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(続き)

広島では何度か雪が降り,シャーベット状の路面が明け方に凍結していることもありました.ホテルの,余りにも高価な食事を敬遠して,すぐ隣のそごう10階,レストラン街を歩き,最後の夕食は「香港式中華バイキング」を楽しみました.チャイナ・ドレスではなく,ピータンとザーサイをトッピングしたお粥に,私は大満足でした.

移民政策に関する聞き取り調査を思案しているときに,ムハンマドの風刺漫画をめぐる抗議の映像が目に止まりました.すべての移民がこうした抗議行動を支持するイスラム教徒ではないし,すべてのデンマーク人がムハンマドの風刺画を喜んだわけでもないでしょう.社会を多次元で複合的に考えるとき,キリストや天皇を痛烈に批判し,あるいは侮辱する風刺漫画を掲載する場合でさえ,表現の自由として擁護する政治文化と《民主主義》システムが育つことを私は支持します.民主主義という社会=政治システムが,テロや移民,宗教対立,天皇制,などに対する合意のメカニズム,有効な解毒作用をもつ政治文化,になってほしいからです.

逆に,憎悪や暴力行為による腐食性の酸は深刻です.抗議デモが,シリア,エジプト,ヨルダン,イラン,イラク,パキスタン,アフガニスタン,インドネシア,マレーシア,などに広がっています.風刺画はニュースとして各国のさまざまなメディアに転載され,イスラム教徒の怒りを刺激します.信仰の実を示すために,より激しい抗議や直接行動を求める集団的な信仰現象においては,異なる宗派や穏健派,無宗教や世俗の関心が否定されます.純化や同化を絶対視し,妥協や和解を拒む人々により,言葉や交渉による政治システムが破壊されます.

紀子様御懐妊」のニュースにより,再び皇室典範見直しや女系天皇,「万世一系」(!?)など,天皇や皇室をめぐる怪しい議論が活発になりました.小泉内閣は分裂し,他の重要な争点が軽視されます.耐震強度の偽装問題やライブドアの粉飾決算,東京証券取引所の機能麻痺,などと並んで,もし《皇室》が重要であるとしたら,それは日本の政治システムや「伝統」,「民族意識」,「正統性」,などを,新しく明快に定義する作業が開始される呼び水となるからでしょう.天皇や伝統ではなく,日本の《民主主義》がこの社会の安定した秩序を築いている,と確認するために.

私は天皇制に反対でした.それは,天皇が政治的に偏った形で利用され,現実の社会対立や他の重要な問題を隠蔽するだけでなく,天皇家の人々の基本的人権を否定している,と思ったからです.居住を制限され,職業を制限され,自由な表現や集会・結社,特に政治的発言の自由が無く,結婚や離婚,海外への移住もままならない.それは天皇家の人々か,それともヨーロッパで暴動によって抗議した,移民とその子孫の社会的隔離状態のことか? 平等で民主的な,開かれた社会を望ましいと思うなら,なぜ天皇家もその束縛から解放しないのか? 彼らが「皇室」にとどまることを望まないなら,植木職人や漁師として生きる道も選択できる,と改正してはどうでしょうか? そして,国民が望まない天皇なら,退位させる手続きが必要です.

天皇制を積極的に支持する理由など無い・・・と思っていたら,ジョージ・オーウェルが,ヒットラーやスターリンによる権力の独占が繰り返されないように,英王室を支持したことを知りました.アンソニー・サンプソンが『新版・英国の解剖』の中で,オーウェルに言及し,イギリス王室を支持する理由を挙げています.「君主制が民主主義に対して最も貢献できる点は,華麗さや虚飾といったものを権力から切り離すことにある.」 もし女王がいなかったら,マーガレット・サッチャーはもっと恐るべき独裁者になっていただろう,と.

国民的な善意や優れた人間的価値の尊重,社会の調和,助け合いを促す象徴として行為し,発言するとき,天皇は積極的な意義を持ちうるのです.日本がアジアの経済・社会統合を支持するとき,天皇は過去の侵略戦争や軍国主義の歴史に対して,断固,批判する姿勢を示すべきではないでしょうか?

優れた古書店がある街を,私は尊敬します.広島にはアカデミイ書店というすばらしい古本屋がありました.ホテルのコンシェルジュに教えてもらい,金座街の本店で専門書を眺めた末に,数冊購入しました.その中には最近翻訳されたロバート・A・ダール『デモクラシーとは何か』も含みますが,補遺Bに「文化的,民族的に分断された国々における政治のあり方」という叙述があります.スイス,ベルギー,オランダなど,多言語,多宗教で,地域的な対立を抱えた国が,どうやって民主的な,しかも「実効力の高い政府」を安定的に組織することができたか,という問題を考察しています.

「日本には政治的意志がある」と,エモット氏は述べました.経済的な条件を管理する能力と,改革を行う政治的意志があれば,確かに経済的な復興を実現できるでしょう.世界中,どこであれ,社会が人類の歴史的な水準を回復する過程において.

オーストラリアから帰国した中川さんと,研究室で少し話しました.「移民政策とは何だろうか?」・・・ 彼に,というより,自分自身に問いました.二重労働市場仮説,上限数の設定,選別(ポイント)制度,短期雇用ビザ,居住区の隔離,公的リクルート制度,統合化,2世・3世問題,安全弁機能,家族呼び寄せ,コミュニティー形成,ネットワーク効果,移民・都市暴動,ネオ・ナチ,人種政治,宗教対立,住宅・貧困・教育問題,多文化主義,積極的是正策,・・・

「文化的に分断された国々が抱える課題を解決する普遍的な方法は存在しない.それぞれの体つきの特徴に合わせて注文服を仕立てるように,それぞれの国にそれぞれ個別の解決策を見つけ出していくことが必要になってくる」と,ダールは書いています.

オーストラリアの学生たちは,なぜ日本政府が労働人口の急速な減少を移民受け入れで緩和しないのか,と不思議に思うようです.実際,「天皇」や「同質性」を強調することが,優位であるより,次第に日本社会の深刻な障害となるでしょう.もし,移民を含む国境を越えた《デモクラシー》を築くことができれば,移民たちはもっと自由に,もっと正当な扱いと報酬を受け取ることができ,双方の社会を豊かにするのではないか,と私は思います.単なる「移民政策」ではなく,さまざまな人間を組織し,統合する,新しい社会的原理が求められているのです.大学,企業,宗教,・・・もっと自由な,開かれた天皇制? アメリカの再生?

政治家や支配層は,どこでも,利己的で党派的な政治算術に振り回されています.アカデミイ書店で買った他の本は,C・ラッシュ『エリートの反逆:現代民主主義の病い』でした.

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