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IPEの風 8/6/2007

日本の経済は,政治的混迷によって資産市場や経済成長への期待を挫かれそうです.企業の利潤が増えても,派遣労働者の厳しい労働条件は社会的軋轢となって,政治への不満を強めています.まるで,自分のしっぽに咬みついたヘビのようです.こんなときだからこそ,国際政治にも,自国の将来にも,深い思想と長期的な展望を示せる人が多く出てほしいです.

BS・NHKで観た「ファースト・ジャパニーズ」がおもしろかったです.チェコでプロ・アイスホッケーの選手になった人.パリの有名店,フロールでギャルソンになった人.イタリアのフィレンツェで靴職人になった人.パルマで生ハムの塩振り職人になった人.インドでダンサーになった人.スイスで時計職人なった人.・・・

基本となるコンセプトは何でしょうか? <内なる情熱>に駆られて,たどりついた職人の仕事にあこがれ,彼らは日本を出ました.若いころ真剣に努力し,自分の目標を見つけてあきらめなかった人たちです.しかし,合理的打算ではなく情熱の結果として,目標のために大変な苦労を強いられたようです.外国でお金も友人もなく,言葉の壁や仲間意識に機会を阻まれたでしょう.それでも,屈することなく一所懸命に努力し続けました.その仕事を通して,心のこもった仲間を得,ついに人々にも評価されて,腕一本で社会的な名声を,もちろん,職人としての誇りを得たわけです.

彼らの舞台にヨーロッパが多いのは,そこが職人の気質を残している土地だからです.しかしヨーロッパでも,職人の世界はむしろ衰退していると思います.ハム工場でも,下働きはアフリカからの移民が増えている,と紹介していました.通常は中学を卒業してすぐに入る,地元の貧しい肉体労働者の世界です.彼らが日本人であるから,飛び込むことも上昇することもできた,ヨーロッパの身分制や階層社会が背景にあるのでしょう.

また,優れたスポーツ選手は豊かな国に流出します.同時に,ローカルなスポーツが衰退し,大企業のスポンサーがついてTV中継される,サッカーのような国際的クラブが人や金を集めます.プロ・スポーツ選手として活躍しても,引退後の生活はどうなるのか,不安がよぎります.

彼らは異邦人としてのジャパニーズです.それは何を意味するのでしょうか? 日本に生まれ,日本の社会やその制約,停滞を嫌って,日本を飛び出した人たちでした.世界の金持ちになったことだけが「ファースト・ジャパニーズ」なら,その多くはアメリカで成功する人でしょう.そして,次は中国で成功する人ではないか,と思います.世界の資産家になれば,彼らは日本人であることもやめてしまいます.

しかし,異国で職人としての誇りを得てから,彼らはその技を,できれば日本で生かしたい,という夢を抱き始めます.日本人であることをやめて,日本人であることを思い,日本に帰って,日本人として社会を再生したいと願うから,「ファースト・ジャパニーズ」なのです.

琵琶湖の大学施設で,複数ゼミによる夏合宿に参加し,学生たちのディベートを聞きました.IPEとは何か? 私のゼミにとって,その問いかけが唯一,重要でした.IPEの本質を一部でもつかんだ話をできるかどうか,その点に絞って,彼らの話を聞き,もっと一緒に話し合うべきだったな,と思います.

合宿,という仕掛けが,学生たちにとって知識を刺激する良い機会になるには,もっと工夫が必要です.いつも反省しているのですが.さて,秋学期はどうしますか,と聞かれました.・・・インタビュー,をしましょうか? 戦争の記憶でも,政治経済的な事件や異変の記憶でも,それを体験した人たちに「何が起きたのか」「何を考えたか」について語ってもらう.ある事象を多面的,多角的に再構成するような,そんな共同作業をしてみたいと思います.

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