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IPEの種 11/6/2006

世界史の未履修問題やいじめ問題で,安倍政権の教育改革が注目されています.他方,安倍氏自身はFinancial Timesのインタビューにおいて憲法改正を明言し,国際社会に対して,北朝鮮のミサイル発射にも似た衝撃(!)を与えたかもしれません.

ゼミで報告を聞いた後,学生たちと自由に話し合いました.テーマは「いじめ問題」でした.いじめられた学生が自殺に至ったことをどのように理解すればよいのか,私たちは迷いました.

なぜ死を選ぶほどに追い詰められたのか.自殺は美化され,ニュースなどで感染しているかもしれない.いじめられる者に理由がある.なぜそこまでいじめるのか.それほど苦しんでいると理解できないのか.いじめはどこにでもあるし,なくならない.ある意味で,問題はいじめ自体ではない.親や教師には分からないようにするから,彼らには解決できない.いじめられる者や自殺する者の気持ちが分かっていない.命を奪うことを軽々しく扱ってはいけない.・・・など.

人の力は不均等・不平等であり,争いや裏切り,嘘が許されるなら,世界は急速に野蛮になるでしょう.誰よりも冷酷で,残忍な者が,おとなしい,善良なだけの者たちを圧倒してしまいます.それゆえ,「平等」や「デモクラシー」というのは思想なのです.放っておいても存在する現実ではありません.

こんなことを思いました.

1.「いじめ」にもさまざまなタイプがある.同じ「いじめ」という言葉では表せない.私たちは,同じ「いじめ」という言葉で,さまざまな現象,さまざまな異なった問題,病巣,犯罪,精神的な異常さ,など,その異なった段階や複合した症状を語っている.もっと詳しい分析や解釈,そのための言葉が必要だ.

2.いじめられる者には学校やクラブがすべてであり,閉じ込められた時間や空間が永遠に続くと思い,絶望するのだろう.・・・スタンフォード刑務所実験を思い出した.(閉ざされた空間で,他には誰も見ていない.作業は退屈.囚人たちは命令されるだけ.彼らに逆らうことなどできない.罪に問われる恐れもないだろう.・・・虐待は,楽しい!)

3.もっと違う仲間やクラブ,もっと違う生き方・考え方が,積極的な可能性・選択肢として,利用できないのか.異なる生き方を助ける仕組みや仲間の助けが必要だ.自殺する前に,せめて誰かと話し合う機会があればよかったのに.

4.生徒たちを規則で縛り,受験などを理由に押さえつけている学校,自由な生き方を邪魔する制度や教師が悪い.数値化された評価を押し付け,中身のない理由を挙げて,現実とのかかわりを説得的に示そうとしない教師や文部科学省が悪い.・・・学校は刑務所だろうか? そうだ,と思う子供たちは,いじめを組織し,いじめに従う.

5.いじめることで支配欲を見たす.誰かが,いじめを組織し,誰をいじめるか,いつ始めて,いつ止めるかを決める.誰もがいじめに怯え,いじめを止めるよりも,いじめに加わる.個人ではなく関係が,いじめの構造が,排除された者を抑圧する.集団の中で,支配や抑圧はどのようにして起こるか? そして,どのように解決されるか?

6.アメリカにもイギリスにも「いじめ」はある.しかしその形は違うだろう.韓国では受験競争の過熱が,アメリカでは中途退学が,いじめに代わる問題かもしれない.アフリカでは? ・・・子供兵士や大量虐殺?

7.精神分裂病を教える心理学者が,言葉で説明するより,《セカンド・ライフ》で仮想体験させるほうが学生たちは良く理解できた,という話を思い出した.・・・極端ないじめを繰り返す集団の主要メンバーに対して,《いじめゲーム》を罰として発動してはどうか? その子供が十分に反省したとき,子供たちは話し合って,《いじめゲーム》の魔法を解く.

8.教師や大人の側が,子供たちに対して,集団生活の正しい基準や規範をもっと明確に示せないのか,と残念に思う.親や先生たちも縛られている.大人たちにも,会社内や近所づきあいでいじめがある.セクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメント,アカデミック・ハラスメント,・・・ 魔法を解く鍵は,正しい原則に合意し,受け入れること.

9.人種差別や部落差別,外国人差別,移民問題の議論を思い出す.何が「差別」か,を示すことは難しい.差別は主観的なものであるが,社会的に意味を持ち,客観的な指標でも示される.少数派や非抑圧集団の住宅地は隔離され,どのような規則にも,物理的条件にも,明確に示されないが存在する.

・・・土曜日の教育テレビは,早くも特集を組み,子供たちからのメールを紹介しました.

「愛国心」という教育改革も,子供たちのほうを向いていないと思います.もっと真摯な,もっと深い議論が聞いてみたい.いじめられないように仲間を作る.強い者には従い,その機嫌を取るために媚びる.誰かをいじめているときだけ,人はいじめから自由になれる.それが政治家や官僚たちの行動原理でもあるから,学校からいじめがなくならない.

「夜回り先生」のメールアドレスには毎晩,数百,最大で1000通を越すメールが届く,と知りました.「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい」・・・ それは何千回,何万回も,繰り返されます.もっと違う形で,生きたい,死にたくない,と彼らは叫ぶのです.

メール全文を覆う「死にたい」という文字は,コピー機能のように,いじめや自殺が感染していく現実を反映するのではないでしょうか.テロリストたちが処刑の映像をインターネットで公開するように,また,性犯罪者の誘いやポルノ写真がインターネット世界の一角を埋め尽くすように,・・・自殺者の呼びかけや,抉られた手首の写真も若者たちの間を漂流し,増殖して行きます.

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