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IPEの種 10/30/2006

グローバリゼーションに沈み,あるいは激しく反発する者もあれば,それを生き抜いて繁栄する者もいます.小国が厳しい時代を生き残る道は,戦争を回避する政治指導者の選択にかかっています.

NHK教育テレビで,ジェラート(イタリア風アイスクリーム)の歴史を観ました.その起源や歴史は良く分かっていないようです.しかし,イタリアから北欧に向かった移民たちが,そこに豊富にあった氷とミルクでジェラートを作ったのは確かです.もちろん,既にイタリアのどこかで作られていたわけです.そもそもは,中国から来たとか,いろいろと旧い時代の仮説もありますが,ジェラート研究家は信用しません.「証拠がない」と言います.北欧からジェラートがヨーロッパに広まり,南の国へ出稼ぎが盛んになりました.農閑期には町から男たちの姿が消えてしまいます.ジェラートで成功した家族の中には,ヨーロッパの富裕層に加わる者もありました.

歴史から証拠を見つけるには,それについて書かれた文書や絵画(ジェラートを食べる様子が描かれている)を探すだけでなく,その製法の発見や砂糖の価格も関係しています.

ジェラートを作るには,決定的な「知識」が必要でした.それは,氷水に大量の塩を入れると温度が下がる,ということです.実際,研究者が氷水にざくざくと塩を加え続けると,マイナス7度ほどに下がりました(もっと下げることができます).簡単な木桶に氷水を入れて,塩を大量に加え,鉄製の筒状容器にミルクと砂糖を加えて氷水に浸けます.この筒を両手で力まかせに押さえて,氷水の中で反復回転させます.何度も繰り返すうちに,中の甘いミルクが凍り始めるので,これを棒でかき混ぜて空気を入れます.今でも世界中の,貧しい,炎暑の国の街角では,まったく同じ仕組みのジェラート売りが店を構えているそうです.

また,ジェラートを売るためにできた,ペニー・ディップ,という小さなガラスの容器が紹介されました.高価なジェラートは,少量でしか売買できず,独特の容器を発明したわけです.ところが,売れ残ったジェラートは溶けたものを翌日また凍らせたために,衛生状態が悪く,伝染病を広めた,ということで禁止されたそうです.あるいは,人前で貴婦人が舌を出してジェラートを舐めるのは良くないとか,ガラスの容器に変わってコーンが発明されたのはいつ・どこか,・・・など,研究者の興味は尽きません.

世界史で学んだように(・・・受験競争の過熱で,日本中の私立や公立の高校では世界史を教えなくなり,虚偽の成績を付けています.その結果,彼らが得るはずだった重要な知識は失われたでしょう),かつて砂糖は金 Gold と同じくらい高価な商品でした.カリブ海の島々がアメリカ大陸よりも重要であったのは,そこでサトウキビを栽培していたからであり,大西洋を越えてアフリカから奴隷や伝染病が運ばれたのも,ヨーロッパ諸国が,今やきわめて貧しい,ちっぽけな島々しかないカリブ海域での覇権をめぐって,戦争までしたのも,ある意味では,この貴重な砂糖が原因でした.19世紀の初めに砂糖大根から砂糖が取れるようになって,庶民も砂糖を味わう機会が増えました.

そして,ジェラートの市場が急速に拡大します.その製法も産業革命と電気によって大きく変わりました.冷凍の技術が冷凍庫による氷の生産や長期の保存,長距離の輸送を可能しにしました.ジェラートの生産も機械化され,大規模な工場ができて,有名ブランド企業が大衆市場を奪い合うようになります.ジェラートの売り上げは広告と宣伝によって変化し,巨額の投資がなされます.有名な《ハーゲンダッツ》は,あの奇妙な文字(本当の文字ではなく,偽の意匠に過ぎません!)から,ドイツかデンマーク,オランダの会社かな,と思っていたら,実はニューヨークの大企業であると知りました.世界市場の時代に生きる私たちは,ジェラートの味だけでなく,虚構のイメージを消費しています.

ちなみに,サッチャー元首相もジェラート市場の獲得に貢献(?)したということです.彼女がまだ若い頃,ジェラート企業の経営再建に関わって,コストを下げるためにジェラートの最も安価な原料,すなわち空気()を増やすことを勧めたのです.安いと思って買ったら,軽くてスカスカのアイスクリームだった,というのも,厳しい市場競争の産物です.

人は,幼い子供を虐待して殺すこともあれば,親兄弟を焼き殺すこともあります.政治指導者や宗教家が,自分たちの敵を殲滅せよ,あるいは,大国からの干渉を黙らせるために核武装せよ,と主張することもあります.

しかしまた,人は楽しくアイスクリームを食べることもできるのです.言葉を話すダチョウやフクロウは,「ヒトの未来」について,何と言うでしょうか?

・・・もっと多くのヒトがグローバリゼーションや国家について正しく理解するとき,核戦争や偉大な指導者など必要ない,ジェラートの時代が来るだろう・・・ 多くのヒトは互いを罵るばかりだが・・・

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