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IPEの風 12/22/08
「経済の歴史と思想」を4回ずつ、三つのクラスで講義しますが、最終回の講義の後、残って質問してくれる学生がいました。
最終回は、『グローバリゼーションを生きる』の結び「私たちに何ができるのか?」を材料に考えました。しかし、(と彼女は疑問を持ったわけです)グローバリゼーションは、しばしば、貧しい者をさらに貧しく、困難な状況に追い込むのではないか? この世界経済や国際秩序、市場の変動は、一部の人には有利でも、多くの貧しい人々にとって搾取を意味し、根本的に間違っているのではないか? それに対して、どう答えるのか? そんな質問であったと思います。私もそう思います。
私も、歴史的構造主義(そして社会構築主義)の説明を重視します.マルクス主義の「搾取」や批判派の「従属」、「不平等」も,ケインズが指摘したような「失業」や「不安定性」も,さまざまな形で現代の世界に生きる多くの貧しい人々を苦しめているでしょう.しかし他方で,(私が強調したのは)グローバリゼーションを、そのような構造の世界的な再生・強化である、と批判するだけでは,それぞれの土地や時代に成立した異なる社会の重要な違いを無視することになるでしょう.
NAFTAによって、メキシコでは多くの農民が土地を失い、アメリカに合法・非合法の移民となって流出した、というのは本当だと思います.しかし他方で、ソ連崩壊後の東ヨーロッパはEU加盟に向けて改革を急ぎ、その貿易や投資,移民を増大させることで豊かにもなったと言えるでしょう.中国が共産主義イデオロギーによる政治革命、そして、自給体制を目指していた時代を、今の開放型成長モデルよりも好ましい、むしろ、あのころの社会に戻りたい,と言う国民の方が多いとは思えません(最近、増えているでしょうが).
グローバリゼーションを生きる社会が,どのような条件を満たすことで個々人の可能性を高めてくれるのか、さまざまな条件、様々な歴史的・文化的背景によって、それを実現する制度は異なっていると思います.しかし,グローバリゼーションに反対することで、何か正しいことが実現できる、と信じるのは間違いでしょう.
・・・アテネの市街で自動車や店舗を破壊する無政府主義者の騒擾; タイのバンコクでは街頭デモが過熱し、ポピュリズム型政治抗争、反民主主義を掲げる王室派のお雇いデモが続いた; ヨーロッパに広まる反移民、反イスラム、排外主義的なナショナリズム、そして、EU悲観論やユーロ経済の機能マヒ; アメリカの失業率上昇、ゼロ金利政策と、ビッグ・スリー救済やグリーン・ニュー・ディールをめぐる論争; 中国の失業率上昇、増加する地方の抗議デモ、政府や警察署を取り巻く群衆、都市中産層の携帯ネットワーク型デモ、出稼ぎ労働者の解雇(とくには賃金不払い)と、失意の帰郷; アフリカに現れた膨大な絶望的非難民と、彼らを吸収する巨大都市、軍事紛争、独裁、ハイパー・インフレーション; 原油価格暴落とロシアの株式市場、ルーブル・レートの急落、経済の再国有化; 産油諸国のバブル崩壊、社会・政治不安、国際安全保障への波及、ソマリア沖の海賊、核ジャックや核テロの不安、インドとパキスタンで越境する反政府組織・・・
私は講義で、こうした世界の<共時性>を強調しました。同じ人間が作る社会の多様性に驚き、グローバリゼーションに応じる社会的革新の自由や、公的な秩序、制度的な支援について考えてほしい、と思いました。世界中で様々な試みが生じ、その多くは歴史の一瞬で輝きを失うかもしれません。しかしいくつかは、将来の社会秩序を築く基盤となる力があります。
つまり、グローバリゼーションを搾取や支配ではなく、富の創造や社会的な連帯の過程に作り変える力を私たちは持っている、と思うのです。それは、広い意味で「政治(秩序や公的権力)」の問題です。
グローバリゼーションだから、賃金を下げる、労働者を切り捨てる、と主張する経営者がいるのは分かります。しかし、彼らと対抗する労働組合や労働者の相互扶助ネットワーク、あるいは、労働者の生活権を守り、再雇用を支援する公的制度を作る試みもあるわけです。他方、グローバリゼーションによって新しい雇用機会が生まれ、教育を受ける機会や生活水準を高める術を知った人々もいるでしょう。誰かが利益を得るためには、誰かが搾取され、誰かを抑圧しなければならない、という歴史的な構造は、現実の社会にあると思います。しかし、それは変えることができる、とも思うのです。
私たちは、このような世界を<共有>しています。
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