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IPEの風 12/8/08

翻訳がほぼ終わって、もう一つ仕事があります。テキスト用の原稿(「国際通貨体制」)です。

国際通貨『体制』というのは、経済取引のルールや慣習、数量だけでなく、その政治的意味や社会制度の問題を含む概念だと思います。それは、国際通貨を維持する政治・社会秩序とその時代を表現しており、他の時代、他の体制と比較する意味があるでしょう。

国際通貨制度の本質は、開放型の自由な取引を許しながら、国内の安定性や高い成長率を実現するために、さまざまなショックを円滑に吸収できる各国通貨間の決済・融資メカニズムを具体化することです。一般にそれは、「調整」、「融資」、「信認」の問題として整理できます。それらを歴史的に解決したのが国際通貨体制です。体制が存在しないとき、世界経済は分裂・縮小し、安全保障も失われます。新しい体制は、具体的な事件や人物が契機となり、主要な国家の内外における権力構造、支配的理念などが決定的な転換を遂げた末に、誕生しました。

面白いと思ったのは、英書講読の授業で数名の学生たちと一緒に読んでいるJeffry A. Friedenのテキスト(Global Capitalism)でした。ラギーの本(Winning the Peace 『平和を勝ち取る』)と同様に、フリーデンは戦後の国際経済秩序を大恐慌や第二次世界大戦の時代から引き継がれた社会・経済的な課題への政治的対応と見ます。

すなわちブレトン・ウッズ体制は、一方における貿易自由化・市場統合、他方における国内経済の安定化・完全雇用、これら二つ(世界市場と福祉国家)を同時に実現するための制度的な妥協でした(ラギーの「埋め込まれた自由主義」)。この制度は、市場統合がもたらす国内の改革を完全に拒むことなく、しかし、社会政策や需要管理・完全雇用政策による政治的な介入手段を各国に残しました。

第二次世界大戦後の西欧や日本の復興が成功し、貿易や資本移動が増大した結果として、また、ニクソン大統領が再選を目指すために、ドル防衛策の実施よりブレトン・ウッズ協定の破棄を選択した結果として、一つの時代が終わり、各地域の政治経済構造が変化し始めます。ブレトン・ウッズ体制が崩壊したことで、主要資本主義国が自由に財政赤字を拡大して(また、通貨価値を切り下げて)、雇用と成長を追求できるようになりました。実際には各国でインフレが高進し、サッチャー=レーガンの政治的保守革命によって、ケインズ主義的な政策原理や制度的合意が世界的規模で破壊されます。

欧米日の資本主義諸国がその経済の指導原理を大きく変えたように、債務を累積して工業化に向かった発展途上諸国も、また、独自の政治理念を目指して計画化と自給体制に依拠していたソ連とその社会主義経済圏も、社会・政治体制の激しい動揺と崩壊に至りました。私が学生の頃、それまで弾圧されていたポーランドの<連帯>や韓国の民主化運動が歴史に登場し、政治闘争を通じて体制を転換したのは、まさに、ブレトン・ウッズ体制崩壊の一部であったわけです。

同じ講義の資料として、ロバート・スキデルスキーの本(『共産主義後の世界』)から一部をコピーして配りました。ヨーロッパにおいて資本主義システムはなぜ復活できたのか? 第二次世界大戦後のヨーロッパは、なぜ社会主義体制に吸収されなかったのか? スキデルスキーは三つの理由を挙げました。1.ナチズムのユダヤ人虐殺、2.アメリカ合衆国の積極的な関与、3.ジョン・メイナード・ケインズによる(市場管理・経済統制に代わる)リベラリズムの救済、です。そして、最初の理由について、こんな風に書いています。

「この恐るべき犯罪は西欧において人種主義に対する種痘の役割を果たし、植民地主義を打ちのめし、ヨーロッパ的国民国家システムへの信頼を永続的に弱化させた。」

アメリカの関与(ヨーロッパや日本への安全保障と経済援助)、ケインズによる市場モデルの救済は、ラギーやフリーデンも強調する事情です。しかしスキデルスキーは、ユダヤ人の大量虐殺、集産主義への恐怖を第一に挙げたわけです。政府が、政治的なエリートが、社会を理想的なものに作り変える能力を誇張し、過信するとき、スターリンであれ、ネオコンであれ、どれほど大きな犠牲をもたらし、それゆえ、慎重でなければならないか、を強調します。そうであるからこそ、『体制』には重要な意味があるのです。

「市場を基礎とする秩序が長期にわたって耐えることができないのは激しい不安定性であり、それはそうした不安定性が、努力を報酬から切り離し、少数の者たちを富裕にする一方で多くの者たちを貧困に陥らせるからである。」・・・「これは、グローバルな経済のために交易・金融上の規則を形作るにあたり、われわれが取り戻すべき洞察でもある。」

なぜ、あのとき、体制はそうなったのか? さまざまな可能性の中で、たった一つの現実が生まれるのはなぜか?  「国際通貨体制」は、国際通貨や国際金融の合理的な取引と、各国の政策選択の中に、さまざまな政治的要因を読み込もうとします。

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