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IPEの風 11/26/2007

自由貿易について講義した後,質問を受けました.

その1.「先生は自由貿易を支持しているのですね?」・・・「そうです.多くの経済学者と同じように,私は自由貿易による利益を支持しています.しかし,保護する理由も多くあります.現実の政策が自由化を否定するとしても当然でしょう.」「それが実現する過程では政治(そして,制度やイデオロギー)が重要なのです.自由化を主張することが,いつでも正しい,とは言えません.」

その2.「もし経済学が正しいとすれば,なぜ政治家たちは経済学者の言うことを聞かないのですか? 彼らは単に正しいことを理解できないのですか?」・・・「政治家は,現実の政策決定において,経済学が重要でないことを知っているからでしょう.政策を決める過程では,その決定過程や権限を担う主体,彼らの特別な動機が重要です.誰が,何のために,その政策を決めたのか? 経済学は,概ね,国民が国民全体の利益のために政策を決める,と仮定します.」

1年生の講義では,アダム・スミスの「社会的分業論」とデヴィッド・リカードの「比較生産費説」を紹介します.「工場内分業」の観察から,「社会的分業」を発見するスミスの眼を通して,私たちもグローバリゼーションを考えよう,と.そして「比較生産費説」を考えるには,各国の相対価格の差から利益を生み出す商人の行動に注目し,「この富はどこから来たのか・・・?」と問います.

「生産性」や「生産的労働」について,経済学は考えていると思います.「富とは何か?」 市場を通じて価格が変化し,報酬が変化し,優れた技術が普及する.しかし,それが実現する過程とは,単に旧技術が新技術と比べて優れているから交代する,というだけではありません.投資を支える金融市場はしばしばパニックを生じ,市場の拡大は深刻な不況と失業をもたらします.

3・4年生の講義では,「貿易の利益」に加えて,「特殊要素」と「一般要素」,「プロダクト・サイクル」,「戦略的通商政策」などを考えます.私は,自給自足,国際分業,市場統合,を比較して「自由貿易」を説明します.生産性の違いが発生し,市場と国家が介在して,それが歴史的な社会変化をもたらすのです.「自由化」と「保護主義」とは,その過程で何度も激しく論争し,政治的な優位が交代します.

貿易が利益をもたらすには,技術革新が<創造的破壊>と呼ばれるように,社会の構造変化を必要とします.労働力や資本ストックが再配置され,輸送システムや都市の盛衰にも劇的な変化が生じます.イギリスの自由貿易と工業化が諸国に波及することで,羊やジャガイモが農民たちを土地から追い出し,アジアでも,アメリカでも,オーストラリアでも,植民地化や海外投資が世界を作り変えたわけです.

C.キンドルバーガーが示したように,「自由貿易」や「国際金本位制」のモデルが普及する過程は,国によっても,時代によっても異なりました.イギリスにおける穀物法の廃止や,デンマークが酪農に転換する過程を,私は「自由貿易」という言葉の本当の意味だと思います.

その3.「石油や食糧の供給が止まったらどうするのですか? その価格がますます高騰するのに,自分たちで作っておくべきではないですか?」 政情が不安定化する中東地域や,西側と敵対し,エネルギーを脅迫の道具に使うロシアからに依存すること.アメリカやブラジルの政策変化,中国やインドの急速な需要増大,あるいは金融市場を介した投機的な資本流入で,価格が高騰するような穀物市場に日本は依存しています.こうした外国や国際市場への依存は,確かに深刻なリスクを伴います.

しかし,たとえ部分的にでも,自給体制を選択することは大きなコストが伴います.貿易の利益を捨てて,私たちは耕地を拡大し,労働力や資本ストックを(自由貿易とは逆に)再配置しなければなりません.それは可能ですが,生活水準の低下と厳しい社会対立を覚悟しなければなりません.飛躍的な新技術が導入されるのでない限り,今後も,私たちの生活は外国からの資源やエネルギーに国際市場を通じて依存するでしょう.

むしろ,すでに農村では働き手がおらず,農地が放棄されているのではないでしょうか.既存の農家に補助金を与える政治的再分配は,時間をかけて農村を安楽死させるだけです.いっそ,農村にも資本主義的な大規模経営を実現しようとか,諸外国から農業労働者を大規模に雇用しようとか,あるいは酪農や観光に転換して,積極的に近隣諸国の農業にも投資し,地域市場の統合を制度的・政治的にも進めよう,という話になるでしょう.それが「自由貿易」なのです.

その4.為替レートについて,また,税制や補助金,国内規制について,自由貿易は批判されます.それが小国であれば,自由に選択させればよい,と私は思います.さまざまな介入や政策が「比較優位」に反映されるでしょう.しかし,主要国が政治的な介入によって自国の利益や政治的合意を優先するなら,報復と貿易戦争で,誰もが損失を強いられます.開放的な市場システムを維持するには,主要国が参加する国際的なルールに従うしかありません.

ドバイ,ベルギー,コソボ,北朝鮮,ポーランド.世界のさまざまな小国を見て,国民が幸せになる条件を考えてください.他方,大国はどうでしょうか? フランス,アメリカ,中国,日本.彼らが常に激しく敵対している,とは言わないにしても,改革において自国中心であるのは当然です.・・・「それでも先生は,自由貿易を支持しているのですか?」

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