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IPEの風 1/04/10

紅白歌合戦は少しだけ観て、いつものように、週末のReviewを準備しました。こんなに毎週、面白い論説がインターネット上を飛び交っているのです。集めることが楽しいのは、何も、お正月のテレビに負けません。・・・それどころか、もしかしたら、こうしたテレビ番組の氾濫も、日本のアイデアを衰退させているだろうな、と思ったりします。

“100 Top Global Thinkers of 2009,” Foreign Policy, Special 2009 を拾い読みしました。アイデアの世界市場を動かした人々の特集号です。1位はアメリカ連銀議長、ベン・バーナンキ。100位はイェール大学の歴史家、ポール・ケネディー。「ヘリコプター・ベン」という別称も得ていたバーナンキがアイデア世界の1位になったのは世界金融危機のおかげです(そして、悲観派・ルービニやケインズ主義者・クルーグマンなど、エコノミストがやたらに多い)。

この果樹園が取り上げた論説には、次のような人たちが登場します。 1. Ben Bernanke, 2. Barack Obama, 4. Noriel Roubini, 6. Bill & Hillary R. Clinton, 9. Zhou Xiaochuan, 11. Fernanndo Henrique Cardoso, 14. Larry Summers, 15. Martin Wolf, 16. Mohamed El-Erian, 21. Thomas Friedman, 22. Robert Shiller, 23. Vavlav Havel, 25. Joseph Stiglitz, 29. Paul Krugman, 30. Kofi Annan, 33. Robert Zoellick and Dominique Strauss-Kahn, 37. Fareed Zakaria, 38. Gerge Soros, 39. Jeffrey D. Sachs, 42. Jared Diamond, 55. Henry Kissinger, 56. Niall Ferguson, 58. Amartya Sen, 66. the Kagan family (Donald, Robert, Frederick and Kimberly), 74. Gordon Brown, 75. Richard Haass, 82. Peter W. Singer, 90. Minxin Pei, 91. Willem Buiter, 100. Paul Kennedy ・・・どんなことを言ったか、知っていますか? どうぞ(ミドル・ネームは省いて)検索してください。

彼らの国籍はアイデアと直接関係ないはずですが、アメリカ人54%、イギリス人11%、ヨーロッパ9%、インド&東南アジア7%、中東6%、アフリカ4%、中国3%、です。ロシア人も日本人もいません。核保有や経済規模は、世界を動かすアイデアを生み出す条件ではないのです。特集号の記事を他にも紹介します。

Niall Ferguson“Dead Men Walking”)は、現代を動かす過去の思想家を取り上げています。アダム・スミス、カール・マルクス、フリードリヒ・フォン・ハイエク、ジョン・メイナード・ケインズ。彼らは当然ですが、「大き過ぎて潰せない(too big to fail)」の巨大金融機関が誕生したことを見ていた思想家としてルドルフ・ヒルファーディングを挙げています。さらに、ミルトン・フリードマン、カール・ポランニー、ルードヴィッヒ・フォン・ミーゼス、ハイマン・ミンスキー、チャールズ・キンドルバーガー、そして、ヨーゼフ・シュンペーター、最後はチャールズ・ダーウィンです。

FP(Foreign Policy)は、これから毎年、100人を選ぶそうですが(まるでFortuneの資産家・企業番付です)、今から10年後、20年後に、読み返される(そして、記憶される)名前がいくつ含まれているでしょうか?

Moises Naim“The Missing” この雑誌の編集者)は、なぜロシア人も日本人もいないのか? と考えます。どちらも思想が育たない社会・政治システムを伝統的に備えているからでしょうか? アイデアの世界市場は英語でできています。しかしNaimは、優れたアイデアは言葉の壁を超えている、と指摘します。日本からは、かつて、経営学のアイデアが世界に登場しましたが、日本経済の衰退とともに消えました。今ではアジア経済の勃興を支える「アジア的価値」が話題です。

日本の文化や教育システムは、やはり問題でしょう。オーストリアよりも少ないノーベル賞受賞者しかいないのは、日本人(その組織)の多くが新しいアイデア(それを好む新奇で偏屈な人、慣習や多数に従わない人)を嫌うからだ、と指摘します。他方、アラブやイスラム圏からリストに入るアイデアが生まれたのは、強い不安や恐怖に駆られたときも、人びとはその背景を理解するためのアイデアを求めるからです。

私が思うのは、また少し別の理由です。それは日本に暮らす人々が、政治や社会の仕組みを大胆に変える、アイデアの根本的な力を示さなかった(そして、信じていない)ことです。アメリカやイギリスのような覇権国のエリートたちは、世界の動かし方を能動的に考える姿勢を持っています。

アメリカ人ではない、世界で最も大きな影響力を持つ人物はだれか? FPの答えは・・・胡錦濤33%、プーチン16%、ルーラ・ダ・シルバ15%、メルケル13%、サルコジ9%、アフマディネジャド8%、です。日本人はいません。また、ビル・クリントン元大統領は、インタビューの中で、注目すべき人物として、オーストラリアのケヴィン・M・ラッド首相と、ルワンダのポール・カガメ大統領を挙げています。

アイデアの世界市場に登場するためには、何が必要でしょうか? Carlos Lozada“A How-to Guide for Putting Your Big Think on the Map”)は、話題を集めた最近の6人を取り上げます。すなわち、F.フクヤマ(歴史の終わり)、S.ハンチントン(文明の衝突)、J.ナイ,Jr.(ソフト・パワー)、J.ウィリアムソン(ワシントン・コンセンサス)、R.ケーガン(火星人のアメリカ、金星人のヨーロッパ)、F.ザカリア(アメリカ後の世界)。これらの例から、世界市場でデビューを目指す思想家には5つの助言ができそうです。

1.目を引く。2.論争になる。3.時機にかなう。4.アメリカに関わる。5.自己懐疑(再考)。

ある意味で、彼ら自身にとっても意外な関心の高まりに驚いています。アイデアが時論に影響するケースもありますが、むしろ時機にかなったとき、それを元来は意図しなかった形で、アイデアが時代につかまるのです。「ワシントン・コンセンサス」が、その命名者の意図も、反論も超えて、激しく議論されました。そのことを、記事の最後で、ジョン・ウィリアムソンはむしろ嘆いています。「プラス面は、私を有名にしてくれたこと。マイナス面は、意図したような改革を促す点で、この言葉が本当に役立ったのかどうか、自信が持てないことだ。」

では、日本人がリストに入るには、どうすれば良いでしょうか? 即席で解決するには、英語を話し、アメリカの大学で学び、アメリカ人やアメリカの問題について、日本が貢献したり妨害したりできるテーマで、優れたアイデアをアメリカ政府の要人に近い人物と話し合っておくことでしょうか? そして、大きな国際的事件が起きる。たとえば、・・・朝鮮半島。次の金融危機。

もっと長い目で見れば、日本が社会制度や政治の在り方、ガバナンスの全体を革新することに成功して、グローバル国家のモデルを示すことではないか、と私は思うのです。たとえば・・・社会保障システム。貧しい若者たちの教育・雇用の支援。農村の過疎化・高齢化を解消する政策。アジア通貨の制度的な調整メカニズム。アジアの国際金融センターと資本規制。など。

The Economistから紹介したクリスマス特集の記事(Rice in Japan: You are what you eat)も、子供の声が消えた農村を描いています。日本の農村が再生しなければ、日本人は再起できないでしょう。しかし、60代や70代の人々に起業家精神を求めるのは困難です。日本全国に届く宅急便と農家をつなぐ記事の最後には、小さな希望があります。

「もし農民たちが、すなわち、日本人の精髄を長く保持してきた人びとが、何らかの自尊心を回復するならば、おそらく日本も再興するだろう。」

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