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IPEの風 10/5/08
最高の知識を得て、国のために尽くしたい。良い社会を作りたい。そのような願いから公務員を目指し、自分の利益よりも公益のために、身を粉にして奮闘努力する人々がいると思います。
私は、大学院に進学することを悩む学生に、たいてい、社会に出て活躍することを勧めます。大学院の現状は混とんとしており、誰が、何のために、どんな研究をするのか、将来に向けて具体的に見通すことができないからです。これは政策の失敗です。もちろん、尋常でない高い能力を持った者、日本的な企業社会の風土に著しく適正を欠くため、その才能を十分発揮できないと思う者は、大学院が向いているでしょう。しかし、就職が思わしくないから進学する、といった理由は間違いです。
数年前、外務省から講師が大学を訪れて、外務省の活動を宣伝するという企画があり、関わりました。と言っても簡単に講演会で紹介しただけですが、講師の原田武夫氏から『劇場政治を超えて』というご著書をいただきました。カール・シュミットの研究を中心に、日本の政治状況にも顕著に示される「決断主義」や、「改革」を唱える「独裁者」への願望、マスコミが作る「世論」という個人的・主観的な好悪の政策論、排除の論理を、手厳しく批判した内容です。
公務員として、自分の研究を活かし、公益のために尽くす人もいる。こんな道も魅力的ではないか、とゼミ生に推薦してから、後でインターネットを使って調べると、原田氏はその後、北朝鮮との外交交渉に携わり、すでに外務省を退官して、戦略情報を解説・提供する民間の研究所を設立した、ということです。外務省という枠を束縛と感じたのでしょうか? あるいは、官僚として社会に関わることの限界を知ったのかもしれません。そして、悪く言えば、官僚として得た経験や情報、コネを使って、それを自分の利益に転換する道を選んだわけです。
かつて木村剛『小説ペイオフ』を読んだときも、優れた個性が日本社会を変えるのは、もはや官僚制に拠ってではないかもしれない、と思いました。著者の木村氏は日銀出身で、日本が金融危機のころ、テレビにしばしば登場しましたが、日銀を退官し、民間の金融アドバイザーとなっていました。日本には、それ以前、こうした個人の解説者が少なかったと思います。ピーター・タスカ『揺れ動く大国ニッポン』や、ビル・エモット『日はまた沈む』などを読んで、なんて面白いことを書く人々がいるんだろう、と驚嘆したものです。
政治家でもなく、官僚でもなく、ましてや、学者でもない。ジャーナリストのような、あるいは、キッシンジャーやブレジンスキーのような外交専門家に近い、大戦略を描く人々が、政治家や個人投資家のために、さまざまな情報を大戦略の中に配置する。彼ら、情報ストラテジストたちが、社会を動かす新しいエリートとして誕生した、と感じました。それは、ロバート・ライシュが『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』の中で指摘していた「シンボリック・アナリスト」に近いでしょう。
確かに現代は、国際資本市場の動向を知る者が、世界の変化を瞬間的に予見して富や権力を倍増させる、一種のレバレッジがきく時代なのです。政治的な権力者や公権力を管理する制度の情報ネットワークを、私的に換金できるのは、ロシアや中国の政治エリートと富豪だけではありません。むしろグローバルな金融ネットワークから利益を搾り取る知識を、ローカルな政治集団に提供し、彼らと共謀する者たちです。
政治家でも、官僚でも、学者でも、ジャーナリストでもなく、情報ストラテジストたちは、投資家の群れに期待や恐怖を与え、その波に乗って無能な政府や時代遅れの社会制度を破壊します。それは、厳しい創造的な破壊であって、それ以外に社会を変える道は無いのかもしれません。
ロシアのメドヴェージェフ大統領が、アメリカの支配は終わったから、国際秩序を改定する新しい国際メカニズムが必要だ、というとき、私は決して喜べませんでした。しかし、ポール・ボルカーが尊敬されている、という記事を読んだとき、私はとても嬉しかったのです。また、今週紹介したC. WyploszやB. Eichengreenの論説を読むとき、彼らの高い知性が国際秩序の構築に役立っていることに興奮します。
アメリカにはイラク戦争の負担に、金融危機の負担が重なります。今後、世界にはこれまで考えられなかったような政治的転換が起きるかもしれません。アメリカからの金融危機の波及でイギリス政府がユーロへの転換を支持する、ロシアやイランが資源諸国の連携を強める、中国が独自の景気対策を取ってアメリカ市場やドルへの依存を減らす、アメリカ軍が中東やアジアへの関与を根本的に減らす・・・
貧富の格差や、恐慌、社会・政治的な危機、あるいは、独裁や戦争を経るしか、社会は大きく変わらない? ・・・もっと違う道を探したいです。公益を重視する情報ストラテジストが育ち,交流する機会を得ることで世界を変える可能性もあるでしょう.
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