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IPEの風 11/30/09

ゼミ生たちとは「東アジア共同体」を議論しています。否定するより、肯定する形で議論してほしい、と思いました。その方が、議論から得るところが多いでしょう。・・・しかし、中国との<共同体>なんて、誰が望むのか?

今朝(20091130日)の読売新聞朝刊で、二つの記事に目を留めました。一つは、「中パ関係緊密化:戦闘機共同生産、鉄道建設も」、もう一つは、池内恵「ワシントン報告:対日政策 軽視の深層」です。

前者の記事が掲げている地図が示すように、中国はパキスタンと領土を接しており、しかも、パキスタンを経て中国の西域はペルシャ湾の入口に達することができます。戦闘機「梟竜」を共同開発(中国の技術でパキスタンが生産)し、中国西部のカシュガルからパキスタンのグワダル港まで鉄道とパイプラインを敷設するというのも、長期的戦略として疑う余地のない明確な安全保障上の利益があるのです。他方、こうした中国のパキスタン支援やインド洋進出に対して、インドが警戒感を強めることも、十分、理解できます。

インドとパキスタンの関係は歴史的にこじれており、南アジアの経済発展を制約する問題になっていると思います。ちょうど1年前、インドの商都、ムンバイにおけるテロでは、パキスタン軍の組織が関わっている、という強い疑念をインド政府は持っています。核武装やミサイル実験でも、両国はことごとく対抗し、今も牽制し合っています。

中国が、軍事戦略上、欠かせない原油の供給を、マラッカ海峡の封鎖によって阻止される可能性は、海軍の増強や初めての空母建設、ロシアからの石油パイプライン敷設(そのルートを日本と競いました)、西域における資源開発や輸送ルートの確保、などで対応しています。パキスタンやミャンマーへの軍事・経済支援と協力関係は、インドやアメリカとの関係が悪化しても、人道問題で批判されても、中国にとって譲れない重要な戦略目標なのです。

しかし同時に、外交は多次元で、緊密に相互依存した、複雑な同時並行した交渉を含みます。オバマとの米中首脳会談で、胡錦濤主席がインドとパキスタンとの関係改善を呼びかける、というのは重要です(特に、オバマが加わっているから)。インドのシン首相が、気候変動の国際会議ではインドが中国と協力して温室効果ガスの国際規制を好ましい形に導こう、と考えるのも重要です。

そうであれば、中国とインドが安全保障上の疑念を解消し、積極的な協力関係を築けるように、アメリカと日本は働きかける機会や能力を示すべきです。

池内恵氏の論説は、アメリカにおける対日外交政策の決定が、「ジャパン・ハンド」と呼ばれる少数の専門家に偏り、さらに、対外政策論として単純なコンセプトが利用されるパターンに流れ、日本政治の特質を正しく捉えていない、と批判しています。「グローバルな共通の課題に対して、日本が米国とともに有意義に関与していく道を探る」というテーマに成果を期待したいです。

この論説は、アメリカの対日外交が浅薄で、日本の政治過程を「非合理的」なものと描いたり、まともな実行力もない「破綻国家」とみなしたりする議論に流されてしまうことを懸念します。日本がアメリカの政治をもっとよく理解するだけでなく、アメリカも日本の政治指導力について、その本質を理解しなければ、有意義な協力は難しい、というわけです。

ここで、池内氏は面白い逆説を展開します。他国の出身者がアメリカで学び、そのまま永住してアメリカで外交政策の専門家になることが多いのは、むしろ彼らにとって苦しい現実を反映している、という点です。彼らの国がその能力を生かせる状態ではない、非常に不幸な、厳しい政治状況であったから、帰国するよりもアメリカに残り、アメリカの外交政策を通じて自国の改善を願ったのです。日本は、アメリカと戦った敵国であったし、戦後はアメリカの築いた国際秩序の下で、つまりアメリカの外交に従いながら経済成長を遂げました。それゆえ、日系人や日本人の留学生が、アメリカで外交の専門家となり、日本を分析するケースは少ない、と。

アメリカで日本が軽視されることは、その意味で、良いことでした。・・・「もし日本で核武装論が高まり、紛争やテロリズムが続発すれば、対日政策は米国の主要課題となり、日本の言語や社会や政治を徹底的に理解しようとするだろう。」これは望ましい状態から遠いのです。

二つの記事を読んで、その何かが関わるように思いました。アメリカと、中国、インド、日本。私たちが互いに、学生など、人的な交流を増やせるように、その条件を一緒に整備することが、望ましい協力関係と未来を築くのではないでしょうか?

若者たちが一緒に合宿して学べるように、研究者たちが交流し、ビジネスマンが情報と利益を共有できるように。さまざまなスポーツ大会や芸術、映画や音楽でも、互いの良い面を認め、また、どうしても是正してほしい、間違った面を率直に指摘し合うことです。

戦争を回避し、<共同体>を築くことを、誰が阻むのか?

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