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IPEの風 12/17/07

フレッド・バーグステンの提案を訳しながら,SDRの復活を興味深く思いました.アメリカはドル不安が危機につながる時だけ,国際通貨制度の改革に応じます.IMF内のSDR建の振替勘定にドル資産で外貨準備を保有している政府や投資家は移せばよい,というのです.それは世界恐慌を避け,主要諸国が覇権通貨の移行を円滑に調整する仕組みとなるでしょうか?

The Economistの記事には,カーター政権がドル暴落を回避するためにマルク建の「カーター・ボンド」を発行したことが指摘されています.同様に,アジア通貨基金の経緯を私は考えました.アジア諸国が保有する外貨準備を集めて,アジア通貨基金をつくれば,個別にアメリカと交渉するより,はるかに積極的な対応を引き出すことができるでしょう.バスケット通貨や共通通貨単位によって発行される債券市場を育てる,という話を聞いたと思います.

そんなことは不可能なのでしょうか? 中国と日本の外貨準備,さらに,韓国や台湾などを加えて,アジアの通貨安定化に合意し,為替レートの変動幅や介入のルールを決めることも可能だ,と私は思います.その目的がアジアの安定的な成長を持続することだからです.互いの貿易や投資が伸び,成長を加速するだけでなく,市場統合も進むでしょう.

しかし,通貨統合を主張する必要はないし,合意されたルールがあれば資本規制を行ってもよいでしょう.アジア諸国が合意できれば,それは将来の国際通貨秩序を決めるはずです.ある意味では,政治体制の民主化が条件であると言う必要はないし,政治統合を目標にしなければならないとも思いません.アメリカがNAFTAに求める条件や,EUが加盟諸国に求める条件とは,何か違う協力関係をアジア諸国は模索すべきではないか.経済状態も,政治体制も,歴史な経験も違うのですから.外交の基本とは,互いの違いを超えて話し合い,対立よりも協調による利益を目指す,ということではなかったでしょうか.

金融市場のパニックや軍事衝突が迫っているのかどうか,私たちにはわかりません.しかし,もしそうであれば,つまり私たちの経済的繁栄や平和が急激に壊れ始めたら,次の世代が今の私たちを振り返って,21世紀の世界恐慌・戦争の起源を解明し,そのときの事実経過,人々の行動,発言について,私たち一人ひとりの責任を議論するわけです.

私は講義やゼミで,日本は世界第2位のGDPを実現しながら,世界のニュースにほとんど登場しない.国際会議や重要な国際交渉の舞台で,画期的な提案や発言をしたとも聞かない.日本は,その存在が見えないことが唯一の役割ではないか,と繰り返し話します.しかし,「どうしてですか?」 という質問に,うまく答えられませんでした.

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IPEには方法がないのか? 固有の対象,固有の方法はないのか? という質問も受けました.

それを,主体の復権,と考えてはどうでしょうか.現実は,必ず誰かの意図や決断を通して変化します.それは誰が決めたのか? 何のために決めたのか? しかも,それが重要な影響を及ぼすのはなぜか? どのようにして権力が集中し,どのようにして影響力が及ぶのか?

違った視点でとらえるなら,それは「危機の20年」や「国家を取り戻す」という研究であったし,イデオロギーと制度に注目することであったと思います.

経済学との関係は微妙です.「方法・・・?」 と聞かれれば,国際経済学だ,と答えます.しかし,本当は歴史を描くことかもしれません.キンドルバーガー,ギルピン,フリーデンを読むと,IPEはいつも歴史研究なのだ,と納得します.その際,経済学の示す合理性と「政治的要因とは何か?」を考えます.

歴史を通じて,私は社会的革新と国際秩序の問題を取り上げようと思います.

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「生きる」という言葉に,何を思うか? 私は経済学よりも政治学,政治学よりも歴史学,そして,小説を考えます.乙川優三郎の中編小説「安穏河原」を読みました(『生きる』文春文庫,所収).強い衝撃を受け,虚脱する感覚とともに,この物語に出会えたことを喜びました.何度も読み返すでしょう.

私は,「生きる」という意味で,たとえば,こうした小説に勝るIPEの研究があるとは思えません.しかし,個々の現実を生み出す政治経済の構造や秩序,その流れを少しでも理解できれば,個々の現実が変わる条件(あるいは,私が好きな表現では,異なる可能性)を見つけられる,とも思います.つまり,IPEの研究は,可能なさまざまな世界の中から一つの現実が生まれる瞬間,その歴史過程を描き出す力を持っていなければなりません.理想として言えば.

乙川氏の直木賞受賞に対して,井上ひさし氏は書いたそうです.「こんなことは他の表現方法ではできない.これこそ小説の勝利である.」 IPEに固有の方法,その表現力を学ぶというのも,同じことだな,と思いました.

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