IPEの果樹園2016

今週のReview

3/14-24

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トランプ大統領の政策 ・・・アメリカとロシアの政治比較 ・・・ハイテク革命と産業政策 ・・・原子力政策はあるか? ・・・ドイツ政治システムの転換 ・・・金融市場の不安

 [長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  トランプ大統領の政策

Project Syndicate MAR 4, 2016

Donald Trump’s Message

JOSEPH S. NYE

トランプがアメリカのムッソリーニになる、という者もいるが、1922年のイタリアと今のアメリカは似ていない。憲法による制度的なチェック・アンド・バランスがあり、偏らない司法システムもある。本用の危険は、トランプがホワイトハウスに入ると言うことではなく、そのために彼が発言する中で生じるダメージだ。

指導者はその決定の効果によって判断されるだけでなく、その創り出す意味、支持者に教えることによっても判断される。多くの指導者は支持者の集団的なアイデンティティや団結に訴えるが、偉大な指導者は支持者を超えて、世界について支持者に教える。

2次世界大戦が終わってから、70年間で3度もドイツに侵略されたフランスの指導者であったジャン・モネは、敗北したドイツに報復すれば次の悲劇につながると考えた。そこで彼は、次第にEUへと発展した制度を作る計画を立てた。それにより戦争を考えられないものとする。

他の偉大な指導者の例は、ネルソン・マンデラだ。黒人グループに依拠して、アパルトヘイト時代の不正義と自分が投獄されたことに対する報復をすることも容易にできただろう。しかしマンデラは、たゆまず、支持者たちのアイデンティティを拡大するため、言葉と行動で促した。

現在、アメリカの失業率は4.9%であるが、その繁栄から排除されていると感じる多くの者がいる。彼らはそれを、技術変化より、外国人のせいだと考え、移民流入とグローバリゼーションに反対する。またマイノリティーの多くが、新しいことではないが、人種、文化、エスニシティに関して、文化的な変化に脅威を感じている。

次のアメリカ大統領はアメリカ人に、グローバリゼーションの過程にどのように対応するべきか、教える必要がある。ナショナル・アイデンティティとは、多くの人々が社会の他のメンバーと直接に関わらないという意味で、想像されたコミュニティーである。過去1世紀か2世紀にわたって、国民国家が想像の共同体であった。人々はそのために命をささげ、政治家たちは主要な義務を感じた。それは不可避なことだが、グローバル化した世界では不十分だ。

多くの人々はさまざまな創造の共同体に属するようになった。地元の、地域的な、国民的な、そして世界市民的な共同体だ。それらがインターネットや安価になった旅行で重なり合う。主権はかつてほど絶対的ではない。

ビル・クリントン元大統領は、1994年にルワンダの虐殺を止めるために十分な行動を取れなかったと後悔した。しかし、彼がアメリカ軍を派遣しようとしても、議会で強い抵抗にあっただろう。指導者は今や、世界市民的な傾向と、自分を選んだ有権者たちに対する伝統的な義務との間で、しばしば板挟みになっている。難民危機に直面したメルケルもそうだ。

世界の所得を平等にする、と指導者が約束するのは信頼できない。しかし、貧困や疫病を減らすためにもっと努力すると述べ、彼らを助けるために支持者たちに教えるべきである。指導者の言葉は重要なのだ。

アメリカ大統領候補者たちは、保護主義、移民、グローバルな公衆衛生、気候変動、国際協力に関して、論争している。われわれは彼らに、アメリカのアイデンティティを問うべきだ。そして彼らが支持者たちを説得してアイデンティティの意味を拡大しているかどうか。あるいは、彼らは狭いアイデンティティに固執するのか?

イスラム教徒がアメリカに入ることを阻止する、メキシコとの国境に移民を阻止する壁を築く、その費用は彼らに支払わせる、とトランプは言う。そのような政策が議会を通過することは決してないが、彼の発言は一部の人々に、孤立したポピュリストの雰囲気を高めるものだ。

たとえプラグマティックに行動できるとしても、アイデンティティを歪める人物だ。

FP MARCH 4, 2016

Do Americans Really Want a Wall?

BY JAMES TRAUB

「政策」とは、調査、考察、論争、という認識活動の全体を意味する。しかしトランプには、サメが計画を持つほどの計画もない。

トランプは、おそらくトランプの支持者たちが考えるように考えている。つまり、世界は彼らのランチを横取りしている、と。彼の世界観を示す言葉は、壁だ。メキシコからの移民、中東からの難民、中国の製品に、アメリカは壁を築く。

これは孤立主義ではなく、相手以上にアメリカがほしいものを手に入れる、というナショナリズムだ。インターナショナリストたちは、アメリカが他国と多くの集団利益を共有しており、緊密の協力に利益がある、と考える。他方、ナショナリズとは防衛的であり、本土がいつも犠牲になっている。彼らはまた孤立主義的である。壁は、そのシンボルだ。

たとえヒラリー・クリントンが大統領になっても、このトランプと他の候補たちが耕したナショナリズムの底流は、彼女の唱えるインターナショナリストの外交政策を縛るだろう。

オバマ大統領がそうだった。大統領候補として、オバマは弱体な国家、破たん国家を支援するべきだと主張していた。しかし、大統領として繰り返し、忍耐力のないアメリカ国民に海外よりも自国の再建を優先すると約束した。オバマがイラクやアフガニスタンから米軍を撤退させすぎたとしたら、それは国民が望んでいたからだ。ドローンはいいが、米軍派遣には反対。

外交専門家たちは大衆の態度が変化したことを重視しない。しかし、将来、クリントン大統領がアラブ地域や北アフリカへの支援を増やすと主張すれば、その限界を直ちに感じるだろう。他方で、オバマが選択したような戦略的撤退は一層ひどい結果となった。指導力とは、市民を説得して、彼らが好まない場合でも、軍を派遣することを意味する。世界への関与を下げることは、より醜い世界をもたらし、アメリカの国益を損なうものだ。

彼女の弁舌がオバマより優れているとは思えない。クリントン大統領にとってトランプが有利に働くとしたら、それは共和党が分裂して、上院の支配を失う場合だ。経済成長の利益が広く波及してナショナリストの熱狂が消滅するとか、イスラム国家がにわかに崩壊するような事態が起きるかもしれない。つまり、新大統領の外交は非常に難しいだろう。

Project Syndicate MAR 9, 2016

The Politics of Anger

DANI RODRIK

先進的な民主主義諸国でポピュリストたちの反動が起きても驚くことではないが、むしろそれが遅かったことに驚く。

20年前でも、主流の政治家たちは高度にグローバル化した時代の不確実さや不平等さに対して対処したがらなかった。それがデマゴーグたちに安易な解決策を主張させる余地を与えたのだ。当時はRoss Perot and Patrick Buchananであったが、今ではDonald Trump, Marine Le Penなどである。

グローバリゼーションが頂点に達した第1次世界大戦前の時代から、われわれは教訓を学ぶことができる。Jeffry Friedenが示したように、当時、国際的な経済的結びつきを重視する主流派の政治家たちは、社会改革や国民のアイデンティティを抑えた。それは戦間期の社会主義やファシズムなどの過激な政治運動となって、グローバリゼーションを終焉に導いた。

当時にとは違い、大恐慌を経験した後の先進民主主義諸国は、失業手当、年金、家族手当、など、社会的なセーフティーネットを拡充し、世界経済にはIMFWTOのような機能的な国際機関が現れた。さらに、政治的に過激な運動は大幅に後退している。

しかし、高度にグローバル化した経済と社会的な結束との間に生じる軋轢は本物だ。財。サービス、資本の市場が国際化することで、それを有利と見る、世界市民的な、専門家や熟練職の集団と、それ以外の社会集団との間に、対立が生じる。

社会対立は2つの亀裂の周りに集中する。民族、エスニシティ、宗教など、アイデンティティの亀裂、そして、社会階層による所得の亀裂である。トランプのような右派のポピュリストは前者、サンダースのような左派のポピュリストは後者に、格差があることを強調する。どちらの場合も、彼らの怒りは他者(よそ者)に向かう。仕事を奪った中国人、ギャングの抗争を拡大したメキシコ人、テロを広めたイスラム教徒、政治システムを金まみれにした大銀行、を攻撃する。

主流派の政治家たちは説明を示してきた。彼らは低賃金や不平等の拡大を、彼らのコントロールできない技術進歩のせいにした。またグローバリゼーションやそのルールは避けられないと主張した。その対策は技術教育や将来のよりより生活であった。

現実には、すべてが政府の過去の選択によって決まった。すなわち、GATTを廃止してWTOにしたこと、TTPTTIPのようなメガ地域通商協定、金融の自由化、国境を超えた資本移動、金融危機後にもそれを変えなかった。Anthony Atkinsonが見事に示したように、技術変化も政府の関与によって影響されてきたのだ。それが雇用と平等をもたらすかどうか、政策が影響している。

ポピュリストたちの主張を、危険だ、間違った解決策だ、と主張するより、主流派の政治家たちは希望の持てる具体的な解決策を示さなければならない。内外の経済運営に関して、断端で大規模な改革を実行しなければならない。かつてニューディールや福祉国家、ブレトンウッズ協定が戦後の市場に依拠した社会、長期の成長を可能にしたように。


l  アメリカとロシアの政治比較

Bloomberg MAR 7, 2016

The U.S. Election's Echoes of 1996 Russia

By Leonid Bershidsky

異常なアメリカ大統領選挙は,1996年のロシア大統領選挙に似ている.その後,ロシアの脆弱な民主主義は破壊され,ウラジミール・プーチンが専制的な支配体制を固めた.

エリツィンは,心臓発作に襲われ,支持率も最悪であったため,再選をあきらめるように妻に求められた.しかし,崩壊する政治経済秩序をジュガノフGennady Zyuganovと共産党によって奪われないために,立候補を決意する.ジュガノフたちの主張は,共産主義と言うよリ,現代アメリカの極右・自国民優先主義者と同じであった.

トランプは,もうこれ以上,オバマ政権がクリントンによって続くことを見たくないだろう,と国民に訴える.ジュガノフが,エリツィンの政権をこれ以上続いてほしくないと願うロシア国民に訴えたように.他方,クリントンは,無謀な権威主義者が核兵器のボタンを押すのを許すのか,と訴える.

エリツィンは勝利したが,2度目の心臓発作で死にかける.彼は病気のことを有権者に告げなかった.ジュガノフの敗北で共産党は解体するが,トランプの指名獲得は共和党を破壊するだろう.健康状態が悪化したエリツィンは2期目の権力を掌握できなくなり,Boris Berezovskyのようなオリガークたちが,元KGBの若い狡猾なスパイを後継者として支持する.エリツィンの辞任後,プーチンは直前に首相に指名されていたが,大統領代理となった.エリツィンはソ連の復活を阻止しようとしたが,不正選挙やオリガークの政治介入は同様の支配体制に向かった.

クリントンは,2期目のエリツィンと同じ,弱い大統領になるだろう.彼女には後継者を指名する権力もなく,アメリカ人は民主党からの大統領が3期に及んだことを嫌悪して,2020年の選挙を迎える.


l  ハイテク革命と産業政策

The Guardian, Tuesday 8 March 2016

When robots do all the work, how will people live?

Tom Watson (イギリス労働党副党首)

技術進歩による社会変化は止められない.オズボーンGeorge Osborne蔵相は運転手のいないトラックのイギリス一般道における実験を許可した.新しい自動化の時代を祝ったわけだが,それは同時にイギリスの多数の労働者に劇的な効果をもたらすだろう.

バンク・オブ・アメリカの推定では,1世代内で,すべての製造業の雇用が自動化により半減する.9兆ドルの節約だ.私はこうした変化に対抗するため,新しい産業政策が必要だと考える.しかし,保守党の多くの議員は政府の役割を何でも嫌い,産業政策を拒否する.

ロボットの経済的影響や倫理的ジレンマを分析する王立委員会はない.なぜ,ロボットがもたらす時間と富を公平に分配する方法を決める,労働組合,雇用者,政府を含む新しい制度がないのか? 自動運転トラックは,道路の配送効率を一気に改善し,時間もコストも減らし,事故を無くすだろう.しかし,産業の転換によって大規模に雇用が失われる.

その変化の大きさを知るには,資本主義をもたらし,社会を永久に作り変えた最初の産業革命を見るしかない.多くの反対にもかかわらず,都市と鉄道はひろまり,市庁舎,図書館,画廊,博物館,銅像,広場が生まれた.工業化は大きな富と寄付行為,生活条件の改善を意味したが,大混乱,膨大な貧困,児童労働,伝染病,労働災害,スラム,高い乳児死亡率も意味した.

新しい経済の在り方を文明化したのは,都市行政の指導力,利益をもたらす有徳の資本主義,団結した労働者の力が混ぜ合わされた成果であった.それはあまりにも大きな変化であった.ある時点では,ナポレオン戦争に動員されたよりも多くの兵士がラッダイト運動に対抗して展開したのだ.

われわれはすでに砂時計型の経済に住んでいる.富を持ち,資本にアクセスできるトップには余裕があり,他方で,自動化できないような,低賃金の,平坦な雇用が広がっている.中間層は空洞化しているのだ.新しい技術はこれを強めるだろう.しかし,以前と違って,消えるのは労働者階級の仕事だけではない.病気の診断,年次報告書の作成,裁判所の刑事訴追,ソフトウェアの設計も,コーヒーを入れるのと同様に,消滅する.

産業革命時代の偉大な資本家たちが理解したように,彼らには労働者のための住宅を建て,医療を提供する必要があった.しかし,Google, Amazon and Facebookのような巨大ハイテク企業は,莫大な資金を保有しているが,インフラや教育,熟練形成,医療に対する投資は非常に少ない.しかも政府にはこうした大企業に課税する力がないために,状況は悪化している.

2の機械化時代,ドローンとロボット,人工知能の時代にふさわしい,新しい産業政策の展開において,労働党は先頭に立つつもりだ.


l  原子力政策はあるか?

NYT MARCH 7, 2016

Playing Pass the Parcel With Fukushima

PETER WYNN KIRBY

5年前、地震、津波、原発事故が福島県を破壊した。その後、日本政府は汚染の除去にばく大な努力を払ってきた。

数千の労働者が数百万トンの放射性廃棄物を庭や畑、道路、校庭から運び出す。汚染された土壌を何エーカーも何エーカーも取り除き、地表の植物を集め、建物全体を廃棄し、街路や歩道を洗い流し、こすり取る。洗浄作業の規模は途方もなく、空前のものである。日本の指導者たちは100以上の都市や村落に及ぶ住民たちが生活を回復することを望んでいる。この作業に150億ドルを用意した。

しかし、日本政府の「除染」という言葉は、誤解を招くものであり、ほとんど妄言である。より正確には、汚染転換と呼ぶべきだ。放射性廃棄物が集められ、バッグに詰められるが、それは福島の他の場所に移される。そして、その後また、他の場所に移される。

環境省は、3000万トンに及ぶ放射性廃棄物がまだ、福島第1原発に近い、レベル3の暫定貯蔵施設に移される、という。しかし、その建設作業は何も始まっていない。地主たちから用地買収の合意を得ることに苦労している。放射性廃棄物は、原発周辺で保管されるか、移動されているだけだ。

バッグは3年経って劣化している。つまり廃棄物は定期的に詰め替えられる必要がある。時間とともに変わる放射能のレベルによって、ある施設から他の施設に移動され、昨年秋までに、1トンの放射性廃棄物を詰めたバッグが900万個以上あった。福島県内を、このスローモーションの小包輸送システムが放射性廃棄物を循環させている。

放射能を完全に中和する、実行可能な、経済的コストを抑えた方法はない。自然に劣化するまで、何十年も、何百年も、低レベル廃棄物は取り除き、隔離するしかない。

基本的に残された選択肢は2つである。ソ連政府は1986年のチェルノブイリ原発事故で放射能に汚染された地域を、1000平方マイルも自然な劣化に委ねた。人口稠密な日本が国土のそれほど広大な地域を放棄することはできない。さもなければ、廃棄物を安全に貯蔵することだ。しかし、広島・長崎を経験し、福島原発のメルトダウンを経た日本で、永久的もしくは半永久的な施設が自宅の裏に建設されることを望む者はいない。暫定的な貯蔵施設の間を移動させ続けることは、一貫した原子力政策ではなく、巧妙な回避策、時間稼ぎである。

福島の「除染」計画、残留燃料棒などの高レベル放射性廃棄物、さらに各地の原発が生み出した47メトリックトンのプルトニウムと数千トンのウラン、などは日本政府の政策が破たんしていることを示している。

政府は問題を正面から解決するときだ。より安全な貯蔵施設をどこかの自治体に受け入れさせるか、福島の避難地域の真ん中を、恒久的に、放射性廃棄物の巨大なゴミ捨て場にするか。高レベル廃棄物は、地震の多い日本国内に貯蔵できず、基金を設けて海外に輸送・貯蔵することを考える。

困難な諸問題を考慮して、原発事故の後、停止されていた原子炉を再稼働する政策を、安倍政権は中断したのだろう。福島の汚染は自然災害ではない。原子力の安全を軽視したことによる人災であった。5年を経ても、日本政府の責任ある政策は示されていない。


l  ドイツ政治システムの転換

SPIEGEL ONLINE 03/08/2016

Third Republic

Germany Enters a Dangerous New Political Era

An Essay by Dirk Kurbjuweit

ドイツの政治システムと言えば,安定性が特徴であった.しかし,難民危機はドイツの政党システムを根本的に変質させた.政治の周辺にいた集団が権力の伝統的な中枢を侵食する.

7か月か8か月前のドイツは,全く違う国だった.メルケルが社会民主党や緑の党からも支持を得て,一部の保守派が彼女を政権から追い出そうとしていたが,そんなことが起きるとは思えなかった.

難民危機が示したのは,代表制の危機である.それはキリスト教民主同盟(CDUCSU)と社会民主党(SPD)という2大政党が代表する政治システムである.選挙は地区の代表を選び,次の選挙まで,彼らが議会や政府を形成し,公共の論争をおこなった.同時に,主要メディアが「自民の声」やインテリたちを代表した.たとえ意見が激しく対立しても,彼らは同じカーストであり,政治家とジャーナリストは共通の地盤を見いだし,妥協を可能にした.こうしてドイツは機能したのだ.

難民危機の論争は制御不能になっている.代表制の危機は東ドイツにおいて強い.1989年に崩壊するまで,共産党が人民の意志を代表していた.体制が破壊された後,難民危機は東ドイツの住民が連邦共和制も信用していないことが明白になった.彼らは政治家を信用せず,自分たちで抗議する.ジャーナリストを信用せず,自分たちの真実だけを信じる.

ドイツ全体でも2大政党は支持者を減らしている.政党の示す政策より,彼らはインターネット上で自分の意見を述べる.メルケルはCDUを次第にグリーン・リベラル・社会民主の合成物に変えた.そして党の保守派は離脱した.彼女自身が東ドイツ出身で,CDUの保守的世界観と左派の主張とを対立してとらえなかった.難民危機に対しても,メルケルは人道主義や国際主義を掲げて対応した.

今や難民政策では,緑の党やCDUもメルケルを批判し,メルケル自身がもっと規制強化を目指している.左派はSPDを分裂させ,右派ポピュリストのAlternative for Germany (AfD)CDU支持者を侵食する.CDUが保守層を固めた政治の構造が崩壊したのだ.支援するSPDも支持を失っている.

ゆっくりと,特に東から,ドイツ政治の有機的な変化が生じている.2大政党を復活することは,多くの有権者が締め出されたように感じるだろう.もっと多様な政党システムに向かうのではないか.

アメリカ大統領選挙は,代表制の危機がもたらすもう1つの可能性を示す.トランプは共和党の長老たちにも,主要メディアにも頼らない.自分の支持者をインターネットで創り出した.それは民主主義のディストピアかもしれない.怒り,恐怖,誰にも逆らうことを許さない真実,陰謀論が,そのような雰囲気を創り出して,有権者たちを操作する政治家に有利になる.独裁制のように,代表よりアイデンティティが重要になる.政党制も,メディアも,権力を牽制する仕組みが崩壊する.民主主義が情念に屈する.

ドイツはまだそのはるか遠くにいるが,最初の1歩を踏み出した.


l  金融市場の不安

Project Syndicate MAR 10, 2016

The Fear Factor in Global Markets

KENNETH ROGOFF

現在の不安と市場の雰囲気は第2次世界大戦後と似ている.どちらも安全な資産への大きな需要があった.第2次大戦から10年たっても,著名な経済学者John Kenneth Galbraithは新しい世界不況を警告した.人々は株価が90%も下落した大恐慌のことを記憶していたし,核戦争の亡霊を感じていた.

現在も,人々は株式市場がいかに急速に,大幅に下落するか,忘れるはずがない.2008年の金融危機で,アメリカの株価は50%以上も下落した.他国ではもっと大幅に下落した.投資家は不況を恐れ,株価は急激に下落し,投資家の弱気は実体経済にも反映する,というのは正しいだろう.

他方,アメリカ経済は世界の逆風に立ち向かって成長しており,国内需要は堅調である.金融市場のボラティリティーを説明する他の理由もある.市場の緊密さが増したこと,など.

しかし,最も確かな理由とは,外部のリスクが現れたとき,政治家と政策担当者たちはそれらにうまく対処できないのではないか,と市場が恐れていることだ.現代世界が担う最大の問題は,ほとんどの国で構造改革は惨めな失敗に終わっていることだ.先進経済をほんとうに制約しているものは,生産性上昇の低迷,人口の長期的な減少傾向にともない,需要不足ではなく,供給側にあるのだ.

長期的に,その国の成長を決めるのは供給要因である.評価を気にするリアリティー番組のように,政府が運営されるなら,改革は進まない.

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The Economist February 27th 2016

Britain and the European Union: The real danger of Brexit

Britain and the EU: The Brexit delusion

Banyan: Taking arms

Trade within Africa: Tear down these walls

Industry in China: The march of the zombies

(コメント) EUを離脱して主権を回復する,という離脱派の主張を否定します.現代の「主権」とは,それほど無制約なものではない,と.他方,東アジア・西太平洋の軍拡競争や,アフリカにおける自由貿易圏の構築は,「主権」と重要なものであることを再認識させます.

中国が模索する過剰生産力や債務からの離脱は,あたかも世界をデフレの渦に巻き込む懸念を広めています.

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IPEの想像力 3/14/16

ふらふらでしたが、長居公園で行われた第38回大阪フルマラソンに参加し,ゴールできました。後半は歩く時間が多かったので,完走,とは言えませんが.

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英字紙を読むことで、日本の情報に疑問を感じることがあります。"Media freedom in Japan: Anchors away" (The Economist, Feb 20th 2016)

ジャーナリズムへの政府による圧力で、主要なTV報道番組から、政府に批判的な姿勢を示すキャスターが追放されているかもしれない、という記事です。教科書検定でも、多くの訂正が求められたと言います。安保法制をめぐる政府の姿勢を批判する者をメディアから追放して、権力者が「ただしさ」を強調するのは、政府の統一見解を唯一の真理と主張するのでしょうか? これは、日本を強くするためには何でもする、という強靭国家症候群です。

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「除染」という言葉は、誤解を招くものであり、ほとんど虚偽である、とNYTの論説でPETER WYNN KIRBYは考えます。放射性廃棄物がレベルを下げるとしたら時間による劣化しかなく、完全な形で安全に隔離する施設に移すことで、その非常に長い時間を待つわけです。日本の原子力政策は、そのような施設を欠いたまま、ほとんど福島県内の避難地域でバッグを詰め替え、場所を移動しているだけだ、という点を重視しています。

安全保障でも、原子力発電所でも、現在の政府は異常なほどの反応を示します。重要な情報を隠し、国民に議論をさせず、正面から疑問を示す者さえ舞台から追放して、まるで放射能汚染物質のように、情報や論争を永久に隔離することを理想とするのでしょうか?

この2つの政策は1つに結びついていると思います。内外の権力強化です。韓国でにわかに核武装論が高まったように、日本でも核兵器への転用を可能にする核武装への準備を、国民に対する説明もなく、政治家たちは合意しているのでしょうか? 三陸海岸の津波被害により仮設住宅で暮らす人々、福島原発事故で離散した人々が、その犠牲の上に残すものが、日本の安保法制や原子力政策,情報・言論統制であるとわかれば、亡くなった者の無念な思いと被災者の怒りは政府に向かうでしょう。

日本が急速に工業力や軍事力を増大する中国の隣にあることを、安倍政権は、安全保障上の至上命題としています。しかし、ユーラシア大陸の東で、太平洋との間に伸びる火山帯として、降雨に恵まれ、偏西風や海流が流れる日本であれば、地熱エネルギーや風力、水力を有効に活用する条件がそろっているのではないでしょうか? 1000年に及ぶクリーン・エネルギーの技術を開発する理想的な立地です。

政府を批判するジャーナリストたちを舞台裏で弾圧し、東京オリンピックを利用して愛国心を高める? これが権力政治だ、と国民を愚弄するとしたら、なんと傲慢で脆弱な権力者たちか?

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「あらゆる場所で戦争に反対する」というプラカードを掲げた(仮装の?)人物が,マラソンの参加者たちの横で,歩道に立っていました.そして,静かに歩き続けます.

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特定秘密保護法や、籾井勝人のNHK会長人事、高市早苗の放送法に依拠した命令権限に関しても、安倍政権になってから、権力を得たことは正義を独占し、強制力を得たことだ、という姿勢が顕著に示されるようになりました。

・・・欧米帝国主義に劣らず、植民地建設やアジア侵略を目指したことは間違っていないし、アメリカと戦争したことも日本政府が判断したことである。戦争を否定するような憲法を押し付けられたことは許せないし、戦後民主主義の体制は根本的に解体し、作り変えるべきだ。英米金融資本の圧力で日本の経済力は衰退し、中国政府の軍備拡大でアジアにおける日本の地位と安全保障は大きく損なわれた。

だから、権力を得たということは、と安倍首相は考えているのでしょう、こうした現実を逆転させる歴史的な役割が自分に与えられたということだ、と。

戦争による勝者の歴史を見直し、日本の伝統的な価値や保守主義の思想を現代の諸問題に対してアピールする政治家がいるのは、不思議ではありません。質の高い政治論争を経て、日本が法・制度や社会意識にまで及ぶ秩序再編を遂げる改革の時代、平和と繁栄の条件について、国民が問題を意識する瞬間です。

民主主義的な体制が成功するカギは、その指導者たちが示す論争の質にあると思います。

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