IPEの果樹園2015

今週のReview

3/23-28

 

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・イスラエル選挙結果 ・・・AIIBとアメリカ外交の転換 ・・・ウクライナと西側 ・・・ギリシャとドイツ ・・・政治家の変心 ・・・イランとの合意

[長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


The Guardian Friday 13 March 2015

Binyamin Netanyahu has failed. There’s a better way to achieve security for Israel

Avi Shlaim

317日,イスラエルの有権者たちは2つの異なる未来を選択しなければならない.右派の与党リクードLikudは,左派の労働党と中道派の小政党が統一した新しいシオニスト同盟(HerzogLivni)の挑戦を受けている.

Binyamin Netanyahuが率いるリクードは,ヨルダン川西岸の大部分を永久にイスラエルが支配すると約束し,パレスチナ人との和平交渉を排除している,イスラエル国民の3分の22国家案を支持するが,2000年にオスロ和平プロセスが崩壊した後,和平を話し合うパレスチナ人のパートナーがいないと考えている.その結果,国内問題ではHerzogを支持するが,安全保障ではNetanyahuが支持された.

Netanyahuの戦略と外交は,大イスラエルのシオニスト的イデオロギーである.それはパレスチナ国民の西岸における権利を否定し,「イスラエルの土地全体」にユダヤ人の権利を要求する.パレスチナ人はイスラエルのユダヤ市民に対する生存の脅威を与えており,西側のパレスチナ国家支援はこの脅威を強めるだけである.これに対抗する唯一の方法は,西岸と東エルサレムにおけるユダヤ人の入植とインフラ建設を加速することだ.

リクードの強硬派が繰り返す議論は,西岸から撤退した前例である.20058月,リクードが率いたAriel Sharon政権が「一方的非関与」として,ガザ地区からイスラエル防衛軍と8000人のユダヤ人入植者を引き上げた.Netanyahuはリクード内でこれに反対し,Sharonを押い出して,新政党を結成させた.

Netanyahuによれば,ガザ地区がハマスに支配され,境界地帯でロケット弾が降り,イスラエル市民へのテロ攻撃が起きるようになったのは,すべて,その結果である.もしイスラエルが,この失敗を西岸で繰り返せば,同じ結果になるだろう.

しかし,Netanyahuは撤退の動機を完全に歪曲している.Sharonは,非関与戦略を和平への「ロード・マップ」として売り込んだが,交渉を拒んでいた.パレスチナ国家の出現を阻止すると決意していたのだ.彼が撤退した本当の目的は,一方的にGreater Israelの境界線を引くことで,可能な限りパレスチナ住民が少ないパレスチナの領土を併合することだった.

20061月,自由かつ公平な選挙でハマスが勝利すると,Sharonの後継者たちは新政府を認めず,それを破壊する経済戦争を始めた.また,20073月,ハマスとファタハの統一政府を無視した.パレスチナの穏健派政府がイスラエルと長期の和平を交渉しようとしたとき,イスラエルには交渉相手がいなかったのだ.イスラエルは,ファタハが権力を掌握するように促したが,ハマスは先手を打ってガザでの暴力的な権力奪取を阻止し,それに対するイスラエルの封鎖が今も続いている.

イスラエルの比関与は,結果的に,ガザ地区を屋根のない監獄にしただけであった.ハマスとイスラム過激派による攻撃は,こうした封鎖と交渉拒否の不幸な,避けられない副産物である.それはイスラム的な狂信ではなく,イスラエルの促したパレスチナ内戦とその反作用である.2005年の撤退から本当に学ぶべきことは,民主的に選出されたパレスチナ人の代表と交渉して解決することによってのみ,暴力の連鎖は終わり,イスラエル市民の安全が得られる,ということだ.

この6年間でイスラエルは3度の軍事侵攻をガザ地区に行ったが,市民の死傷者,インフラの破壊がはなはだしかった.しかも,問題を解決せぬまま,ハマスは支持されたのだ.イスラエルの将軍たちがガザの「牧場を刈りに行く」と言うとき,政治的,人道的な問題を,野蛮な軍事力だけで抑え込むイスラエルの政策は道義的に破綻している.

NYT MARCH 16, 2015

Israel’s Gilded Age

Paul Krugman

イスラエルのネタニヤフ首相は,アメリカを戦争に巻き込みたいのか? もし本気でアメリカの外交政策を変えたいなら,大統領を侮辱し,その敵と同盟することは間違いだろう.そうではなく,本当の目的は,イスラエルの有権者に戦争の気分を煽り,選挙の焦点を国内の経済的不満からそらせたいのだ.そうすることで,火曜日の選挙で支持を高めることができる.

しかし,イスラエル国民は経済の何に不満なのか? イスラエル経済は普通の基準で見て良好である.金融危機のダメージを最小限に抑え,長期的には,先進諸国の中で高い成長を示し,ハイテク国家に変身した.

それは同時に,イスラエル経済に大きな不平等をもたらした.かつて,キブツに示されるような,平等主義の理想を実現した国家であったが,それは1990年代初めまでだった.その後,分配の格差が急速に増大した.今や,アメリカとともに,先進経済で最も不平等な社会である.それは社会や政治に深刻な影響を与えている.

所得の中央値の半分から下の人口が占める割合は,1992年から2010年に倍増して,10.2%から20.5%になった.子供の貧困率は4倍に増加し,7.8%から27.4%になった.低所得の過程は,周りの社会から疎外され,政治にも参加しにくくなり,貧しい家庭で育つ子供たちは永久に貧困を強いられる.

トップ1%の人口に富と権力が極端に集中している.イスラエル株式市場の総価値の半分になる企業群を,the Bank of Israelによると,約20家族が支配している.彼らが支配する企業から他の企業を通じた支配の「ピラミッド」によって,その影響はさらに広がっている.

イスラエルの不平等は,熟練労働者への強い需要を生じるハイテク社会にともなう,自然な結果であると思うかもしれない.あるいは,アラブ人や異端的なユダヤ教徒に貧困が示されるだけだろう,と.しかし,そうではない.貧困は政策選択の結果である.

イスラエルは貧しい人々を引き上げる努力をしない.アメリカに比べても,さらに支援が少ない.そして,イスラエルのオリガーク達は,その地位を発明や企業家精神で得たのではなく,1980年代の政府の民営化によって,企業を支配するようになった家族の成功がもたらしたのだ.それはまた,政府の政策にも,主要銀行に対しても,不当に大きな影響を行使できる地位だった.

多くのイスラエル国民は,ネタニヤフをこうした問題の一部である,とみている.だからネタニヤフは,選挙の争点を不平等から戦争へと転換したのだ.ブッシュの時代にそれはおなじみのものだ.


l  AIIBとアメリカ外交の転換

FT March 16, 2015

China’s money magnet pulls in US allies

Gideon Rachman

先週,私は韓国に居て,中国の呼びかけに韓国政府が応じるのは時間の問題であると思った.オーストラリアもそうだ.もはや明確に参加を拒んでいるのは,アメリカと日本だけである.

中国はアジアにおけるアメリカとのパワーをめぐる闘争で,領土紛争におけるアメリカの関与を効果的に抑えられなかった.しかし,そのことから学んだようである.最近,近隣諸国に対するあからさまな要求は控え,親シルクロードの建設や,中央アジアへのインフラ投資を含む,経済関係の強化を主張している.AIIBもその1つだ.

日本,オーストラリア,フィリピン,韓国は,アメリカに安全保障を大きく依存しており,中国との貿易関係が重要になるにつれて,ジレンマを抱えている.例えば,韓国の安全保障は,北朝鮮や,将来は中国との対抗で,アメリカの支援を必要とする.しかし,今や韓国の輸出の4分の1が中国向けであり,アメリカ向け輸出は12%でしかない.

AIIBの経過は,米日間のTTP交渉の合意も刺激する.両国は中国抜きのTPPを,反中国クラブではない,と言うが,他の諸国の中国と結ぶ自由化交渉に影響する.そして,アメリカの軍事力と中国との経済関係との間で,どちらを優先するかは,その国が中国にどの程度の脅威を感じているか,によって決まるだろう.

だから日本は最後までアメリカに従っているし,また,中国が威嚇よりも,政治的・外向的な関与を強めるなら,アメリカの同盟国でも中国の側につくだろう.

FT March 17, 2015

Two giants with an opportunity for partnership

Kishore Mahbubani

今日,世界で最も重要な2国はアメリカと中国である.しかし,明日になれば,それは中国とインドになる.5月に北京で行われる2人の指導者,Xi Jinping and Narendra Modiの会談は,今年の最も重要な事件である.

わずか35年前,開発経済学者の誰も,世界でもっとも人口の多い2国が最も早く成長する国になるとは予測しなかった.中国とインドは貧困に苦しみ続けるという悲観論が支配的であったのだ.

現在,2国は勝利の犠牲者となって,特に,もし敵対を深めるなら,成長の減速に苦しむかもしれない.特に,国境紛争は両国間で最大の問題である.

しかし,2人の指導者が国家の将来を見通す優れた政治家であるなら,1980年に鄧小平が提案したように,紛争地域の東西を,ほぼ支配している通りに,国境として認め合うことができるだろう.当時,インドはこれを拒んだが,インドのモディに政治的な勇気があれば,今回,同じ提案をインドから示すことだろう.そしてモディは,それが鄧小平の案を彼が復活させたものである,と言うのだ.今なら双方は合意できる.

製造業主導の成長を数十年間続けた中国では,資本が豊富で,労働者の不足が生じている.他方,インドには資本不足と労働者の余剰がある.2国のシナジー効果は大きいだろう.中国からインドへの直接投資は双方の利益になる.また,中国はインフラ建設の超大国である.インドにはそれが不足している.

確かに,双方には信頼が不足している.否定的な報道が満ちている.信頼醸成のために,原子力の平和利用で協力し,原子力燃料供給にインドを迎え入れ,3国間の新しい原子炉設計を歓迎する.インドにも,中国が成功している多くの自由貿易圏を設け,特に,パキスタンとの国境地帯,パンジャブ地域に設置するのがよい.パキスタンは,インドと中国との間にある刺だから,インドとの対立を解消することが重要だ.

中国は,インドがアメリカと接近することを懸念している.他方,インドはアフガニスタンとパキスタンの安定化を求めている.中国はこうした点で効果的な利害の収斂を促せるだろう.


l  ウクライナと西側

Project Syndicate MAR 13, 2015

From Munich to Kyiv

PETR KOLÁŘ and JURAJ MESÍK

1938年,イギリスのチェンバレン首相がミュンヘンから戻って,われわれの時代の平和を守った,と主張したとき,チャーチルが英仏の決断を批判したのは有名だ.「あなたたちは戦争と不名誉とを選択した.」 しかし,チャーチルは言った.「あなたたちは不名誉を選択した.そして,それは戦争になるだろう.」

悲しいことに,キャメロン首相,オランド大統領,メルケル首相,オバマ大統領は,同じことをしている.チェコとスロヴァキアの,100人を超える知識人たちが,ヨーロッパの指導者たちに向けて公開書簡を発表した.宥和の道を取らないように,と彼らは西側に求めたのだ.


l  ギリシャとドイツ

The Guardian Sunday 15 March 2015

Germany and Greece should look to Goethe to resolve their standoff

Paul Mason

先週,ギリシャ政府はゲーテ・インスティチュートthe Goethe Institutを,その他の資産とともに,第2次世界大戦後のドイツからの賠償として接収すると脅した.もし政府がしなければ,民衆が「下から」の接収を行うだろう.

ドイツはギリシャ債務のいかなる条件変更も拒否する決意だ.しかし,ギリシャの魅力はドイツの自我に深く根ざしたものだ.それはドイツの偉大な詩人,かつ,政治家でもあったゲーテの方針転換にも示された.

ギリシャを経済危機としてだけ見るのは間違いだ.そこは地政学上の最前線である.北東には,プーチンのロシアがいる.ギリシャの文化はロシアに親近感を持ち,左派はロシアに強く同調する.第2次世界大戦中の抵抗をうたう国家は,ソ連の行進曲にギリシャ語の歌詞が付いたものだ.

チプラス首相は右派の強硬派を防衛大臣に任命したが,それはNATOから離脱しない,というアメリカへのシグナルだ.

南東には,イスラム国家がある.その脅威を抑える緩衝国はトルコだけである.チプラスはトルコとの関係強化を最も重要なイスラム国家への防衛とみている.イスラエルとも古い同盟関係を維持しており,イスラエル.キプロスとの3国間天然ガス開発協定を守るはずだ.

国民の新ロシア感情は強く,EUのロシア制裁がギリシャに与えた被害も加わり,もしチプラスがモスクワから金融支援を受けると決断したら,国民に広く支持されるであろう.ロシアがブルガリア経由のパイプラインをキャンセルした後,新しい計画として,黒海からギリシャ・トルコ国境のハブ港までパイプライン建設を進めれば,ギリシャは大きな利益を得る.

それゆえアメリカは,ドイツ政府にギリシャをヨーロッパにとどめるよう,圧力をかけたのだろう.ある情報によれば,「我々の息子たちがノルマンディーで死んだのは何のためか」という言葉が,アメリカ国務省とドイツ外務省との会話に出たらしい.

アメリカは,ドイツがギリシャをロシア側に追いやり,あるいは,国家の情報・軍事能力を弱めてイスラム国家に対抗することができなくなる,と憂慮している.それは,1820年代,ゲーテを含むドイツ知識人を襲ったジレンマと非常によく似ている.

1821年,ギリシャがトルコの支配に対する反乱を起こし,西側の外交関係を大混乱させた.このとき,権威への服従と法の支配を自由と考えていたゲーテは,ギリシャに反対した.しかし,トルコとのギリシャ人の戦いは続き,ヨーロッパ全体から支援の若者が声を挙げた.

ゲーテは,最初,トルコの支配が失われた真空にロシアが入ることを恐れていた.また,ヨーロッパ全域に革命が広がることも恐れた.しかし1824年,ギリシャの側に立つバイロンが戦死したことで,ゲーテは衝撃を受け,その立場を転換した.それはゲーテの芸術の情熱を沸き立たせ,ファウストの第2部を完成させた.第2部の主人公はバイロンであり,自由の本質に関する考察で終わる.

メルケルはゲーテに学んで,ギリシャに対する立場を180度転換してほしい,と英米圏は願う.200年の時を超えて,自由に関する哲学論争が,NATOの外交で再現されている.


l  政治家の変心

FP MARCH 13, 2015

I Changed My Mind…

BY STEPHEN M. WALT

政治家や候補者の言葉として,最も聞くことが無いのは,「私は完全に間違っていた,だから以前の主張を変えることにした.」

しかし,ケインズは見解を変えたことを非難されたとき,こう答えた.「事実が変われば,私も意見を変える.あなたはどうするのか?

私もこれまで多くの間違ったことを信じていたし,意見を変えた.それはむしろ楽しく,解放された気分であった.ここにその最悪の10ケースを紹介しよう.

1.第1次世界大戦の起源 ・・・1980年代の半ば,私は,組織と心理の病理がもたらす一連の誤解,征服は容易で,戦争は短く,安価に終わる,という通念,社会的背景を重視した.しかし,その後,考えを変えた.ドイツの,特にTheobald von Bethmann-Hollweg首相の責任を認めたのだ.将来も,より優れた理論が私の過去についての理解を変えるだろう.


l  イランとの合意

Project Syndicate MAR 18, 2015

Grand Bargaining with Iran

CARL BILDT

イランとの核合意が最終的な決断を求められている.しかし重要なことは,それが核合意だけでなく,不安定化する中東地域を変える合意でもある,ということだ.

たとえ空爆を繰り返したとしても,イランが核兵器を保有する決意を固めれば,それを阻止することはできない.むしろ重要な変化は,イランが核戦争の原因ではなく,協力を通じて地域に貢献する国家に変わることだ.核合意に達する重要な一部として,イランを孤立から転換し,地域に統合する貿易・投資協定が含まれる.

201311月,the Joint Plan of Actionはそれを意図したが,イランとの関係正常化は必要な経過を欠いてきた.イランにも強硬派がいて,アメリカにおける合意反対の勢力と同じように,対立によって影響力を得ている.双方で外交的な相互破壊が悪循環に向かうのだ.だからこそ,EUはイランに対する制裁解除にも積極的に協力するべきだろう.

イランは,双方にとって重要な問題を政治的な関与で改善できる.アフガニスタンとイラクの発展は急務である.サウジアラビアと湾岸諸国がイランとの関係を改善すれば,地域にとって重要な戦略的枠組みが可能になる.シリア内戦も解決できる.

核合意が破綻すれば,ただちに核戦争は起きないだろうが,地域全体がカオスと暴力の深みに向かうだろう.

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The Economist March 7th 2015

The new nuclear age

Nuclear weapons: The unkicked addiction

Global banks: Cocking up all over the world

Hong Kong: The power of fish

Russia after Nemtsov: Uncontrolled violence

(コメント) 世界から核兵器を全廃する,という提案を,アメリカの超党派の政治指導者が示し,オバマ大統領も演説してノーベル平和賞をもらいました.しかし,その実現はむしろ遠くなっています.アメリカが通常兵力で圧倒的な優位にあることが,むしろ,その抑止力として他国に核保有を促し,各地域における核軍拡競争を刺激します.冷戦期の核抑止や核均衡は,現在のアクターに期待できません.

銀行業がグロール銀行を生み出すことはなく,香港の立法議会は,人間に対して正しい政治的代表制を示せません.ロシアで,ネムツォフ暗殺後の政治が,いくつかの歴史的類推を刺激します.

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IPEの想像力 3/23/15

かつて2008年の世界金融危機に際して議論された国際通貨制度改革論では,IMFの制度改革も重要な争点でした.なぜなら,IMFこそ,各国のマクロ政策を監視し,双務的な国際調整過程を促し,通貨危機の国には緊急融資を行って,国際的な金融市場のルール作りに積極的な提案と交渉の場を提供するはずだったからです.

IMFの分担金を増やし,その国家間の割合も調整して,もっと新興諸国の出資と発言力を増やす,ということです.しかし,どうやって分担金を増やすのか? IMF改革を阻んだのは,第2次世界大戦後の金融に関するパワー配分を基礎にして国際秩序を築いた欧米諸国が,新興諸国を加えて,新たに合意形成することは困難である,という事実でした.少なくとも,戦争を再調整の機会にはできないからです.

そのとき,示された提案の1つに,巨額の対外黒字を累積してドルの外貨準備を保有している中国などのアジア諸国,石油輸出諸国,などが,新しい出資を「入札制」にする,あるいは,新しい融資制度をIMF内に設ける,一種の2院制を採用する,などが議論されました.

日本がアジア通貨危機に際して,アジア通貨基金を提唱したとき,アメリカも中国もこれに反対しました.日本は宮沢イニシアティブを通じてアジア諸国に融資を行い,また,チェンマイ・イニシアティブでアジアにおける多角的な制度構築の能力を問われたと思います.日中韓の政治対立が,その可能性を大きく制約したことは明らかです.

かつてSDRの創設に際しても,アメリカはドルの市場と政治的影響力をそがれることを嫌いました.SDRは国際通貨とならず,その利用は極めて限られた上,SDR発行にアメリカが拒否権を保持したのです.その1つの結果は,民間の金融仲介市場が発達して,海外で保有されているドルをアメリカの外でも取引するようになったことです.

AIIBも,IMFの外に,世界市場統合を促すインフラ投資の資金需要を満たす仕組みとして,中国が呼び掛けたものです.世界銀行やアジア開発銀行の増資は,そのトップ人事(アメリカ人と日本人)の決定メカニズムとともに,根本的な改革を拒んでいるからです.

中国が膨大なドルの外貨準備を保有している以上,それを国際秩序の構築に積極的に利用することは重要であり,政治的な対立と論争も避けられません.しかし,卒業式でゼミの学生に訊かれたとき,AIIBが依拠する思想が何か,それによって変わると思いました.かつてJ.M.ケインズがIMFと世界銀行の思想的な根拠を示したように,AIIBにも単なるパワー・プレイでない,世界秩序の思想が問われています.

インフラ投資であることからも,それは社会や地域の長期資本形成に関する新しい思想であると思います.経済学や政治学,社会学などの諸思想が,歴史的な転換で試される国際会議,「ニュー・ディール」になるかもしれません.

もう一つの連想は,第2次世界大戦後,ソ連と東欧諸国がIMFに加盟しなかったことです.それは計画経済の性格を強く偏向することになり,スターリニズムや冷戦の深刻さと持続性を強めたのではないでしょうか? そして,ロシアやイランが,アメリカと敵対するより,ヨーロッパや地域の周辺諸国と合意された秩序のもとで,相互に経済発展を促し,共有できる可能性が,繰り返し問われてきました.

中国がAIIBを提唱し,主導権を示したこと,その加盟条件を開放し,新しい開発をめぐる思想を満たそうとしていることを,歓迎する方が良いでしょう.日本政府は,それを拒むことで,双方の偏向を強め,固定化してしまいます.むしろ,新しいアジアや国際秩序の構想に参加し,その思想に貢献する場を確保すべきでしょう.

確かに,ウクライナ危機が示すように,パワーにはパワーで対峙しなければなりません.しかし,中国のAIIB構想が失敗することを私は望みません.南シナ海や東シナ海における領有権紛争に関しても,多角的な金融市場のルールづくりが中国主導で成功すれば,重要な交渉進展と合意形成の契機になると期待します.

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