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IPEの風 1/14/08

新しいゼミを募集すると,集まってくれる学生たちは,たいてい,「時事問題に関心があるから」 と志望理由を説明します.

さまざまなニュースで知る事件が,私たちの国や暮らしにどう影響しているのか? 日本では見られない驚きの事件が,なぜ外国ではこんなに起きるのか? その背景をもっと詳しく知りたい,というわけです.

3年のゼミ生たちには,「IPEで考える.インタビューをしてほしい.」という課題を示しました.四つの班に分かれて,彼らはテーマを選びました.「格差社会」,「環境問題」,「モラルの低下」,「理想社会」.

ある問題の背後に,それを生み出した社会を見るように,また,どのような秩序が,その問題を可能にしているのか,どのような秩序・勢力がそれを解決しにくくしているのか,考えてほしい,と私は求めました.IPEって何だろうか・・・という序章を付けて報告すること.

いつも正しい答えが見つかる,とは思いません.しかし,優れたテキストや,対話,討論を重ねて,きっと面白い発見や考察を導いてくれると思いました.本当の答えに近づくには,問題を直接に(あるいは,近くで)扱っている人に聞くべきだ,と私は思いました.具体的な経験や困難の実情を知ることで,学ぶことの意味が大きく飛躍すると期待しました.

彼らの報告は,私にとっても面白く,もっと一緒にいろいろなテキストや事例を集めて,話し合えたら素晴らしい研究ができるだろう,と思いました.

今週はIPEの最終講義です.拙著,『グローバリゼーションを生きる』のメイン・テーマを紹介するつもりで準備しました.IPEの目標は,宿命や,天体の法則みたいに動くグローバリゼーションに翻弄されるだけでなく,この社会変化をより深く理解し,それを表現する自分の言葉を鍛えることだ,と私は思いました.社会変化によって,私たちは豊かになるけれども問題を抱え込み,その問題を克服しようとして新しい秩序や社会制度を築きます.

IPEは,合理的な,機械的な説明に,目的や意志を持った政治的人間を回復する,と思いました.私たちは,欲望する機械ではなく,目標や理想を共有し,より望ましい社会秩序を実現する力を持っています.

「社会的革新の担い手になれ.」・・・ これが私のIPEから学ぶ最後の言葉です.

卒業研究の提出締め切り日に,最後のゼミをしました.学生たちにIPEを学ぶ楽しみを大いに伝えた,と言うつもりは(残念ながら)ないですが,何か得るものはなかったか,と尋ねました.

・・・IPEとは何だろう? 卒業研究で苦しみながら,何を考えましたか? これはIPEだな,と思う考え方がありますか?

「環境問題なんか,IPEですね.たとえば,京都議定書と,その後の話し合い.」 ・・・彼は卒業研究で,ドイツの移民問題,ネオナチ,国籍法改正,などを検討しました.

「国際交渉では,いつも欧米が目立っている.日本の声は聞こえない.」 ・・・国際交渉の枠組みやルールは欧米人が作ったものだから.彼らには伝統もあり,鍛えられています.でも,日本の意見をもっとはっきり示してほしい,と私も思いました.外国人労働者問題の解決には,何よりも「思いやりのある社会」が重要だ,と彼女は考えます.

「ふつうの人たちの暮らしを守る.人々が毎日暮らせることが大切だ.」 ・・・彼は東アジア共同体をめぐる議論を,特に安全保障問題で検討しました.しかし,だからこそ,ふつうの人々の暮らしが可能になる,彼らの生活を守ることが国際秩序の本質だ,と私も感じます.

「IPEには,答えがない.いろいろな意見があって,いろいろ反対する意見もあって.」 ・・・答えがない,という問題を考えているのは確かです.しかし,それでは困るでしょう.だから,より深く理解する,と考えてください.彼女には,アメリカの奴隷制から,人種差別をなくす公民権運動まで,一貫した視点を求めました.

「経済学部だけれど,全然違う研究もできてよかった.」 ・・・彼女は,戦争(兵士)の心理学について,面白い研究を紹介してくれました.

他にも,サッチャリズム,産業政策の功罪,中国の環境破壊,東南アジアのビジネス,を学生たちは研究してくれました.もっと時間をかけて,議論できれば良かったです.

経済学でも,政治学でも,その前提する秩序や社会状態が安定しているときには,別々の専門領域を議論して,互いに関係ない主張をします.しかし,秩序が大きく変化するときには,経済問題にとって政治的な対立や権力の介入が重要になり,政治対立の背後に重要な経済的利害関係がある,と分かるのです.

IPEが学生たちの仕事に直接役立つとは言いません.それなら,簿記や会計,法律を学ぶ方が良かったのでしょうか? しかし,皆さんなら,あと60年を生きるでしょう.その間に,大きな社会変化を少なくとも2度は経験すると思います.

私が学生だった頃,1980年に,ポーランドでは自主管理労組・連帯が登場し,韓国では光州事件がありました.その後の28年間で,東欧社会主義圏は体制を変えてEUに加盟し,ソビエト連邦も消滅しています.また韓国では民主化が実現し,当時,死刑を求刑された反体制派の指導者,金大中氏が大統領となり,朝鮮半島の南北和解に取り組みました.

どうせ退屈で,窮屈で,鬱屈した毎日でしかない,と思っていませんか? IPEを学んだ以上,社会は必ず変わる,と確信しようじゃないですか.IPEとは,おそらく,社会を変える主体の再発見であり,歴史を主体的に理解する試みなのです.

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