IPEの果樹園2015

今週のReview

1/19-24

 

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風刺の文化と宗教テロ ・・・日本の構造改革 ・・・イスラム教の宗教改革 ・・・自由で民主的なドイツ ・・・IT・ロボット化する世界の革新国家 ・・・ドル高に賭けるな ・・・スイス・フランの暴騰

[長いReview]

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  風刺の文化と宗教テロ

NYT JAN. 8, 2015

I Am Not Charlie Hebdo

David Brooks

Charlie Hebdoのジャーナリストたちは,今,言論の自由に命をささげた殉教者である.

しかし,彼らがその風刺雑誌をアメリカのキャンパスで発行したら,この20年間,それは30秒も許されなかっただろう.学生や教授陣が彼らをヘイトスピーチとみなして訴えたはずだ.大学当局はそのような雑誌に資金を与えず,閉鎖させただろう.

風刺や挑発にも公共的役割があり,原理主義の愚かさを示し,宗教を馬鹿にすることにも,表現の自由は許されるが,それは尊敬されるものではないし,子供じみた行為である.さらに,悪辣な主張に対しては社会的非難が与えられる.

The Guardian, Sunday 11 January 2015

Charlie Hebdo: the danger of polarised debate

Gary Younge

事件をマニ教的な光と闇,善悪2元論,で見てはいけない.明白な敵を求める中で,複雑さを失ってしまう.

表現の自由は,どこでもそうであるが,フランスでも制限されている.「神聖な」権利などではまったくない.すべての社会は線を引く.公的な言論として許されるのはどこまでか,その線は間違っているし,常に変化し,論争されている.特に,文化,人種,宗教,などの問題で.

イスラム教が「本質的に」暴力を支持するものではない.「本質的に」平和を支持するわけでもない.イスラムも,他の宗教も,何かの正当化に利用される.マイノリティーが暴力を行使する.

若いイスラム教徒たちが過激化したことの背景には,外国の支配と戦争がある.襲撃犯の一人は明確にイラクでアメリカが行った拷問を挙げている.

彼らの行為の責任は彼らにある.しかし,われわれは社会として,集団的に,こうした者たちが出た状態への責任がある.

theguardian.com, Tuesday 13 January 2015

Did Charlie Hebdo's cover get it right? Our writers' verdict

Myriam Francois-Cerrah, Timothy Garton Ash, Nabila Ramdani, Padraig Reidy, Joseph Harker, Jonathan Jones

Myriam Francois-Cerrah ・・・私はCharlie Hebdoを楽しめない.近年はしばしば人種差別的な漫画を載せたからだ.

反権力,反権威の雑誌を掲げながら,Charlie Hebdoはイスラム教徒の自由を制限する国家の姿勢を擁護した.イスラム教に関するステレオタイプを悪用した.

風刺は,権力者を攻撃して,彼らが責任を問われるべきこと,権威を失わせることだ.かつてフランスを支配した強制力を駆使する聖職者たちと,権力から締め出され,激しい偏見にさらされる移民の子孫たちとは,全く違う.

FT January 13, 2015

How to share the world with true believers behind global terror

Martin Wolf

ナチズムとコミュニズムに反対して1951年に出版されたEric Hofferの本(The True Believer: Thoughts on the Nature of Mass Movements)は,今でも重要だ.

アルカイダ,タリバン,イスラム国家,ボコ・ハラム,あるいは,かつてのナチズムやコミュニズムについて,Hofferは,真の信奉者を信念の内容ではなく,その性格で判断する.彼らの信念は,完全な確かさを主張し,完全な忠誠を要求する.真の信奉者はその主張を認め,その要求を喜んで受け入れる.彼らは大義のために人を殺し,自分の命も捨てる.その信念が成就することは,他人や自分の命より重要だから.

Hofferは,貧困が真の信奉者を生むのではない,という.それは挫折感である.自分はもっと高く評価されるに値するはずだ,という感覚だ.ある種のテロリストは重大な犯罪者ではない.彼らは今の社会に不適合であると感じている.当然,移民マイノリティーの子供たちに多い感覚だ.家族の出自が示す文化と,その目的地である現在の社会が示す文化は,どちらにも愛着を持つが壊れやすい.

信奉者には何が得られるのか? その要点は,彼らの求める答えである.考え方,感じ方,なすべきことが得られる.すべてを受け入れてくれるコミュニティーが得られる.生きる理由,殺す理由,死ぬ理由も.空虚さは満たされ,目的が与えられる.それは大義を与えてくれる.その信念の中身と関係なく,狂信,興奮,熱望,憎悪,不寛容をもたらす.

コミュニズムは衰退した.どこでも宗教より世俗主義が優勢だ.しかし,宗教は世俗主義に勝つときがある.腐敗した独裁体制のように,道徳的・知的に破たんした世俗の支配者が宗教の復活を助けるからだ.西側の民主主義もイスラム過激派の軍事攻撃に対して弱い.戦争ではこれに対抗できない.自ら死のうとする者を抑えることはむつかしい.理念は滅ぼせない.もしあるとしたら,もっと魅力的な理念に代えることだろう.過激な理念が消滅する可能性はある.しかし,それには長い時間がかかる.ルターが引き起こしたヨーロッパの宗教戦争は130年も続いた.

だから我々は,これが過激派・原理主義を抑える長いゲームであると理解しなければならない.その戦いの核心は欧米の外にあり,穏健派への支援が必要である.われわれは平等な市民という理念を,暴力的な聖戦に対置し,この理想に忠実であることが重要だ.そして,治安を高める方策を強めるけれど,すべてのテロを防げないことも認め,社会に対する不満や挫折を感じている者を助けなければならない.

Project Syndicate JAN 15, 2015

Charlie and Theo

IAN BURUMA

言論の自由は相対的なものだ.芸術家や小説家が表現してよいことでも,判事や政治家には許されないことがある.

侮蔑や挑発の文化は民主主義と矛盾する.民主主義は妥協の精神を求める.利害の対立を法の支配の下で平和的に解決するためだ.文明化された,市民社会では,われわれは異なる文化や信仰と暮らし,たとえ共有していない価値でも,それを侮辱するようなことは避ける.それは邪悪な者を許すことではないし,表現の自由をあきらめることでもない.寛容さは,弱さを意味しない.暴力によって自分の意見を強制することは,民主的社会で,絶対に許されない.

革命家たちが最も嫌うのは,直接の攻撃を受けることではない.妥協が必要だという姿勢,ギブ・アンド・テイク,交渉と適応でリベラルな民主主義の中で暮らす,そのような仲間を憎むのだ.これを最も効果的に阻止する方法は,西側のシンボルを破壊し,反オスラムの攻撃的な反応を呼び起こすことだ.より多くのヨーロッパで暮らすイスラム教徒が恐れ,拒否され,非イスラム教徒の多数派に制圧されていると感じるほど,彼らは過激派を支持するのだ.

先週の襲撃を,われわれがイスラムと西側の戦争と考えるなら,聖戦主義者が勝利する.われわれが平和的なイスラム教徒の多数派を包摂し,ともに暴力に対抗するなら,同じ市民として彼らを扱うなら,民主主義は強化される.


l  日本の構造改革

FT January 12, 2015

Japan puts secular stagnation thesis to the test

Bill Emmott

日本に注目せよ.失われた何十年,原発事故,ではなく,デフレと,日銀による量的緩和でもない.アベノミクスではなく,その労働市場改革だ.

実質的にすべての西側経済が賃金の停滞,近年では減少に苦しんでいる.金融危機後の循環的な不況や,人口減少,ハイテク技術,中国との競争,など,より深い原因も議論されている.すべてが元アメリカ財務長官Lawrence Summersの長期停滞論に注目する.

日本は長期停滞のチャンピオンだ.津波や,消費税引き上げをともない,経済は揺れ動いたが,その趨勢は一貫している.実質賃金の停滞,この3年の低下.しかし,その日本が完全雇用に向かっている.企業は労働力不足を心配している.

しかし,まだ賃金は引き上げられていない.安倍は旧式の発想で春闘に介入した.人々が懸念するような労働節約技術への投資ではなく,内部留保を増やしながら,消費の衰え,増税,人口減少を悲観する日本企業の投資不足が深刻だ.

ここで注目するのは労働法の改正だ.1990年代後半から2000年の10年にかけて,政府は日本企業の競争力を高めるために,短期の,パートタイム契約を促進した.今や被雇用者の35%以上が「非正規」だ.それは弾力的で,女性や高齢者の雇用も増えた.

しかし,2つの問題が残った.1.それ以外の労働市場は今も硬直的だ.2.雇用者も労働者も,技術の習得を怠った.その結果,経済の停滞がもたらされた.不安定で,技術を持たない職場が増えてしまった.家計の消費は減少し,かつて貯蓄で有名であった日本人が,今では生活水準を維持するために借金に依存している.

再選された安倍政権は,労働法を改正し,労働市場を一元化する.それは解雇のコストを下げて,市場による調整を機能させる.また,正規と非正規との違いをなくし,すべての労働者を平等に扱う.労働者は技術の習得に強い動機を与えられる.

グローバリゼーション,機械化・IT化,高齢化の時代である.すべての先進諸国が人的資本の開発によって繁栄しなければならない.完全雇用に近い今しか,日本がそれを実行するチャンスはない.


l  イスラム教の宗教改革

NYT JAN. 13, 2015

We Need Another Giant Protest

Thomas L. Friedman

聖戦主義の広がりには深刻な矛盾がある.アラブのイスラム社会には,何が真のイスラムなのか,亀裂が存在し,多くのイスラムの間に信仰の権威の統一された源はない.ワッハービズム,サラフィズム,ジハーディズムは,その中の一つでしかない.

ヨーロッパ諸国は,イスラム教徒の移民を受け入れるときに,彼らが自分たちと価値を共有するように求める.ヨーロッパの多元主義は,イスラム教徒の移民を望まないし,イスラム教徒の移民は仕事がほしいだけで,新しいアイデンティティを望まない.

ワシントンとサウジアラビアにも矛盾がある.アメリカは石油に依存しているからだ.そのせいで真実を語れない.サウジアラビアはワッハービズム,サラフィズムに傾いた.石油からの富を,イスラム世界中で,ワッハービズムのモスク,ウェブサイト,宗教学校に与えた.この右傾化は,スンニ派コミュニティーに対抗的な右傾化を促した.かつて開明的であったエジプトも急速に右傾化した.

イスラム世界の内戦,宗派間戦争がある.スンニ派の募金は聖戦主義に流れる.彼らはシーア派との戦いにおける重要な戦士だから.アラブの独裁者とスンニ派の聖職者とが,シーア派に対抗して同盟を組む.この勢力が,信仰心,精神の励ましを求める改革派を圧殺している.多くのイスラム教徒は改革を求めているが,そのための自由が与えられていない.

アラブのイスラム教徒も,西側も,矛盾した姿勢を拒み,革命によって二重のゲームを終わらせるべきだ.

FT January 14, 2015

The search for a Muslim Martin Luther

Roula Khalaf

エジプト大統領Abdel Fattah al-Sisiは,パリの惨劇の数日前に,イスラムの改革と穏健化を求めて演説した.彼をイスラム世界のマーチン・ルターMartin Lutherだとみる人もいた.

しかし,この元将軍は,2013年の軍事クーデタで,選挙によって成立したイスラム主義のムスリム同胞団を追放し,容赦ない弾圧,流血の粛清,メディアの解体を推進した人物だ.宗教改革の指導者にはなりそうにない.

Project Syndicate JAN 15, 2015

The War with Radical Islam

JEFFREY D. SACHS

聖戦主義者の視点では,日々の生活が非常に暴力的である.アメリカやフランス,西側の軍隊,爆弾,ドローン,それらがもたらす死は,あまりにも多い.しかも犠牲者は罪もない人々だ.西側は,彼らの住宅を,婚礼を,葬列を,コミュニティーの集会を爆撃した.

西側の我々は決して認めたくないことだが,われわれの指導者たちはイスラム教徒の命を目に余るほど無駄にしてきた.1世紀に及んで,西側の大国が数えきれない戦争と,それに対抗する軍事勢力を生み出してきた.2003年,アメリカが指導したイラク侵攻は,控えめな推定でも,10万人以上のイラク市民を間違った理由で死なせたのだ.これに対してアメリカが謝罪したことは1度もない.

中東を支配するための戦争をやめるべきだ.石油への依存は終わる.温暖化防止のためにも,それは急ぐべきだ.そして,イギリスはもはや植民地インドへのルートを確保する必要がないし,アメリカはもはやソ連を封じ込めるために軍事基地を置く必要もない.


l  自由で民主的なドイツ

The Observer, Sunday 11 January 2015

Germany: a beacon and a force for good in Europe

Will Hutton

現在のドイツがわれわれとともにあることに感謝したい.ドイツはヨーロッパで最も成功した自由民主主義の国だ.経済力,社会的結束,ヨーロッパのアンカー,近隣諸国や外国人を攻撃しない,生産的な資本主義を掲げる.

もしフランスのように,ナポレオンの栄光を回復するという政治的に有毒な党派が国民の支持を高めていたら,イタリアのように,腐敗した既得権層が経済を支配し,停滞を続けているとしたら,無知な政治的右派が1%の富裕層のために政治を動かすアメリカの共和党に権力を委ねるような国であるとしたら,ロシアのように,自称ナショナリストのプーチンが指導していたら,そして,現在のイギリスのように,文化的タイム・マシンで1950年代の確かさを回復すると唱えているなら,ドイツは全く違った姿をしているだろう.

歴史的犯罪,ジェノサイド,数百万人の戦死者を,同じ失敗を二度と繰り返さないと決意することでのみ,ドイツは直視できる.首都ベルリンには,市民たちが毎日,600万人のユダヤ人を殺害したホロコーストを思い出すよう,記念碑を設けた.過去の惨禍に絶え間なく直面することを,首都の中心部で市民に求める国はほかにない.

すべての国に,過去の繁栄を再生するため歴史を回顧することがある.しかし,ドイツは過去の栄光を想像することで自国を定義したり,楽しんだりすることができない.だから過去にとらわれず,破滅的な神話に頼らない.他方,イギリスではいまだに,ドイツに勝利したことを自国の優秀さと思いたがる.

ドイツ人にとって,国民国家は異常な,破滅的な寄り道であった.それは神聖ローマ帝国から,21世紀のそれに等しい,ヨーロッパ同盟EUに向けて,単一通貨,市場,貿易ルールを目指している.平和な,生産的なヨーロッパを創造することが,唯一,ドイツの未来なのだ.


l  IT・ロボット化する世界の革新国家

Project Syndicate JAN 14, 2015

From Welfare State to Innovation State

DANI RODRIK

雇用を奪う新技術という妖怪が世界経済を徘徊している.かつてヨーロッパで19世紀後半から20世紀初めに,社会主義運動が登場したことに対応したやり方が,その後の歴史を決定した.同じことが起きるだろう.

新しい工場労働者階級が組織化し始めたとき,政府は,マルクスが予言した下からの革命の脅威に対応した.それは労働者の政治的・社会的権利を拡大し,市場を規制し,福祉国家を築くことで,所得の移転を増やし,社会保障を提供し,マクロ経済の変動を抑えることであった.実質的に,資本主義は革新され,より包括的になり,労働者たちをシステムに関与させたのだ.

現代の技術革新にも同じことが求められる.新技術の問題は,低・中程度の熟練労働者に代えて,機械と,それを操作するはるかに少数の高度技術労働者が職場を奪う.ロボットと機械が支配的な世界は,高失業の世界ではないかもしれないが,生産性上昇の果実は新技術の所有者,機械とともに雇用される人々に与えられる.労働者の大部分は職を失い,低賃金となる.

しかし,創造的な発想と制度の革新をともなうなら,われわれは再び資本主義を救出できる.私的な損失と社会的な利益をもたらす新技術を,もっとすべての者に利益をもたらす形に変えることだ.

技術革新には大きなリスクがあるから,さまざまな金融形態でリスク資本が供給されている.それに加えて,政府が技術の性格を社会に多くの利益をもたらすように支援するのである.それは専門的なヴェンチャー・ファンドとして運営され,市場で債券を発行する.市場原理に従って運営され,定期的に政治当局にも説明するが,それ以外は自律している.組織の基本は中央銀行がモデルになる.

新技術が成功した場合,人々は「社会的な革新」の配当を得るだけでなく,労働市場から得られる所得に追加することができる.労働時間の短縮にもつながるだろう.そして,マルクスが夢見たような,技術進歩がもたらす理想社会に近づく.「朝に狩りをし,午後には釣りをして,夕べに家畜を集め,夕食後に評論を書く.」

20世紀,福祉国家が資本主義を民主化し,それによって安定化した.21世紀は,同様に,「革新国家」に移行する.福祉国家のアキレス腱は,高税率と,革新のための投資を削ぐことだった.革新国家は,公平さをもたらし,技術革新にも誘因を与える.


l  ドル高に賭けるな

Project Syndicate JAN 13, 2015

Don’t Bet on a Stronger Dollar

BARRY EICHENGREEN

評論家たちはこぞって2015年のドル高を予想する.しかし,大規模にドル高に賭ける戦略は間違っている.

確かにアメリカ経済の成長や金融政策は,ヨーロッパや他の主要経済に比べて良好である.円安や人民元の方向もドル高に一致する.

しかし,第1に,すでに知られていることはニュースではない.こうした情報は2014年半ばから市場に反映されている.

2に,アメリカの失業率が低下したのは,市場参加率が低下したからだ.その傾向は今や安定し,逆に市場参加率が上昇することもあるだろう.その場合,失業率は上昇し,連銀は金利引き上げを延期する.

3に,予想外の金融不安やアメリカの成長鈍化もありうる.中国や日本,ロシアなどの産油諸国は,大量の財務省証券を保有している.彼らがそれを大規模に売る必要があると,アメリカの債券利回りは増大し,成長を阻むだろう.ドル安にもなる可能性があるから,市場の反動は大きい.

通貨予想はだまし合いだ.理論モデルには従わない.


l  スイス・フランの暴騰

FT January 15, 2015

Implications of the SNB decision extend far beyond Switzerland

Mohamed El-Erian

スイスの中央銀行Swiss National BankSNB)は,木曜日に声明を出した.ユーロに対する一方的な固定化をやめる,というのだ.市場はそれに激しく動揺した.スイス・フランはユーロに対して40%も増価し,スイスの株価は即座に10%下落した.

世界の諸経済や政策が乖離する中で,中央銀行は為替市場の浮動性から自国経済の成長を守るために苦闘している.3年前,SNBはスイス・フランをユーロに対して1.20までに抑える(それ以上の増加を阻止する)ことにしたが,それはユーロ債務危機から生じた過度の浮動性を抑えるECBとの協力でもあった.

しかし,その後,ECBの危機管理は成功したが,より包括的なヨーロッパの成長政策が取られなかった.政策はまとまらず,政策と景気回復の乖離がユーロ圏とアメリカとの間で開く中,ECBの責任が増した.

スイス・フランの安定化には,こうしたドルに対するユーロ安の趨勢も加わり,すでに金利がマイナスになっていたので,SNBは為替市場に介入を強化した.その結果,国民経済に比べて,過大な外貨準備(ユーロ)を保有することになった.

さらに,ECBが翌週から量的緩和に踏み切るという中で,ユーロは減価し,資本流入とスイス経済の為替リスク増大が確実だった.突然の固定化廃止は,今後のスイスにとって激しい経済・金融の調整を強いるだろう.開放経済として貿易や観光にも依存し,企業は競争力を失う.通貨のミスマッチや,増価によるデフレ圧力が生じる.

その影響はスイスにとどまらない.スイス・フラン建で債務を負うハンガリーのような国は,債務負担が増大するショックに遭う.

ユーロ圏内の中枢諸国Germany, Austria, Finland and the Netherlandsは,スイスの経験を,経済改革を怠って,金融的な介入が失敗した,とみなすだろう.それはECBの金融緩和に否定的な意見を強める.

先進諸国では,世界経済の回復に向けて包括的な政策対応が欠けている.それが中央銀行に市場の浮動性を抑えて,成長や雇用のために,金融リスクを軽視した投資や消費を促す政策を取らせている.SNBはこうした政策の限界を中央銀行家たちに教えたのだ.

2008年以降,過度の金融緩和に頼る時代が終わったのだ.供給,需要,債務超過という,根本的な問題に対処する,包括的な政策に移行する必要がある.

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The Economist January 3rd 2015

Workers on tap

The future of work: There’s an app for that

Self-made wealth in America: Robber barons and silicon sultans

Investing in agriculture: Barbarians at the farm gate

(コメント) 水道水が蛇口をひねるといつでも出てくるように,将来の労働市場は,工場や企業が組織するのではなく,携帯通信端末のソフトを介して,必要なとき,必要な形で,価格も量も,質についても,利用者が自由に選ぶようになる.・・・本当に? Uberが実現したような,フリーランス労働者との契約です.

ほかにも,アメリカで登場した莫大な資産を保有する情報ビジネス分野の大富豪たちについて,また,世界がこれから必要とする農産物供給の増大を組織する金融資本について,興味深い考察を読みました.

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IPEの想像力 1/19/15

将来,私たちが住む世界には,どのような仕組みがあって,人間の能力を高めることに成功(あるいは失敗)しているのでしょうか?

個々の人間の自由な試みを抑えて,もっと別の政治的目標や信念のために,集団的能力を高める仕組みが支配的な世界もあります.最近のニュースを観て,国家・権力の強化,宗教・狂信の蔓延,を思いました.

日本では,まだ,独裁者の登場も,通貨危機も,過激派のテロも,大きな影響を与えていません.むしろ,労働市場の改革です.

3つの論説に注目します.(“The future of work: There’s an app for that,” The Economist January 3rd 2015; Bill Emmott, “Japan puts secular stagnation thesis to the test,” FT January 12, 2015; DANI RODRIK, “From Welfare State to Innovation State,” Project Syndicate JAN 14, 2015.

The Economistが描くように,情報通信技術の進歩により,AIやロボットが広く人間の労働を支援し,人間に代替する世界が迫っています.フォードが始めた組み立てラインの生産性上昇,大企業の時代が終わり,情報技術やインターネットを活用して,需要に応じた柔軟なサービス供給がネット上で競争する時代になれば,終身雇用を懐古したり,パートタイムや派遣労働契約を忌避したりするのは困難です.私たちが目指すべきは,新しい時代に向けた労働市場の制度改革だ,というわけです.

The Economistは,タクシー会社を解体するUberや,一流のコックが作る料理を自宅で味わう楽しみ,空いた部屋や旅行中の数日でも,それを貸し出すことで利益を得る機会,専門の医師や自動車整備工,インテリア・デザイナーの助言を,必要な時だけ,手ごろな価格で利用できる,など,新しいオン・デマンド経済 “the Uber of X” を紹介します.

企業の組織から解放された人間労働が,生きる選択肢や消費の多様性をもたらして,サンフランシスコでは,若者たちが貧しくても快適な暮らしを享受しています.他方,多くの企業型個人は伝統的な地位や高所得を失い始めます.

石器時代は石が枯渇して終わったわけではないように,人間労働の時代も,生産性と相対価格によって代替されるでしょう.それゆえ,あまりにも急速に能力を高める情報機器に対抗する人間は,その価格を大幅に下げるしか生き残れない,という悲観論が広まります.

しかし,新技術の性格やそれがもたらす「社会の富」の分配は,政治圧力と制度の革新が決めるのです.既存の制度や団体は衰退し,あるいは特権を手放さず,政治に軋轢が生じます.市民として安定と平等を求め,破壊的な技術革新を阻む要求と,ハイテク新興企業によって得た莫大な資産を守る富裕層の政治介入とが,政治と制度の革新に強い圧力を生じます.

では,日本の労働市場改革は何を目指すのか?

まず,・・・GoogleAmazonFacebookが示す「規模の経済」を制御する,世界市民としての合意・憲章を作る.さらに,・・・教育,医療,年金,など,社会保障を,世界市場に参加する労働者に応じて調整し,社会的効果を高める制度革新を促す.そして,・・・成人教育を普及させる.地域や大学名,年齢の違いが消滅し,誰でも,何度でも,どこでも,学べる.また,・・・兼職・パートタイムが基本となり,賃金はその量と質に応じて決める.2種類以上の職に就くことを求め,季節工や出稼ぎ,移民労働者という働き方が支持され,国民の能力を高める.・・・

未来を,野蛮ではなく,豊かに生きるため,社会制度の革新を急ぐべきだ,ということです.それが遅れるほど,イデオロギーと社会運動の高揚は,反移民・反グローバリゼーションから,反IT・反ロボットにおよぶ,21世紀型の保守派が握るのです.

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