IPEの果樹園2015

今週のReview

2/2-7

 

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労働市場の変貌 ・・・世界金融危機の教訓 ・・・ヨーロッパのQE ・・・ダヴォスと中産階級 ・・・テロと軍事介入 ・・・ギリシャ左派政権の誕生 ・・・アウシュビッツの教訓 ・・・オバマのインド訪問 ・・・イスラム国による日本人殺害 ・・・ロシア経済は崩壊しない

[長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  労働市場の変貌

The Guardian, Monday 19 January 2015

Ghost jobs, half lives: how agency workers ‘get by’ in Britain’s shadow economy

Aditya Chakrabortty

キャメロン首相は派遣労働者の現実を見るべきだ.Prime Time Recruitmentは,イギリス最大の,契約労働者を派遣する企業の一つだ.たとえば,リバプールのJacob’sビスケット工場で,派遣労働者は正規労働者と同じ仕事をするが,もらうのは最低賃金に2ポンド加えただけだ.有給休暇や病気についてもはるかに悪い条件だ.工場のスポーツ設備や医務室なども利用できない.

派遣労働者は,いつ働くのか,どこで働くのか,わからない.電話で私的な生活まで支配されている.まともな休日もない.労働者とその家族には不確かさと無力さのすべての負担が強いられ,雇用者は蛇口をひねれば利用できる弾力的な労働力の供給を楽しむ.

賃金の上昇はない.イギリスの労働市場は壊れている.銀行業の危機以来,こうした派遣労働者は急速に増えている.特に,運送業や食品加工業だ.かつては地域と結びついていたこうした業種で,社会的紐帯は消滅し,工場は単なる派遣労働者のハブになった.

特に,サッチャーによる工業地帯の一掃から2度と回復できなかった諸地域で,こうした影の労働力は急速に広まった.かつての鉄鋼の町,Corbyも,今は単なる派遣の土地である.

FT January 27, 2015

Japan Inc shuns seniority in favour of merit-based pay

By Kana Inagaki in Tokyo

トヨタ,日立,パナソニック,ソニー,野村,など,主要企業が賃金体系を,年功制から能力給に変更し,労働市場をより開放的で流動的にする.安倍首相は,昨年から,賃金構造を改革して,労働力をより効率的にして賃金を引き上げるように求めていた.それは,より消費する若い労働者と家族の所得を増やすことも意味する.

しかし,それが望むようなインフレにつながるかどうかは,別問題だろう.


l  世界金融危機の教訓

Project Syndicate JAN 28, 2015

What Failed in 2008?

J. BRADFORD DELONG

問題を解くとは,何をするべきかを知っているだけで十分ではない.実際に解決策を実行することであり,また,思うほどよく知らないことが判明するような場合,そのコースを変える意志を持つことでもある.2008年の金融危機に関する2冊の新著が,その原因や再発防止策,それが実施されない理由を教えてくれる.

Martin Wolf The Shifts and the Shocks)は,世界経済が破局に至る前の変化を列挙する.世界の0.1%あるいは0.01%の再富裕層に富が集中したこと,人民,政府,企業は維持できないような水準の債務を負ったこと,「効率的市場仮説」のような経済理論が広く受け入れられ,その結果,規制緩和や資産取引が,実際は危険であるのに,安全なものとして膨張したこと.結果的に,中央銀行が対処できないほどのシステム・リスクが広まった.

そして,危機が始まってからも政策担当者たちは間違い続けた.政治家たちは大恐慌以来最大の深刻な不況をもたらした.それゆえWolfの処方箋は単純で賢明だ.

短期では,準備通貨を発行する諸国がより多く支出(特に公共投資)し,債務を増やす.その中央銀行は目標インフレ率を3%4%に引き上げる.中期的に,債務の水準を引き下げ,過剰なレバレッジを禁止するように,規制を行う.また,ユーロ圏は,通貨圏が正しく機能するような制度や政策のセットを採用する.長期では,不平等の緩和,グローバルな規制,個々の国が政策対応できる余地を拡大し,経済分析は自由市場イデオロギーを払拭する.

しかし,その提言は現実の改革になっていない.Barry Eichengreen Hall of Mirrors)は,その事情を説明する.

われわれの対応が鈍いのは,危機に対するマネタリストの経済学が勝利したからである.すなわち,ミルトン・フリードマンの信奉者たちが,ケインズやミンスキーの支持者を抑え込んだのだ.2008年の金融危機に,フリードマンの解決策が実行された.それは間違いであり,根本的に不完全だった.

その政策の結果は危機後の世界不況を防いだが,部分的な成功でしかなく,まやかしの勝利だった.ところが政治家たちは危機の終結を宣言し,財政緊縮と構造改革を主張したのだ.潜在的な富を10%も下回る水準でしか生産できない貧血状態が「ニュー・ノーマル」になっている.他方,金融部門の規制強化は失敗し,世界経済は次の危機を準備している.

危機の教訓とは,まだ教訓が本当に学ばれていない,ということだ.


l  ヨーロッパのQE

Bloomberg JAN 23, 2015

Parsing Draghi's QE Gambit

By Mohamed A. El-Erian

ドラギのQEに対する市場の反応は正しい.しかし,エコノミストたちはそれほど喜んでいない.マクロ経済の目標である,高い,持続的な成長と,デフレリスクの回避,に対して,QEはあまりにも部分的で,間接的な手段である.ユーロ圏が解決すべき問題はもっと大きい.成長をもたらすには不十分な構造改革,総需要の不均衡,過剰な債務,不完全な地域経済同盟.ECBには,こうした問題に対応する政策主体が,各国内と地域のレベルで,行動するまでの時間を稼ぐことができるにすぎない.

Project Syndicate JAN 26, 2015

The Lemmings of QE

STEPHEN S. ROACH

QEの影響力は金融政策の3つのTにかかっている.1transmission伝達(実体経済に影響する経路), 2Traction牽引(実体経済の反応力), 3time consistency時間的整合性(完全雇用や物価の安定性を実現する中央銀行の約束の信頼性)である.

アメリカ連銀は,資産効果を主要な伝達経路として利用した.しかし,ECBや日銀には難しいだろう.株式保有はアメリカほど一般的ではない.むしろ,銀行や為替レートを介した伝達に頼るものとなる.

もっと重要な点は,QEに対する実体経済の反応が弱いことだ.アメリカでも,QEは住宅債務に苦しむ家計の消費を,資産効果で潤う富裕層の消費ほど増やしていない.日銀のQQEもデフレ解消の効果は限られている.

最後に,中央銀行の約束は守れないだろう.特に,スイス国立銀行がユーロに対するペッグを破棄し,ユーロの増価は阻止する,という約束を破った.市場は中央銀行の約束を信用できなくなっている.ドラギ総裁が「ユーロを救うために何でもする」という約束も同じだろう.

中央銀行家たちは,目の前のリスクを否定し,断崖の淵に並んで跳躍するレミングと同じだ.


l  ダヴォスと中産階級

theguardian.com, Friday 23 January 2015

Is Davos just an excuse for the 1% to have a bonding session?

Larry Elliott

人々の生活を改善するうえで,ダヴォスはほとんど役に立たない.1970年代初めに世界経済フォーラムを創設したKlaus Schwabは,社会民主的な思考でWEFの進歩的性格を示していた.世界を管理する超富裕層やビジネス・リーダーを集めることで,さまざまな問題に関心を集めて解決を促すことができる,と.

しかし,今年のダヴォスにはPikettyがいない.ECBDraghiも来ない.ダヴォスが世界の意識を変えるとしても,それは氷河が進むほどでしかない.そのモットーは,世界の改善を約束するが,彼らは何もしない,だ.

FT January 23, 2015

Give the middle classes their fair share of the pie

Izabella Kaminska

ダヴォスに登場したアメリカの元財務長官Lawrence Summersは「中産階級経済学」を披露した.

キーワードは「労働」と「グローバル化」である.富裕層に比べて,労働者,中産階級にもっと高い報酬をもたらすにはどうすればよいか?  Summersはこんな例を挙げた.もし1979年の所得分配であれば,人口の下位80%は,家族当たりの所得が11000ドル多いだろう.そして,上位1%の富裕層は今より75万ドル所得が少ないだろう.

だから人によってはSummersの議論を「見えない泥棒」,富裕層から貧困層への再分配だ,資本主義に反する,と非難する.

実際,富を蓄積した者の貯蓄は問題になっている.それはわれわれの貯蓄や年金にも及ぶのか? 中産階級が苦しい思いをするのは,世界の富が増えるとしても,工業諸国にとってはその取り分が減っているからなのか?

もっとできることがある.政府は低金利を利用して債務を増やし,公共投資を大幅に増やすべきだ.それは富裕層への増税でもできるが,それでは政治的な論争が強まる.


l  テロと軍事介入

FP.JANUARY 23, 2015

If Only We’d Just Spent More Blood and Treasure in Yemen

BY STEPHEN M. WALT

アメリカ政府はアラブやイスラム圏の統治に失敗した権威主義国家が問題の源泉であると考える傾向がある.そして,軍や最新兵器を送って問題を解消すること,より優れた統治を実現するために指導者を支援すること,が始まる.しかし,悪質な指導者たちを失脚させることもできず,単に事態を悪化させて,しかも反米感情を強め,地域の内紛は激化する結果になる.

イラク,アフガニスタン,リビア,ソマリア,シリア,そして,今度はイエメンで同じようなことが起きた.アメリカ政府はまだ正しい認識を得ていないようだ.イエメンのケースは非常に示唆に富む.

私はイエメン政治の専門家ではないが,ネオコンとしベラルナ介入主義者たちにとって,頭を冷やす教訓が得られる.彼らは今も,世界の果てで起きることを,少数のドローンや精鋭の特殊部隊,そして,幾ばくかの買収資金によって,ワシントンから操縦できると信じているのだ.

1の教訓:アメリカは多くの社会を細部まで深く理解していない.特に,歴史,文化,社会ネットワーク,動機づけが根本的に異なっている社会では,社会制度を変えたり,地域の支配者を理解して,動かしたりする能力は,極めて制限される.

2の教訓:軍事力は,常に意図しない結果をともなう,粗雑な手段である.ドローン攻撃は敵対する武装組織を破壊できるが,同時に,多くの無実の市民を殺害してしまった.

3の教訓:たとえ善意による介入であっても,それがしばしば地域の支配者を腐敗させ,住民から支持されない,効果的でない政府にしてしまう.

4の教訓:外国の政治家たちはわれわれが聞きたいようなことを話すだろうが,それは必ずしも真実ではない.アメリカのさまざまな協力者は,その土地の紛争にアメリカを巻き込んでしまう.

5の教訓:中東圏におけるこうした成果のない介入は,おそらく,必要ないものである.イエメンで起きることは,アメリカの安全保障にとって重要ではない.最善の対応策は軍事介入ではない.それは旧来の諜報活動,重要な同盟者との情報共有,アメリカ本国における不断の警戒体制,そして海外におけるアメリカの軍事的関与を減らすことだ.

われわれがテロの問題を抱えているのは,アメリカが中東圏で繰り返し軍事介入を行ったからである.それは常に正しい理由で行われたのではないし,十分な技量や効果をともなう介入でもなかった.


l  ギリシャ左派政権の誕生

FT January 25, 2015

Will Syriza’s Tsipras turn out to be a Lula or a Chávez?

Tony Barber

左派政党が選挙で政権を取り,ヨーロッパの同盟諸国は不安を感じている.その指導者はギリシャが選択に直面している,と述べた.「過去と未来の選択,進歩と退歩の選択,服従と国民的独立の選択」である.

これはAlexis Tsiprasの言葉ではなく,1981年に選挙で勝利した,社会主義政党Pasocの指導者Andreas Papandreouの言葉である.Papandreou1980年代のギリシャを支配し,ヨーロッパやアメリカとの関係を転換させる取引を求めた.今回のTsiprasとの交渉を考える参考になるだろう.

ただし,当時と今では,政府債務への存状態が全く異なっている(GDPに対して25%175%の政府債務).かつてと同様に,Tsiprasも貧困家庭への無償の電力供給,食糧配給券の配布,などを公約している.しかし現在のギリシャは,その債券を持つIMFEUの意向を無視して,Pasocのような支出政策を採用できない.

Papandreouは,NATOEECからの離脱を主張して,農業補助金や地域振興基金から好条件を得た.同様に,TsiprasEU-IMF2450億ユーロの救済融資条件を再交渉すると主張している.政権を得たTsiprasが,要求を緩和し,プラグマティックな交渉に向かうのか,まだわからない.3年前の選挙では,彼をときにはヴェネズエラのHugo Chávezのように,反米の急進的ポピュリストとみなし,またときにはLuiz Inácio Lula da Silvaのように,ブラジルの市場改革派指導者とみなした.

Tsiprasに有利な点は,内戦が終わって32年しかたたない1981年ほど,今はイデオロギー論争が起きないことだ.しかし,不利な点は,彼の基盤である急進左派勢力がプラグマティズムを嫌うことだ.

明らかに言えると思うのは,TsiprasPapandreouほど長期に権力を維持できないことだろう.

theguardian.com, Monday 26 January 2015

Syriza’s victory: this is what the politics of hope looks like

Owen Jones

ギリシャはEUによる独裁的な緊縮から抜け出した社会になる.ベルリンの壁崩壊,ソ連崩壊,民主主義的な左派のプロジェクトはすべて破滅を意味するものとされた.組織されたイデオロギーの対抗勢力を失い,資本主義は,国有企業,累進課税,労働者の権利,社会保障,規制,という以前のすべての制約を捨て去った.

Syrizaの勝利は,「ほかの選択肢はない」という時代への朝鮮だ.若者の半分が失業し,子供の貧困率が倍増した.エリートたちの科した絶望の政治を,不可避であるとか,抵抗できないとか,克服するのは不可能だといわれてきた.しかし,左派は政治勢力として再登場したのだ.ヨーロッパ中の左派勢力がアテネに集まってきた.

FT January 26, 2015

Europe cannot agree to write off Greece’s debt

Gideon Rachman

ギリシャ債務の劇的な削減が唯一の解決策だ,という政府の主張を受け入れるのは危険である.

1.それは北欧諸国において政治的な反発を生じる.2.南欧で極左や反資本主義の政党が支持され,同じような債務削減を求める.資本市場の信頼は失われる.3EU諸国内の合意形成はさらに難しくなる.

フィンランド首相Alexander Stubbが述べたように,フィンランドがギリシャに融資した10億ユーロは,年予算の2%に等しく,不況に苦しむ国として,その半分を破棄することには政治的に受け入れられない.それで得をするのは右翼のTrue Finns党だけである.フランスでも,オランダでも,スウェーデンでも,北欧の右派政党は反発を吸収するだろう.ドイツの政治にも,これまでメルケルが抑えてきた,ユーロ圏に反対する政党や,移民排斥のデモが勢いを得るだろう.

ギリシャの債務放棄が,スペイン,ポルトガル,アイルランド,イタリアにも波及する.市場はそれを恐れて,次の通貨危機のリスクを高めるなら,すべての者が損失を被る.

ギリシャがこのまま服従し,苦しむべきだ,という意味ではない.利子は削減され,期限は延長された.債務の支払い再開はギリシャ経済の成長を待たねばならないだろう.そのために,ECBの金融緩和,石油価格の下落が刺激となる.

FT January 27, 2015

Greek debt and a default of statesmanship

Martin Wolf

正しく行われれば,債務の削減はギリシャにも,ユーロ圏全体にとっても,有益であるだろう.しかしそれは難しい.それを実現する困難は,ギリシャを切り捨てて狼に食わせることで生じる困難より,小さいだろう.しかし,残念ながら,そのような合意は不可能だろう.

では,債務免除をどうするべきか? それは,正しいやり方,都合のよいやり方,危険なやり方,に分けられる.

正しいやり方とは,IMFの元幹部が主張したように,債務を半減し,改革を条件とすることだ.それには,IMF/世銀が1996年に始めた重債務諸国の免除が適用できる.改革の基準が用意されている.

都合のよいやり方とは,救済融資を増やして,返済されることで解決できる,という見せかけを継続することだ.また,危険なやり方とは,ギリシャの一方的なデフォルトである.ECBはギリシャ債券を購入しなくなり,一気に債務危機が起きる.ユーロ圏諸国は,信認を失った固定制となってそれに制約され,慢性的に不安定化するだろう.

ユーロ圏を創ったことは通貨制度として最悪の試みだったが,それを解体することはもっと悪い.


l  アウシュビッツの教訓

NYT JAN. 24, 2015

How Auschwitz Is Misunderstood

By DANIEL JONAH GOLDHAGEN

アウシュビッツは,その高度な効率性がナチスの犯罪を象徴する近代的工場に表現されている,と理解されている.しかし,大量虐殺は技術を必要としない.ルワンダでは,鉈やこん棒で虐殺が行われた.

決定的に重要な要素は,政治指導者がジェノサイドの実行を約束することだ.そして,住民の多くが処刑に参加する意志を持ち,さらに広範な市民もそれに共感する.ホロコーストの場合,ドイツの一般庶民,ヨーロッパの他の諸国がこれに参加した.何よりも,標的となった人民を殲滅することは必要であり,正しいことだ,という信念を人々に与えて行動させるイデオロギーが重要だった.

アウシュビッツは,そのような人種差別思想による革命,社会・政治的な構造転換のメカニズムを意味した.


l  オバマのインド訪問

FT January 25, 2015

Obama’s savvy bet on India’s rise

ED Luce

多極化する世界を再編する力を得るには,アメリカとインドの関係が重要な意味を持つ.オバマはインドを必要とする.第1に,気候変動の国際合意のために,第2に,世界経済の成長を持続させるために,第3に,中国の台頭についてリスクをヘッジするために.

しかしインドは,アメリカのようなマニ教的外交関係を求めない.アメリカとの軍事同盟を支持しないし,中国との貿易を求め,安倍首相を親友と呼び,ロシアとの軍事協力関係も失わない.

Bloomberg JAN 28, 2015

Obama and Modi Make Magic

By Chandrahas Choudhury

モディは,オバマを祭典に招待することで,インド国民に自分たちの国が世界最強の国家の指導者から尊重されていることを印象付けた.

オバマは,モディの計画通りに動いただけではない.最後の晩に,デリーで行った演説において,オバマはアメリカに多くの信仰があることを自慢した.モディとその支持集団であるRSS(ヒンズー・ナショナリスト運動)にとって,イスラム教徒やキリスト教徒を称賛する姿勢は全くない.しかし,モディは公然と否定できなかった.


l  イスラム国による日本人殺害

FT January 28, 2015

A tipping point for Japan’s foreign policy

David Pilling

後藤健二の人質事件で,日本の善隣外交の時代が終わった.イスラム国家の例を,安倍首相は憲法の欠陥を示すものとして利用するだろう.

日本の「平和主義」や「善隣外交」,「中立」は維持できなくなった.経済的に成功し,中国の台頭や911後のアメリカ,という変化を受けて,安全保障の汚れ仕事をアメリカに委ねる政策は維持できない.安倍首相は,憲法改正に向けて動いてきた.

安倍は日本が国際政治の舞台に立つべきだと考えている.そのために「積極的平和主義」という言葉で,外交や防衛の国際的関与を拡大してきた.後藤の解放交渉はその具体的なケースになる.しかし,この事件で,国民の多くは逆に国際的な関与を嫌うだろう.この事件をめぐる論争は,日本外交の方向を変える.

たとえ人質解放や憲法解釈の変更,改正論に,政府が一時的に失敗しても,その長期的な方向は変わらないだろう.中国の領土要求,アメリカによる日本防衛の約束に頼れないという感覚,中東の石油に対する依存,は今後も続くからだ.


l  ロシア経済は崩壊しない

Project Syndicate JAN 27, 2015

Why Russia’s Economy Will Not Collapse

CHARLES WYPLOSZ

プーチンの権力を奪うために,1998年のような,ロシア経済の崩壊を期待するのは愚かである.

当時はロシア政府が大幅な財政赤字で,外貨建債務に頼っていた.そのような中で,石油価格の下落,ルーブルの減価は,デフォルトを意味した.

対照的に,今のロシアは財政黒字である.政府債務もGDP20%以下である.石油価格は下落したが,ルーブルの同じように減価し,その結果,ルーブルの歳入は変化しない.

ロシアの経常収支も近年は黒字であった.対外債務は政府・民間を合計してGDP40%以下であり,その多くはルーブル建である.

確かに,オリガークや市民の資本流出は問題だ.中央銀行CBRは困難な立場にある.ルーブル安でインフレが生じ,金利を引き上げる.しかし,それを資本流出の対策とみなされても,失敗するだけだ.成長が失われることで高金利が嫌われ,CBRが政治家たちの標的になりやすい.

プーチンは幸運だった.石油価格の上昇期に権力を得た.ロシア経済を多様化・健全化する改革は利害対立を生じる困難なものであるため,プーチンは石油に依存した経済を放置した.それは現在の危機を生じたが,政治的には支持されている.

欧米による経済圧力の段階的な強化は,非常に危険なゲームである.プーチンを弱体化することにならないだろう.国内経済の混乱に対して政治的支持を保つには,対外的な軍事的冒険が求められる.制裁や経済崩壊を求めるよりも,外交的な努力を重視することだ.

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The Economist January 17th 2015

The roots of jihardism: a struggle that shames

Sri Lanka’s election: Ask Siri

China in Africa: One among many

Russia’s battered economy: Hardly tottering by

Political risk in Chinese finance: Kung-fu fighting

Free exchange: Zoning out

Obamacare: Good, bad and ugly

(コメント) イスラム教においても宗教改革が必要だ,と次第に議論されるようになりました.政治との関係,近代性や市民生活との関係,女性の役割,他の宗教との関係,など.

しかし,聖戦主義の思想が現れて,権威主義的な独裁体制による弾圧,外国の軍事的征服,など,彼らの侵攻を脅かす敵に対する暴力を正当化する.それは,1979年のソ連軍によるアフガニスタン侵攻,1981年にエジプトのサダト大統領暗殺,アルカイダによるアメリカへのテロ攻撃から,現在のイスラム国家にまで続きます.

中国のアフリカに対する貿易や投資が「帝国主義」として批判され,スリランカの大統領選挙,ロシアからの資本逃避,中国金融システムが抱える政治リスク,ギリシャ離脱の巨大なコスト,が興味深いです.オバマが実現した社会保障システム改革をめぐる政治取引と妥協,特殊利益集団との秘密交渉,を扱う本の紹介もあります.

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IPEの想像力 2/2/15

ドキュメント72時間「北の大地の学生寮」を,途中からですが,感動して,楽しく観ました.流れる曲とナレーションがとても素敵です.

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それは,広いキャンパスの奥にある北大恵迪(けいてき)寮.

NHK取材班はホールを片づけている学生と話しはじめた.

「ちょっと,中を見せてもらうことにします.」 「それにしても,・・・味わい深い建物・・・」と,壁に貼られたビラや荷物の並ぶ廊下を抜け,階段を登る.

慌てて先に入った学生は,友人たちに言う.「おーい,大変だよ.テレビカメラ来るけど大丈夫か?」 と,のんきな警報が届いて.

どうなるわけでもなく,散らかった部屋と学生たちが登場します.

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寝部屋と勉強部屋.相部屋と個室部屋.家賃は光熱費込みで1万円.学部の学年も関係なく,一緒に住む.

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事務室はあるが,誰もいない.学生たちが,13交代で入る.

郵便物の管理から,掃除まで,何でも自分たちでする.経費を抑えられる,とのこと.

赤フン 500円,寮歌集 650円,・・・と並ぶ販売品も,なかなか,すごい.

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女の子もいる.部屋を見せてほしい,という取材班.ちょっと困るが,・・・快諾?

「ありの~ ままの~」と部屋から声がするのを,漫画風に字が入る.

400人の内,100人は女性である.

「きたなさしか見なかったら,そこしか見えないけど」 「それで評価が終わる人もいるのかなって思うし」 ・・・でも,実際は違うんですか?

「水清くして,魚住まず」・・・みたいな,フッフッフ ・・・「いよっ! 文学部.」

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深夜の寮は自由な時間だ.小説を読み,仲間を起こさないように,小さな音でピアノを練習する.

風呂でも話し合い,寮歌を歌う.

朝,パンが届く.地元のパン屋さんから仕入れたパンを自分たちで販売する.

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12月で交代する執行委員会の304期委員長(寮長)選挙がある.「自主管理」の要だ.ハラミ(小山)君とダルビッシュ(道信)君が立候補した.

「いったい,何を争っているのか? ・・・ちょっと候補者に会いに行ってみた.」

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ハラミと命名したのは,先輩のカルビさんらしい.

豪快な笑顔を描いたビラを見せる.留年中だ.自分を変えたい,と1か月かけて準備した.意外とまじめだ.

500人をまとめて動かす,という経験に重要な意味を求めている.

全員参加型の寮生活,が目標だ.

最近,寮の生活に参加しない学生が増えている,と気になっていた.

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11時過ぎ.続々と学生がバイトから帰ってくる.

「何のバイトですか?」 「居酒屋です.」

生活費のために働く学生も多いらしい.

「金銭面がつらいので寮に入っているので.バイトして.」 「とりあえず,何に関してもお金が必要かなって.」

今日と明日,寮長選挙が行われていますけど?

「関係ないです.」 「知らないし.」

「うちの階は代々,ビラを配られても,置いておくだけ.」

ナレーションは,「バイトや勉強で,ゆとりないんだろうな・・・」と続く.

個室を希望する学生が増えている.扉には「ビラ不要」の紙が貼ってある.

あっちにも,こっちにも.

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12時までで,投票終了.即日開票で,結果は館内放送で知らせられる.

ハラミ君は,ちょっと緊張気味.

303票,有効投票が199票.・・・ダブルスコア負けで,ハラミ君はショック.

「自分が出る選挙なんて2度とないし.いい経験だった.」

こうして,何とか,寮の伝統は守れた.

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「この寮で何かを学び,それから社会に飛び出す.」 彼らは何を目指すのか?

「バイクで日本一周.」・・・「いい社会をつくっていきたいです.」・・・「災害系を防止する研究所に行きたいなって」・・・

「国家公務員試験を受けて官僚になるか・・・」 「頑張るんだったら,農業やりたいな.」

駆けてきた男子学生に尋ねる.

「今の夢は?」・・・「夢ですか?」・・・少し考える.「とにかく,卒業ですね.これからです,その後は.」 「行ってきます! 

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学生に訊かれたことがあります.「大学生のときに何をするか?

私の答えは,「本を読み,旅をして,バイトする.」 資金がいるというだけでなく,仕事を知るという意味で.

雪深い町で,こうした学生寮に暮らしたかったな,と思いました.

ここは小さな理想社会です.狂信的な思想や宗教に染まるのではないか? 詐欺や誘惑に負けるのではないか? 若者だけで,自堕落な生活を続け,留年ばかりを繰り返す?

しかし,それは現実の社会にあるものです.むしろ,理想や信仰というのは,既存秩序にとって危険なものをともなっており,年長者や支配者の嫌う,奔放な自由や真実を求めます.

何ものにも制約されない,自分たちで作る空間が,彼らに教えてくれるものを,真剣に考える時間を活かせるなら,彼らはきっと,テロも,災害も,経済危機も,悪しき政治や,戦争さえも克服する,共同社会のパワーを得るのでしょう.

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