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IPEの種 1/15/2007

講義の後,研究室で急いでする用事もないので,まだ早い時間に電車に乗って帰りました.疲れていたせいもあります.ひざに載せた鞄の上で平岩弓枝の『御宿かわせみ』を開けて,すいた車内をぼんやり眺めていたとき,こんな風に,どこかの国で地下鉄かバスに乗っていたことを,思い出しました.

ジェームズ・キングの『中国が世界をメチャクチャにする(China shakes the world)』を読みました.英語圏でベストセラーになった作品で,読み出したら止まらない面白さです.中国は,共産主義革命を輸出することに失敗しましたが,おもちゃや靴下,ブラジャーやトースター,半導体や携帯電話の輸出で,世界を震撼させ続けているのです.

この著者James Kyngeは,キング,と訳されるのか,と少し不思議でした.本の一部になっている記事のいくつかを,すでに私はFinancial Timesで読みました.それより,翻訳書の題名が良くないと思います.私は,そのまま,『中国が世界をシェイクする』と訳してほしかったです.ロシア革命を扱ったルポルタージュの古典に,ジョン・リードの『世界を揺るがした十日間』があります.その題名 “Ten Days that shook the world” を,キングは踏襲したと思います.『・・・メチャクチャにする』というのでは,否定的な意味が誇張され,中国だけを非難する,浅薄なメッセージを発散します(・・・多分,出版社の計算づくで).

中国は,革命思想ではなく,くず鉄や石油,資源への旺盛な需要によって,世界の姿を変えています.世界中のマンホールが夜の間に消え,あるいは,冷戦においては重要であったソ連の軍事基地が跡形もなく解体されて,くず鉄として中国に送られました.「モントリオールで,グロスターで,クアラルンプールで,罪もない歩行者たちがマンホールにころげ落ちた.」・・・ この文句に苦笑しつつ,同時に,悪寒が走ります.

ティッセンクルップ社のドルトムント製鋼所は,分解されて,9000キロも離れた揚子江河口の町に運ばれて,建て直されました.「1990年代のはじめに,韓国の効率のいい製鉄所が世界的に価格を下げていたとき,ヘルデの製鉄所の工員は週の労働を35時間にしようと意気込んでいた.そして東西ドイツの統一により,政府が増税を強いられ,経済活動の足が引っ張られ,大損害をこうむった.」・・・「競合他社と合併し,操業の相乗効果とコスト削減と競争力の向上を図ろうとした.だが鉄鋼価格が全世界で急落した2000年には,こうした救済策は立ち消えになっていた.」

「買い手がつくつかないにかかわらず,ヘルデ工場は閉鎖されていた.」・・・「中国人は買収のチャンスに飛びつき,工場が休業した1ヵ月後には売買契約にサインをした.」・・・「どこからともなく千人近い中国人労働者が流れこんできたのだ.工場の廃ビルを仮の宿舎として寝起きし,夏じゅう,一日十二時間,働いた.」

ドルトムントの住民たちが「地域の活力」や「アイデンティティー」を失ったとすれば,イタリアのプラートが失ったのは織物産業に示された700年の伝統とその誇り,彼らが人生をささげた「共同体」です.「中国の攻勢にさらされた企業は,生産拠点を珠江または長江デルタか,ポーランド,ハンガリー,チェコ共和国,といったEU新加盟の東欧諸国へとシフトしていく.こうした動きの結果として『中心』国の失業危機が高まる・・・」

その中国自身は,人口圧力と雇用危機を緩和する高成長を続けるしかなく,たとえ利益が出なくても企業は生産を拡大します.環境や住民への負担は限界を超えている,と.

重慶のスモッグについて,キングは書きます.「それは舌をぴりぴりさせ,毛布のように街をおおっていた.私には,スモッグが渦を巻きながらホテルの廊下にまで入りこんでくるのが見えるような気がした.」・・・「たどたどしい英語を話す高校生の少女が近づいてきた.・・・ ここから連れだしてほしい,と少女は訴えた.環境汚染がひどくて死にそうです.みんな害をこうむっています.静かな涙が頬にこぼれ落ちた.」

「都市部では,塀や陸橋の下にスプレー塗料で携帯電話の番号が書いてあり,ペテン師どもが偽造書類作成の広告を出している.在住許可書,就労許可書,大学の学位,IDカード.なんでもござれ.ロケット工学の博士号付きで,すっかり別人になるのに100ドルもかからない.」 さらに,役人のナンバー・プレート(警察が取り締まりを避ける),戸籍,血液,臓器を売りたい,という電話番号も並ぶのです.

講義を準備するとき,グローバリゼーションの進展は,単純な形で,その経験を通じて世界市民意識を広めているのではない,という研究を読みました.中国人民が経験しているグローバリゼーションは,世界のどこよりも,激しい社会的軋轢を生じています.私は,日本などの裕福な諸国が中国を責めるより,公害や都市化,資源不足,産業構造の高度化,労使紛争,金融危機,などを克服してきた自分たちの制度や政策を示して,中国とアイデアや制度を共有するのが良い,と思います.

「(中国の)歴史は,公正で,誠実で,他者のために生きる人たちへの敬意に満ちている.」・・・

「それでも,信頼は貶められやすい」・・・ 「金(カネ)に縛られた価値体系が優勢となり,信頼を空ろにする.」

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