ALEX THEIR

FP APRIL 14, 2016

Let the Sunshine In

BY ROBERT PALMER


l  リベラリズムの衰退

FT April 7, 2016

A wounded Donald Trump can still fatally floor the Republicans

Jacob Weisberg

NYT APRIL 8, 2016

Sanders Over the Edge

Paul Krugman

サンダースの主張は,多くの問題で過度の単純化をしている.その政治変化をもたらす理論は,まったく現実性がない.

たとえば,サンダースは大銀行を分割する,という.それが金融危機を防ぐのか? 実際には,大銀行ではなく,リーマン・ブラザーズのようなシャドー・バンキングが危機の源泉であった.

FP APRIL 11, 2016

Pardon Our Election

BY DAVID ROTHKOPF

Bloomberg APRIL 11, 2016

The Ambition of Bernie Sanders

Francis Wilkinson

NYT APRIL 14, 2016

The Death of Liberalism

Roger Cohen

ベルリンの壁崩壊で,リベラリズムが最終的に勝利し,歴史は終わった,と考えた.しかし,各地で権威主義的な政治体制が登場し,力を強めている.ロシア,ハンガリー,ポーランド,中国,中東でも.リベラリズムは後退し,歴史の盛衰は終わらなかった.

リベラリズムには前提があった.われわれが人類の多様性を受け入れて,民主的な制度がそれを仲介する可能性である.多元的で,両立しない真理を受け入れる必要があった.

非難や絶叫の時代には,政治の分極化や細分化の時代には,そして政治が売り物になり,論証など求められない政治ショーの時代には,トランプのような人物が現れることも当然だ.

西側社会のリベラリズムは,内外で,その条件が敵対勢力を強めている.

NYT APRIL 14, 2016

America Hasn’t Gone Crazy. It’s Just More Like Europe.

Ivan Krastev


l  経常収支赤字を恐れるな

FT April 7, 2016

Real risk from the UK’s current account deficit is not what you think

Frances Coppola

イギリスの国家統計局ONSは,2015年第4四半期の経常収支赤字が327億位ポンド,GDP7%に達した,と発表した(年間では962億ポンド,GDP5.8%).これは1948年にこうした統計を取って以来,最大である.

しかし,経常収支の赤字は,必ずしも悪いことではない.それはイギリス経済が世界の他のどこよりも良い状態を示している,と考えてもよい.

世界がブレトンウッズのような管理為替レート制であるなら,経常収支赤字の増大は通貨価値に低下の圧力を生じ,為替レートの固定化について不安が強まる.しかし,現在のイギリスは変動レートである.われわれはインフレ目標を守るだけで,為替レートは競争力を維持する水準に決まる.対外不均衡や通貨価値の低下を恐れる理由はない.

もちろん,世界は単純な変動レート制ではない.為替レートを管理して経常黒字を維持する国や,ユーロ圏のような不完全な通貨同盟,日本のように世界経済の条件に応じて為替レートを管理する国もある.

それゆえ経常収支の不均衡は問題になるが,同時に,資本移動が自由化されている.黒字国からの資本が流入して,イギリスの赤字は融資されるから問題ない.確かに,投資家たちが神経質になって,資本流入が「突然ストップ」すると,経常収支の均衡を強いられる.強烈な緊縮策(固定レートや通貨同盟),為替レートの破滅的減価(変動レート),そして債務のデフォルトが生じる.

しかし,イギリスの経常収支赤字は貿易赤字ではなく,主に投資所得の減少である.それはイギリスが他国への投資から得ている所得よりも,他国からのイギリス投資に支払う所得のほうが大きいのだ.それが示唆するのは,イギリスが世界の他の地域よりも投資に大きな収益をもたらしている,経済状態が良好だ,という意味だ.

資本流入が,単に,ロンドンやエディンバラの不動産価格高騰によるものであるとか,財政の均衡化を遅らせる,という心配はある.しかし,イングランド銀行や政府はそれを意識して対策を考えるだろう.

経常収支赤字を恐れるべきではない.


l  新興企業家

FT April 7, 2016

Investors, first catch your unicorn then hang on to it

Michael Moritz

FT April 11, 2016

More than venture capital is needed for success

John Thornhill


l  イギリスのEU離脱論

FT April 8, 2016

The great Brexit kabuki — a masterclass in political theatre

Andrew Moravcsik

イギリスのEU離脱に関する国民投票は,政治家たちの歌舞伎である.歌舞伎とは,日本にある古い演劇であり,マスク,衣装,幻想を身にまとった俳優たちが演じる.アメリカの大統領予備選挙と同じように,定型化された無意味なスタイルがメタファーとなる.

EU離脱(Brexit)は最初から幻想であった.政治家たちは国内の政治的紛糾を避けるために国民投票を選んだ.キャメロン首相が2013年に認めたのは,保守党内部のEU懐疑派を黙らせるためだった.

キャメロンはEUと交渉して,イギリス独自の地位を強化する,と主張した.しかし,ドイツ自身が好む条件を2つだけ認められたにすぎない.交渉はそもそもシンボリックなものでしかない.

残留派は勝利を確信していた.ビジネス界も,外国投資家も,教育のあるほとんどの評論家たちも,政府を支持したからだ.離脱した後の不確実性が嫌われた.しかし,キャメロンが火遊びに過ぎたことは批判された.移民やテロで,何が起きるかわからないからだ.

しかし,たとえ国民投票で敗北しても,イギリスはEUを離脱しない.新しい条約を交渉して,曖昧な言葉で,旧条約とほとんど同じことに合意するはずだ.

それを知っているから,EU懐疑派は幻想を演じているのだ.彼らが求めているのはイギリス国内の権力だ.投票の結果,離脱が決まれば,内閣は総辞職するだろう.懐疑派の政治家たちには入閣のチャンスが広がる.経済混乱が起きる中,彼らへの懐柔策を期待している.

不満を強める27か国との交渉結果は明らかだ.スイス国民にはよくわかる.ヨーロッパが示す規制を受け入れるしかない.さらに悪いことに,ヨーロッパの将来の決定について,イギリスは民主的なコントロールを失うだろう.

グローバリゼーションにおいて,貿易,投資,旅行,裁判,安全保障,政治的な価値に関して,イギリスはますますヨーロッパに頼るようになった.どれほど政治家たちが歌舞伎をうまく演じても,最後は現実に戻るしかない.

The Guardian, Monday 11 April 2016

I resigned so I could tell the truth about Brexit – and what it will cost Britain to stay

John Longworth

Project Syndicate APR 11, 2016

Brexit and the Balance of Power

JOSEPH S. NYE

Project Syndicate APR 12, 2016

The Brexit Alarm

BARRY EICHENGREEN

Brexit はイギリスの輸出競争力を損なう.輸出の半分がヨーロッパ向けであるから,イギリスは数年を経てヨーロッパ単一市場への参加条件を合意するだろう.しかし,それがスイスあるいはノルウェーのような条約になっても,交渉は不利になる.EUのすべての基準と規制を受け入れ,発言力は持たない.また,たとえば中国と交渉するとき,EUに加盟していない場合,市場アクセスの交渉は大幅に不利である.

Brexitは,金融センターの競争でもロンドンに不利である.フランクフルトやパリは,ロンドンよりも彼らに有利な政策を導入することを妨げられないからだ.また,シティは外国人労働者に大きく依存している.

Brexitは,イギリス人の生活の質を貧しくする.たとえば,イタリア人やフランス人の料理長がいない生活を創造することだ.外交や軍事問題においても,イギリスがグローバルに影響する力が失われる.イギリス世論が初めてEU加盟を支持し始めたのは,1956年にスエズ侵攻が失敗した後だ.

こうして,誰もが1つの疑問にたどりつく.EU離脱論者は何を考えているのか?  Brexit運動は,アメリカにおけるトランプの支持者たちと同じ,原始的な憤慨を表している.EU加盟が意味する,国際貿易や金融取引の拡大が,たとえイギリス全体の利益になるとしても,有権者個人には有利にならない.

Brexitは,キャメロン首相への不満,オズボーン蔵相への不満であり,政治的主流派に対する反対投票である.

真の問題は明らかにEUではない.イギリスの政治家たちがグローバリゼーションの犠牲者たちに効果的な支援策を提供できなかったことだ.彼らの不満が政治に届いていたら,Brexitは不要であった.

The Guardian, Thursday 14 April 2016

Corbyn’s ‘yes, but’ on Europe was right – we all think that too

Martin Kettle

The Guardian, Thursday 14 April 2016

The Guardian view on Mr Corbyn’s newfound enthusiasm for Europe: a mark of more mature leadership

Editorial

FT April 13, 2016

Jeremy Corbyn attempts to sound passionate about Europe

Sebastian Payne

FT April 13, 2016

Why the Brexit crowd wants to silence Obama

Philip Stephens

NYT APRIL 14, 2016

In Brexit Debate, English Fishermen Eye Waters Free of E.U.

By KIMIKO DE FREYTAS-TAMURA


l  ユーロ危機と改革論

SPIEGEL ONLINE 04/08/2016

Mario Bothers

Germany Takes Aim at the European Central Bank

By SPIEGEL Staff

VOX 08 April 2016

Two views of the EZ Crisis: Government failure vs market failure

Peter Bofinger

ユーロ圏の危機にどのような診断を下すか、通貨同盟を修理する合意を形成するためには根本的に異なる2つの見解を理解しなければならない。1つは、「市場の規律」を重視する見解。もう1つは、「政治的規律」を重視する見解である。

後者によれば、危機は市場の非合理的な行動がもたらした。危機の前に過剰な資本流入があった。規制や監視が不十分であったから起きたのだ。

しかし前者によれば、政府が市場に介入することで、民間主体の選択は歪められたのだ。融資やリスク・テイクが助長された。民間主体の失敗を政府が救済することにより、ますます危機は拡大する。

それゆえ、ユーロ圏を維持するためには、前者のように「市場の規律」を重視した「マーストリヒト2.0」が主張されるか、あるいは、後者のように政府の「家父長的」な危機緩和策、国家による調整支援策が主張される。前者は、ESMが整備されたことで、銀行や政府の破産処理が可能になった、と考える。これは「金なしの金本位制」である。

後者のような「政治的規律」を実行するには、ユーロ圏全体の政治的意志を明確に示さねばならない。それは財政の集権化や金融に介入する全欧州の議会や金融委員会を強化しなければならない。しかし、すでに「財政安定協定(the Stability and Growth Pact)」は機能しなかった。

それが困難であるとしたら、「市場の規律」をもっと重視することになる。しかし、「市場の規律」は、原子的なプレイヤー間で、機械的に機能するものではない。Oxfamが、最も裕福な62人と、世界人口の貧しい側の半分(36億人)とは、同じ富を所有している、と報告したように、世界の富は極端に偏って所有されている。さらに、巨大な資産管理ビジネスが金融市場のパワーを強めている。

「市場の規律」に従うユーロ圏とは、事実上、富裕層の支配体制を意味する。

VOX 08 April 2016

Fixing a sovereignless currency

Agnès Bénassy-Quéré

国家主権を持たない通貨は生き残れるか? しばらくの間は、生きられる。もしマクロ政策の協調が「影の主権」を構築できるなら。

しかし、政治的正統性は各国にあり、自発的に政策協調を深めることはむつかしいだろう。その解決策があるとしたら、政策協調のルールを決めて、それを強力な、独立したヨーロッパ財政当局が実施するときだけだ。それによって財政規律とマクロ経済的安定性とのバランスを取る。

すでに、the European Stability Mechanism (ESM)ECBthe Outright Monetary Transactions (OMTs)は、ユーロ圏マクロ政策協調の手段となっている。このままマクロ経済安定化のためのさまざまな財源をESMが管理し、金融安定化のための防火壁を提供するなら、ESM理事会が将来のユーロ圏財務部や欧州議会のユーロ圏内閣になるだろう。

VOX 10 April 2016

The Eurozone’s Zeno paradox – and how to solve it

Jean Pisani-Ferry

危機のたびに、ユーロ圏の完成に向けた合意がないまま、中途半端な対策を積み重ね、次の危機を招いた。改革は3つの分野で不完全である。1.危機管理のためのESMOMTの導入。2.包括的な政策監視スキームの強化。3.銀行同盟。

ユーロ危機におけるトリレンマは、銀行危機に対して、①各国の金融主権、②財政移転、③財政赤字の共有化を許さない、そのすべては同時に成立しないことである。①②の場合、③を否定した、財政同盟。②③の場合、①を否定した、銀行同盟。③①の場合、②を否定した、ECBによる最後の貸し手。

長期的な改革を完成するには、ヨーロッパ通貨基金、政策監視、銀行同盟、政府債務処理、ユーロ債の発行、に向けて合意することである。

FT April 13, 2016

Germany should keep its hands off the ECB

VOX 14 April 2016

The ECB can make a difference if deeds match words

Nick Ligthart, Ashoka Mody


l  マイナス金利政策とは何か?

Project Syndicate APR 8, 2016

The Deflation Bogeyman

DANIEL GROS

先進諸国の中央銀行がデフレを恐れて異常な金融緩和を継続することは間違いである.その不安には根拠がなく,その政策はダメージが大きい.

日本のケースはこの不安を支持していない.2013年に緩やかな物価下落を経験して,日本銀行は前例のない金融緩和策を取った.その後,一時的にインフレがプラスに転じたが,再びゼロかマイナスに落ちている.

しかし,メディアの騒がしい報道と違って,日本経済には活気がある.失業はほとんど解消した.1人当たりの可処分所得は増大しつつある.「失われた10年」でも日本の1人当たり所得は欧米と同じ程度に増大したし,雇用も増大していた.中央銀行がデフレを恐れることは過剰だった.欧米でも,インフレ目標を達成できないときに破局が来ることはなかった.

2つ問題がある.第1に,消費者物価を目標にすることだ.経済活動を名目GDP成長で測るべきである.この基準にすればデフレは示していない.第2に,名目GDP成長率は長期金利を超えている.それはPikettyが示したように,金融資産で職と分配が不平等化することがない条件だ.

もちろん,1930年代のアメリカ大恐慌で起きたようなデフレ・スパイラルの危険は潜在的にある.しかし,今はどこにも起きていない.ユーロ圏だけがそれに近いが,その状態はデフレ不安の予想と全く逆だ.すなわち,長期の失業者が労働市場から永久に離脱してしまう,という不安だ.ユーロ圏で失業率が高いのは,労働者が仕事を求め続けているからだ.

FT April 11, 2016

Negative interest rates: battle lines drawn before IMF meetings

マイナス金利政策は,融資を増やして景気を刺激すると期待された.しかし,IMFが中国経済の減速などから世界GDPの予測を引き下げたように,その効果には限界がある.批判が強まる中で,政府の財政刺激策や構造改革への圧力が高まっている.

マイナス金利も最大の懸念は,銀行の収益を圧迫することだろう.もし預金者に転嫁された場合,それはタンス預金になってしまう.

貯蓄からの利子で生活しているものにとって,マイナス金利は消費を損なうだろう.それは景気を刺激するという政策目的に矛盾する.ドイツのWolfgang Schäuble財務大臣が主導するように,ECBは退職者から年金所得を奪っている.

デンマークは為替レートをユーロに対して固定してきた.これを維持するためにマイナス金利を導入した.しかし,その後,ECBのマイナス金利によって,ますます自国の金利を上げることが難しくなっている.出口戦略が見えない.

金利の引き下げが通貨安の競争になってしまう.これは「ゼロサム・ゲーム」である.誰も輸出による刺激策を確実には得られない.

しかし,ECBも日銀も,マイナス金利政策の継続や強化を指示し,その効果を確信している.企業の行動を変えるべきであり,中央銀行をスケープゴートにしてはならない,と主張する.

通貨が大幅に減価すれば,確かに,輸入品の価格が高くなってインフレにつながる.円高に対して日銀はアベノミクスの基礎を奪われると感じている.しかし,円高はデフレの結果ではなく,主要貿易相手国である中国経済の減速(日本からの投資減少)によるものだろう.それはマイナス金利の基礎も奪う.

FT April 11, 2016

Negative rates may be nearing a political limit


(後半へ続く)