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IPEの風 12/15/08

○×△テレビの質問に答えてくれないか、という突然の電話を事務室から受けて、大いに躊躇しましたが、・・・回答しました。

・・・日本の不況をどうするべきか? やはり税制改革ですか?

これには回答する用意がありませんでした。どう考えても、私向き(?)の問題ではない。

思いつくのは、金融緩和策も財政刺激策も限界の国だ、という感想です。通常の不況対策は採れないように思いました。バブル崩壊後の経済政策は「成功した」とも言われますが、私は改革が目覚ましく進んだ、という印象を持っていません。データを詳しく観る人たちは、どう考えているのでしょうか?

・・・急速に回復したケースはないか?

その意味で、米英(そして中国)が連発しているような景気対策を日本は打てず、循環的な不況を避けられないかもしれません。むしろ金融危機、通貨危機のケースが参考になるかもしれない、と答えました。メキシコやアジア通貨危機の後、大幅に通貨価値が減少してから、輸出を伸ばして急速に回復しました。ただし、アメリカが好景気でしたから。

逆に、日本は円高に苦しんだわけです(数日前に読んだ重原氏の論説が印象的でした)。開放経済における円安をもっと支持するべきだ、と私も思います。金融緩和の評価をめぐって、株価や為替レートを介した影響は大きいし、政府と協力してもっと雇用対策や構造改革を促進できたように思います。

あるいは、ドイツのケースでは、通貨統合下であるため(金融緩和や減価を当てにせず)、労働組合が協力して賃金上昇を抑制し、輸出を伸ばしました。不況になれば輸出を伸ばす、というのは、何も間違いではないでしょう。

しかし今、日本がアメリカ向けの輸出で回復することは難しいでしょう。それは日本の経済規模を考えても、無責任なことです。確かに二国間で不均衡を議論しても意味はないですが、日本の主要貿易相手国であるアメリカと中国が減速しているときに輸出を伸ばすことで回復する企ては、政治的に見て破滅的です。

・・・産業政策に多くを期待できるか?

国際経済学では、成功する産業や技術革新は政府が決めることではない、と議論されています。新興産業や技術開発・移転、衰退産業や不況地域の救済、発展途上諸国の開発戦略、など、積極的な工業化・調整を議論する余地はあります。しかし政治への信頼を欠く日本で、不況を抜け出す戦略として唱える政策ではない、と思いました。

他方、確かに、シンガポールのバイオ・医薬品産業集積、研究者の誘致は、成功していると読んだ記憶があります。アイルランドも、イギリスの所得水準を抜くまで高成長を持続しました。いずれも小国であり、日本がまねるのは問題です。もちろん、新規投資を促し、成功するケースが続けば、投資家や日本経済の自信を回復させる点で良いことでしょう。

・・・つまり、何もない?

よく言われるように、欧米に比べてサービス部門、流通部門の生産性が低いとか、農業の生産性が低く、若い労働者が農業に従事しない、という問題が解決できたら良いのかもしれません。

しかし、私なりに(!)指摘したのは、派遣切りの問題が言及されていたので、オランダやフィンランドなどが採用した労働市場の改革・弾力化でした。二つの仕事を同じようにこなして、同じ所得を得られる。すなわち、週に2日とか3日だけ働く職場でも、合わせると5日に相当する賃金を得られるのです。週の前半は大工さん、後半は郵便配達、といった具合に。

これはワーク・シェアリングではありません(それはフランスなどで労働組合が主張しますが、その効果は私にはわかりません)。むしろ、労働者の職場の移動性を高める手段です。そして同時に、労働者の権利を強化し、裁判所と労働組合、そして政府が労働者の平等な扱いを支持し、短期・非正規の労働者や、若者、女性、外国人の雇用、移動、労働条件と賃金を正規雇用と同じ水準に高めるのです。

日本が回復する奇跡のような手段はないかもしれません。しかし、停滞から活性化へと、日本経済が大きな転換点を画するとしたら、それはたとえば、労働市場の弾力性と安定性とを回復すること(Flexcurity = Flex + Security)、イギリスやアイルランドのように、労働市場を開放することではないでしょうか。

また(円安しか主張しませんでしたが)、講義ではJ.ウィリアムソンの訳書を紹介して、貿易や投資の拡大が為替レートの正しい水準(そして安定的な調整)に依存している、と主張してきました。トービン税も良いですね。自由貿易と地域統合を推進すること。地域通貨の安定性と協調的な調整メカニズムを構築すること。日本がダイナミズムを回復する条件とは、こうしたことを通じて、内外のフロンティアが拡大し、技術革新と新しい産業、新しい雇用、新しい発展地域、新しい市民的富裕層が現れて、日本の政治と文化を変えていくことだ、と思います。

それは決して、バブル以後の様々なブームで常態化したテレビ・ドラマ、音楽、漫画本、などに埋め尽くされた「日本」の延長にはない、と私は思うのです。

日本の景気や雇用について、ゼミ生にも質問されました。「これが正しい」、「こうすれば良くなる」という答えは、なかなか分かりません。もし何か力強い答えを探すとしたら、それはデータや歴史の中に、また、再生に向けた現場の模索にあるのでしょう。お二人のすぐれた研究成果を観て、そう思いました。1週間ほど前にいただいた、佐藤隆広編『インド経済のマクロ分析』(世界思想社)と、昨日届いていた、矢野修一ほか訳のA.O.ハーシュマン『連帯経済の可能性』(法政大学出版会)です。ありがとう。

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