IPEの果樹園2014
今週のReview
5/26-31
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ウクライナの新局面 ・・・アジアの地政学 ・・・Modiの目指すインド ・・・アフリカの将来 ・・・民主主義の将来 ・・・天安門の車夫を忘れない ・・・欧州の民主主義 ・・・中国の行動 ・・・ロシアと中国の天然ガス合意
[長いReview]
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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]
l ウクライナの新局面
NYT MAY 18, 2014
A
Vote for Ukrainian Freedom
By YULIA V. TYMOSHENKO
選挙をあきらめるなら,われわれは征服されたに等しい,とリンカーンは述べた.
ウクライナは大統領選挙を実施する.プーチンの主要な目的の一つは,ウクライナの民主主義を解体することだ.プーチンが宣伝する,強者に従うスラブ文化や,ロシア市民が強いられた権威主義的な国家資本主義システムは,自由な選挙において,ウクライナ市民に決して支持されるものではない.
西側にできることは多くある.まず,ルーズベルトやチャーチルがしたように,兵士を送ってほしい.ウクライナは自由を求める西側の戦場だ.
FT May 19, 2014
Europe
has lost the ability to shape its neighbours
Gideon Rachman
アメリカにスーパー・チューズデイがあるように,ヨーロッパにはスーパー・サンデーがある.同じ5月25日の日曜日に,ウクライナの大統領選挙もある.ロシアではなく,EUを目指すシンボルにするはずだった.翌日は,エジプトの大統領選挙だ.そして週末,5月29日には,プーチンのお気に入り,ユーラシア連合結成を祝う署名式が行われる.
5月の終わりに,EUがその周辺の貧しく,不安定な地域を導く,繁栄と安定性の灯台であることの能力を問われるのだ.
EUは,平和と繁栄と政府の改革を,周辺地域に広める役割を担いたいと望んだ.その最大の成果は2004年の「ビッグ・バン」加盟国拡大であった.主に旧ソ連圏諸国を吸収して,15カ国から25カ国に増えたのだ.加盟に向けて政治経済改革が進められていた.ヨーロッパの理想が持つパワーを実証する瞬間であった.
将来,EUはバルカン,トルコ,ウクライナに拡大し,さらに北アフリカやロシアにも及ぶと期待された.こうした地域すべてが加盟することでなくても,市場開放,援助,技術支援を通じて,政治経済改革を近隣地域に広まることは可能だ,と思われた.今,その理想がいかに不十分なものであるかが示された.
l アジアの地政学
FT May 22, 2014
The
perils of Asia’s nationalist power game
Philip Stephens
インドに新しい首相が誕生する.アジアの4大国で,攻撃的なナショナリズムを掲げる指導者たちがそろうことになる.戦後秩序に関する国際協調を信じるマルチラテラリストに代わって,大国間競争の時代がやってきた.
Narendra Modiの勝利は,直接,地政学と関係ない.モディは国民会議派の無能さと汚職に呆れた有権者から支持された.彼の公約は高成長と生活水準の向上である.しかし,モディのヒンドゥー・ナショナリズムはアジアの緊張に一致する.
中国のXi Jinpingは中華の栄光を回復したいと願っており,日本の安倍晋三は中国に対抗できる経済の復活を狙っている.ロシアのプーチンはウクライナに介入し,国際協調を侮辱している.
安倍は,モディが最初に訪問する国は日本になることを望んでいる.政府関係者は,インドの新首相が安倍と同じ気性,同じ目標を持っている,という.グランド・ストラテジーに関する交渉が可能だろう.日本はインドの経済発展を加速する技術を持ち,投資を行える.インドは中国を封じ込める強力な同盟国になる.両国はともに中国との領土問題を抱え,中国がインド洋に影響力を拡大するのを嫌う.
他方,西側と対立したプーチンは東に友好国を求める.今週,プーチンは北京に来て,中国に対する天然ガス供給の巨大契約を交渉した.それは西側に,ロシアは巨大な市場と友好関係を新興世界に持っていることを示すものだ.
それは習にとっても利益だ.中国は天然ガスがほしいし,ロシアは安保理における都合の良い同盟国になる.どちらも西側に偏った現在の国際システムを嫌っている.しかし,両国の関係は不均等だ.中国はロシア経済の失敗.社会・人口が示す衰退を軽蔑している.プーチンは利用できる間抜けでしかない.
安倍は,クレムリンが(中国への)ヘッジを求めていると計算する.人口が減少するシベリアで,中国人の存在が重要になるのを心配しているのだ.ロシアの極東地域では中国人が支配勢力になるだろう.そして,プーチンがウクライナでしているように,北京が境界を越えて中国人の保護を主張するかもしれない.安倍はロシアのクリミア併合をあいまいにしか非難しなかった.日ロ関係の「正常化」を狙っているのだ.
この万華鏡は,さらにベトナム,フィリピン,韓国,といった小国の行動が加わって,複雑になる.その結果は,地域の防衛支出が急速に増え続けることだ.歴史的な論争の遺産,和解を促す地域機関の欠如は,この地域を発火しやすくしている.今はアメリカが均衡を維持する力を持っているが,次第に弱まるだろう.いつまで平和を維持できるのか?
中国の戦略は明白だ.アメリカを西太平洋から追い出し,近隣諸国を従わせて貢納させる.
日本の友人は,かつて,ナショナリズムの何が悪いか? と問いかけた.それはヨーロッパの流血の歴史を観ればわかる.しかし,彼らは忙しすぎて,歴史書など読まないだろう.
l Modiの目指すインド
The Guardian, Monday 19 May 2014
Narendra
Modi: is a hi-tech populist the best India can hope for?
Aditya Chakrabortty
Narendra Modiの歴史的な転換を知るには,インド憲法が示す方向と比較すればよい.憲法は,独立インドを描いた.それは「社会主義的で,世俗的で,民主的な共和国」である,と.Modiは,社会主義者ではない.ビッグ・ビジネスを優遇し,成長を実現し,自家用ジェットに乗る.Modiは,世俗的でもない.ヒンズー至上主義だ.すべてのイスラム教徒は裏切り者で,潜在的なテロリストである,と主張する.Modiは,民主的でもない.グジャラート州を専制支配した.
インド国家の根本的な価値を否定するこの男が絶対多数を得たのはなぜか? 国民会議派がそれを準備したからだ.政治的多元主義の原則を破壊し,ヒンズー教徒を軽蔑し,汚職を蔓延させた.
Modiは,ネロと呼ばれ,ヒトラーと呼ばれ,プーチンと呼ばれた.私はエルドアンだと思う.ビッグ・ビジネスと,都市の不満を抱えた若者たちと,宗教的な原理主義とを,壊れやすい連携に押し込んだ,ハイテク・ポピュリストだ.いずれの集団も成長を熱望しているから.そして,成長が実現できないとき,Modiとその将軍たちは敵を求めるだろう.パキスタン,国内のマイノリティー,世俗主義者.
l アフリカの将来
NYT MAY 16, 2014
Into
Africa: China’s Wild Rush
By HOWARD W. FRENCH
ほぼ10年間,中国はアフリカでビジネスを拡大し,影響力を強めてきた.アフリカの指導者たちは中国の大きな資金力に興奮し,それが健全かどうかにかまわず,巨大プロジェクトを次々に完成させた.
中国が大陸に振り掛けた新建造物群は,競技場,空港,病院,高速道路,ダム,などであった.しかし,彼らが次第に認識したように,こうしたプロジェクトは債務や,環境から労働争議まで,他の諸問題を残した.結果として,中国とアフリカとの関係は懐疑的な時期に入っている.
指導者たちが中国の資金を歓迎するのは変わらないが,懐疑は西側の政府から来ている.彼らは従来の援助供与者であった.ヒラリー.クリントンは,国務長官であったとき,中国に関して警告した.持続可能な関係なのか? と.資源を採取し,土地を接収するだけでなく,望ましい価値を広め,庶民の政治的権利を高めることにも関わるべきだろう.
昨年,ナイジェリアの中央銀行総裁であったLamido Sanusiは中国を批判した.「アフリカで中国は資源を採取し,インフラを建設し,例外はあるが,設備や労働力を自国から持ち込んで,現地に技術移転しない.中国はアフリカから一次産品を奪って,工業製品を与えた.それは植民地主義の本質でもあった.」
中国の開発はあまりにも性急で,あまりにも自己本位で,次第にアフリカ人もそのマイナス面を懸念し始めている.環境破壊,労働の権利侵害,地元産業の空洞化,民主主義の低迷.
アメリカやその他の富裕諸国は,中国による開発を警告するより,アフリカの市民社会を強化し,そのガバナンスを改善するべきだ.中国や,ブラジル,トルコ,ベトナムのような,国際経済の新興諸国に,高い透明性基準を求めるべきだ.そうすることで,アフリカの民主主義が中国資金のマイナス面を是正するだろう.
l 民主主義の将来
NYT MAY 17, 2014
The
Square People, Part 2
Thomas L. Friedman
「広場の群衆」について,彼らは既存の政治に登場した第三勢力であり,政治を混み合った,興味深いものに変えている.彼らの行動は破壊的なものから建設的なものへと変化することができる.
ウクライナでヤヌコビッチを追放した群衆は,腐敗していない政府を求め,EUを支持した.市民が権利と責任を持ち,オリガークを権力から追放しようとした.しかしプーチンは自発的な群衆の政治を信用しない.革命が起きたのは,その背後にアメリカが,EUが,CIAやNATOがいたからだ.彼は影響圏を失うことを許さず,特殊部隊で分割した.
他方,反政府デモに直面したトルコの首相,Recep Tayyip Erdoganは,繰り返し選挙で権力を得たように見える.しかし,彼を支持したのは情報革命の及ばない地方の有権者たちだ.彼らはテレビに依存する.ロシアもトルコも,政府はテレビ放送を操作し,群衆の破壊的な映像を繰り返し放送した.
「広場の群衆」が抱えるアキレス腱は,政府を倒すデモ行進の後に現れる.彼らは永続的な組織化を,複雑な対面交渉を,要求を実現する政府の煩雑な仕事を嫌うのだ.
ウクライナで,「広場の群衆」が包括的な政治に転換できるのか,それはわからない.「広場の群衆」がいなければ変革は起きない.しかし,市民社会の諸制度や包括的な政治が育たなければ,革命は持続しない.
l 天安門の車夫を忘れない
NYT MAY 17, 2014
Tears
of a Rickshaw Driver
Nicholas Kristof
私は生涯,銃弾によって血を流す学生に駆けつけ,涙に頬を濡らして病院まで運んだ,人力車の車夫を忘れないだろう.
1989年6月3日の夜,天安門広場で民主化を求める学生たちを,25年前,中国軍は粉砕した.
その後,歴史は隠蔽され,北京の大学生に尋ねても,彼らは天安門の虐殺を聞いたことがないと言った.しかし偉大な作家,Lu Xunが書いたように,「インクで書いた嘘が,血によって書かれた事実を消すことはできない.」
l 欧州の民主主義
The Guardian, Monday 19 May 2014
The
EC presidential debate was a bad advert for democracy in Europe
Richard Seymour
欧州委員会の委員長を選挙するのは民主主義ではない.投票の結果は議論に反映される,と言うだけだ.
問題は多い.第1に,ドイツのメルケル首相が考慮できないことを認めている.最も多くの票を得た候補が自動的に委員長になるわけではない.
また,EUの民主主義が窒息しかかっているのに,どうして候補者たちの主張は全く同じなのか? ヨーロッパの民主主義は,ヨーロッパ産業懇話会が推進して「競争力協定」を求めるときだけ実現する.他方,アイルランドが国民投票をしても,その承認を得るまで経済的な脅迫が続く.
候補者たちはヨーロッパの利益や価値を信じているふりをする.しかし,ヨーロッパ市民たちが誰も知らないような候補者が,どうやって民主主義を実現するのか? その討論もつまらない.彼らは制度を管理する官僚たちだ.投票は代表制民主主義の薄っぺらな化粧でしかない.
ヨーロッパに共有する価値などない.ドイツの銀行家とギリシャの年金生活者に,どのような共有する価値があるのか? 中枢と周辺との間には,階級対立と植民地支配に似た関係がある.
汚職,透明性,緊縮策,ヨーロッパの未来について,候補者たちは語った.しかし,産業界のロビーを除けば,ヨーロッパの政策など存在しないだろう.彼らはそれを知っている.大衆の姿は見えない.
l 中国の行動
Bloomberg MAY 18, 2014
China
Follows Japan's Prewar Blueprint
By James Gibney
日本に戦争の歴史を考えるよう求める中国は,東南アジア諸国に対して同じ行為を冒していることに気付くべきだろう.
第2次世界大戦前に日本がアジアに対して取った行為を,中国人以上に理解している国民はいないはずだ.領土を奪われ,経済的な破壊にさらされた.それは広範な大衆抗議と経済ボイコットを生じたのだ.1915年1月,日本の対華21か条要求がその典型であった.多くの中国人にとって,それは日本の攻撃性を象徴し,中日関係の悪化と,独立を脅かす決定的なものとみなされた.南シナ海における悪名高い「牛の舌」はそれに似ている.その結果として生じている,計算外の激しい抗議活動もそうである.
ベトナムの暴徒に対して,中国外務省は,破壊行為を止めようとしなかったベトナム政府を非難する短いコメントを発表した.調子を変えることなく,報道官は日本の安倍晋三首相が攻撃的な外交政策をとっている問題に言及した.「日本は歴史を直視し,それを熟慮して,この地域の諸国が持つ安全保障の正当性と合理性を尊重しなければならい.そして,平和的な発展の道を追求し,地域の平和と安定性を維持することに建設的な役割を果たすべきだ.」
歴史の知恵は自国が示すことから始めるのが良い.習主席にも,教えなさい.
l ロシアと中国の天然ガス合意
FP MAY 19, 2014
China
Has Russia Over a Barrel
BY ELY RATNER, ELIZABETH ROSENBERG
ロシアと中国とはウィンウィンの関係に見える.ロシアは世界最大の天然ガス埋蔵量があり,中国の北,シベリアの土地にその多くがある.他方,中国は世界最大のエネルギー消費国であり,ロシアの輸出の70%,政府収入の50%がエネルギーに依存している.
しかし,両国間のエネルギー貿易は驚くほど少ない.その石油輸入の9%,天然ガス輸入の1%がロシアから来るだけだ.天然ガスは中国で政治問題化している大気汚染を抑えるためにも有効だ.中国は輸入先の多様化も望むが,ロシアがヨーロッパに求める水準に比べて追加の価格を支払いたくなかった.
今,ロシア経済は悪化し,アジアのエネルギー市場で競争が強まっている.ロシアと合意するための交渉カードはそろった.合意内容な秘密だが,Gazpromは望んだ水準より低い価格で合意したようだ.パイプライン建設への融資も含まれる.中国側に有利な合意だった.
ウクライナ危機でロシア側も合意を望んだわけか? そうではない.実際の理由はロシア経済の急激な悪化である.汚職の蔓延,成長の低迷,インフレ高進,人口減少で,IMFの予測ではロシアの成長率を0.2%としている.
北京には多くのオプションがある.シェール革命後,ロシアはアジアで競争が激化することに対応が遅れている.ロシアが価格で大きく譲歩しなければ,中国は他から調達できるのだ.
FT May 21, 2014
China’s
junior ally in the Kremlin
国際情勢は,ロシア,中国,アメリカの「三角関係」で決まってきた.冷戦やニクソン訪中がそうであった.今,ロシアと中国は大規模な天然ガス供給で合意した.ウクライナ危機やサイバー・スパイ問題の衝突により,アメリカは三角形の中で,両国から敵視されるのか?
しかし,ロシアの契約額はヨーロッパ向け輸出の4分の1である.また,中国はロシアの対等なパートナーではない.中国経済は成長し,ロシアは停滞している.中国はアメリカとの貿易額がロシアとの貿易額の3倍以上あることを知っている.確かに安全保障問題でロシアと中国はアメリカと対抗するだろう.しかし,クレムリンは北京の従属的なパートナーであり,資源輸出国でしかない.
l 5分で学ぶ国際関係論
FP MAY 19, 2014
How
to Get a B.A. in International Relations in 5 Minutes
BY STEPHEN M. WALT
5分で学ぶ国際関係論.
No.1: アナーキー.中央権力はない.警察も,裁判所もない.非常事態では,誰も助けてくれない.自分で守るしかない.安全保障が最優先され,不安は長く大きな影響を及ぼす.
No.2: バランス・オブ・パワー.その大きな変化は危険である.新興国は旧秩序に挑戦し,支配国は先制攻撃を考える.行動の結果は予測できない.
No.3: 比較優位.どの国も特化を受け入れ,貿易する方が有利であるが,その明確な原理は理解されてから実現するまで数世紀を要した.そして,グローバリゼーションが起きた.
No.4: 誤認と誤算.国際政治を3語で要約すれば,fear, greed, and stupidityである.最後のものも重要だ.指導者たちは脅威を誤認し,同じ歴史を全く異なって理解している.多くの顧問がいても,情報はまるで不完全だ.
No.5: 社会構成.どのようにattitudes, norms, identities, and beliefsが発展するのか予測できないが,それらは社会を動かす.
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The Economist May 10th 2014
The lure of shadow banking
Thailand: Everything is broken
Russia and Ukraine; Putin’s gambit
(コメント) 金融危機により自己資本の増強を強いられ,融資を減らす銀行には,さらに厳しい規制が加えられます.超巨大銀行を解体することもできないままでは,次の危機に備えて,銀行システムを最初から国有化してしまう状態です.しかし,彼らはまたやるでしょう.金融技術の革新や新世代により,あるいは,中央銀行や金融監督の失敗により,危機は繰り返すと予想されます.
「影の銀行」が金融危機の原因になったにもかかわらず,記事は肯定的な内容です.経済活動を支持する資金の供給メカニズムとしても,金融危機を緩和する条件としても,銀行だけではない選択肢が増えてくる,と考えるからです.
タイも,ウクライナも,ガバナンスの再編を求める圧力に翻弄されています.アウトソーシングやグローバル・サプライ・チェーンの見直しが進み,タイとベトナムに依存している日本企業の競争力に大きな負担がかかります.
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IPEの想像力 5/26/14
イギリス陸軍大将,欧州連合軍副最高司令官であったルパート・スミスは,「もはや戦争は存在しない」と,書きました(『軍事力の効用』).
国家間戦争が最も効果的であったのは,ドイツ統一戦争であった,とスミスは考えます.ナポレオンが示した国民軍と機動的な戦略を,ドイツは統一前に,プロイセンの軍制改革によって取り入れました.そしてビスマルクが,ドイツ統一のための政治的条件を形成する目的で,3つの戦争(デンマーク,オーストリア,フランス)に勝利したのです.「ヨーロッパの地図を塗り替える」ことで,ドイツはヨーロッパの大国となったわけです.
しかし第1次・第2次世界大戦は,大規模な工業力を背景にした国家間戦争で,国際システムを決定的に有利に変更できる,というパラダイムが,少なくともヨーロッパ大陸では,不可能になったことを示しました.兵器の開発競争,輸送能力,強烈なイデオロギー・国家意識が,自分たちの社会的目標を否定するような負担を強いたからです.戦争は総力戦になり,都市への大規模な空爆や原子爆弾の投下が,戦争の最終局面で現れました.
日本で生きる私たちは,アジアの地政学から逃れることができません.ロシアや中国,北朝鮮・韓国(その再統一),ベトナム,タイ,インドネシア,シンガポール,マレーシア,インド.日本は彼らとどう関わるべきでしょうか?
既存の国際システムに十分な正当性を認めず,軍事力の行使が紛争解決のために好ましいと考える政府がある世界では,戦争の可能性を安全保障の一部として重視しなければなりません.国家が他国を完全に征服して,奴隷化するような目標(帝国化)を掲げないとしても,なお,好ましい国際システムの確立が戦争の目的です.
アジアでは,成長とともに急速に軍事費が増大し,さまざまな兵器を各国が購入しています.特に,空軍や海軍の増強は防衛から攻撃や征服,占領を計画する姿勢に転じ,長距離ミサイルや潜水艦,偵察衛星は,見えない形で,戦争状態に入る準備が進むことを意味するでしょう.そして,原子力発電所と核物質の拡散が,地域全体を安全保障のカオスに変えます.
対立や紛争は今後も起きるでしょう.それがなぜ戦争になるのか,その現実の条件をリアリストは理解しようとします.すなわち,「5分で学ぶ国際関係論」でWaltが指摘した,1.アナーキー,2.バランス・オブ・パワー,3.比較優位,4.誤認・誤算,5.社会構成,は,アジアの戦争とその回避を考えるために重要です.
自衛力と紛争解決のための地域・国際制度を強化し,戦争を回避することは,リアリズムを解体します.国際システムは協調的な調整メカニズムに従い,リアリズムの主体である国家は完全な領土的主権を失い始めます.「10分で学ぶ国際政治経済学」では,6.通貨・金融問題,7.ガバナンスの革新,を追加するべきです.
軍事力によってではなく,好ましい政治的条件や経済力を得るために,国際システムの性格を争う時代,メディアによる宣伝戦争と民主主義の模索,多国籍軍による治安維持の時代に向けて,アジアも変化するのではないでしょうか? 工業力の基盤が国境を越え,情報通信技術,コスモポリタンな文化が受け入れられる社会では,それが望ましいと支持されるはずです.
ビスマルクは,社会主義運動に対抗して,(民主主義より)福祉国家を築くという点でも,ガバナンスを革新しました.大気汚染や温暖化に対して脆弱となるだけでなく,民主化よりも先に都市化し,富裕化よりも先に高齢化する新興諸国は,軍事力によってではなく,社会保障や公共投資の改善によって,完全雇用と国際競争力を実現できると思います.
アジアでも,もはや戦争は存在しないでしょう.
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