IPEの果樹園2016
今週のReview
2/29-3/5
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中国の政策的混乱 ・・・シリア内戦 ・・・南シナ海 ・・・アメリカ外交の転換点 ・・・トランプとプラグマティズム ・・・イギリスはEUを離脱する ・・・『一般理論』80周年
[長いReview]
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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]
l 中国の政策的混乱
FT
February 23, 2016
China’s
‘trilemma’ makes it vulnerable to more shocks
George Magnus
中国は「不可能の三角形」と言われる問題に直面している。為替レートの安定化、独立した金融政策、自由な資本移動は、3つ同時に成立できない。資本取引の自由化を進めるなら、速やかに完全な変動レート制に移行するべきだが、人民元が大幅に減価するかもしれない。中国政府はそれを許容できないのだ。
資本規制を強化することが考えられる。しかし、銀行は厳しい寄生に従い続けるだろうか。大規模な資本流出が止まらなければ、外貨準備が枯渇してくる。資本流出には多くの理由が存在する。信用の膨張、投資収益や国内利潤の悪化、債務の増大、デフレ、一層の金融緩和が予想されること、など。
西側の考えを、共産党からグローバルな民間市場に賢慮億を奪うものだ、とみなすなら、彼らは権力を手放せない。市場の改革は阻止され、逆転するしかない。それは人民元の危機を招く。
l シリア内戦
FT
February 25, 2016
Kurds are
now key to a Middle East solution
Henri Barkey
クルド人は、今ほど中東で大きな影響力を持ったことはなかった。イラクとシリアでは諸勢力の均衡を動かす役割を果たし、トルコでも蜂起している。しかも、現在のクルドの覚醒は、過去のものと異なり、クルド人の要求に大国を巻き込んでいる。
アメリカもそうだ。ISISを撃退するために、アメリカはトルコだけでなく、クルド人の協力を必要としている。ところが、シリアにおける主要な同盟軍であるPYD(the
Kurdish Democratic Union party)を、NATOの同盟軍であるトルコが爆撃している。トルコはPYDを、トルコ内のPKK(the Turkish Kurdistan Workers’ party)と結びついている、単なるテロ組織とみなすからだ。
この難問は、アメリカに大きな取引の外交的機会を示している。それはトルコと、シリアやトルコのクルド人の、双方にとって、また地域の安定化やアメリカのISIS掃討にも、すべてに利益となるものだ。
それにはトルコのエルドアンRecep
Tayyip Erdogan大統領の危機意識が関係している。エルドアンは、トルコ、イラク、シリアで、マイノリティとして重要なクルド人が活動を刺激され、ナショナリズムを強めていることを懸念している。
特に、イラクのクルド人は、アメリカの軍事介入の結果として、今や国際的に認知された自律的な連邦制の圏域と政府KRG(the
Kurdistan Regional Government)をイラク北部に確立している。トルコ政府はKRGと良好な関係を維持し、重要な貿易相手であるが、KRGはクルド人の自決権を示すシンボルになっている。
トルコのクルド人は、軍隊としてPKKを、また最近では政党としてthe
People’s Democratic party, or HDPに影響力を持ち、2015年の選挙で大きく前進した。クルド人問題は、特に、地方から都市にも及び始めて、トルコの国内政治を支配するような重要問題になっている。
エルドアンはアメリカに、トルコとPYD(シリア内のクルド人)とのどちらかを選ぶように求めている。しかし、アメリカは双方に利益となる取引を仲介するべきだ。それは一方で、シリアの和平とPKK戦闘員のシリアと北部イラクへの撤退を、他方では、トルコがシリアのクルド人支配地域に介入しないことを、合意する。
この取引で、シリアの諸都市のようにクルド人の居住地域を荒廃させ、多数の市民や治安要員を殺害してきたトルコにおける双方の敵意を終わらせる。また、PYDとアメリカ軍はISISとの戦いに集中できる。またシリアのクルド人は強化され、内戦後の自治権を得るだろう。
l 南シナ海
The Guardian, Wednesday 24 February
2016
The Guardian view on the South China
Sea: high time for compromise
Editorial
漁師か,グアノの採取業者しか関心のなかった,将来,温暖化で水没するような,波間に突き出たサンゴ礁や岩礁に,所有権を主張する中国と周辺諸国,そしてアメリカが国際紛争の舞台にするとは,これほど危険でなければ,むしろ笑えるような話である.
紛争の基本的な理由は,中国が,ほとんど何の証拠にもならない理由で,南シナ海の90%を支配する,と主張したことだ.1947年には中国のナショナリストたちがWoody
Island in the Paracelsに上陸した.その後,フランスが主張し,ベトナムが引き継いだが,遅すぎた.
およそ70年を経て,中国はこの初頭に地対空ミサイルを設置した.アメリカは直ちに,中国がこの海域全体を軍事化している,と非難した.中国は,数日後,戦闘機を派遣し,レーダー基地を建設している,と報告された.中国政府のこの行動は,オバマ大統領がASEAN諸国の首脳をもてなした時に重なっている.
どの国の主張にも,十分な根拠はない,と言わねばならない.しかし,中国は他国の船を強制的に排除し,ベトナムが主張する海域で石油の掘削を試みたり,人工的な建造物を拡大したりしている.それは既成事実化を目指すものだろう.その主要な動機は,海洋資源ではなく,アメリカの戦艦を,彼らが中国の領海とみなす範囲から排除することだ.
もしアメリカの軍事的な優位が大きければ,米中が衝突することはないだろう.小島の軍事施設は非常に脆弱だ.中国の狙いは,アメリカがこの諸島に近づくのを,次第に,困難と感じさせることだろう.それは,長期にわたる紛争を予想させる.
米中両国は,互いに,その海軍の膨張主義を抑えることに長期的な利益を見いだすべきだ.また中国は,近隣諸国との紛争を法的に解決する姿勢を示すことが,自国の利益になる,と理解するべきだ.中国の台頭は平和的なもの,と主張していたはずだ.
l アメリカ外交の転換点
FP
FEBRUARY 19, 2016
This is
How the Liberal World Order Ends
BY EMILE SIMPSON
1967年,イギリス政府は予想外にも,数十年にわたって真のグローバルな外交政策であったものを終結する,と発表した.通貨ポンドの下落,金のかかる植民地離脱運動,ベビーブーム世代の態度の変化,こうしたことに対して当時の労働党政権を率いるハロルド・マクミラン首相は,突如,政府として戦争よりも福祉を重視し,方針を転換する,と発表したのだ.
新しい外交方針は,「スエズより東」のすべての基地から撤退する,ということも含んでいた.それに対して,アメリカのディーン・ラスク国務長官は不満を述べた.「無料の風邪薬や入れ歯の方が,イギリスの世界における役割より重要だなんて,信じられない.」
しかし,そのような外交の貴族性,すなわち,外交における国内政治への配慮は不当である,という姿勢は,時が経つにつれて,有権者の意向から極端に切り離された外交が選択できる,というものになる.
ニューハンプシャー州の予備選で,ポピュリストのドナルド・トランプやバーニー・サンダースが中央政界のライヴァルたちを退けて勝利すれば,アメリカも同様の転換点に向かう可能性がある.彼らはアメリカの外交政策を,冷戦終結以来,エスタブリッシュメントに支配的な2つの見解から切り離す.すなわち,リベラルな経済学と,リベラルな軍事介入だ.
リベラルな経済学は市場開放を目指す.それは大統領選挙でTPPを支持するかどうかだ.冷戦終結後の急速なグローバリゼーションは,熟練労働者や中間層と上層の西側諸国に住む熟練労働者たちにとって利益であった.しかし,多くの仮想中産階級に属するアメリカ人は,グローバリゼーションに激しい痛みを感じている.驚嘆すべきことに,アメリカの白人ブルーカラーだけが,1999年以来,寿命の短くなった集団である.自殺や薬物乱用による.
彼らが,個人の自由と経済的な自由を結び付けて推進するエスタブリッシュメントの候補に,耳を貸さないのも当然だ.
冷戦後のアメリカ外交を支えるもう1つの柱はすでに忘却されつつある.すなわち,リベラルな軍事介入だ.
イラクとリビアへの軍事介入が失敗したことについて,トランプ,クルーズ,サンダースはヒラリー・クリントンを容赦なく攻撃してきた.体制転換についてのポピュリストの議論は,それが統治不能な地域を生み出す可能性についてである.イラクやリビアが示したように,代替する政権構想がないとき,その地域に国境を超えるテロリスト集団が流れ込む.シリアの体制転換を支持するのも同じ危険がある.西側がアサドを追放すれば,その体制に代わるものがなく,そこは容易に過激なイスラム主義者たちの混在する土地になるだろう.
この現実を受け入れることも,地域の平和を回復するために米軍を派遣することも,有権者は支持しない.地政学的現実を前提に,クリントンが主張できることは,体制転換を唱えず,イスラム国の問題に焦点を絞り,紛争を沈静化することはないが,人道的な視点で飛行禁止空域を設けることである.
シリアを超えて,民主主義や人権を拡大するという考えは,停止したように見える.いずれの候補者も,エジプトの野蛮な軍事体制が行っている政治弾圧について,あるいは,イラク政府の側のシーア派民兵がスンニ派に対してエスニック・クレンジングを進めているという疑いについて,何も言わない.
ルビオだけはリベラルな軍事介入を支持しているが,彼が勝利しない限り,アメリカ外交はかつての冷戦時代のモデルに戻るだろう.安定性と強い同盟国を優先し,軍事力を行使して民主主義を広めるという目標は破壊的で,支持されない,とみなす.
経済的な超大国と独裁者だけが,国内政治から独立して,外交政策を決めることができる.1967年のイギリスは,そのどちらでもなかった.アメリカは民主主義だが,経済超大国だ.長期にわたって国内政治を無視してきたが,その外交が突如として転換する可能性もある.
l トランプとプラグマティズム
Bloomberg
FEB 19, 2016
Donald
Trump, Class Warrior
By Clive Crook
経済的な不満だけでなく,トランプ支持者には階級や文化に関する不満がある.他の候補者たちはそれに言及しない.
アメリカは,言われているような,階級のない社会ではない.しかも,アメリカの新興上流階級は,大衆に対する侮蔑を顕著に示す.彼らは才能ある,教育を受けた,社交性に富む人たちだが,例えば,中枢都市に住む者たちは,地方の住民を決まりきった表現で描くが,それは無意識なものほど,偏見であり,ひどい侮辱である.
アメリカ大衆は,上流階級が自分たちをどう見ているか,知っている.自分たちが,石頭の,何が自分たちの利益かもわからない愚か者で,侮辱されていることを知っている.彼らは怒りや恨みを示すよりも,笑うだろう.しかし,見下されるのを好まないのは当然だ.
彼らの多くが,トランプの支持者である.
彼らは愚かではないし,人種差別主義者でもない.彼らは,トランプが当選すればすべてが変わる,とも思っていない.政治システムが彼らをあまりにもひどく裏切るから,もはや修理不可能であり,そのシステムを維持することに利益を何も感じていないのだ.彼らにとって,選挙はその不満を表明する機会である.トランプを,有効なメッセンジャーとみなしている.
トランプ現象には,こうした階級的な抗議がある.彼らの多くが感じているのは,彼らに対する敬意を欠いた態度である.
l イギリスはEUを離脱する
FP
FEBRUARY 22, 2016
Make
England Great Again
BY ROBERT TOMBS
イギリスの多数の有権者がEU離脱に投票すれば、ヨーロッパの緊密な統合化“ever
closer union”を目指す運動は勢いを失うだろう。EUを離れてイギリス政府に何ができるのか? と問うより、彼らは大陸への違和感を強めている。1963年、イギリスのEEC加盟を否決したとき、フランスのドゴール大統領は言った。「イングランドは島だ。」
イングランドの人々がEUを嫌う。スコットランドやウェールズではない。おそらく北アイルランドも違う。イングランドがユーロ懐疑派の主力だ。
かつては違った。1973年、ブリテンが共同市場に加盟したとき、スコットランドと北アイルランドは反対した。最も親ヨーロッパの地域は、裕福で保守的なイングランドだった。マーガレット・サッチャーもそうだ。しかし、ヨーロッパの政治がそれを変えた。1970年代、繁栄からは遠い、左派の政治家と貧しい有権者は、「ヨーロッパ」を、大企業、国際銀行、政治エリートの利益に従う陰謀とみなした。さらに1980年代、サッチャー首相は、単一ヨーロッパ市場の計画により、彼女の自由貿易と規制緩和を推進した。しかし、フランス社会党のドロールJacques
Delorsが欧州委員会の委員長になって、サッチャー型のネオリベラリズムを抑える社会保障や環境保護を強化した。こうしたヨーロッパ政治の転換は、イギリスの左派に歓迎され、保守党を憤慨させた。
しかし、経済学だけではヨーロッパに対する抵抗の強さを理解できない。それには歴史を知ることだ。
イギリスの国民的なアイデンティティが再浮上したのは近年のことである。イギリス人はUKの中心として「ブリティッシュ」であることに満足し、イングランド国歌はなく、王室をたたえる“God
Save the Queen”しかなかった。紅い、古来のSt.
George’s Cross flagが振られることもなかった。
しかし、2つの新しい事態に反応して、政治的アイデンティティであるEnglishnessが強化された。すなわち、1.1980年代以来、スコットランドとウェールズのナショナリズムが強まったこと。それはサッチャーとブレアの政権が彼らに対して押し付けた自由市場政策に反対していたからだ。イングランド人はその動きに反発し、スコットランドの福祉政策をイングランドの税金で助けている、といった不満を持った。
2.ヨーロッパの理想主義者たちが、国民国家の集まりではない、「ヨーロッパ」を創ろうとし始めたこと。主権や、市民たちの忠誠心が問題になった。最初は単なるレトリックでしかなかったものが、イギリス(実際はイングランド)に住む、多くのEU市民に対する居住、就労、社会福祉の権利として認められた。それはイングランド議会・政府・有権者が、自分たちの国境や法律、住民を管理できない、という不満を高めた。こうした感情は、昨年5月の選挙で、キャメロンの保守党に大勝利をもたらす力となり、スコットランドのナショナリストからの支持に頼った労働党に対抗して、キャメロンはEU加盟の是非を国民投票に問うと約束した。
ヨーロッパ中に左右のポピュリズムが台頭しているけれど、有権者の多数でEU離脱を選択する可能性があるのはイングランドだけである。その理由は、ある程度、ヨーロッパ統合という考えを、フランス、ドイツ、イタリアなど、大陸の諸国は自然なものと感じるからだ。統合を主導するフランス人にとっては、1950年代のJean
Monnet and Robert Schumanだけでなく、1860年代のVictor Hugo, 1800年のナポレオン、18世紀の啓蒙主義運動にまでさかのぼる自分たちの計画だ。イングランドはそうではない。その歴史はもっとグローバルだ。
また、EU主要諸国France,
Germany, Italy, Poland, and Irelandでは、国民的な意思決定を啓蒙主義運動の先駆者たちが大衆から奪い、ドイツやイタリアでは19世紀にも、一部の政治家やインテリだけが国家統一を担った。エリートが決めて、大衆は従う。ヨーロッパ統合も同じである。しかし、そのような統合を称賛する歴史はイングランドにない。イングランドが称賛する伝統は、昨年が800年記念であったマグナ・カルタである。エリートは人民の意志を受け入れねばならない。少数の政治家やビジネスマン、インテリではなく、人民が民族・国家の運命を決める。
彼らとイングランドとの最大の相違は心理的なものだ。ヨーロッパ統合は恐怖・不安に根差している。戦争、外国による支配、内戦、権威主義的政府、コミュニズム。こうした不安はある程度まで減ったが、なくなっていない。大陸諸国の穏健な市民はEU崩壊を恐れている。しかし、イングランドでは恐れない。イングランドはヨーロッパが経験した20世紀の惨禍を概ね免れた。1783年以来、大きな敗戦はなく、1066年以来、征服されなかった。EUに対するこうした惨禍と離脱を自由に選択する姿勢は、スカンジナビアやスイスと共通する、ヨーロッパの中の幸運な部分である。
大国が単独で行動する不安を感じるとしたら、小国は、たとえEUが失策を繰り返しても、自分たちの独立と尊厳を維持するのに不可欠なものと考えている。しかし、イングランドでは逆に、たとえスコットランドが反対してUKを離脱するとしても、EUを、自分たちの政治的自立を犯すものとみている。
イギリスにも不安はあった。帝国を失い、大きなスウェーデンとなって、政治的、外交的に孤立し、重要でなくなる。また経済的にも、フランス、イタリア、ドイツの成長率に大きく遅れていた。しかし、こうした不安はほぼ解消された。大陸の高成長は戦後復興や農業近代化による一時的なものだったし、脱植民地化に対するパニックも鎮まった。1980年代半ば以降、イギリス経済は大陸より良好である。特にこの10年間、ユーロ圏よりはるかに優れていた。世界に占める役割も、過去300年にわたり地球の半分を支配した、最も裕福で、最も強い国ではなくなったが、多極化した世界に慣れた。EUのイメージは、救命ボートではなく、タイタニック号に変わった。
論争が始まったとき、離脱派は歴史を強調し、自治の伝統、グローバルな民族としての自立を重視し、残留派は衰退と孤立を強調し、離脱後の脆弱さ、貧困化、影響力の低下を主張した。それはパンとバターの問題であるが、その背後には、イングランドの有権者が自分たちの能力をどう見るか、という問題がある。あまりにも小さく、あまりにも弱いのか? イングランドのナショナリズムは顕著に強まっている。不確実さの増す世界で、人々は離脱に向かい、政治家と官僚たちは現状維持を望む。もし数日、数週間内に有能な指導者が現れなければ、イングランドは離脱を選択する。
l 『一般理論』80周年
Project Syndicate FEB 23, 2016
Keynes’s General Theory at 80
ROBERT
SKIDELSKY
1935年に、ケインズがジョージ・バーナード・ショーに書いたように、「一般理論」は経済問題に関する考え方に、時間をかけて、革命的に変えた。80年経って、それは今も正しいか?
ケインズの2つの遺産は今も守られている。第1に、ケインズはマクロ経済学を発明した。全体としての生産量を扱う理論である。そして、ケインズ以前の、「完全雇用」を前提とした理論と区別した。
第2の遺産は、政府が不況を阻止できるし、そうするべきだ、という考え方である。2008-2009年の金融市場崩壊と、1929-1932年の大不況とは、政策対応が大きく異なった。
しかし「低雇用」均衡に関するケインズの理論は、もはやエコノミストや政策担当者によって支持されていない。むしろ、不況を回避するために行った政府の介入が巨額の債務を残し、ケインズの考えとは逆に、景気回復を妨げている、とみなされるようになった。
財政再建を重視するケインズ以前の正統派に回帰した理由は、主に3つある。すなわち、1.労働市場においても価格によって均衡が決まる、という考え方が復活した。2.「需要管理」政策は1960年代末にインフレ問題を生じ、インフレと雇用とのトレード・オフが悪化した。それに対する所得政策が試みられたが、Milton Friedmanの説明で、完全雇用ではなく、インフレ抑制が政策目標に置き換わった。3.政治イデオロギーが右傾化した。イギリスのMargaret ThatcherとアメリカのRonald Reaganによるものだ。彼らは経済への過剰な政府介入に反対した。
最後に、ケインズ経済学に関する2つの、より穏健な、新しい役割を考察する。すなわち、2008年以前の正統派にとって、金融システムの腐敗と、銀行家たちを救済した政府のやり方は衝撃的であった。金融市場を完全雇用の視点で管理し、社会正義を実現することは、ケインズの伝統である。また、失業に関するケインズの理論を批判する者たちの、あまりにも現実離れした前提には不満がある。経済学を学ぶ者は、最適化するだけの、完全に丸い人間ではなく、歴史、文化、制度がケインズ理論に取り込まれていることを見出すだろう。
私は、ケインズの一般理論が今後20年、あるいは、それ以上、生きながらえると思う。
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The Economist February 13th 2016
Hong Kong: Wounded society
Hong Kong-mainland relations: Over troubled
water
The Mekong river: Damned if you do
Essay The Mekong: Requiem for a river
Foxconn: Pointed questions
Free exchange: Optimising romance
(コメント) 香港の露店を撤去する政府の介入に,対抗暴力を支持する集団が衝突し,市街戦となった? そんな事件を知りませんでした.香港と中国本土をつなぐ巨大インフラの財政負担や香港住民が感じる不満.不安は,グローバルな秩序再編に関する近隣諸国や欧米とも共振します.
メコンと取り巻く自然や文化,急激な開発,富への殺到がもたらす環境破壊や伝統的生活・文化圏の崩壊,そうした様々な要因が秩序付けられる地政学的な過程を,特集記事が伝えます.
なぜFoxconnはシャープを買収したいのか? それほどの価値があるとは思えないのに,Terry Gouは何を目指すのか? 他方で,ノーベル経済学賞を得たマーケット・デザインの考え方を,結婚相手の探索に応用する話は,超巨大都市とIT環境に住む人類の未来を示唆している?
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IPEの想像力 2/29/16
近年,大学の構内には,すっかり企業の就職紹介ブースに占拠された一帯が出現します.渡り鳥の群れのように,同色で,ほとんど区別できない新しいスーツを着た学生たちが,階段とフロアを移動して行きます.
そんな外観に惑わされず,自分の仕事を探す,という機会は,深く考える者にとって,特に重要な意味を持つでしょう.
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ティモシー・F・ガイトナーがニューヨーク連銀総裁になったとき,まだ42歳でした.「2003年9月初旬,IMFの用事でロンドンにいたときに,プライベート・エクイティ会社ブラックストーン・グループの共同創業者で億万長者のピート・ピーターソンから電話があった.」NY連銀総裁の面接に来る気はあるか? と言われたのです.
ピーターソンに彼を紹介したのは,ハーヴァード大学学長になっていたローレンス・サマーズと,シティ・グループにいたロバート・ルービンでした.大物のコネが重要だ,というためではなく,若いときに何をしたかが重要だ,と知るために,ガイトナー回顧録を読んでほしいです.
ガイトナーは,1961年にマンハッタンで生まれました.父がアメリカの海外援助機関で働いていたため,子供のときにインドやタイで暮らしました.バンコクから帰国してダートマス大学に入ったとき,彼はひどいカルチャーショックを受けますが,中国語を学んで克服した,・・・というあたりから,すでに非凡です.
経済学より公共政策に関心を持って,ジョンズ・ホプキンス大学のSAISで学び,その後,ヘンリー・キッシンジャーのコンサルティング会社から誘われて働きはじめます.SAISの学部長が推薦したからです.キッシンジャーはアジアに強い関心を持っていたのでしょう.その後,ガイトナーは財務省の国際部に移り,下級公務員として働きました.
1990年には日本へ行って,大蔵省では29歳の若造と見られながら,アメリカに流れ込む資本の源を調査していました.日本を含めて,東南アジアや韓国,ロシアに及んだ通貨・金融危機の数々が,ガイトナーを鍛えます.各地の危機を沈静化させるためクリントン政権が動き,そのころ,ロバート・ルービンは国家経済会議委員長から財務長官になりました.サマーズが国際問題担当次官補,そして財務次官から財務長官になって,彼らの下で,ガイトナーは働きました.
イングランド銀行のマービン・キング総裁の冗談が引かれていました.「ティム(ガイトナー)は,どの危機のときにも存在していた.しかし,彼が危機をもたらしたのではない.危機が彼をもたらしたのだ.」
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UNHCRのフレミング女史がTEDで話した青年ハニーが,シリアを出るとき,最後に持ち出したものは高校の卒業証書でした.彼の母は毎朝,行かないでほしい,と頼みました.しかし狙撃兵が市民を狙う中,彼は学校へ通い,未来を得るカギだと信じて卒業したのです.
家族が殺される危機が迫っていました.彼らはレバノンに逃れます.レバノンの人口は400万人ですが,100万人の難民を受け入れています.巨大な難民キャンプで,荒野にテントを建てただけで,何もできない日々をハニーは過ごしていました.「もし学生じゃなかったら,僕は無価値な人間だ.」とハニーが言いました.フレミングは,難民たちこそ社会をプラスに変える積極的な主体なのだ,と説きます.
ソマリアの難民キャンプで会った,自分の娘と同じ年頃の少女にフレミングは尋ねました.大人になったら何になりたいか? しかし,彼女は空白の表情になって,答えられません.「私に未来はないのです.学校生活は終わってしまったから.」 そのキャンプには中学校もなかったのです.
NHK Eテレで,U-29を観ます.日本の若い世代が,さまざまな形で社会と向き合い,生き方を見つける話の多くは,魅力的です.
The Economistの末尾には訃報が載ります.単独で南極点を目指していた探検家Henry
Worsleyが,1月24日,55歳で亡くなりました.彼は軍人として,ボスニア,北アイルランド,アフガニスタンの戦場で任務にも就きました.人は,こうべを垂れて,磁石に敬意を示す,と書き残します.
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就活に迷うとき,小説を読んでみることです.日本人は時代小説が好きです.
山本周五郎や乙川優三郎の小説は,小さな者の,静かな,当たり前の日常,平凡な姿が秘める,特に,その変化する瞬間と意味を,絶妙の筆致で描き,深い感動を与えます.
また,池波正太郎の『鬼平犯科帳』,『その男』,『殺しの四人』(仕掛け人),など,とんでもない人間たちの物語群を読むことでしょう.
藤沢周平『獄医立花登手控え』に登場する若者の生き方も,忘れがたいです.
平岩弓枝『御宿かわせみ』や諸田玲子『お鳥見女房』には,家族の心情が事件の中に深く流れています.
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個人の生き方は,複雑な,グローバル化する社会の,大規模な構造変化の一部です.
Financial Timesで「中国,奇跡の終わり」Video: The
end of the Chinese miracleを観ました.
https://next.ft.com/content/0a86583e-e5f2-11e5-bc31-138df2ae9ee6
農村からの,途方もない規模の安価な労働力流入を受けて,中国の都市は拡大し,急速な成長を実現しました.その人口移動の規模は人類史上の奇跡です.
インドとパキスタンの分裂で生じた1500万人の移住,ヨーロッパからアメリカに渡った1700万人の移住,16世紀から19世紀までの奴隷貿易2000万人,第2次世界大戦後のヨーロッパに起きた2000万人の移住.しかし,中国の移住は推定で2億7700万人です.200万人以上の都市が250個生まれ,アメリカの総人口3億2100万人に近く,ロンドン88個分に等しい,と紹介します.
しかも,EUとドイツに向かうシリア難民と違って,移住は参加する人々の熱意を中国の高成長のエンジンにしたのです.賃金が上昇し,工場が閉鎖されて,もっと貧しい諸国に,例えばベトナム(あるいは内陸)へ移転されます.ビデオは,都市で失業した人々の新しい可能性を農村への帰還に観ています.
巨大な農村人口を抱えるインドや他の途上諸国が工業化を引き継ぐ一方で,中国がもたらした需要を失うことも多くの国に危機を生じます.日本や欧米諸国は,それらすべてに深く関わっています.
就職活動に動揺する気持ちを前進のための勇気に変えて,学生たちはこうしたグローバルな社会変動に立ち向かいます.
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