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IPEの風 8/25/08

再び壁が築かれ、ベルリン空輸が始まるのでしょうか? アメリカ、EU、日本は、ロシアの近隣諸国に援助物資を届け、貿易や投資を円滑にするための政治的合意を模索します。旧社会主義圏に向けたマーシャル・プランやOECDが再び組織されるのでしょうか?

辺境の小国で始まった戦争が、大国間の同盟関係に波及し、たがいの軍備拡大と、少数民族の入り組んだ地帯での一触即発の治安維持活動が始まるのでしょうか? 私たちの世界は繁栄しているけれど、誰もが幸せではないし、安全でもなく、独裁体制や軍事的衝突が決定的な変化をもたらす可能性を忘れてはならない、と思います。

アメリカの一極支配体制は終わった、と多くの論説が述べています。アメリカの「覇権」は失われないとしても、より集団的な指導体制に変わるでしょう。他方、アメリカ自身が国内の社会集団に配慮して、国際的な合意を利用するケースが増えるでしょう。ロシアや中国に限らず、EUも日本も、インド、ブラジル、イラン、インドネシア、など、各国が国際秩序に「ただ乗り」しようとします。

今週、紹介した論説のなかで、Fred Hiatt Andrew MeierがロシアをNATOやEUに参加させることが長期的な目標である、と述べています。また、自らGlobal Nomad(遊牧民)と認めるNouriel Roubiniの生い立ちや、研究姿勢、悲観論に関心を持ちました。そして、Barry Eichengreen Adam Posenが主張した世界経済の調整過程、国際協調の合意、という主張こそ、世界が次第に実現しつつある新しい知識なのだと感じます。マルクスの『経哲草稿』における疎外論が、イギリスで再論されていることは驚きであり、また、納得できます。

政治家であれ、知識人であれ、日本の指導者たちも、朝鮮半島や台湾海峡、日本の近海で軍事衝突が起きたとき、サルコジのように関係諸国へただちに飛ぶでしょうか? インフレ高進や世界不況の深化が懸念されるときには、中国やアジア諸国に呼びかけて為替レートの調整や、金融政策の基本方針を合意できるでしょうか? 貿易自由化のために自国の補助金を削り、国際競争や不況で傷つく人たちへの社会保障を充実し、新産業を興す若者たちに勇気とチャンスを与えられるでしょうか? 人間を疎外する資本主義システムを根本的に批判することも辞さず、本当に必要な改革を実現してくれる、という信頼を多くの有権者から得られるでしょうか?

女子5000メートルの予選で、日本の福士加代子が走っていました。大きな口をあけて苦しい呼吸をしながら、それでも走りぬく彼女を、次々と他の選手が追い抜きました。私は、彼女が日本の女子フルマラソンの予選に出て、足が動かなくなり、途中で転倒したことを思い出しました。その後の記者会見で、準備が足りなかったが、走りたかった、と言う彼女の、屈託ない、大きな笑顔を見ました。面白かった、と破顔した彼女を、少し異様にさえ感じたものです。

しかし、彼女は本当に走りたかっただけかもしれません。負けず嫌いで、オリンピックに出ても予選でどんどん追い抜かれ、悔しかったでしょう。彼女の挑戦は終わりました。インタビューもないし、国旗を振りまわしてグランドを走ることもありません。しかし、最後まで走り続ける彼女の姿に、私は涙が出ました。オリンピックでメダルを取れなくても、こうして出場した選手たちが示す大変な精神力と、重圧や葛藤に負けなかった姿は、もっと賞賛されていいはずです。

久しぶりに、古本屋までジョギングしました。帰路の半分ほどで歩いていると、夏の間、乾ききっていた大地へ、ようやく本格的な雨が降りました。

アメリカの金融市場は悪化し続け、中国の成長も鈍化しつつあります。二つのエンジンが焼け落ちた世界の市場メカニズムについて、人々に「調整過程」を受け入れるよう説得することは難しいでしょう。しかし、その痛みを、戦争やナショナリズムではなく、調整のための国際政策協調や支援制度として合意し、平和を維持できる指導者たちが登場するでしょう。

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