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IPEの種 1/1/2007

J.M.ロバーツの『図説・世界の歴史 第8巻 帝国の時代』(創元社)を興味深く読みました.巻末の年表で見れば,1807年,イギリスで奴隷貿易廃止,から,1922年,イタリアでファシズム政権成立,まで.それは,第一期グローバリゼーション,すなわち,ヨーロッパの近代化モデルが世界中に広められた時代でした.

「アジアとアフリカも,この経済ネットワークに組みこまれ,その結果,人や物資の流れとともに,ヨーロッパの制度や技術が各地に伝えられていきました.株式会社,銀行,商品取引所,証券取引所などが,ヨーロッパから強制されたり,あるいは諸外国がみずから模倣して,世界中に設立されていったのです.そして世界貿易に必要な港湾や鉄道が建設され,工場で雇用が創出されるようになると,一部の地域で農民がプロレタリアート(賃金労働者階級)へと姿を変え始めます.」

ヨーロッパによって世界の統合と改造が加速したのは,科学的な知識を産業技術に応用し,それを工場生産や近代社会の編成にまで反映した,権力・政治システムの性質によると思います.そして,このヨーロッパ・システムを制限し,転換したのは,アメリカ合衆国とソビエト連邦であった,というのも面白いです.

アメリカ合衆国は,ラテンアメリカと違って,イギリスとヨーロッパから移民や投資を引き入れ,急速に拡大しました.しかも独立戦争によって,イギリスのエリートたちの関心を植民地獲得よりアジアとの貿易に向けたのです.アジアにおけるヨーロッパ帝国の競争は,アメリカが加わったことで,領土より開港を重視し,そのおかげで日本も独立を維持できました.第一次世界大戦は,史上空前の破壊をヨーロッパにもたらして膠着状態に陥った後,アメリカの参戦で連合国の勝利が確実となりました.同時に,アメリカはヨーロッパに対する債務を一掃したのです.

ソビエト連邦の誕生は,ロシア帝国の崩壊と戦線離脱として,第一次世界大戦の勝敗を決定したもう一つの要因でした.この時代を,社会主義や共産主義に向かう革命の時代,と見るより,戦争とイデオロギーの時代,と見るほうが正しいと思いました.戦争や革命を経て権力を握った人々が,経済や市民生活への強烈な国家管理,情報統制,強制労働や政治犯の大量虐殺を現実「政治」として受け入れたことは,特定のイデオロギーによるのではなく,他の諸国でも同じことが行われました.

日本が,ドイツやアメリカと同じように新興の大国として(当時のアメリカ以上に)注目を集めたのは,一つには,ヨーロッパの近代化モデルを積極的に学習し,成功した,アジア最初の国であったからです(しかし,自由主義や市民社会のモデルは,旧い伝統的な支配や精神性を清算しないまま,矛盾した社会が残りました).もう一つは,アメリカとともに,日本もアジア・太平洋の国際秩序再編に加わったからです(アメリカとソ連は同じ意味で,ヨーロッパに新しい秩序を要請しました).

科学主義とヨーロッパの近代化モデルが広めた最悪の部分は,人種的優越,という思想がもたらす集団的な暴力でした.それは帝国主義や戦争の原動力になりました.イギリスのインド支配に関して描かれたように,秩序の一部になっていた富の独占を維持するため,結局,ヨーロッパの帝国主義勢力はグローバリゼーションの最良の成果まで捨ててしまいました.インドにおいてもヨーロッパにおいても,近代化のモデルは内部対立と戦争に向かい,灰燼と化したわけです.

ロバーツは社会変化に注目して,イデオロギーや制度を強調しています.たとえば,時代が進むにつれて教会の権威は衰退し,諸帝国の秩序も動揺するに至りました.それというのも,科学主義と戦争を強く意識した新しい権力者たちが,グローバルな市場システム,ナショナリズム,国際連盟,という不思議な(あるいは,不可能な)組み合わせに向けて,世界を再建しようとしたからです.歴史が示すように,当時の政治システムは時代の危機を回避できず,重要な諸問題に有効な解決策を示せませんでした.

「ひとことでいえば,非常に多くの人びとが『戦争が起こったほうが利益になる』と考え始めていたのです.」 民族主義もファシズムも,実際に成立した共産主義体制も,危機を予言し,混乱と対立を煽りました.しかし,本当に世界経済の崩壊を防ぎ,政治システムの革新を導くことは,残念ながら,できないことがわかりました.

ヨーロッパの近代化モデル,アメリカの大量生産・大量消費モデル,を経て,私たちの現代社会が続くわけです.

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池波正太郎の『鬼平犯科帳(五)』(文春文庫)に,「凶賊」という話があります.

「と,柳原土手をまわって,客の袖をひいている夜鷹のおもんが,顔を見せた.

おさだまりの縞もめんの着物に深川髷.茣蓙を片手に抱えた姿で入って来て,

『おさむらいさん,ごめんなさいよ』

頬かむりの手ぬぐいをとった顔は,シワかくしの白粉にぬりたくられ,灯の下では,とてもまともに見られたものではない.」

平蔵が着流しの浪人姿で街中を巡回していた折に,たまたま,芋酒(・・・何か良くわからないですが)で有名な屋台へ入ります.実は,ここのおやじ,九平,は一人で盗みをやる盗賊でした.ところが料理もうまく,気の利いた肴を作るのが好きなのです.

そんなところへ夜鷹すなわち街娼(売春婦)の,おもん,も屋台へやって来ました.

「『おそくまで,たいへんだな』

平蔵がこだわりもなくおもんに声をかけ,九平に

『おやじ.この女に酒を・・・おれがおごりだ』

と,いったものだ.

『あれ』

と,九平よりおもんがびっくりして,

『すみませんねえ』

気味のわるい色眼をつかいはじめる.

九平は苦笑した.」

九平は,もちろん,誤解していました.平蔵がおもんに,自分も歳で,女を買うようなことはなくなった,とやんわり断ってから,それでも,「体があったまるまで,ゆっくりのんで行ったら良い」,と酒を勧めます.それは情のこもった声でした.

「『すみませんねえ』

おもんの眼から〔商売〕が消えた.

そのかわり年齢相応の苦労がにじみ出た.しんみりとした口調になって,

『旦那.うれしゅうござんすよ』

『なぜね?』

『人なみに,あつかっておくんなさるからさ』

『人なみって,人ではねえか.お前もおれも,このおやじも・・・』」

九平はこの話を聞きながら,浪人の態度にすっかり感動し,平蔵を好きになります.ところがその後,この浪人こそ火付盗賊改の長官,鬼平,であると知って驚き,隠れてしまいました.実は九平,鬼平暗殺の重要な情報を得ていたのです.自分も盗人である以上,申し出れば捕まるに違いありません.しかし平蔵(あの浪人)が襲われることを思うと心配で,ついには平蔵を窮地から救い出す重要な役割を果たします.

・・・さて,中学校の国語の入試問題に,「上記の文章で,おもんが3度わびる言葉を述べていますが,その意味の違いを説明しなさい」・・・などと,小学生に出たりはしませんか.

・・・あるいは,高校入試の歴史や社会の問題として出ます.「この時代,江戸に夜鷹を供給した主な地域はどこか」,当時の平均寿命,婚姻形態,身分社会,江戸の居住区分割,一人当たりGDPや所得格差,などの資料を示し,質問してはどうでしょう.

・・・大学入試の政治経済学,数年後の国際関係に関する問題として出題されるとしたら,こんな設定で考えてほしいです.場所はバクダッド郊外(あるいはエルサレムやピョンヤンの郊外)です.夜鷹のおもんは難民で,九平も平蔵も,それぞれの宗教や出身部族,帰属する政治体制が異なります.平蔵は地域の治安回復のために駐留するPKOの指揮官,他方,九平は個人で暗殺を請け負うテロリストです.

問題.・・・「国際秩序はなぜ必要か?」 ・・・「社会契約が成立する条件とは何か?」

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「行く年来る年」が終わって,最初のNHKニュースはバンコクの連続爆弾テロでした.国内ニュースでは,安倍首相の談話です.2007年に,憲法改正と,拉致された人たち全員の帰国を実現する,と彼は語ったそうです.私は,安倍首相の政治的センスを疑いました.国民の多くが望むこと(・・・それは多分,本格的な景気回復,安定した雇用と生活賃金,中国や韓国との和解・協調,・・・など)ではなく,自分が政治的に正しいと思うことを話しただけです.小泉劇場の「郵政・改革を止めるな」選挙で得た多数議席を,利用できるうちに利用すればそれでよいのか?

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