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IPEの風 7/13/09
17日に経済学部セミナーを担当しました。公開講座です。アイスランドの話をする、と決めていたのですが、なかなかまとまらないまま日が経ってしまいました。
参加者は社会人の方ばかりのようでした。20人ほどでしょうか? どうも、学生はまるで関心がなかったようです。
アイスランドといえば、そんな国、どこにあったかな、という程度の、だれも行ったことのない国だと思います。しかし、昨年は金融危機の「先進国」、「箱庭」、「典型」となって、世界のメディアに紹介されました。危機以前には世界で最も住みよい国とまで評価されたことが、金融バブルの破たんで「やっぱり」となったわけです。
二つの問いを立てました。「富はどこから来たのか?」 そして、「危機はどこから来るのか?」
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・・・「だから、バブルでしょ?」 と答えるかもしれません。しかしその前に、「富」や「危機」について、もっと考えることがあるはずです。アイスランドは、北緯65度に位置する「資本主義の北限」です。なぜこのような土地に「バブル」が起きたのか? そこで、私は北緯65度を説明しました。
アイスランドはイギリスやアイルランド(IcelandとIrelandはスペルが一つだけ違う)の北、約500マイル(800キロ)にあります。北海道の北端が北緯45度、ロンドンはさらに北にあって、北緯51度(サハリン中部と同じ)です。アイスランドはノルウェー北部やアラスカと同じ位置にあります。まさに「ツンドラのウォール街」でした。
マイナス20度でも不思議ではないのですが、島国であり、周りを暖流が流れ、しかも大西洋を縦走する火山帯の頂点です。冬でも平均マイナス3度程度です。
しかし、そのような自然条件に、人が住むほどの富はあるでしょうか? 土地を耕し、作物を実らせる農民たちがいたようです。しかし、何より、海にはタラなどの魚が豊富にいました。
アイスランドの歴史を解説する小さな書物が翻訳されています。世界最初の民主主義、を大いに自慢しています。ノルウェーやイギリス、デンマークの植民地や領土となっていましたが、その独立を達成したのは1918年、あるいは、1944年ということです。ナチス・ドイツがデンマークを占領し、イギリスがアイスランドを占拠します。もちろん、ナチに支配されるより良かった、と住民たちは歓迎しました。
イギリスに代わってアメリカがアイスランドを占領し、その後、NATOに加盟して、米軍基地が建設されます。この建設工事で、初めて、近代的な成長が始まった、という印象を持ちました。生活水準が向上し、同時に、インフレや貿易収支が問題になります。
タラ漁についても、トロール漁船の導入が漁獲高を増やしました。しかし、それはイギリスなどからの漁船も加わって、乱獲を招きます。漁師たちは、少しでも多くの魚をとって所得を増やしたかったわけです。
私は、「石油の呪い(The Curse of Oil)」を紹介しました。世界中を見渡せば、自然資源が豊富であるのに、貧しい国が多く存在します。植民地となって資源を収奪された場合、豊富な資源は乱獲され、価格が暴落し、利潤は外国資本のものとして流出したのです。住民たちの福祉を改善するような投資は乏しく、その他の必要な財は外国から輸入されました。
さらに資源をめぐって内戦が繰り返されたり、帝国主義的な介入が行われたり、莫大な投資が通貨価値を高くして在来産業を崩壊させたり、と、さまざまな問題が起きます。独裁者や、外資とともに利権を握る一部の人々が富を独占し、政治が混乱したことは当然です。
ところで、興味深いことに、昨年来の「金融危機」を扱うシュピーゲルの記事に、「チープ・マネーの呪い(The Curse of Cheap Money)」というグラフが載っていました。アメリカの金利が下がって、株価が上昇するにつれて、世界中のバブルが活性化したのではないか、という記事です。アイスランドがこのチープ・マネーの波に乗った、といえるでしょう。2000年に銀行が民営化され、まさに株価上昇の大波で魚(アイスランドの国土は魚の形に見えます)がジャンプした感じです。
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アイスランドが豊かになるには、単に、海から魚をとるだけでは不十分でした。
個々の漁船が競争して、乱獲と価格暴落に向かうのを防ぐ必要があります。そのためには、政府が介入して競争を管理しなければなりません。アイスランドが採用したのは、全体の漁獲量を管理し、各漁船に対して、過去の漁獲量に応じた漁獲権を配分する、という方法でした。こうして、海から上げる魚の権利を明確にし、その権利を(証券化し)売買できます。漁業は急速に再編され、特定の魚を最も高価格の時期に、効率のよい大型漁船で獲る、という集中化をもたらしました。
小型の漁船は減り、漁業の従事者が減りました。アイスランド国民は高所得になって、若者たちが大学で学んだあと、漁業に就職しなくなったのです。十分な高所得をもたらす雇用が必要です。(タラ漁をアイスランドの富と権力の原型とみなせば、その「海洋帝国」的イデオロギーを強めたのは、いわゆるタラ戦争であったでしょう。)
アイスランドの自然がもたらした産業として、もうひとつ、地熱エネルギーとアルミニウム精錬が重要です。地熱エネルギーは、石油や天然ガスと違って、輸出できません。しかし発電できます。アイスランドの電力はヨーロッパ大陸に比べて2割ほど安く、電力を大量に利用するアルミニウム精錬の工場が、多国籍企業の直接投資によって建てられたわけです。
ただし、アルミニウム精錬だけでは新規雇用が少なく、また、漁師として大きなリスクと利益を求めてきたアイスランド人の気性に合わない、と言われました。そしてタラの価格もそうですが、アルミニウム精錬も、国際市場価格や外部の環境に従って変動し、アイスランド経済の外部依存や脆弱性を高めました。・・・私はまだ詳しく調べていませんが、彼らの雇用問題を解決するため、社会民主主義的な政府が福祉国家型のサービス部門を拡大したのかもしれません。さらに、消費や観光がアイスランドの就業構造を変えました。
さて、アイスランドの富は、タラか地熱、雇用は公共部門の拡大、ということになりそうです。しかし、他のOECD諸国と同様に、1970年代のインフレとその後の規制緩和、市場自由化・国際化、という流れが、アイスランドの経済と富の性格を大きく変えたのです。
市場自由化、民営化、金融部門の拡大を支持したのは、1991年、デイヴィッド・オッジソンが首相とした独立党の政権獲得でした。オッジソンは、その前はレイキャビク市長でしたし、13年間、首相を務めた後、中央銀行にも転身します。まさに、アイスランドの政治権力を牛耳った人物です。独立党のイデオロギーは、タラの独占的管理、反EU、親米の自由主義・市場崇拝であったでしょう。たとえば、レイキャビクでインタビューしたIcelandic Reviewの記者はそうだったと思います。
デイヴィッド・オッジソンがM.フリードマンの主張に影響されたとか、少数の若手起業家や経済学者が、この経済改革の推進に重要な役割を果たした、と聞きました。「人類史上最速の詩参謀長であった」と言われます。実際、カウプシング・バンクの資産額は、2000年の2080億アイスランド・クローネ(ISK)から、2008年にはその30倍、6兆6000億ISKに膨張しました。
レイキャビクのウォール街やバブルの残滓を案内してくれたダジやクリスチャンセンから、当時の狂った饗宴を聞きました。銀行は預金者たちの接待として、週末にロンドンの夕食会を催し、あるいは、プレミア・リーグのフットボール観戦に招待したそうです。個人ジェット機や、ヨーロッパの別荘で過ごすのも当たり前でした。
当然、バブルは崩壊し、アイスランドの富も消滅します。・・・そのはずですが、どうでしょうか?
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