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IPEの種 12/11/2006
ある日の夕食後.NHKのクローズアップ現代「会話のない現代ニッポン」を観ました.船橋市には傾聴派遣というサービスがあります.お年寄りなど,話し相手の居ない人に,傾聴ボランティアを紹介して派遣します.
一つの話.市民の14%,4500人が月に1回以下しか人と話さない,と答えました.84歳のある男性は,もう40年も一人暮らしを続け,新聞配達のアルバイトを辞めてからは,1週間,誰とも話さないことがあるそうです.そんなとき,自分は本当に生きているのだろうか,と不安になる,と言います.毎日,一人で食事をして,日課である散歩に出ます.しかし,なかなか声をかける人もなく,誰とも話す機会がありません.友人たちが相次いで,知らぬ間に,孤独に死んでいたことを発見し,不安になりました.
この老人は,月に一度の傾聴ボランティアが家に訪れる日を,朝早くから楽しみにしています.多くの新聞の切抜きを集め,話したいことを考えて待ちます.そして,スリッパを玄関にそろえるのです.話はいつも,若い頃に見た映画の話です.何度も話していることですが,それを聞いてもらえることが楽しいのです.番組では,うなずき,相槌,繰り返し,だけが正しい傾聴姿勢だと教えていましたが,私はそう思いません.本当に重要なのは,共感,でしょう.同じ話でも,小さな点で新しい発見があったり,他の話を引き出せたりするから,話し相手は重要なのです.
日曜日の午後.ETV特集「自殺について考える」を観ました.過労によって,あるいは経営難と借金によって,自殺もしくは自殺未遂に至った中高年やその家族が語っています.売り上げが伸びず,飛び込みのセールスが嫌であった男性は,激しい腹痛や頭痛に苦しみます.転勤命令が出てから,階段で倒れ,入院します.それでも翌日には出社し,会社で陽気に対応し続けました.最後には自殺します.家族は過労死の認定を求め,「本人にも家族にも,何の落ち度も無い」,と裁判所が認めてくれたことに少し慰められた,と言います.
別の話.このままでは自動車整備工場が倒産してしまう,と経理を担当する母親に頼まれて,息子は工場を任され,精一杯働き続けました.それでも母が頼ったヤミ金融などのせいで,経営が破綻に瀕します.むしろ家族が暖かかったから,心配をかけるようなことは言えなかった,と振り返ります.すべての仕事を一人でこなし,2時間しか眠らずに働き続けて,あるとき電車に乗り,よく覚えていないけれど,気がつくとビルの屋上で死のうとしていました.そのとき彼は,母や子供のことを思い出した,と言います.自殺を思いとどまったのです.
こうした事例を,もちろん,克服したケースを強調して,できるだけ紹介するべきだと思います.しかし解説者の話は必要ないと思いました.自殺する人に,勝手な解説は要りません.全体の統計やさまざまな比較を,コンパクトに示すだけで十分です.
その夜.NHKの「ワーキング・プアU」を観ました.働いても,働いても,貧困から抜け出せない.眠る時間を削って,早朝や深夜のアルバイトにも出て,それでも生活費が残らない.賃金や単価が下がる,生活保障が削減される.働く意志はあっても,育児や介護,老齢によって,良い職場が見つからない.必死に働いても,生活することができなくなります.二つのパートで稼ぎながら二人の子供を育てる女性.80歳になっても1個2円の空き缶拾いをする老人と,御所で拾い集めた銀杏を炙る妻.年金は認知症の妻の医療費に使い,早朝の公園清掃を続ける男性.仕上げのアイロンかけは赤字で暮らせなくなり,工場をたたんで娘の部屋へ移る自分を恥じる女性.・・・ 必死に働き,正しく,誇りを持って生きようとする姿勢に胸を打たれます.
私は,グローバル化にも,労働市場の弾力化にも,反対しません.自由貿易による中国からの安い製品や,アメリカからの農産物輸入にも,外国人労働者の雇用にも,基本的に,反対しません.社会的給付・生活保護の適正な運用や,自立と成長への関連付けは必要でしょう.しかし,女性や高齢者,零細企業や地方都市,貧困家庭の子供,中国残留孤児,外国人労働者などが,社会として示す生産力の水準から見て,不当に貧しい生活を強いられ,多くの可能性を奪われているのは間違っている,と思います.制度が正しく機能していないから,必死に働く人々が社会から取り残されるのではないか?
1.子供と老人には,基本所得(もしくは公共施設)を保障する.
2.貧しい家庭には,授業料免除と奨学金を提供する.
3.同じ質と量の労働に対しては,パートでも派遣でも外国人でも,正規と同一の賃金を支払う.
4.地方や衰退産業にも,新しい成長と雇用の機会を増やすように支援する.
5.経営者にも労働者にも,安定した職場と,同時に,移動・競争を促す.
もちろん,悪用する者を処罰し,制度の維持コストを考えるべきでしょう.しかし,まず当事者たちの声を聞くべきです.必死に働く人たちが十分に暮らして行けないような状況があれば,公的なスタッフが探し出してでも救済し,結果を出すまで支援する用意がないのでしょうか? 制度を改正する責任を,政治家や官僚は認めるべきです.あるいは,銀行のベンチャー・ビジネスに対する融資や,同業組合による助け合い,経営情報や施設の共同利用はできないのでしょうか? 積極的な訪問や聞き取り調査を,自治体やNGOに期待したいです.
イギリスのジャーナリスト,ポリー・トインビーが書いた,『ハードワーク』を思い出しました.
土曜日.オックスファム・ジャパンのスタッフに来ていただき,学生たちは講演を聞きました.世界の貧困をなくしたい,とオックスファムの創設者たちは考えたのです.彼らは,第二次大戦で破壊された町へ,特に弱者や子供たちのために,食糧や衣服を届けました.災害や貧困の程度と,世界の関心は食い違います.だから個々の津波や地震,難民キャンプだけでなく,主要な救済キャンペーンが一定の成果を上げた後,他の企画にも利用できる,という形で寄付を集めることが望ましいでしょう.つまり,国際救済基金を設立できたら,・・・と,私は彼女と話し合いました.
いつか,ここに示した五つの原則を,世界的規模でも実現する時代が来てほしいです.
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