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IPEの風 4/21/08

労働者も,投資も,食糧も,・・・赤ん坊も,労働組合も,現実の世界に国境があることで,制限しなければならない理由はありません.技術革新のもたらす豊かさは,人類すべてのものです.・・・そのはずです?

もちろん,すべての物・サービスに価格が付いている,と思うのは間違いです.臓器や精子の国際売買,子宮の国際レンタル契約,国際養子縁組,などは,そのプラス面とマイナス面を各社会が検討し,合意し,法的に調整しながら,推進,あるいは,制限しています.移民や国際投資も同じでしょう.市場や国家は,何一つ,自然界に存在しません.

かつて,D.H.ロバートソンは『貨幣』の中で,大恐慌のとき,地球に宇宙人が現れて,人類の虚構に惑わされた悲惨さを見たなら,それに呆れ,嘆息するだろうと書いていました.宇宙人とは,たいてい,経済学者のことです.

A.ウィンタースはその優れたテキスト(A. Winters, International Economics)の中で,イギリスの食糧安全保障論を明確に否定しました.またR.N.クーパーも,市場が統合されることで,地域によって生じた食糧の過不足は解消され,飢餓が減るだろう,と指摘し,金融市場の統合化を支持する議論の証拠としました.

もし中京区が独立したら,・・・食糧危機が起きるだろうか,と坂本君が食糧の自由貿易について質問するのに応えて,私は問いました.「中京」国の食糧自給率がたとえゼロでも,輸送や通信のシステムが市場を緊密に統合して,(独立を推進,もしくは,妨害するために)政治的介入が行われないなら,これまでと同じように豊かな暮らしを続けることでしょう.

では,自由貿易の結果,日本が農業を放棄して,すべての食糧を中国やアメリカやブラジルから輸入するようになっても良いのでしょうか? それは,大いに疑問です.市場や自由貿易が間違っている,というよりも,市場の緊密な統合化は政治的独立を脅かし,同時に,ある地域や紛争事項から,危機を急速に波及させることにもなるからです.中国におけるフランス製品・商店への不買運動,あるいは,アメリカのサブプライム危機が示すように.

FTの解説記事に,オランダの農業・通商大臣で,現在the International Food and Agricultural Trade Policy Councilの議長でもあるPiet Bukmanの言葉が引いてあります.「農業生産者たちは市場シグナルの健全な伝達を求めている.しかしそれは,たとえその名目が食糧安全保障であっても,輸出や輸入の禁止により妨げられている.」

そうであれば,国内においても,国際機関においても,中央銀行(やECB,IMF)の特別融資や外貨準備の集中と同じように,食糧を備蓄し,あるいは,いつでも耕作できるような農地を確保しておくべきでしょう.他方で,世界の緊密な市場統合や低所得層への支援,友好的な外交関係の維持に努め,地域紛争につながる条件の解消にも協力することです.しかし,それらは現実に難しいから,食糧輸入を決して信用できない,と思う人たちを説得することはできないでしょう.

イギリスの投資ファンドがJパワー社の株を買収することに,政府が介入して中止させました.これについて,竹中平蔵元大臣がテレビ番組のコメンテーターとして登場し,「これは天下り先の確保だ」と憤慨していました.こんなことだから外国の投資家は日本から去ってしまい,日本経済は停滞する.安全保障を理由に外国投資を拒むのはナンセンスだ.国内で「日本赤軍のような人」が買えば同じことだ,と.

大きな川の近くではない,むしろ高台に住んでいる人たちは,誰のためになるかわからないような堤防を築いて農地を守るより,お金さえ払えば外国から輸入できるし,個々人で保険会社と契約した方が良い,と主張するでしょう.あるいは,食糧安全保障のために農家への補助金を増やし,自給率を高める,と政治家たちが国民的合意を形成します.かつて,安価な食糧や資源を求めて植民地を獲得する,と戦争を準備・指導した政策より優れているではありませんか?

現実には,不完全な市場統合と政治的介入,互いを信用できない外交の程度に応じて,私たちは軍備や食糧自給率を議論し続けます.さらに,人口を抑制し,地球環境を守ることも.

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