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IPEの風 11/5/2007
中園健司原作のNHKドラマ「ジャッジ」を観ました.第4回,「命」です.複数の話が交差して進み,一つのテーマを浮き彫りにする手法が素晴らしいと思いました.
主要な事件は交通事故による過失致死罪です.幼い子供二人を育てる若い女性が,交差点で右折する際,対向車に気を取られてアクセルを踏んだとき,横断している母子をはねてしまいました.子供は死亡し,母親も大けがと精神的なダメージで退院できない状態です.被害者の子どもの父親は,夫婦で営んできた民宿を開けることもできず,加害者の女性に対する怒りと,子供を奪われた悲しみに激しく動揺し,彼女との面会を断ります.謝罪の言葉を聞くつもりもありません.
この離島は小さな宇宙ですから,さまざまな事件がつながっています.加害者の女性は,以前,離婚に関する調停をこの裁判所で受けました.事情を知る者は,彼女の苦労と不運に同情します.彼女の父親は酒癖が悪く,また母を早く亡くして,父を嫌った兄は東京へ逃げてしまいました.彼女はスキューバダイビングに来た観光客と知り合い,結婚したものの,その夫も浮気して東京へ去った,と言います.一人で子供たちを育てよう,と懸命に働く中,彼女のわずかな不注意がこの重大な事故に至りました.
裁判官である主人公は悩みます.禁錮1年6カ月の実刑判決にするか,情状を酌量した執行猶予つきの判決にするか.彼女が収監されれば,幼い子供二人が取り残されます.その答えは裁判官によっても大きく異なる,と弁護士は加害者に説明しています.主人公は二つの判決文を書いて,決めることができず,深夜まで帰宅しません.
もう一つの「命」は,主人公の友人がこの島を訪ねてきたことです.友人はこの島に赴任することが決まっていたにもかかわらず,癌により胃をすべて摘出する緊急手術を受けました.そして,彼の代役として主人公が推挙されたわけです.
この島にはたった一人の裁判官しかいない,とその友人は赴任する主人公を励ましたことがあります.すべての事件を自分ひとりで扱い,判決を下す.きっと人間が大きくなるぞ,と.重大な事件も,些細なもめ事も,すべて裁判官が解決しなければなりません.
友人がこの島を訪ねて,主人公に会いに来たのは,癌が再発したからです.主人公もこの友人も,裁判官という役作りがそうさせたのか,感情を表に出さない,ぶっきらぼうな物言いの壮年男性です.彼らは東京で懸命に働いていました.大企業の「知的財産」に関する最先端の国際的訴訟を扱うため,主人公は,できるだけ効率的で迅速な審理を目指していたのです.
しかしここへ来て,それが必ずしも正しくないことが分かった,と言います.判決を急ぐべき事件もあれば,時間をかける必要のある事件もある,と.
また,刑事事件の判決を書くことは難しい,と言います.その友人も,あるいは,地元の女性弁護士も,そして,裁判官であった彼女の父親も,刑事事件にともなう苦しみに直面しました.判決は誰をも納得させられない,というのです.それでも一つの判決文を書かなければなりません.友人は,それを克服しなければならない,と主張し,自分にはそれができなかった,と悔やみます.克服する前に,病が彼の命を奪うからです.無口な男たちが,突如として涙に襲われ,まぶたを覆って嗚咽する姿に,痛ましいものを感じます.死を覚悟して,友人は東京へ帰りました.
さらに一つの挿話が,「命」を語ります.天の島で出張裁判所が開かれ,主人公が赴きました.それは戸籍の訂正を求める97歳のおばあさんの話を聞く仕事でした.戸籍の変更は裁判官が認めなければならないそうです.おばあさんの主張は簡単です.自分は生まれたとき体が弱く,生き残れるかどうかわからなかったから,両親は出生届を出さなかった,というのです.小学校の同級生が二人来て,確かに彼女は体も大きく,三つ年上だった,と証言します.
主人公は,なぜ今になって戸籍を訂正したいのか,と尋ねます.最初,おばあさんは小学校などで話をするとき,100歳の方が,聞き手が喜ぶからだ,と言います.しかし,本当は息子に会うためでした.
彼女の息子は18歳で特攻隊員となり,死にました.100歳に変更できると知って,彼女は真っ先に仏壇の息子に手を合わせます.そこには特攻花が活けられています.仏壇から取り出した手紙を裁判官に示して,彼女は事情を説明します.息子の最後の手紙に,元気で百歳まで生きてください,と書いてありました.「僕の分も」という文字は塗りつぶしてあります.ところが最近,自分ももうだめかな,と思うときがあるそうです.だから,97歳で死んだら,息子に会いにくい,と.
子供に先立たれることほど悲しいことはない,と主人公は思います.それは彼が判決文を決める契機となりました.判決の日,加害者は裁判官に向かって立ち,被害者は傍聴しています.主人公が主文を読み上げます.「禁錮1年」.執行猶予は付けませんでした.
加害者は泣き崩れ,被害者は激昂して判決文を聞くこともなく出ていきます.法律の番人として,主人公はそれを受け止めます.そして,誰をも納得させることのない判決文であっても,それが明日から生活をやり直す出発点になれば,と願います.
生きている者が幸せになるだけなら,執行猶予を付ける,と私は思って観ていました.しかし,死んだ者の命が軽んじられてはならないのです.判決は過去の罪を裁くためにあるのではなく,それを裁く者が現在の調停者,そして将来への守護者となり,人々が未来に目を向けるために書かれるのだな,と思いました.
アルメニア人虐殺非難決議を詳しく論じたThe Economistの特集記事を,興味深く読みました.
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