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IPEの風 10/19/09
「Jin(仁)」が面白かったです。時代劇だと思って観ていたら、主人公の医者は現代の脳外科医でした。彼は、なぜか、時空を飛び越えて江戸時代(文久二年?)に落ちてきたようです。
坂本竜馬がいたり、勝海舟がいたり、黒船が来た後の、江戸末期に起きた社会変動を、現代の外科医が生きなければなりません。頭を斬られた若い侍の頭蓋骨を割って、止血し、血を取り除いて、ようやく縫合したのに、彼は眠ったかと思えば、現代の病室で目覚め、頭を抱えています。
なぜか、自分が助けてやれなかった恋人(か妻?)のことを気にかけ、彼女の気持ちを汲んでやれなかったことを詫びています。そして再び眠りにつけば、江戸時代に目覚め、今度は、額を馬に蹴られて倒れた女性を手術しなければなりません。
なぜか、身に付けていた手術道具や薬品(そして、ノミや金づち)で、最初の手術をしたわけですが、この女性を処置するには道具が手元になく、やっと届いた時には麻酔薬が抜けています。つまり麻酔なしで、傷を縫い合わさなければなりません。母親が苦しむのを、達者な子役が助けてほしいと涙で訴え、痛みを取り除く呪文をつぶやき、疲れや困惑で集中力を失う彼を、武家の若い女性(最初に助けた侍の妹)が励まします。そして、澄んだ、熱い目で手術の様子に見入ります。・・・そう、彼女の表情がとても素晴らしい。
これは何なのか? 主人公だけでなく、観ているこちらも叫び出したいほど、この不条理劇は激しい勢いで彼を突き飛ばし、疾風のように展開し続けます。崖の上に立って、突然、ここは現代の神田川沿いであり、ここから見える景色は東京のくすんだビル群である、と彼は気づきます。
どうしたら帰れるのか? その魅力的な若い武家の女性に、もちろん本当はどこから来たとも言えず、ただ、こんなに美しいはずがない、こんなに美しいところであるなんて許されない、というような言葉を吐き、彼は自分を責めて涙を流します。これは自分に下された罰なのだ。そして、そうだとしたら、もう、許してもらえないだろうか? と彼は頼みます。
「仁」という不条理劇は、とてもモダンで、しかも時代劇が魅力を発揮する人情味にあふれています。グローバリゼーションに生きる現代人が共感する、息苦しさを表現している、と思いました。
たまたま、ティモシー・ガートン・アッシュの浩瀚な翻訳書が出たことを知りました。西ドイツのデタント・宥和政策が冷戦を終わらせるに至った歴史過程を、深く理解しようとした研究のようです。アッシュの現代史なら是非読んでみたい、と思い、早速、注文しました。また、イラクやアフガニスタンの帰還兵たちが、まだアメリカが戦っている戦争について、その暗部を実名で証言したという翻訳書、『冬の兵士たち』も読んでみたいです。
世界の急激な変化に、江戸時代のまま凍っていたような日本が、再び、動き始めたかもしれません。中国が目覚め、ヨーロッパが目覚めるように、日本も指導者たちが国民に新しい時代のメッセージを伝え、また、自分たちの言葉を見出す感覚を取り戻しつつあるのです。
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