IPEの果樹園2014
今週のReview
10/27-11/1
*****************************
エボラ危機 ・・・石油価格下落 ・・・マクロ経済政策 ・・・中国のガバナンス ・・・香港の政治 ・・・ドイツとユーロ圏 ・・・プーチンの真実 ・・・アマゾンのパワー ・・・債務とは何か? ・・・ウーバーと革新
[長いReview]
******************************
[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]
l エボラ危機
The Guardian, Sunday 19 October 2014
Ebola has exposed America's fear,
and Barack Obama's vulnerability
Gary
Younge
アメリカでエボラ・ウィルス感染者が出たことは、保守派の不安を一塊に結晶させる作用を及ぼした。移民、人種、テロ、科学、大きな政府、バラク・オバマ。保守派にとって、エボラは単なる病気ではない。それは彼らが理解できないもの、彼らが忌み嫌うもののメタファー(隠喩)である。
恐怖をあおる者たちの楽園に、ついにエボラは降り立った。
1.エボラは外国からの侵入者だ。多くの保守派が嫌う。共和党員は移民流入に反対し、ISIS空爆を支持し、アメリカは超大国から脱落しつつあると信じ、グローバリゼーションを恐れる。彼らは長年、メキシコ国境に高い壁を築いてきたが、エボラはその不安を高める。
2.エボラはアフリカから生まれた。保守派の知らない土地だ。2008年の副大統領候補だったSarah Palinは、南アフリカというのは国の一部なのか? と尋ねた。
3.エボラは、保守派が嫌う、政府を支持する理由につながる。
4.エボラは、公共医療保険制度を支持する。
5.エボラは、オバマに対する保守派の偏見を示す代名詞になった。
左派の視点から見れば、エボラについて右派が恐怖を感じるのは、死を迫るほどの恐怖や悲劇としてではあるが、われわれが結びついて生きている、という事実である。自分たちのコミュニティーをいくら高い塀で囲んでも、国境線にいくら高い壁を築いても、自宅にいくら高度なセキュリティーを施しても、また、公立学校や、公共輸送システム、公立図書館を避け、公共の場所から退避するためにいくら金を支払っても、あなたが人間であること、他者も人間であること、その事実からは逃げられない。テキサスで安全な生活を得たいなら、あなたの人種、所得、宗教にかかわらず、人々がMonrovia(アフリカ、リベリアの首都)でも医療保険に加入することが、あなたの利益なのだ。
The Observer, Sunday 19 October 2014
Ebola and failing markets tell us
that we need to work together
Will
Hutton
先週、世界の株式・債券市場は大きく下落した。デフレを恐れ、原油価格の下落を恐れ、さまざまなシステムの欠陥を心配している。しかし、おそらく、もっとも懸念されているのは、政府が合意して、何が行動できるのか、ということだ。エボラに対して、ISISの蛮行に対して、各国政府が協力した対応をとれないとしたら、世界経済のさまざまな亀裂に対して共通の基盤など存在しないのではないか?
エボラ危機が、各国政府の対応が不十分であることを示している。Liberia, Sierra Leone and
Guineaで毎週10,000人が感染していると推定できる。それは世界的な感染爆発に向かっている。もっと医療施設、医者、看護師が必要だ。
しかし、欧米日の政府は感染者の入国を阻むことにばかり注目する。感染の源であるアフリカの不平等な医療システムには目を向けない。国連が呼びかけた10億ドルの基金には、まだ10万ドルしか集まっていない。政府は相互依存の現実を拒んでいるのだ。
もしグローバルな感染症にさえ対応できないのであれば、グローバルな金融の相互依存に対応するはずがないだろう。この1世代にわたり、個人の債務膨張が資本主義の機能不全を隠してきた。大衆にとって、ビジネスの機会、技術革新、成長は無視されてきた。
金融改革はもっと必要だ。不平等を減らすために、公共投資を増やし、富裕層に課税し、国際的に協力する。EUや外国人が我々の病気の原因ではない。Nigel Farageや右翼の政治家たちこそ、我々のエボラである。
l マクロ経済政策
SPIEGEL ONLINE 10/23/2014
The Zombie System
How Capitalism Has Gone Off the
Rails
By
Michael Sauga
リーマン破綻から6年経ったが,工業化された世界は日本症候群に苦しんでいる.成長率は極めて低く,次の暴落が準備され,貧富の格差が拡大している.グローバル経済は復活できるのか?
近頃,国際会議で流行りの言葉は,「包摂(inclusion)」である.西側の工業社会はその能力を失いつつある.それは,経済の進歩から大衆に利益を広め,政治参加を促すような,多層的な社会を作る能力だ.
ベルリンの壁が崩壊したときに感じた「資本主義の勝利」は失われ,今やだれもが「長期停滞」を心配している.アメリカの債券市場も,原油市場も,突如として世界中の市場が下落した.
政府も,中央銀行も,効果的な政策を欠いている.レーガン政権で大減税を推進したDavid Stockmanが,今では資本主義の大改造を唱える.資本主義はその富を再び包摂する能力に転換できるのか?
Project Syndicate OCT 23, 2014
A New Macroeconomic Strategy
JEFFREY
D. SACHS
私はマクロ経済学者であるが,アメリカの2つの主要な学派に反対である.すなわち,ネオ・ケインズ派とサプライ・サイダーである.両学派とも,高所得経済の低調な経済活動を改善することに失敗している.持続的な投資が成長を指導する,新しい戦略が必要だ.
その核心は,社会の資源を最も重要な分野に投資することだ.アメリカ,ヨーロッパ,日本は,国内・外の投資に失敗している.
われわれの社会が今最も必要としているのは,環境を汚染し,エネルギーを浪費する,炭素を大量に排出している生産を,自然資源の効率的利用と,低炭素エネルギーによる生産へ,転換するための投資である.それは政府と民間が補完的に行う必要がある.
太陽光や風力による発電と送電システム,政府・民間における電気自動車の採用,エネルギー効率の良い建築物,広域に及ぶ(たとえば,北海から北アフリカ,ヨーロッパ大陸を含む)再生可能エネルギーのパワー・グリッド,などがある.
ところが欧米は「投資ストライキ」を生じている.財政再建のために政府が公共投資を削減する中では,民間投資も起きないのだ.規制や政府のエネルギー政策が不確実で,疑わしい内容であるときに,代替エネルギーのために積極的な民間投資はできない.
ネオ・ケインズ派もサプライ・サイダーも,投資の賃貸を理解していない.エネルギーやインフラに関する公共政策の決定を欠いては,需要を刺激するまやかしの方法(ゼロ金利,刺激パッケージ)も,財政赤字を減らせば魔法のように湧き出す民間投資も,無駄である.
外国投資にも拡大する可能性がある.すなわち,アメリカは低所得のアフリカに融資して,アメリカ企業から発電所を購入させるのだ.世界の貧困を減らし,アメリカ産業を刺激できる.開発融資を改善することもできる.日本や中国に消費を増やすよう求めるより,その貯蓄を内外の投資基金に利用するよう求めるのだ.
l 中国のガバナンス
NYT OCT. 19, 2014
What China Means by ‘Rule of Law’
By
PAUL GEWIRTZ
中国共産党の第18回中央委員会がその第4回全体会議を始めた.香港のデモに対して,人民日報が「法の支配」を求め,「違法」と主張するように,「法の支配」とは共産党が法に拠って社会を管理し支配することである.
しかし,全体会議はより複雑な見解を表明しており,司法制度の改革を推進しようとしている.習近平主席が2200年前の「法家」に言及したように,近代的な法の支配に向かう積極的改革を中国は始めている.それは見せ掛けではなく,指導部自身が,ガバナンスの改善,大衆の不満や意見に対応する必要を認めているからだ.
すでに新しい刑事訴訟法は,容疑者の保護や弁護を認め,死刑判決は半減した.「労働による再教育」を廃止した.政府の透明性を高め,国家と市民との関係を変えた.それは西側の政治的な民主主義を採用することを意味しないが,国民を憲法に拠って支配することを求めている.権力を維持するためには,その一部を抑制する必要がある.
中国の指導者たちが,「社会的安定」のために反体制派を弾圧し,環境破壊や権力の濫用,チベットやウィグルにおける不必要な抑圧策を採ることは,「社会的安定」が数億の国民を貧困から抜け出すための成長を実現し,中国を世界の主要諸国に加えた,と信じている限り,止めないだろう.
しかし,法律家たちは育っており,今後も,改革の動きは止まらないだろう.
FT October 22, 2014
The myopic western view of China’s
economic rise
By
Martin Jacques
西側では,政治システムが中国のアキレス腱である,と理解されている.民主化しなければガバナンスは崩壊する,と.
しかし,中国の30年間に及ぶ高成長は,近代史における最大の経済転換であり,そのガバナンスも西側よりはるかに急速に改革を行ってきた.国家が高度な能力を保持し,戦略的に考え,プラグマティックな試みと実験を行ったのだ.
中国国家の正当性は,西側が思うような,高成長だけに依存していない.国家は家族とともに古く,中国文明を維持し,高めている,という国民の歴史観がある.しかも,国家システムの内部における能力主義の採用は徹底している.
西側の民主主義がガバナンスの究極の答えであり,支配的になるというのは,根拠のない非歴史的な主張である.他方,アメリカの民主主義は機能せず,短期思考で,分裂し,国民の1%しか代表しない既得権層が政治を私物化している.
民主主義が支配的になっているのは,西側の諸国が工業力と軍事力で世界を征服し,重要な政治的ポストを独占してエリートに供給したからだ.また,大衆の生活水準を持続的に高めてきたからだ.その両方とも,将来は失われるだろう.
西側は衰退している.市民の多くが不満を持ち,さまざまな問題を解決できないためにガバナンスの危機が生じるのは,中国ではなく,西側だ.
l 香港の政治
FT October 21, 2014
Economic inequality underpins Hong
Kong’s great political divide
Josh
Noble in Hong Kong
香港の抗議活動は普通選挙の方法をめぐるものだったが,同時に,それは住宅市場や所得分配の悪化により苦境を強いられ,システムによって権利を奪われた,と感じる1世代によるものであった.
香港のCY Leung行政長官がこうした抗議活動から得たのは,完全にオープンな投票は低所得層に権力を奪われるポピュリズムを意味する,という確信だった.支配層はビジネス・コミュニティーの利益,「グローバル資本主義の維持」を重視し,街頭のデモ隊は経済的不均衡の解決を普通選挙による政治変化に求める.
自由放任型の政府の下,香港の一人当たりGDPは,20年間で,7,000ドル以下から38,000ドルに上昇した.しかし,その代償は住民の5分の1が貧困であることだ.所得格差は発展した地域の中で世界最大だ.金融危機後の世界に広がった超低金利政策,成長の減速が,金融資産価格の上昇と賃金下落によって,格差を拡大している.
香港は,その中でも最も極端であり.なぜなら,為替レートの固定により,金利をアメリカから輸入し,中国と境界を接して,成長を中国から輸入してきたからだ.香港の最富裕層10%が,2007年に資産の69.3%,今は77.5%を支配する.住宅価格は平均的な所得の14.9倍もするが,それはロンドンで7.3倍,サンフランシスコで9.2倍である.
中心部商業圏で行われたデモ隊の参加者は,小さなレストランは一掃された,と言う.しかし,「われわれは貨幣を食べることはできない.」 不平等,若者の雇用不足,富の権力,を問題にする.「われわれはLi Ka-shing李嘉誠(アジア第1の富豪で香港不動産王)の奴隷ではない.」
l ドイツとユーロ圏
Project Syndicate OCT 22, 2014
Europe’s Brush with Debt
HANS-WERNER
SINN
フランス,イタリアの財政赤字は拡大し,財政協定は守られないだろう.それはEMUの構造に根本的な欠陥があることを示している.ドイツ政府は,財政協定(正式にはthe Treaty on Stability,
Coordination, and Governance in the Economic and Monetary Union)を前提に,集団的な救済融資パッケージに合意した.
通貨同盟の安定性と持続性を確保する2つのモデルがある.債務の相互保証モデルthe mutualization model と 債務負担モデルthe liability modelである.前者の場合,参加国は同じ条件で債務を保証し合う.過剰な債務が発生する国には政治的な圧力を加えて止める.後者の場合,債務は各国が担い,他国は返済を保証しない.過剰な債務が発生すれば,その国は高金利となるか,市場から拒まれる.中央銀行が救済融資をすることもない.
後者の例はアメリカだ.しかし,アメリカも最初からうまく行ったわけではなく,前者のモデルが紛糾して南北戦争の一因となり,その後,後者のモデルが確立した.
フランスとイタリアの行動は,明らかに財政協定を相互保証モデルに転換する試みであり,ユーロ圏でも失敗するに違いない.
FT October 23, 2014
Blame Germany for bad policies, not
its reluctance to spend more
Otmar
Issing
ほぼ完全雇用で,遊休資源はない.予算は均衡しているが,債務は目標の水準よりかなり超えている.金融は極端な緩和状態だ.そんなドイツに財政赤字による刺激策や,ECBの金融緩和は不要である.
確かに公共投資は必要だが,ドイツにとっては財政配分の調整である.ユーロ圏の赤字諸国を助けるためにドイツが成長率を高めるという主張に,実証的な根拠はない.健全な経済学を政治的なドグマによって捨ててはいけない.
l プーチンの真実
FT October 19, 2014
Controlling the past and future in
Russia
プーチン大統領が市民社会を弾圧して委縮させたことを示す顕著な例が,自由を求めてサハロフAndrei Sakharovたちが,ソ連の末期に設立した,最も優れた人権擁護団体であるMemorialを閉鎖させたことだ.
ロシアの経験も,オーウェルGeorge Orwellの洞察,「過去を支配する者が未来を支配する.そして,現在を支配する者が,過去を支配するのだ.」を証明している.プーチンがスターリンのすべてを再現しているわけではないが,たとえば,チェチェンで今も行われている著しい人権の軽視は,Memorialの懸念する,個人に極端な権力集中が進んだ場合の恐怖支配に等しい.Memorialの存在自体が,ウクライナに侵攻して西側と敵対するプーチンの嫌う,西側と共通した価値観,市民,人権,などを示すものだった.
FT October 22, 2014
Marshall’s postwar logic holds true
in Ukraine today
By
Anders Aslund
ウクライナ国立銀行の予想では,今年,ウクライナのGDPは10%減少する.予算赤字はGDPの15%,債務は来年,GDPの100%以上になるだろう.通貨価値はすでに60%が失われ,インフレ率は19%に達する.通貨価値下落とインフレとの古典的な悪循環が迫っており,金融的なメルトダウンも起きうる.
l アマゾンのパワー
NYT OCT. 19, 2014
Amazon’s Monopsony Is Not O.K.
Paul
Krugman
アマゾンAmazon.comは書籍の販売で支配的なパワーを持っている.かつてスタンダード石油のパワーを制限し,解体したように,アメリカ国民はそのパワーを制限するべきだ.
確かに技術革新を利用して,アマゾンは消費者の利益を実現し,書籍の販売市場を拡大してきた.しかし,出版社Hachetteとの紛争が示すように,そのパワーは出版社に低価格を強いることにも使われる.あるいは,特定の本の販売を促したり,妨げたりすることもできる.
アマゾンのパワーは,すでに国民を害するものになった.
l 債務とは何か?
Project Syndicate OCT 21, 2014
The Moral Economy of Debt
ROBERT
SKIDELSKY
経済が崩壊するたびに,債務免除の要求が起きる.債務不履行を宣言し,債券の流通市場で買い戻し,超低金利で債務者の負担を緩和する.債務の取り立てに関する社会的監視が強まり,債務を保障したり,肩代わりする結果になった個人や政府の行動が注目を集めたりする.
債務者と債権者との紛争は,旧く,バビロニアの時代にもあった.債権者は契約と権利の神聖さを主張し,債務者の困窮は政治的な救済策を求める.道義性は,双方の論争を担う.それは鉄の法則などではなく,交渉によって決まる社会関係である.
債務者であることも,債権者であることも,単独では不可能だ.債権と債務は同時に発生する.自由な企業活動を享受しながら,過大な債務に依存することも抑制するのは,政治経済の難問の一つだ.
l ウーバーと革新
Bloomberg OCT 22, 2014
Uber and the Coming Disruption of
Finance
By
Mohamed A. El-Erian
Uberを利用すればするほど,技術革新の効果を実感し,それがますます多くの分野で産業を構造転換し,金融ビジネスもそれに含まれると確信するようになった.
ニューヨークの駅Penn Stationでタクシー待ちの長い行列に並び,のろのろ歩く内に,私はUberのアプリをダウンロードすればよいと気づいた.数秒で自動車は見つかり,4分後に私はタクシーに乗れた.運転手は丁寧で,自動車は清潔だ.料金も普通のタクシーと同じくらいであった.とんでもなく長い時間待って乗る,あのタクシーだ.
乗客と運転手の双方にとって条件を改善する革新的な方法が見つかったわけだ.Uberは都市の交通体系を革新する.利用者はサービスを監視し,評価できる.そして料金は登録したクレジットカードで,直接,決済される.海外でタクシーを利用するときには特に便利だ.
市場の参加がP2P (peer-to-peer)により大幅に促進される.取引の双方から民主化され,サービスの改善と料金についての合意が容易になる.その特徴は,同様に,金融ビジネスにも有効だ.結果的に,われわれは金融サービスの質を慎重に監視し,生活を管理する力を高めるだろう.
********************************
The
Economist October 11th 2014
The
gay divide
Mongolia:
The pits
Banyan:
The spoiled brats of democracy
The
Middle East fragments: The rule of the gunman
(コメント) まったく目を引く記事がない,という珍しい週でした.私の不勉強が原因だと思いますが.
特集記事は,世界におけるゲイの権利,出版の電子化,です.関心が薄いために,未読です.ゲイの問題はアメリカ政治を分断し,世界各地の反動的な規制を生じた,現代の宗教改革に近い現象です.中東の不安定化と対照的です.しかし,日本でそれらを実感することはありません.今は,まだ.
モンゴルが資源採取ブームから不況を回避するために,それまで避けてきた中国の資本に頼る話.中国の学生たちが,自分たちは歴史的に転換点を担う使命がある,という意識を強く持っていること.しかも,それが抗日の歴史と重なること,に注目しました.
******************************
IPEの想像力 10/27/14
ウーバーUberについて,エルエリアンMohamed A. El-Erianが書いているので興味を持ちました.ウーバーは,タクシーの配車・乗車をマッチングするアプリではなかったか?
実際,Googleで検索して,ビジネスウィークや東洋経済オンライン,など,いくつかの記事を読むと,ウーバーの優れた機能と問題点が理解できます.
便利,早い,安い,というのですから,これが利用者を増やすのは当然です.多くの町で,仕事を奪われたタクシー業界の反対運動が起きています.しかし,影響はそれにとどまりません.
タクシーに限らず,自宅の空室を利用する民宿業から,街娼(売買春)まで,ソーシャル・ネットワークの一部に載る形で,旧来のビジネスがP2P (peer-to-peer)型に,広く破壊・再編されてしまうケースが増えています.金融ビジネスもそうだ,とエルエリアンは考えるわけです.
かつて,大型スーパーマーケットが商店街から客を奪ってしまったのと同じ現象です.確かに,老人ホーム,在宅介護,老人の健康改善,配膳・ケータリング,なども,P2P (peer-to-peer)によって組織されると大きなメリットがあるでしょう.インターネットで配信された場合,テレビ番組,映画,漫画,ゲーム,スポーツ,政治・選挙, ・・・書籍,予備校や大学の講義,イスラム国家の戦士募集も,革新を起こします.
インターネット・ビジネスでは,競争が一気に激化して,価格が大幅に下落してしまう,という問題が起きます.従来,タクシー業界は過当競争を避けるために参入規制を行い,各企業の自動車・ドライバーも厳しく管理してきたと思います.他方,ウーバーは,中世的なギルド,カルテルや独占の弊害を打ち破ります.
しかし労働やサービスを合理化することで,ますますマクドナルド型の職場を,安価なアルバイト学生が占めるかもしれません.それはまた,安価で,市民権のない,移民労働者を雇用し,機械化やロボット化,自動化が進む分野を広げます.優れた人材は企業を移り,教育や情報環境の優れた地域・企業に移住します.
こうしたサービスを提供する基盤となるのは,多くの顧客に知られる(信頼される)ことです.そのために,業種を超えて巨大な顧客データを集め,多くのサービスを管理する企業に優位が生じます.Microsoftも,Googleも,Amazonも,Lineも,Alibabaも,国や地域,言語や文化,信仰,年齢,性別,所得,政治意識,など,障壁を超えて,一つの情報を他の情報とマッチさせます.しかし,既存の障壁や差別をなくすことが目的ではありません.
高度な情報環境と,それを駆使する能力が,新しい境界と階層を生み出します.それは,長期的な視点,構造的な視点を欠いて,社会や政治にとっての破壊的な影響を強めるかもしれません.インターネットのポルノや麻薬の売買,グローバルな人身売買,武器の密輸,など.
発展途上諸国からの輸入品で価格が下落し,国内企業も海外に移転し始め,オフショア生産が始まって工業基盤が失われていく国が増えました.すでに富裕化した諸国は高度なサービス業を目指すでしょう.しかし,貧しい諸国では極端に低い賃金でしか工業化できないため,将来も,植民地のプランテーションと変わらない従属と貧困を強いられます.
「市場」がもたらす優れた革新の普及が,既存の秩序を打ち破るとき,何に向かうのでしょうか? それは「支配」,「貨幣」,「秩序」であると思います.彼らは,有力な政治家に近づき,規制・監督機関に近づき,銀行を呑み込み,インターネット世界の秩序に合わせて現実を変えます.
P. クルーグマンは,アマゾンのパワーをスタンダードオイルにたとえ,解体を示唆しました.R. スキデルスキーは,債務に依存する拡大を社会が管理する答えは,まだ見つかっていない,と注意します.
オバマにとっての「最後の審判」が厳しいものになる,と予想されています.限界はあるけれど,中国のガバナンスは優れている,と称賛されます.ウーバーが普及しても,情報・通信・輸送技術の革新に応じた国家や社会を築くことは難しく,アプリの社会的な意味を考え,原則を示して,自分たちで規制する時代には,まだ乗車できません.
******************************