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IPEの種 11/27/2006

おんぼろ学生寮,竹青荘の10人が,箱根駅伝に挑戦します.三浦しをん,『風が強く吹いている』.読みながら,終わってほしくない,と願う,そんな小説でした.笑いながら,涙するほどの物語を,言葉によって作り出せる小説家の技量,若者の魂のすばらしさに,脱帽です.

―――「心臓が熱い.指の先まで血が流れているのがわかる.重い,まだまだこんなものじゃないはずだ.もっと体を変化させろ.苦しみを知らず草原を駆ける,しなやかな獣のように.暗闇を照らす,銀色の光のように.」

―――「聖者が通ったかのように,ゴール前はいっとき静まり返る.」

―――「日本人選手が一位になれば,金メダルを取れば,それでいいのか? 断固としてちがうと,俺は確信している.競技の本質は,そんなところにはないはずだ.たとえ俺が一位になったとしても,自分に負けたと感じれば,それは勝利ではない.タイムや順位など,試合ごとにめまぐるしく入れ替わるんだ.世界で一番だと,だれが決める.そんなものではなく,変わらない理想や目標が自分のなかにあるからこそ,俺たちは走り続けるんじゃないのか.」

―――「ムサはうれしかった.この国で生まれたのではないし,自分を歓迎していない人々もいる.それはわかっている.でも,いまこの瞬間,私はなんと自由で平等な場所にいるんだろう.併走する選手も,姿を見ることができないほど前方にいるトップを走る選手も,確かに同じ時間と空間を分けあっている.」

フランス.社会を見失った移民の若者たちが,何千台ものバスや乗用車を焼いた.・・・イギリス.事実上,隔離された居住区で,自分たちの学校や仕事に絶望し,商店に投石した.・・・ドイツ.ナオナチの集会に熱狂した,仕事のない若者たちが移民の住宅を襲撃しようとして,警官隊と対峙した.・・・アメリカ.働くために入って来る非合法移民たちと,それを阻止する人々がライフルを持って国境に集まる.・・・

日本はどうか? 日本の若者たちは,何のために学び,何のために生きるのか?

―――「俺は証明したかったんだ.弱小部でも,素人でも,地力と情熱があれば走ることはできる.だれかの言いなりにならなくても,二本の脚でどこまでも走っていける.」

―――「夜空を切り裂く,流星のようだ.きみの走りは,冷たい銀色の流れだ.」

―――「止めることはできない.走るなと言うことはできない.走りたいと願い,走ると決意した魂を,とどめられるものなどだれもいない.」

走る目標がないから,走れない,と言うのかもしれません.しかし,もっと生きたい,もっと強く,もっと高く,と願う気持ちがないとしたら,それは心が潰れてしまったからではないか? あなたが生きるのは,あなたのハートが熱いから.あなたを導く,熱いハートを失ったら,あなたは生きる意味を失ってしまう.

都市の巨大な建築群を,詩人は「墓標」と見なしました.

どれほど困難な社会,醜く,残酷な世界においても,若者であれば,現実に立ち向かってほしい.魂を燃やす行為によって,人々は真実や命に触れるのです.成果ではなく,無償の行為によって. ・・・聖者のように,夜空を切り裂く流星のように.

こんな気持ちを蘇えらせてくれた,痛快な物語に感謝します.

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